2020年11月17日火曜日

福祉産業の闇

  社会福祉法人の理事長から性被害やハラスメントを受けたとして,女性職員が訴える事件が起きています。東京税理士会でも同種の告発が起きています。

 こうやって明るみになる事件は稀で,実態としては数えきれないくらい起きていると推測されます。その背景として,就業者の多くは女性であるにもかかわらず,経営者は男性で占められている,という福祉産業の構造が挙げられています。立場上弱い人が強い人から被害を受ける,失職や報復を逸れ,なかなか被害を訴えられない,訴えても相手にされない…。こういう現実があるようです。

 就業者(現場要員)の多くは女性,しかし経営者の多くは男性。こうした歪みを統計で可視化するのは難しくありません。上記の社会福祉法人は障害者福祉事業を主に行っているようですが,当該産業の就業者の男性比は37.9%ですが,管理職に限ると70.1%を占めています(2015年,『国勢調査』)。この2つの対比から,管理職が男性に偏しているのは明らかです。

 管理職の男性偏り度は,管理職の男性比が,就業者全体の男性比の何倍かで数値化できます。2015年の『国勢調査』の抽出詳細集計から,253の産業のデータを出せます。管理職の男性偏り度が大きい20の産業をピックアップすると以下のようです。


 管理職の男性偏り度が上位20位の産業です。福祉(赤字),小売業,病院といった業界ですね。これらの産業で働く人は女性が多いのですが,管理職に絞ると男性が多いと。

 首位の児童福祉産業では,就業者全体では7.9%でしかない男性が,管理職では56.9%をも占めています。男性から管理職が出るチャンスは,通常の7.21倍であるのが知られます。ものすごい偏りです。保育所や幼稚園をイメージすると,分かるような気がしますね。保育士や教諭は女性が大半にもかかわらず,法人理事や園長は男性が多いと。

 この産業がどういう事態になっているかを,円グラフで視覚化すると以下のようになります。


 偏りが明瞭ですよね。もはや人為的な是正が必要なレベルです。上表にリストアップされた産業では,権力関係に基づく性的ハラスメントが頻発していないか,従業員へのアンケートなどを行って点検する必要があるでしょう。

 先ほどの表から,危険度が大きいのは福祉産業であることが分かりますが,地域による違いもあります。対策の音頭を取るのは地方自治体であることが多いと思いますので,『国勢調査』から分かる都道府県別のデータをお見せしておきます。

 産業中分類の「社会保険・社会福祉・介護事業」について,就業者の男性比と管理職の男性比を都道府県別に出し,後者が前者の何倍かを計算しました。以下の表は,47都道府県を高い順に並べたランキングです。


 福祉産業の管理職の男性比は,就業者全体の男性比の何倍か。都道府県別にみると,1.93倍から5.22倍の分布幅があります。最も高いのは福井県で,通常からした5倍以上の偏りです。奇遇にも,上位3位は北陸県となっています。

 福井県は,福祉産業の就業者の男性は17.6%ですが,管理職に限ると91.7%が男性であると。これは県として,是正のアファーマティブアクションをとるべきではないでしょうか。具体策として,管理職の男性比を適正範囲に制限することが考えられます。たとえば,就業者全体の男性比の0.5~2.0倍の範囲内にする,というのはどうでしょう。

 最初の表によると,児童福祉産業の就業者の男性比は7.9%ですので,この基準だと,管理職の男性比は3.9%から15.8%の範囲でないといけません。しかし現実は56.9%であると。これは常軌を逸しており,人為的な是正が求められるレベルであるというのは,多くの人が頷くところでしょう。

 福井県の福祉産業従事者の男性比は17.6%なんで,管理職の男性比の適正値は8.8%から35.2%までとなります。ですが現実は91.7%,繰り返しますが,県として是正のアファーマティブアクションが要請される所以です。

 これから重要性を増す福祉産業ですが,性暴力やハラスメントがまかり通るようなことがあってはなりません。それを防ぐうえでまずなすべきは,研修でくだくだと道徳を説くことではなく,人的配置のジェンダー的偏りを直すことです。