2013年12月1日日曜日

15歳生徒の数学嗜好の国際比較

 今年の初頭に出た,西内啓さんの『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)がベストセラーになっています。副題の「データ社会を生き抜く武器と教養」という文言にひかれた方も多いことでしょう。
http://www.diamond.co.jp/book/9784478022214.html

 「統計は未来を占う羅針盤」といわれますが,不確実性の度合いを高めていく世の中にあって,統計学の素養を身につけておくことは重要といえます。また「データ社会」という表現も言い得て妙で,スイカ等のICカードの普及により,人間の行動の多くが「データ化」されています。それを集積したのがいわゆる「ビッグ・データ」であり,これを分析しマーケティング等に活かす「データ・サイエンティスト」という職業への需要も高まっているそうです。

 こうした状況変化を見越してのことか,最近は文系の学部でも,統計学を必修にしている所が少なくありません。私が教えに行っている武蔵野大学環境学部も然り。「調査統計法1」という科目が必修であり,今年度は私が担当しています。

 ところで,当の学生さんたちが「統計学をモノにしたい」という意欲をどれほど持っているかというと,それが高い子もいればそうでない子もいます。私がみる限り,数的には後者のほうが多いな,という印象です。中高でよほど痛い目に遭ったのか,すっかり数学アレルギーを呈している子も・・・。これは,学習を進めるにあたって大きな痛手となります。

 まあ,私の頃も数学は嫌われていましたし,他の社会でも概ねそうでしょうが,データでみるとどうなのか。今回は,大学に入ってくる前の高校生の数学嗜好を,国ごとに比べてみようと思います。国際データのなかで,わが国がどこに位置づくのかが見ものです。

 OECDの国際学力調査のPISA2003では,対象の15歳生徒の数学嗜好を尋ねています。8つの項目を提示し,各々にどれほど当てはまるかを答えてもらう形式です。設問を掲げます。生徒質問紙調査のQ30です。


 いずれの項目においても,左寄りの回答ほど数学嗜好が強いことを意味します。これら8項目への回答を合成して,対象生徒の数学嗜好を測る一元尺度をつくってみましょう。

 「1」という回答には4点,「2」には3点,「3」には2点,「4」には1点という点数を与えます。この場合,回答した生徒の数学嗜好の強さは,8~32点のスコアで計測されることになります。全部1に丸をつけるバリバリの数学好きは32点,全部4を選ぶ超数学嫌いは8点となる次第です。

 私は,OECDサイトからローデータ(未加工データ)を入手して,このやり方にて,41か国・25万8,035人の生徒の数学嗜好スコアを計算しました。いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,分析対象から除外しています。
http://pisa2003.acer.edu.au/

 手始めに,日本とアメリカの男子生徒のスコア分布をみていただきましょう。日本は2,257人,アメリカは2,638人のスコア分布です。


 最頻値(モード)をみると,日本は8点の超数学嫌いが最も多く,アメリカでは24点が最多です。24点とは,8項目全てに「そう思う」と答えるレベルです。分布を全体的にみても,日本は低いほう,米国は高いほうに偏していることが分かります。
 
 これだけからも,男子生徒の数学嗜好は日本よりアメリカで高いことが明らかですが,その程度を簡易に表すため,スコアの平均点を出すと,日本は18.2点,アメリカは21.5点となります。これにて,「日<米」という事実が可視化されました。

 それでは,PISA2003の対象の41か国について,この数学嗜好スコアの平均点を算出してみましょう。ジェンダー差もみるため,各国の平均点を男女別に出しました。下図には,横軸に男子,縦軸に女子の平均点をとった座標上に,41の社会を位置づけたものです。


 日本は,男女とも最下位です。15歳生徒といったら高校生ですが,わが国は,高校生の数学嗜好が世界で最も低いようです。言いかえると,数学ギライが最も多い社会なり。

 先ほどサシで比較したアメリカは中間辺りであり,生徒の数学嗜好がもっと強い社会もみられます。図の右上には,北アフリカのチュニジアをはじめ,発展途上国が多く位置していますね。国力増強のため,理数教育に力が入れられているのか。それとも,理系人材が重宝されるのか。いろいろな事情が想起されます。

 なお斜線は均等線であり,この線より下に位置する場合,女子よりも男子の数学嗜好が強いことを意味しますが,予想通りというべきか,多くの国がこのラインより下にあります。ただタイだけは例外で,この熱帯国では男子より女子が数学好きです。人間はやっぱり,社会によって有様を変えられる社会的生き物なのだな,と思わされます。

 さて,以上のデータをどうみたものでしょう。ご存知の通り,わが国の生徒の数学的リテラシーは国際的にみて高い水準にありますが,悲しいかな,それに「意欲・態度」というものが備わっていないようです。

 それは,試験や大学受験という外圧がなくなった途端,メリメリと剥がれ落ちてしまう「偽」の学力であるともいえます。その昔,ある教育学者が「学力の剥落」という現象を指摘したことがありますが,日本ではそれが頻繁に起きているのではないかと危惧されます。

 今回のデータから,目の前の学生さんのレディネスというのが,どういうものかが分かりました。最強の学問である統計学の素養を身につけてもらうには,統計学の有用性を感じることのできる教材をふんだんに使う必要がありそうです。

 度数分布表から平均値を求めるやり方を扱ったときは,都内の地域別の平均年収を計算させましたが,あれなんかはウケてたな。このように,抽象的な内容の「有用性」を分からせる教材を用意するのも,教師のウデの見せどころですよね。がんばりませう。