前々回の記事では,中学校教員の勤務時間の国際比較をしましたが,日本の教員は世界一働いていることを知りました(うち多くは事務などの雑務)。
しかるに教員といっても,一枚岩の存在ではありません。男性もいれば女性もおり,若年層もいれば高年層もいます。過労に陥っているのは誰か。こういう問題を考えることも必要になります。いわゆる,属性別の分析です。
今回は,中学校教員の年齢層別の勤務時間をみてみましょう。日本は年齢による役割規範が強い社会ですが,長時間勤務の問題をとっても,年齢によって様相は違うと思われます。
データは,このほど公表された国際教員調査(TALIS 2013)です。本調査では,対象の中学校教員に対し,週当たりの勤務時間を尋ねています。自宅での教材研究なども含む,広義の勤務時間です。実際の時数を記入してもらう形式ですが,入力段階のローデータを加工して,10時間ごとの6カテゴリーにまとめました。
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/
5歳刻みの年齢層別に,この6カテゴリーの分布を明らかにしました。下の図は,結果を視覚化したものです。
長時間勤務は,若年層ほど多くなっています。20代では全体の6割以上が週60時間以上働いており,3人に1人が週70時間以上勤務です。新聞各紙では,教員全体の勤務時間の長さが報じられていますが,負担は若年層に集中しているようです。(悪しき)年功序列がみられます。
しかし,週60時間ということは,5日勤務として1日12時間のレベルです。70時間,80時間となるともう,土日を返上ということでしょう。中学校では,休日の部活指導も大きな負担になっているといいますが,上図をみると頷かされます。
上図は日本の中学校教員のグラフですが,他国と比較することで相対化してみましょう。50時間未満(ホワイト),50時間以上60時間未満(準ブラック),60時間以上(ブラック)という3カテゴリーを設定して,日韓米英仏瑞の6国の図をつくってみました。
以下に6国の図を掲げます。ここでは,ブラックゾーンの広がりを分かっていただければよいので,目盛は省いています。各年齢層の位置は,先ほどの図をもとに大よその検討をつけてください。
わが国では,週60時間以上のブラックゾーンが広がっています。仏瑞ではブラックはほとんどなく,韓米英はその中間というところです。教員のブラック化は,日本の特徴なのですなあ。
なお右上がりの模様も,日本独特のものです。アメリカやイギリスでも黒色はありますが,ほぼフラットであり,年齢による偏りはないことが知られます。対して,日本は若手に負担がのしかかる型です。「下は支えるぞんざい,上は支えられる存在」という年齢規範の存在が示唆されます。
まあ昔のように,下が厚く上が細い「ピラミッド型」の年齢構造ならこれでもよかったのでしょうが,今は違っています。下が細く上が厚い「逆ピラミッド型」です。こういう構造と先ほどの勤務時間のデータを絡めると,近年の若年教員の危機を理解するヒントが得られます。
下の図は,2010年の中学校教員の年齢ピラミッドを,週あたりの勤務時間で塗り分けたものです。各年齢層の本務教員数に,上記で明らかにした勤務時間分布の比率を乗じて作成しました。
いかがでしょう。量的に少ない若年層に負担が凝縮されている様が明らかです。少ない人員で,上から降ってくる各種の業務を裁いている若手の苦悩がうかがえます。
昨年の11月17日の記事では,公立学校教員の病気離職率が増加していることを明らかにしたのですが,入職して間もない20代前半の層で増加幅が大きいことも知りました。上図の赤マルの部分です。
社会病理学的に,教員集団を生物有機体になぞらえると,一番下のこの部分に病巣があるようです。治療が要請されます。メンタルヘルス云々の前に,黒の膿を取り除き,白色を増やすことが必要でしょう。
教員個々人の診断も大事ですが,彼らが集まってできる教員集団(社会)の診断も手掛ける。個々の教員は,真空の中で実践を行っているのではないのですから。文脈に目を向けるとは,こういうことです。
2014年6月29日日曜日
2014年6月28日土曜日
中学校教員の女性比の国際比較
国際教員調査(TALIS 2013)の分析第2報です。今回は,対象となった中学校教員の女性比率の国際比較をしようと思います。中等段階以降の教員の女性比は,日本は低いといわれますが,最新の国際データにおける位置はどうなのでしょう。
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/
上記サイトにアップされている日本版報告書にあたって,一般教員(校長は除く)と校長の女性比率を国ごとに集めました。横軸に一般教員,縦軸に校長の女性比率をとったマトリクス上に,34の社会を位置づけると下図のようになります。
日本の女性比は,一般教員が39.0%,校長に至ってはわずか6.0%ですが,双方とも最下位です。図の中での外れっぷりも際立っています。巷でよく言われることは,まざまざと可視化されていますね。
しかし私が驚くのは,多くの国で中学校教員の女性比が高いことです。参加国平均でみると,一般教員が68.1%,校長でも49.4%と半分近くです。図の右上にあるラトビアでは,中学校教員の大半が女性であることが知られます。教員は女性の仕事と考えられているのでしょうか。これはこれで,逆の意味で偏っているといえますが。
まあでも,日本の校長の女性比6.0%という現状は,明らかに国際標準から逸脱しています。管理職は激務ですが,家事や介護の負担と両立できないという事情もあるのではないでしょうか。とくに女性の場合。
上記の図は,前にツイッターでも発信しましたが,あと一つ,理数教科担当教員の女性比の国際比較図もお見せしましょう。昨日,TALIS2013のローデータを武蔵野大学でダウンロードしてきたのですが,これを使うことで,教科別の女性比率を出すことも可能です。
調査実施年(2013年)中に,数学と理科を担当したという教員を取り出して,その中で女性が何%占めるかを計算してみました。日本でいうと,数学教員の女性比は29.9%,理科教員は23.5%です。われわれの感覚からすると「こんなもんだろう」ですが,この値は他国と比べるとすこぶる低くなっています。
先ほどの図と同様,ここでも日本の外れっぷりが明らかです。他の先進国では,中学校の理数教員の半分以上が女性なんですなあ。
わが国で「リケジョ」が少ないことの遠因は,こういうところにあったりして…。ロールモデルの欠如ってやつです。多感な思春期の女子生徒にとって,白衣の女性教員の姿って,インパクトがあるんじゃないかなあ。
国際比較というのは,実に面白い。「こんなもんっしょ」と日頃信じて疑わない事象が,国際的な視座から相対化されます。今後も継続していきたい作業です。
今日は雨ですが,梅雨明けはもうすぐ。皆様,よい週末をお過ごしください。
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/
上記サイトにアップされている日本版報告書にあたって,一般教員(校長は除く)と校長の女性比率を国ごとに集めました。横軸に一般教員,縦軸に校長の女性比率をとったマトリクス上に,34の社会を位置づけると下図のようになります。
日本の女性比は,一般教員が39.0%,校長に至ってはわずか6.0%ですが,双方とも最下位です。図の中での外れっぷりも際立っています。巷でよく言われることは,まざまざと可視化されていますね。
しかし私が驚くのは,多くの国で中学校教員の女性比が高いことです。参加国平均でみると,一般教員が68.1%,校長でも49.4%と半分近くです。図の右上にあるラトビアでは,中学校教員の大半が女性であることが知られます。教員は女性の仕事と考えられているのでしょうか。これはこれで,逆の意味で偏っているといえますが。
まあでも,日本の校長の女性比6.0%という現状は,明らかに国際標準から逸脱しています。管理職は激務ですが,家事や介護の負担と両立できないという事情もあるのではないでしょうか。とくに女性の場合。
上記の図は,前にツイッターでも発信しましたが,あと一つ,理数教科担当教員の女性比の国際比較図もお見せしましょう。昨日,TALIS2013のローデータを武蔵野大学でダウンロードしてきたのですが,これを使うことで,教科別の女性比率を出すことも可能です。
調査実施年(2013年)中に,数学と理科を担当したという教員を取り出して,その中で女性が何%占めるかを計算してみました。日本でいうと,数学教員の女性比は29.9%,理科教員は23.5%です。われわれの感覚からすると「こんなもんだろう」ですが,この値は他国と比べるとすこぶる低くなっています。
先ほどの図と同様,ここでも日本の外れっぷりが明らかです。他の先進国では,中学校の理数教員の半分以上が女性なんですなあ。
わが国で「リケジョ」が少ないことの遠因は,こういうところにあったりして…。ロールモデルの欠如ってやつです。多感な思春期の女子生徒にとって,白衣の女性教員の姿って,インパクトがあるんじゃないかなあ。
国際比較というのは,実に面白い。「こんなもんっしょ」と日頃信じて疑わない事象が,国際的な視座から相対化されます。今後も継続していきたい作業です。
今日は雨ですが,梅雨明けはもうすぐ。皆様,よい週末をお過ごしください。
2014年6月26日木曜日
中学校教員の勤務時間の国際比較
2013年に実施された,OECDの国際教員指導環境調査(TALIS)の結果が公表されました。中学校教員を対象としたコア調査と,小学校・高校教員を対象としたオプション調査からなりますが,日本は前者に参加したそうです。
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/
各紙が本調査の結果のハイライトを報じていますが,教員の勤務時間についての報道が多いようです。曰く,日本の教員の勤務時間は世界一,しかしその大半は事務などの雑務…。
私はこういう記事に接すると,原資料に当たって詳しい数値を確認し,それをビジュアル化したくなります。上記サイトから,日本版報告書の要約(15.9MB)をダウンロードし,当該のデータを採取しました。
下の表は,中学校教員の勤務時間(週当たり)をまとめたものです。各紙の報道は,このデータに依拠しています。
なるほど。日本の教員の総勤務時間は53.9時間であり,34か国の中で最も多いですね。そのうち授業時間は17.7時間であり,わずか3分の1です。残りの3分の2は,事務作業などの雑務に喰われているとみられます。
わが国と対照的なのが,地球の裏側のチリであり,総勤務時間は29.2時間で最も短く,そのうちの9割以上が授業です。仕事時間が短くて,そのうえ,教員の仕事は授業という割り切りが強い社会のようです。
他の社会はこの両国の中間に位置していますが,その布置構造を視覚化してみましょう。週当たりの総勤務時間を横軸,そのうちの授業時間を縦軸にとった座標上に,34の社会を位置づけてみました。
斜線は,総勤務時間に占める授業時間の比率ですが,だいたい50%というのが平均です。日本の32.8%は,このラインをはるかに下回っています。40%未満は4か国ですが,そのうちの3国はアジアなり。
総勤務時間が短く,そのうちの多くが授業という「中南米型」と,その逆の「アジア型」というクラスターを析出できますが,どっちがいいのやら。教員を専門職とみなす立場からすれば,前者に軍配が上がるのではないでしょうか。
教育とは,子どもの全人格の発達に与する営みであり,教員の仕事を授業に限定しろという主張は行き過ぎでしょうが,教員をあたかも「何でも屋」のごとく考えるのは誤りです。そのことは彼らの地位を曖昧にし,教員をして専門職とみなすことの妨げとなります。ひいては,教員の諸々の苦悩をも準備することでしょう。
今回のデータは,「日本の教員は働き過ぎだ,しかも仕事の大半は(誰でもできる)事務作業に喰われている」というふうに読めますが,その根底には,教員の社会的地位の曖昧さという,古くて新しい問題が横たわっているようにも思うのです。
2012年8月の中教審答申では,教員を「高度専門職」と位置づける方針が明示されましたが,それがどれほど具現されたかは,上図のマトリクス上の位置によって推し量ることができるでしょう。今後の日本の位置変化が注目されるところです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/miryoku/1326877.htm
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/
各紙が本調査の結果のハイライトを報じていますが,教員の勤務時間についての報道が多いようです。曰く,日本の教員の勤務時間は世界一,しかしその大半は事務などの雑務…。
私はこういう記事に接すると,原資料に当たって詳しい数値を確認し,それをビジュアル化したくなります。上記サイトから,日本版報告書の要約(15.9MB)をダウンロードし,当該のデータを採取しました。
下の表は,中学校教員の勤務時間(週当たり)をまとめたものです。各紙の報道は,このデータに依拠しています。
なるほど。日本の教員の総勤務時間は53.9時間であり,34か国の中で最も多いですね。そのうち授業時間は17.7時間であり,わずか3分の1です。残りの3分の2は,事務作業などの雑務に喰われているとみられます。
わが国と対照的なのが,地球の裏側のチリであり,総勤務時間は29.2時間で最も短く,そのうちの9割以上が授業です。仕事時間が短くて,そのうえ,教員の仕事は授業という割り切りが強い社会のようです。
他の社会はこの両国の中間に位置していますが,その布置構造を視覚化してみましょう。週当たりの総勤務時間を横軸,そのうちの授業時間を縦軸にとった座標上に,34の社会を位置づけてみました。
総勤務時間が短く,そのうちの多くが授業という「中南米型」と,その逆の「アジア型」というクラスターを析出できますが,どっちがいいのやら。教員を専門職とみなす立場からすれば,前者に軍配が上がるのではないでしょうか。
教育とは,子どもの全人格の発達に与する営みであり,教員の仕事を授業に限定しろという主張は行き過ぎでしょうが,教員をあたかも「何でも屋」のごとく考えるのは誤りです。そのことは彼らの地位を曖昧にし,教員をして専門職とみなすことの妨げとなります。ひいては,教員の諸々の苦悩をも準備することでしょう。
今回のデータは,「日本の教員は働き過ぎだ,しかも仕事の大半は(誰でもできる)事務作業に喰われている」というふうに読めますが,その根底には,教員の社会的地位の曖昧さという,古くて新しい問題が横たわっているようにも思うのです。
2012年8月の中教審答申では,教員を「高度専門職」と位置づける方針が明示されましたが,それがどれほど具現されたかは,上図のマトリクス上の位置によって推し量ることができるでしょう。今後の日本の位置変化が注目されるところです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/miryoku/1326877.htm
2014年6月24日火曜日
大学生のマジメ化・ウチ化
今の学生さんは,よく勉強するなあと思います。私が学生だった90年代後半頃と比べれば,それはもう見上げたものです。
飲み会をやっても,「実験のレポートがある」とか「小テストの勉強がある」とか言って,一次会だけで帰る人が多いんですって。私が教えている学生さんの談ですが,「ホントかよ」と思ってしまいます。
まあ,学生の勉強時間が増えていることは,各種の調査で明らかにされていますが,官庁統計からも可視化することができます。総務省『社会生活基本調査』のデータを使って,平日1日あたりの平均学業時間を出してみました。
ここでいう学業時間とは,学校の授業時間も含む勉強時間のことです。塾や家庭教師による学習時間も含みます(用語解説)。
大学生の勉強時間が小中高生より少ないことはさておいて,この10年間で増えていますね。2001年の225分から2011年の273分へと,48分増加しています。短大・高専生は,102分の増加です。
この期間中,学生に勉強させよう,学生を鍛え上げようという方針が打ち出されていますが(2008年12月,中教審答申),その効果の表れでしょうか。たとえば,1単位の取得に45時間の学習が必要という大学設置基準の規定を徹底することが提言されていますが,その場合,半期の授業2単位を取得するのに90時間勉強しないといけなくなります。授業時間込みですが,「うへえ」ですね。
ところで,勉強時間の増加と引き換えというか,大学生の生活はいささか貧しくなってきています。金銭的な意味での貧しさではありません。行動のバリエーションに欠けた,ハリのない生活という意味合いです。
大学生の主な生活行動の実施率を,2001年と2011年とで比較してみました。調査対象の平日に,当該の行動を行った者の比率です。睡眠や食事などの必需行動は省いています。
どの行動の実施率も減っています。赤字は5ポイント以上の減少ですが,テレビや新聞等のマスコミ接触率の低下は著しいですね。2011年では,調査日の平日に,対象の学生の半分以上がテレビや新聞を全く見なかったようです。
これが若者の「テレビ離れ」ってやつでしょうか。今ではネットで,ニュースや漫画などの動画が観れますから,そちらに乗り換えたということでしょう。
交際・付き合いやお出かけ(移動)実施率の減少幅も大きいですね。冒頭で紹介した飲み会の話と関連しますが,学生の「ウチ化」傾向をちと感じます。
以上は大学生だけを切り取ったデータですが,全体の文脈の中に位置づけてみると,この年代の変化の大きさがクリアーに分かります。下の図は,交際・付き合いの実施率の年齢曲線です。
交際・付き合いの実施率は年齢を問わず減少していますが,20代前半の若年層において減少幅が最大になっています。いみじくも大学生の年齢層です。若き青年層の「ウチ化」傾向。最初の図でみた学業時間の増加(マジメ化)と表裏である可能性も否定できますまい。
大学生は青年期の時期に相当しますが,この時期の課題は,さまざまな試行錯誤をして,自己アイデンティティを確立することです(エリクソン)。自分は何者か,社会において何ができるかを明確にすること。
そのために労働などの役割が免除され,自由な時間もたっぷり付与されている。それが青年期,すなわち学生時代です。今回のデータは,この貴重な青年期が「灰色」化しつつある現況を物語っているようにも思えます。
求められるのは,大学生の「生徒化」だけではないでしょう。昨日,大学生の「生徒化」現象について批判的に考察した論稿を見つけました。読んでみようと思います。
2014年6月21日土曜日
女子中高生の性犯罪被害が増える文脈
女子中高生の性犯罪被害率の時系列カーブを見ていただきましょう。中高生が被害者である強姦・強制わいせつ事件の認知件数を,ベースの女子中高生数で除した値です。2012年中の事件認知件数は2377件,同年5月時点のベースは340万人ですから,10万人あたりの被害件数は69.9件となります。この値を性犯罪被害率とします。
分子の事件件数は警察庁『犯罪統計書』,分母の生徒数は文科省『学校基本調査』から得ました。下の図は,1975年から2012年までの推移図です。
昔に比べて増えていますね。1990年代後半からの増加が著しいようですが,ネットの普及に伴う,出会い系サイトなどの増殖によるものでしょうか。被害率は2003年にピークに達した後は低下していますが,最近微増に転じています。
まあ,性犯罪は親告罪ですので,積極的に被害を訴える生徒が増えたということかもしれませんが,この点は置くとして,可憐な女子生徒が被害に遭う構造的条件が出てきてもいます。何のことはありません。人口構造の変化です。
被害者層を13~18歳の女子,加害者層を成人男性に見立てて(失礼!),両者の量がどう変わったかを整理すると下表のようになります。
少子高齢化により,被害者層が減り,加害者層が増えています。その結果,女子生徒1人あたりの成人男性数も増えています。戦後初期の1950年では4.1人でしたが,2013年現在では14.4人です。今日では,女子生徒1人に対し,14.4人のオトナ男性の眼差しが注がれていることになります。
2050年には,この値は19.4にまで高まることが予想されます。女子生徒1人につき,20人近くの成人男性という事態です。
文章ではピンとこないでしょうから,状況の変化を図で表現してみましょう。1950年と2050年について,被害者層と加害者層の人口量(万人)を正方形で表してみました。100年間の構造変化図です。
下(被害者層)が小さくなり,上(加害者層)が大きくなっています。後者から前者に注がれる眼差し量の変化も一目瞭然(黄色矢印)。人口統計をちょっといじれば分かることですが,こういう基底的な条件があることを押さえておくべきかと思います。
今述べたことは,少年問題全般を考える上でも,知っておくべきことでしょう。少子高齢化の進行により,子どもが減り,成人が増えていきます。2050年には,「子ども1:大人9」という社会になります。1人の子どもに対し,大人9人の(ウザい)眼差しが注がれるわけです。
現在もそうですが,暇を持て余した大人たちによって,「**問題」「**問題」というような子ども問題が社会的に構築される…。こういう事態がますます増えるかもしれません。教育現場に対しても,「**教育をやれ」というクレームが増える可能性もあります。未来の学校は,暇を持て余した多くのクレーマーに包囲された,息の詰まる場になっているかもしれませんね。
未来の日本は,子どもが手厚く保護される反面で,彼らにとってさぞ「生きにくい」社会になるのでは…。私はこういう危惧を持ちます。
著名ブロガーのちきりんさんが,「教育に関心があるなどと言い出したら,その人の成長は終わりだということ」とおっしゃっていましたが,全くその通りだと思います。これからのオトナたちが,肝に銘じるべき名言かと。
量的にますます少なくなっていく子どもを「いじめ」るようなことはしないで,まずは自分のことをしようではありませんか。ウザい説教を垂れるよりも,無言の「背中」を見せるほうがよいでしょう。
私は教育学を勉強している人間ですが,「教育に関心がある」などと公言するのは控えたいと思っています。そうではなく,社会の下位システムとしての教育が社会にどのような影響を及ぼすか,逆に社会によっていかに規定を被っているか。明らかにしたいのは,こういうことです。
2014年6月20日金曜日
久々の「ラーメン二郎」
一昨日の水曜日,武蔵野大学有明キャンパスの帰りに,ラーメン二郎を食べてきました。行ったのは府中店。京王線の府中駅から歩いて3分くらいです。
ラーメン二郎。知る人ぞ知る,油たっぷりの極太ラーメン。大変な人気を博しており,いつどの店舗に行っても,店の外まで待ち行列ができています。一昨日行った時は,テーブルはもちろん満席で,店内に7人の立ち待ち客あり。
券売機で「小ラーメン」のチケット(700円)を買い,それを握りしめて待つことおよそ30分。ブツにありつけました。トッピングは,「ヤサイ,ニンニク」でお願いしました。野菜増し,ニンニク入りという意味です。
いやー,野菜の量がスゴイ。でも柔らかく煮込まれていますので,ガツガツ食べられます。麺も極太で食べ応えバッチリ。
隣の体育会系のお兄さんは,肉入り大ラーメンでトッピングは「全部」(ヤサイ,ニンニク,アブラ,カラメ)で頼んでいましたが,それはもう,すさまじいのが出てきました。まるで東京タワーです。私と同じくブツの写真を撮ってから,上からかじりつくように山を崩していました。
私も夢中でガッつくこと約20分で完食。いやー,満足(腹)度120%。丼を戻し,ふきんでテーブルを拭いて,「ごちそうさま」と言って退店。その後ビールが飲みたくなったので,立ち飲みの焼鳥屋に入って一杯。膨らんだお腹をさすりながら帰路につきました。
二郎を食べたのは,3年ぶりくらいかなあ。院生の頃は,母校の学芸大の近くに店舗(新小金井街道店)があったので,週1くらいで行っていました。最近はさっぱりだったのですが,ふとツイッター上で二郎に関するツイートを見つけて,無性に食べたくなった次第です。
まあ,野菜増しにすれば健康食ともいえますが,やはり脂の塊を食べるようなものなので,行く頻度には気をつけたほうがよいと思います。私はこれから,月1くらいにしようかな。ジロリアンと呼ばれる人々は,1日おきくらいで行っているのかしらん…。
久々の「二郎」デーということで,ブログに記録しておこうと思います。
2014年6月19日木曜日
幼子がいる共働き世帯の妻の1日
日経デュアル誌に連載を持たせていただくようになってから,共働き世帯のリアルの統計を探索しています。とくに生活の内実が知りたいなと思い,総務省『社会生活基本調査』(2011年)の統計表を見直したら,使えそうなのが結構あるではありませんか。
私が注目したのは,共働き夫婦の1日の生活行動です。1日の各時間帯(15分刻み)ごとに,どういう行動をしているのかを知ることができます。たとえば,朝の7:15~7:30の時間帯において,家事をしている者が何%か,というようなデータです。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/h23kekka.htm
私はこのデータを使って,6歳未満の幼子がいる共働き世帯の妻の1日が分かる図をつくってみました。平日の時間帯別の行動分布図です。幼子がいる共働き世帯のママさん,ご自身の1日を平均像と照らし合わせてみてください。
いかがでしょう。やはり手のかかる幼子がいる家庭の妻となると,平日といえど,1日の中で家事や育児の領分が大きくなっています。黄色の育児は,量の多寡はともかく,24時間にわたって満遍なく分布していますね。深夜であっても,子どもの夜泣き等への対応に追われる,ということでしょう。
この図は,ご自身の日常を相対化するための資料としてみていただければと思いますが,関心が持たれるのは,上図で強調した家事と育児の実施率のジェンダー差です。
この2つの行動に的を絞って,時間帯別の実施者率を夫と妻の双方について計算してみました。下の図は,平日の時間帯別の実施率曲線を描いたものです。
夫と妻の差がすさまじいですね。妻の側は非正規就業(パート)であったり,時短勤務であったりと条件が違うでしょうが,この差には驚かされます。
子がいる共働き世帯の場合,共に働く「共働」と同時に,共の子を育てる「共育」も求められますが,後者のほうは何ともお寒い状況です。女性が結婚をためらう,出産をためらうというのも,分かる気がします。
こういう差が子どもの年齢段階によってどう違うか,地域の条件によってどう違うかも興味ある問題です。「分析」とは,全体を細かな要素に「分」けて解「析」すること。この積み重ねによって,当該の現象の左右する要因(条件)が明らかになり,対策の道筋も見えてきます。
性別,年齢別,就業地位別,地域別…。こういう条件による差を分析することの意義は,こういう点にあると考えます。
私が注目したのは,共働き夫婦の1日の生活行動です。1日の各時間帯(15分刻み)ごとに,どういう行動をしているのかを知ることができます。たとえば,朝の7:15~7:30の時間帯において,家事をしている者が何%か,というようなデータです。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/h23kekka.htm
私はこのデータを使って,6歳未満の幼子がいる共働き世帯の妻の1日が分かる図をつくってみました。平日の時間帯別の行動分布図です。幼子がいる共働き世帯のママさん,ご自身の1日を平均像と照らし合わせてみてください。
いかがでしょう。やはり手のかかる幼子がいる家庭の妻となると,平日といえど,1日の中で家事や育児の領分が大きくなっています。黄色の育児は,量の多寡はともかく,24時間にわたって満遍なく分布していますね。深夜であっても,子どもの夜泣き等への対応に追われる,ということでしょう。
この図は,ご自身の日常を相対化するための資料としてみていただければと思いますが,関心が持たれるのは,上図で強調した家事と育児の実施率のジェンダー差です。
この2つの行動に的を絞って,時間帯別の実施者率を夫と妻の双方について計算してみました。下の図は,平日の時間帯別の実施率曲線を描いたものです。
夫と妻の差がすさまじいですね。妻の側は非正規就業(パート)であったり,時短勤務であったりと条件が違うでしょうが,この差には驚かされます。
子がいる共働き世帯の場合,共に働く「共働」と同時に,共の子を育てる「共育」も求められますが,後者のほうは何ともお寒い状況です。女性が結婚をためらう,出産をためらうというのも,分かる気がします。
こういう差が子どもの年齢段階によってどう違うか,地域の条件によってどう違うかも興味ある問題です。「分析」とは,全体を細かな要素に「分」けて解「析」すること。この積み重ねによって,当該の現象の左右する要因(条件)が明らかになり,対策の道筋も見えてきます。
性別,年齢別,就業地位別,地域別…。こういう条件による差を分析することの意義は,こういう点にあると考えます。
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