どの段階の学校まで進みたいか。子どもの教育アスピレーションは,教育社会学研究者の関心事です。
よく取り上げられるのは,大学への進学を希望する子どもが何%かですが,その上の大学院はどうでしょう。各種の調査では,マックスのカテゴリーが「大学・大学院」と一緒くたにされていますが,IEAの国際学力調査「TIMSS 2015」では,両者が分離されています。
この調査の対象は,各国の小4(grade 4)と中2(grade 8)ですが,後者の生徒に,「どの段階の学校まで進みたいか」を問うています。私は,「Finish postgraduate degree」と答えた生徒の割合を計算してみました。
下図は,37か国を高い順に並べたランキングです。ドイツとフランスは,調査対象になっていません。下記サイトのリモート集計でやりましたので,粗い整数値になっていることをお許しください。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/
中東の諸国では,中2生徒の大学院進学志望率が高くなっています。トップのレバノンでは,7割近くです。
イスラーム諸国は科学技術教育に力を入れており,潤沢なオイルマネーを(理系の)高等教育につぎ込んでいるといいますが,その表れでしょうか。奨学金制度も充実しているそうです。
https://twitter.com/chutoislam/status/960767235164786688
アメリカは46%です。学歴主義の国で,大学院卒の学位の効用がはっきりしている社会ですからね。わが国と違い,実践的な職業教育の上でも,大学院は大きな位置を占めています。
さて日本はというと,中学生の大学院志望率はわずか3%で最下位となっています。大学への進学志望率は高いのですが,大学院となると,率がガクンと下がります。
この年齢では,大学院とは何たるかを知らないのかもしれません。あるいは,大学院に行ってもベネフィットはない,行き場がなくなるだけ損ということを,早くして心得ているのかもしれません。
とはいえ,たったの3%とはいかにも寂しい。しかしこれは生徒全体でみた数値で,勉強ができる生徒に限ったら,志望率がもっと高いかもしれない…。こういう希望をもって,理科の学力が高い生徒群の大学院志望率も出してみましょう。理科に注目するのは,大学院では理系専攻の比重が高いからです。
同じ「TIMMS 2015」において,理科の得点が625点以上の生徒を取り出し,上記と同じ意味での大学院進学志望率を国別に計算しました。横軸に生徒全体,縦軸に理科の高得点群の志望率をとった座標上に,双方が分かる31か国を配置すると,以下のようになります。
理科の高得点層の志望率が高いので,どの国も,斜線(均等線)より上に位置しています。全生徒との差をとると,アメリカは17ポイント,タイに至っては39ポイントも違います。理系学力が高い生徒は,躊躇なく大学院への進学を希望すると。
日本はどうかというに,全生徒は3%,理科の高得点層は7%で,大して変わりません。理科ができる生徒に限っても,中学生の大学院進学志望率は低いようです。
大学院の性格が違うといえばそれまでですが,才能ある若者が長く教育を受けることは歓迎されない,新人は22歳で入社させ一律「雑巾がけ」からやらせる,という日本企業の(しょーもない)慣行が表れているようにも思えます。
14歳の生徒も,それを感じ取っているのでしょうか。いやそうではない,大学院に関する情報の不足ゆえであって,もっと上の年齢になれば事態は変わる。検証する手はずはないですが,そう願いたいものですね。「教育大国」の名にかけて。