2014年4月29日火曜日

図表には「**作成」とつけないといけないのか?

 Webコンサルタントの西俊明さんが,私のツイートの図をブログでパクってくださったのですが,その経緯については前回書きました。今回の件に関連して,「これはどうなのか」という問題提起をしたいことがあり,書かせていただきます。

 西さんの剽窃記事の現物は,コチラです。現在削除中ですが,記事名検索+キャッシュ表示で出てきます。「フェイスブックで多くのシェアを集めた」とか「この図が広まることを願う」とか,調子のいいことが書いてあります。図の作成者として複雑な思いを禁じえません。

 話が逸れましたが,私が問いたいのは,タイトルの通りです。図表には「**作成」とつけないといけないのか? こういう問題です。

 西さんは最初,私の指摘に対し「剽窃ではない」と反論してきました。「資料:厚労省『国民生活基礎調査』(2010年)」とキャッシュが添えてあるではないかと。私が「その図は舞田が作ったものだ」と返すと,「じゃあ,「舞田が作成」ときちんと書いておけ」。こうおっしゃいます。

 私のツイートの図なんだから,私が作成したものだと解釈するのが普通だと思うんですがねえ。少なくとも,本当に厚労省の資料の図なのか,確認すべきではないのですか。論文や書籍の図表でも,「**作成」という表記がないと,著作権フリーということになるんですかあ?

 下の写真は,3/10の日本教育新聞に掲載された私の連載コラムです。もう一カ月以上経っていますので,全文を載せてもいいでしょう。


 ご覧の通り,スペースぎちぎちのミニコラムです。グラフには「舞田敏彦作成」と記していませんし,そのスペースもありません。本文もたった400字ですので,「右の図は私が作成したものだが…」と書くのも躊躇われます。

 西さんの論理に従えば,この図は無断転載し放題ということになります。問い詰められたら,「文科省資料の図だと思った」と釈明すればいいわけです。論文や書籍の図の一つ一つに「**作成」とクレジットをつけないといけないのでしょうか。クレイジーです。

 ツイッターだからといって,許されるはずはありません。西さんは,他人のツイッターの図をブログにコピペして,「ツイッターから拾ってきた」と記しています。元ツイートのアドレスの記載もなしにです。これで事足れりとしていますが,Webマーケティングのプロがすることなのでしょうか。

 さらに噴飯ものなのは,「ツイッターから拾ってきたと書いている。自分のものとして公表していない。だから剽窃ではない」という言い分です。呆れて言葉も出ません。剽窃の構成要件をご存じないようです。こんな人が,Webでの集客の仕方について随所で講演しているというのですから,ちょっと空恐ろしい思いがします。間違った考え方が広められていないとよいですが…。

 さて西さんは,私から「剽窃者」と名指しされたことに立腹し,「名誉棄損だ,顧問弁護士と相談中」と私に脅しをかけてきました。謝罪の一言もなしにです。まずは「ゴメンナサイ」だと思うのですがねえ。
https://twitter.com/sateco/status/460287123929571328

 コンサルってどういう仕事か存じませんが,この西さん,ちょっとのことで「弁護士だ」とか「訴える」とか言って,相手を恫喝しているのかなあ。彼が剽窃をしたのは事実です。それを少しきつめの表現で指摘(非難)されたくらいで,「名誉棄損だ!」とか言ってほしくありません。一言謝罪し,記事を削除すれば済んだ話です。

 西さんはさらに,連休明けに私の非常勤先の3大学を回り,学長あての手紙も出すそうです。ははは…。「舞田さんは非常勤講師であり,本学所属の教員ではありません。当事者で話し合ってください」と言われておしまいです。でも考えてみりゃ,それが筋ですよ。あなたから謝罪の一つも受け取っていませんしねえ。

 それはともあれ,西さん。あなたは,「弁護士に訴える」とか「所属先に出向く」とか,そういう脅しをかけないと何もできない人間なのではないですか。ホント,自分の弱さをさらけ出している。

 ねえ西さん。私の「剽窃者」呼ばわりが自分の仕事に影響することを心配したのでしょうが,ちょっとのことで「弁護士だ!」とか相手を脅しているツイートのほうが,よっぽどあなたの評価を下げていると思いますよ。
https://twitter.com/tomoegu/status/460395496301813760

 また話が逸れてきました。今回の主題は,「図表には「**作成」とつけないといけないのか?」ということでありました。以上です。

 後記:5月30日に,西俊明より本記事を削除するよう要請がありました。私の返事は以下の記事に記しています。
http://tmaita77.blogspot.jp/2014/05/blog-post_30.html

2014年4月28日月曜日

西俊明さんへの手紙

西俊明さま

 昨日は,午後から夜遅くまでかけて,ツイッター上でドンパチを交わしましたね。お疲れさまでした。

 事の発端は,私のツイートに掲載されている図を,貴殿がブログで華麗にパクってくださったことでした。いわゆる「剽窃」です。西さんの剽窃記事の現物はコチラ。現在削除中ですが,記事名検索+キャッシュ表示で出てきます。

 私がこの点をツイッターで指摘したところ,あなたは謝罪の一言もなく,いきなり「名誉棄損だ!」と極端な反応に出てきましたね。
https://twitter.com/sateco/status/460287123929571328


  この点は置くとして,あなたは「剽窃」ではないとおっしゃいました。その言い分は,こうです。

①:厚労省『国民生活基礎調査』というクレジットがきちんとついている。
②:当該のブログ記事では,「ツイッター(アドレスは不明)より取ってきた」と明記しているので,自分の作成物として公表はしていない。ゆえに,剽窃ではない。

 いいですか,西さん。『国民生活基礎調査』の原データを加工して,問題のグラフを作成したのは,舞田敏彦です。したがって,舞田が作成した図である旨を明記しなければいけません。たとえば,以下の記事のようにです。
http://blog.livedoor.jp/aokichanyon444/archives/54810699.html

 それなら「舞田作成」とグラフの下に書いておけ,とあなたは言われます。なるほど。最近は「舞田敏彦作成」とつけるようにしていますが,以前はそうしていませんでした。ですが,私のツイートの図なのですから,私が作成したと考えるのが普通でしょう。

 あなたは厚労省の資料に掲載されている図だと勘違いしたようですが,上記のツイートをみて,そのように誤解(曲解)する人間がどれほどいるでしょうか。ほとんどの人が,厚労省のデータを舞田が加工してつくった図であると解釈してくれると思います。疑うのなら,本当に厚労省の資料の図なのかを確認すべきです。少なくとも,あなたはその労を怠った。

 あと一点申しておきますが,「剽窃」の構成要件には,出典(作成者)を明示しないことも含まれます。「自分の作成物として公表はしていない。よって剽窃ではない」とおっしゃいますが,出典を明示しないことはそうしていることと同じです。「ツイッターから取ってきた」とあっても,どこの誰のツイートかも分かりませんしね。

 というか,「ツイッターで拾った」などという表記で済ませるなんて,Webマーケティングのプロがすることなのでしょうか??

 あなたの論理がもし通るとすれば,次のようなことになります。「舞田敏彦作成」と注をつけていない,以前に作成した図は,著作権フリーで使われ放題ということです。そんな馬鹿げたことがあるでしょうか。論文や書籍でも,一つ一つの図表に「**作成」とつけないといけなくなります。クレイジーです。この点については,次回の記事も併せてご覧ください。

 以上のことから,あなたがしたことは「剽窃」であると判断しました。しかるに,あなたも問題の記事を削除してくださったことですし,あなたを剽窃者呼ばわりしたツイートは削除しておきました。言っておきますが,あなたが度々口にしている「弁護士」とか「名誉棄損」とかいう脅しに屈したわけではありませんので,勘違いなさらぬよう。

 なお,不毛なやり取りでツイッター上を汚したくありませんので,今朝,西さんをブロックさせてもらいました。向こうも私をブロックしているので,お互い様です。

 西さんは「弁護士」とか「名誉棄損」とか盛んに言われていますので,これからもお付き合いが続くのでしょうか。私は,悪い気はしません。法廷闘争のプロセスを経験してみたいと思っていましたので,ワクワクしています。貴重な体験学習です。

 でもね西さん。子どもじゃあるまいし,ちょっとのことで「弁護士」とか「名誉棄損」とか言わないほうがいいと思いますよ。すぐそっちに行くのではなく,まずは自分の頭で考えましょう。以下のような声もありますぜ。頭の悪い,使えない人間だと思われちゃいますよ。
https://twitter.com/sateco/status/460294664008892418

https://twitter.com/captain_more/status/460316721329364992

 申したいことはまだありますが,この辺りでやめにします。貴殿のご活躍をお祈りしております。季節の変わり目,ご自愛くださいますよう。

                                              2014年4月28日
                                              舞田敏彦 拝


後記:
 5月30日に,西俊明より本記事を削除するよう要請がありました。私の返事は以下の記事に記しています。
http://tmaita77.blogspot.jp/2014/05/blog-post_30.html

 弁護士を通じて,当人より謝罪したいという申し出があり,直筆の謝罪文は届きました(12月8日)。それを読んでの私のリプライは,以下。
http://tmaita77.blogspot.jp/2016/01/blog-post_14.html

2014年4月27日日曜日

人生のお悩み曲線

 厚労省は毎年『国民生活基礎調査』を実施していますが,3年に一度の大規模調査では,対象者の健康状態も調べています。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html

 悩みやストレスの有無を問い,「ある」と答えた者に対し,具体的な原因を複数回答で尋ねる設問があります。私はこのデータを使って,人生のお悩み曲線を描いてみました。手始めに,「家族との人間関係」で悩んでいる者の出現率曲線をみていただきましょう。


 男女とも40代後半に山があるきれいな型です。その山は女性で高く,40代後半の女性では,13.4%(7人に1人)が家族との人間関係の悩みを抱えていることが知られます。育児と介護に挟まれる「サンドイッチ」年代ですものね。女性の場合,上下からの重圧が男性に比して大きいことでしょう。

 「家族との人間関係」の悩みの曲線は,中年期にピークがある「山」型ですが,他の悩みの曲線はどういう型なのか。17の原因について,上記と同じ出現率曲線を描き,全体を一望できる図をつくってみました。

 ここでの主眼は,曲線のをみていただくことなので,縦軸の目盛幅は揃えていませんし,目盛もカットしています。横軸の年齢層については,先ほどの図と同じ位置に色をつけていますので,これを手掛かりに読み取ってください。色つきは,左から10代,30代,50代,70代です。

 それでは,17のお悩み曲線の一望図をみていただきましょう。青は男性,赤は女性の曲線です。


 細かいコメントはしませんが,曲線の型は多様ですね。ピークの位置に着目すれば,人生各時期の悩みがどういうものかが分かると思います。

 それと,ジェンダー差にも注意してください。前回みたように,育児や家事の悩みは,女性に集中する度合いが高いですね。ほとんどの図において,男性よりも女性の曲線が上にあることも特記事項です。トータルでみて,悩みの量は女性のほうが多いようです。

 前回も申しましたが,名称を隠して,この曲線はどういう悩みの出現率曲線かを答えさせる問題とかどうでしょう。人間形成論やライフコース論などの試験問題として,面白いと思うのですが。

 それはさておき,私は現在37歳ですが,この時期について回る悩みは,①自由時間がない,②収入・家計,③育児,④家事,⑤自分の仕事,⑥住まい,というようなものです。私は独身で定職を持たないので,あまり実感はないのですが,家庭持ち・仕事持ちの方はこれらの悩み・ストレスに苛まれていることでしょう。

 次のステージである40代前半では,離婚や介護の悩みが出てくることが予想されます。自分の「これから」に備えることもできそうです。

 人生は「人それぞれ」ですが,それで片付けてしまっては,人間科学は成り立ちません。ある程度の普遍則を打ち出し,標準的な見取り図を描くことは不可能ではありません。今後も,さまざまな事象の年齢曲線を描き,発信していこうと思っております。

2014年4月24日木曜日

育児・教育の悩み

 厚労省の『国民生活基礎調査』をもとに,育児・教育で悩んでいる者の出現率を出し,年齢曲線を描いてみました。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html


 子育て期に山があるのは当然ですが,その高さが男女で全然違うことに注意しましょう。育児・子育て負担が女性に偏していることの証左です。「世界でも,まれでは?」という疑問がツイッター上で出されましたが,ホントそうなのではないかという気がします。

 率の絶対水準は思ったより低いと感じられるかもしれませんが,これは,人口全体をベースにしているためです。子がいる男女に限定したら,比率はもっと高くなります。

 『国民生活基礎調査』のデータを使って,いろいろな悩みの年齢曲線を描くことが可能です。仕事,生きがい,家事,いじめ,etc…。私のツイッターにて,いくつかの図を掲げています。ご覧ください。

 これ,ライフコース論とかの試験問題にいいかも。曲線を提示して,どういう悩みの出現率の曲線かを答えさせる。いかがでしょうか。次回,問題の試作品をお見せしようと思います。(たぶん…)。

2014年4月22日火曜日

睡眠時間の国際比較

 OECDは先月,“Balancing paid work, unpaid work and leisure” という資料を公表しました。1日あたりの生活行動の平均時間が国ごとに掲載されています。15~64歳の成人男女のデータです。

 先日,日経デュアルに寄稿した記事では,家事と仕事時間の国際比較をしたのですが,睡眠時間を比べてみると,こちらも「日本的」な特徴が出ています。今回は,その図をご覧いただきましょう。

 ここでいう平均時間とは,平日・休日をひっくるめた1日あたりの平均時間です。統計の年次は国によって異なりますが,おおよそ2009年近辺となっています(日本は2011年)。横軸に男性,縦軸に女性の平均睡眠時間をとった座標上に,28の国をプロットしてみました。各国の位置に注意してください。


 予想通りといいますか,日本の睡眠時間は短くなっています。男性は下から3位,女性に至っては最下位です。対極には南アフリカがありますが,失業率がべらぼうに高いことの影響でしょうか。

 図中の斜線は均等線であり,この線よりも下に位置する場合,「男性>女性」ということを意味します。ほう。女性よりも男性の睡眠時間が長い社会は国際的にみて少数派であり,日本,メキシコ,エストニア,インドの4国だけです。

 なお,「男性>女性」の度合いが最も高いのは日本なのですが,これは,家事や育児・介護などの負担が女性に偏っていることの表れでしょうか。日経デュアルの記事でデータを出しましたが,わが国は,家事時間の性差が大きい社会です(4.8倍!)。睡眠時間というプライマリーな行動時間からも,日本的ジェンダーを見て取ることができます。

 今回のデータは,成人男女全体,それも平日・休日をひっくるめたラフ・データですが,働き盛りの層に限定したらどうか。平日に限ったらどうか。分析の精緻化は,『社会生活基本調査』のデータを使うことで可能です。手がけてみようと思います。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

2014年4月20日日曜日

男と女のどちらに生まれ変わりたいか?

 表題の問いに対する,成人男女の回答の長期変化をたどってみました。ソースは,統計数理研究所の『国民性調査』です。ツイッターで発信したところ,見てくださる方が多いようなのでブログにも載せておきます。


 女性のほうは変化がドラスティックであり,男性に生まれ変わりたいという希望がみるみる減っています。1958年では64%でしたが,半世紀を経た2008年では23%です。

 このデータを取り上げて,昔に比べて男女の平等が進んだ,女性が生きやすくなったと主張する記事をどこかでみたことがあります。しかるに,左側の男性の図も添えたら,解釈は少しばかり(場合によっては大きく)違ってくる可能性があります。

 女性は来世も女性がいいと答える者が多いのですが,男性の側は9割が「女性には生まれ変わりたくない」と考えている。このような「ねじれ」がなぜ存在するのか。これは日本的特徴なのか…。問題提起のタネとして,図を提示しておこうと思います。

 ついでですが,本日の朝日新聞の子育て欄に,「思春期どう向き合う:反響編 親も子も悩んで成長」という記事が載っています。思春期の子を抱えた保護者の相談に識者が答えるものです。そこにて,私が作成した統計図が2点掲げられています。問題行動と痩身(やせ)率の年齢図です。思春期とはこういう時期だ,ということを示す素材として使っていただきました。どうぞ,ご覧ください。

2014年4月17日木曜日

『働くってなんですか?』(育て上げネット編)

 育て上げネットの工藤啓氏より,『働くってなんですか?』を献本いただきました。ありがとうございます。
http://www.sodateage.net/books/891/


 うざったい説教のような内容と思われるかもしれませんが,本書に盛られているのは6人の若者の実話です。

①:大学を中退してから働けなくなったが,ショップ店長として結婚もしている若者。
②:新卒入社した会社を一年で退職。「社会不安障害」と診断されたが,アルバイトで働いている若者。
③:専門学校中退からのひきこもりがちな生活を乗り越え,コンビニスーパーで働いている若者。
④:高校卒業から6年間の空白期間を経て,インターン先に就職した若者。
⑤:中学時から不登校。社会的ブランクは10年を超えていたが,現在ではフルタイムで働いている若者。
⑥:20歳から15年間のひきこもり生活を経て,清掃会社の現場責任者となった若者。
                                            (表紙のカバーより)

 標準レールを踏み外した人間がどうやって「カムバック」を遂げたかという,ケース報告として読むことができます。若者支援の実践を行っている方々の参考になることでしょう。

 しかるに本書の主眼は,表題にある「働くってなんですか?」という問題を考えてもらうことにあるのだと思います。そのための手引きを,6人の若者がしてくれるのでしょう。

 パラパラとめくったところ,最後のあとがきにある,以下のセンテンスが印象に残りました。

 「私たちは働くために生まれてきたわけでも,働くために生きているわけでもありません。そんな当たり前であることも,『働く』から長く離れることで,いつのまにかそれが生きる目的であったかのような錯覚を起こしてしまうのかもしれません。しかし,実際に働けるようになると,『働く』は手段でしかないことに気がついてきます。」(186~187ページ)

 私も「働くとは手段なんだ」と学生さんによく言いますが,「『働く』から長く離れること」を経験した6人の若者は,説得力をもって,それを伝えてくれることでしょう。これからじっくり読ませていただきたいと思います。