2020年4月26日日曜日

高等教育費の家計負担割合

 コロナの影響で,学生の生活が苦しくなっています。保護者の収入が減り,自分のバイトも切られる。1日の生活費が200円,13人に1人が退学を検討しているという,悲痛なニュースも目につきます。

 これはマズイと,学費を返還ないしは減免する大学も出てきました。たまたまめぐり合わせた不運で,教育の機会が奪われることがあってはなりません。学生さんは一人で思いつめることなく,大学や学生支援機構に相談してほしいと思います。家計が急変した人には,緊急奨学金も貸してくれるそうです。

 感染症によって,学生の生活が脅かされる,退学まで考えないといけないというのは,大学の学費がべらぼうに高い,日本ならでは問題といえるかもしれません。今は国立でも年額50万円超,私立は100万円近くでしょうか。この負担を重いと思っている家庭は多いはずです。

 私は10年間,中の下ないしは下の私大で教えましたが,「ホント,授業料高いですよねえ」という学生の声をよく聞きました。このレベルの私大だと,家計に余裕のない学生が多いので,そうだろうなと思っていました。たくさんバイトをし,奨学金もフルに借りて必死で学費を賄っている子が多し。

 しかし,聞き捨てならない憶測も耳にしました。「授業料高いの,大学の先生がどっぷり貰っているからじゃないですか?」。

 まあ根拠もなく,よくそんなことを言えるもんだと呆れ,「私みたいな非常勤講師は,君らのバイトと同じくらいの時給で働いているのだよ」と思いながら,ちょっと乱暴な口調で,次のように返していました。「ちげーよ,国がカネ出さないからだよ」と。

 2016年の統計によると,日本の高等教育費の負担内訳は,公費が30.6%,家計負担費が52.7%となっています(OECD「Education at a Glance 2019」)。公費より私費負担ののほうが多くなっています。これだけだと「国がカネ出さないからだ」という主張の根拠になりませんが,国際比較をするとそれが備わります。以下は,目ぼしい7か国の帯グラフです。


 日韓と米英は家計負担型で,仏と北欧は公費負担型となっています。フィンランドでは,家計負担割合がゼロです。この国の大学の学費は原則無償だそうですが,本当みたいですね。北欧は大学進学率が低いので,厚遇が可能なのではと思われるかもしれませんが,そうではありません。この点は後述します。

 日本の費用負担の構造が普遍的ではないことが分かります。同時に,日本では家計負担の割合が他国と比して大きいことも知られます。52.7%という数値は,上図の7か国の中ではトップです。

 比較の対象を広げるとどうでしょう。OECD加盟の32か国を,家計負担割合が高い順に並べると,以下のようになります。


 高等教育費の半分以上が家計負担で賄われているのは,南米の2国と日本だけです。日本の52.7%は,OECD加盟国の中では2位となっています。高等教育の費用負担を家計に押し付ける度合いが高い社会であるのは明らかです。

 普段から学生はせっせとバイトをして高い学費を払い,今回のような感染症に見舞われ,稼ぎ先を失うと,一気に生活困窮に陥る。この日本の光景が,数字で裏付けられた感じです。「やっぱりね」と膝を叩ている人も多いでしょう。

 なぜこういう事態になっているか。公費負担割合が少ないから,言い換えると,私が学生に言っているように「国がカネ出さないから」です。それは,高等教育への公的支出額の対GDP比で見て取れます。

 2016年の日本の値は0.42%となっています(上記のOECD資料)。学費無償のフィンランドは1.52%,日本の3倍以上です。この指標を,先ほど出した家計負担割合と絡めてみると面白い。

 以下に掲げるのは,2つの指標のマトリクスに32か国を配置したグラフです。各国の高等教育の学生量も考慮すべく,高等教育進学率をドットの色で表現しました。日本は63.6%で,これよりも低い国を白色にしています。国別の高等教育進学率は,「Global Note」サイトのものを拝借しました。下記リンク先に出ている,2018年の数値です。
https://www.globalnote.jp/post-1465.html


 32か国の配置をみると,大よそ右下がりの傾向があります。公的教育費支出の対GDP比が高い国,政府がカネを出す国ほど,家計負担割合が低い傾向です。それが最も色濃いのは右下のノルウェーで,フィンランド,スウェーデンといった北欧国も近辺にあります。

 日本はその対極で,国がカネを出さず,家計の負担割合が重い国です。左は家計負担型,右下は公費負担型というように括ることができます。予想はしていましたが,日本が前者の極地であることに失望しますね。

 傾向から外れている国もあり,左下のルクセンブルクは「あれ?」と思われるかもしれませんが,この国の高等教育進学率は19.2%と低いので,少ない国費支出でも,高等教育費の大半を「公」で賄うことができるのでしょう。

 右下の北欧諸国は,高等教育進学率が高くなっています。ノルウェーは82.0%で,日本(63.6%)よりもずっと高し。量的に多い学生の高等教育費のほぼ全額を公費で賄えるのは,国がカネを出しているからに他なりません(横軸)。

 北欧はもの凄く高い税金を取っているからだといわれるでしょうが,そこには立ち入らないことにします。ここで見取ってほしいのは,日本は,国がカネを出さず,家計の負担割合が重い国の極地であることです。

 学生さん,自分たちの窮状の要因についてお分かりいただけたでしょうか。声を大にして,負担緩和を国に求める余地は大有り。ただ政府も手をこまねいているのではなく,今年度より高等教育無償化政策が始まり,住民税非課税世帯の大学学費は無償になり,年収380万円未満の世帯の学費は減額されることになっています。消費税アップによる財源が充てられます。

 上図は2016年のデータによるグラフですが,直近のデータでは,日本もより右下にシフトしているはずです。どれほど右下の公費負担型に近づけるか。それは,われわれが発する声の大きさによります。まずは,コロナで苦しむ学生の救済に本腰を入れることを求めましょう。