2020年10月24日土曜日

止まらない不登校の増加

  文科省の『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』(2019年度)の結果が公表されました。子どもの問題行動の公的統計といったらコレです。

 新聞では,いじめの件数が過去最多という点が強調されてますが,これは,いじめの把握に本腰が入れられているからです。いじめの件数は,当局の取り締まり姿勢に大きく左右されるのはよく知られています。都道府県比較をしている記事もありますが,あまり意味はありません。むしろ,数が多い地域を褒めたたえるほうがいいです。

 私が関心を持ったのは,不登校の児童生徒数です。これは,不登校(学校嫌い)という理由で年間30日以上休んだ子の数であり,当局の恣意には動かされにくい数字です。義務教育段階の,小・中学校の不登校児の数をグラフにすると,以下のようになります。原資料に出ている。1991年度以降の推移です。


 2001年度まで上がり続けた後,微減の傾向になりますが,2012年以降は再び上昇しています。2019年度の不登校児は18万1272人で過去最多です。いじめのような他人に危害を加える行為と同時に,子どもの逃避傾向も強まっているようです。

 少子化で児童生徒数は減っているにもかかわらず,不登校児はこの有様。全数に占める不登校児の率(出現率)は当然うんと上がっていて,1991年度では0.47%だったのが,2019年度では1.88%です。中学生に限ると3.94%,およそ25人に1人となります。

 最初の上昇の局面(2001年度まで)は,平成不況の深刻化により,親が失職するなどして家庭の状況が急変し,そのことで精神的に不安定になったことなども考えられます。

 では,第2の上昇局面はどうでしょう。学校不適応が増えているという事実は確かですが,自宅にてネット動画等で勉強できるので,学校に行くインセンティブが薄れている,ということではないでしょうか。ネットの普及はだいぶ前からですが,2012年以降の特徴は,スマホという小型機器が出回っていることです。良好な教育用動画(無料)もYouTubeで配信されるようになり,その質といったら,学校の授業顔負けです。

 また,ネットでのビジネス(有料note公開,ブログでの広告料収入…)で月収7ケタを稼ぐ,ものすごい中学生も出てきています。こういうビジネスへの参入に年齢の壁はなく,子どももどんどんトライするようになっています。それにのめり込み,学校には月に数回しか行かない。むろん,親や教師から公認です。

 情報化社会の中で,学校という四角い空間の立ち位置が揺らいでいるわけです。まあこれは,大きな社会状況の話であって,よりミクロに見れば,対人恐怖とか,いじめを苦に登校できないとかいう人間模様も見えてくるでしょう。

 しかしですね。不登校の要因分布をみると,期待と違うといいますか,抽象的なカテゴリーの比重が大きいのです。以下に掲げるのは,公立小・中学生の不登校児について,不登校の主な要因の分布を示した表です。


 小・中学生とも,いじめを苦にした不登校児はほとんどいません。いじめ以外の友人関係問題というのも,さほど多くはありません。小学生で10.1%,中学生で17.3%程度です。

 では何が多いかいうと,無気力・不安です。小学校の不登校の41.2%,中学校の39.7%は,この要因によるものであるのが知られます(他を捨象した,主要因という意味ですが)。カタカナでいうとアパシー,要するに「だるーい,行きたくねー」というもので,不安は集団が怖い,といったものでしょうか。ただ,上述のようなネットビジネスにのめり込む,動画に見入るといった理由も,このカテゴリーに放り込まれている可能性もあります。

 「だるーい,学校行きたくねー」というのは怠けのように思えますが,先ほど書いたように,学校が子どもをつなぎとめるボンドは確実に揺らいでいます。昔のように,知を与えてくれる唯一の殿堂ではないのです。こういう状況のなか,子どもが朝,無気力ともとれる反応を示すのは無理からぬこと。不登校は,以前は治療すべき病理とみなされていて,社会病理学のテキストでも1チャプターが割かれていたものですが,今は違って,むしろ生理現象(自然なこと)ともとれると。

 不登校への認識が変わっていることを示す事実もあります。文科省の問題行動調査は,以前は児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』でしたが,2016年度以降は,冒頭に記した通り『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』に変わっています。

 趣旨はお分かりですね。問題行動と不登校が切り離されています。要するに,不登校は問題行動ではないってことです。

 あと一つ,統計表をお出ししましょう。不登校の状態が長引いている長期不登校児の数と,学校外の機関や自宅での学習をもって,指導要録上出席扱いと認められた児童生徒の数です。不登校の急増第2期の始点である2012年度(最初のグラフ参照)と,最新の2019年度の対比です。


 前年度からの継続不登校児も増えていますね。不登校児全体に占める率は,2012年度は48.5%,2019年度は51.0%で半分を超えています。不登校の増加と同時に,長期化も進んでいるようです。

 学校外や自宅での学習を,指導要録上の出席として認めようという機運も高まっています。学校外のフリースクール等での学習が出席扱いとされた児童生徒は1万5374人から2万5535人,自宅でのIT学習が出席扱いと認められたのは156人から552人へと増加です。校長の判断で,こういう措置もとられるようになっています。不登校への見方が変わってきていることが表れています。全数に対する率はまだまだ小さいですが,今後,高まりこそすれ,その逆はないでしょう。

 情報化社会においては,学校だけが教育の場であり続けることはできない。学校の領分はどんどん縮小し,代わって,人々の自発的な学習ネットワークが台頭してくるであろう。1970年代にして,イヴァン・イリッチは著書『脱学校の社会』において,こう予言しました。それが現実のものとなろうしています。

 しかし,教育の専門機関としての学校が全くの用なしになるなんてことは予想しがたい。前近代社会と違い,高度化した社会における人間形成(社会化)は,学校という専門機関において,教員という専門職の手でなされないといけません。ただ,その聖域性(稀少性)が薄れつつある現在,学校でしかなし得ないことを明確に説明できなくてはならないのです。一方通行の授業だけなら,自宅で動画を見ればいいと,生徒は登校してきません。「アクティブ・ラーニング」は新学習指導要領のキーワードですが,生徒参加型の「濃い」授業の構築が求められるのです。

 今ほど,教員の専門職性が求められる時代はないといえましょう。教員につまらない雑務をたくさんやらせ,その専門職性を阻害している場合ではないのです。