2020年5月19日火曜日

9月入学で,小学校教員採用試験倍率はどうなるか

 コロナウィルスの影響で学校再開のめどが立たず,いっそ学期開始を9月にしたらどうかという案が出ています。そうなると,来年の新入生の入学も9月となります。

 9月入学の場合,来年(2021)度の小学校入学者は2014年4月から2015年8月生まれとする,という案が示されています。4月入学なら2014年4月から2015年3月生まれですが,9月入学だと,5か月分プラスされるわけです。

 当然,入学者は大幅に増えることになり,それに伴う施設や人員の不足が懸念されます。朝日新聞では,上記の案が実現した場合,来年の教員不足はどうなるか,教員採用試験の競争率はどうなるか,というシュミレート結果が報じられています。苅谷剛彦教授のグループの試算結果です。

 なかなか怖い結果が示されていますが,計算の過程はブラックボックスです。私は独自のやり方で,類似の作業を手掛けてみました。計算の方法も詳しく記述します。東京都を例に,説明いたしましょう。

 まず,厚労省『人口動態統計』から以下の数値を得ます。日本人の数値で,外国人は含みません。

 2014年4月から2015年3月の出生数=11万2412人
 2014年4月から2015年8月の出生数=16万444人

 前者は4月,後者は9月入学の場合の,2021年度小学校入学者数です。9月入学にすると,差し引き4万8032人入学者が増えることになりますが,この全てが都内の公立小学校に入ってくるとは限りません。他県に出る家庭もあるでしょうし,東京の場合,国私立の小学校もネグリジブルスモールではありません。

 ゆえに,いくらか割り引かないといけませんが,どうしたらいいでしょう。過去の経験事実を引くと,2012年4月から2013年3月の都内の出生数は10万8617人で,2019年5月1日時点の都内の公立小1年生児童数は9万8565人。前者に対する後者の比率は90.7%です。想定コーホートのうち,都内の公立小に入ってくるのは9割くらいのようです。

 先ほどの4万8032人に,この比率(90.7%)をかけると4万3587人となります。これが,9月入学以降に伴う,都内の公立小入学者の推定増加数です。これにより,新たに教員が何人必要になるか。

 公立小学校の1学級あたりの児童数分布をみると,最近では26~30人の階級が最多です。そうですねえ。1年生なんでちょっと少な目に見積もり,仮に1学級25人とすると,1743人の担任教員の需要が発生することになります。9月入学にシフトし,2014年4月から2015年8月(17か月)の出生児童を受け入れるとなると,東京では公立小学校の教員が新たに1743人必要となると。

 同じやり方で,新規需要教員数を県別に出すと,以下のようになります。


 入学者の増加幅が大きい都市部では,新規需要教員数が多くなります。東京,神奈川,大阪,愛知では1000人超えです。

 上表に示された新規需要教員の半数を正規採用で賄うとすると,東京では872人採用を増やさないといけなくなります。2019年度の公立小学校の新規採用教員数(2103人)に,この数を足すと2975人。2019年度の公立小学校教員採用試験受験者(3822人)をこれで割ると,競争率は1.28倍となります。 

 9月入学とし,17か月の出生幅の児童を入学させるとなると,東京の公立小では教員採用を872人増やさねばならず,その結果,教員採用試験の倍率は1.28倍まで落ちてしまうと。突破率8割近くの,イージーな関門になっちゃいます。

 同じやり方で,教員採用試験の推定競争率を県別に出すと以下のごとし。政令市の分は,当該市がある県の分に含めています。


 色をつけているのは,2倍未満の県です。受験者の半数以上が通ってしまう。濃い色は1.5倍未満で,東京は1.28倍,最も低い新潟は1.00で,突破率ほぼ100%になってしまいます。朝日新聞記事でも言われていますが,「教員採用,希望者全入」です。

 試験を受ける学生さんは諸手を上げて喜ぶでしょうが,採用側にすれば,教員の質の低下の懸念はぬぐえません。教職課程はFラン大にもあることから,学力レベルが同世代の中央値にも及ばない人が教壇に立つことにもなるでしょう。昨年,神戸の小学校で教員間いじめが発覚し,世間を震撼させましたが,こういう事案も増えてくるかもしれません。

 ちなみに,朝日新聞で紹介されている苅谷教授らの推計では,もっと厳しい結果が示されています。特別な支援を要する児童,ないしは外国人などの存在も考慮し,必要教員数を上記よりも多く見積もっているのでしょうか。まあいずれにせよ,困った事態になることは,私のラフな試算でも明らかです。

 人員面だけでなく,施設・設備面でも困難が生じるでしょう。苅谷教授が言われているように,「エビデンスを踏まえ,冷静な議論が必要である」と感じます。

 大学入試共通テストの記述式導入もですが,必要となる条件整備が可能かもよく吟味せず,政治家の思い付きで突飛な改革案が出される傾向があることに,強い危機感を抱きます。条件整備が伴わない改革は,現場を混乱させるだけで,百害あって一利なしです。