2013年4月9日火曜日

教員の生活時間の変化

 総務省の『社会生活基本調査』は,さまざまな属性の人間の生活を知ることができるスグレモノです。『国勢調査』や『労働力調査』といったメインの統計に隠れてあまり目立たないのですが,もっと活用されて然るべきかと思います。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

 今回は,本調査のデータを使って,教員の1日をのぞいていみようと思います。ここでいう教員とは,学校教育法第1条で定める学校の教員のほか,専修学校や各種学校等の教員も含みますが,母集団の組成からして,大半が小・中・高の教員とみてよいでしょう。

 調査報告書には,10月中旬の調査日における,20の行動カテゴリーの平均時間が掲載されています。私はこれをもとに,教員の1日を再構成してみました。2001年と2011年の調査結果を比較することで,この10年間の変化も押さえましょう。

 下表は,平日と日曜に分けて,1日あたりの各行動の平均時間を示したものです。全行動カテゴリーの平均時間の総和は1,440分(24時間)となります。


 2011年の平日をみると,睡眠時間は403分(6時間43分),仕事時間は546分(9時間6分)ですか。後者は,10年前に比して37分増えています。一方,睡眠時間は減っています。日曜でも,同じような傾向がみられます。

 上表から読み取れる最も目立つ変化は仕事時間の増加ですが,近年,教員への管理や締め付けが強まっていることを思うと,さもありなんです。

 ところで,あと一つ,気になる変化がみられます。学習・研究時間の減少です。これは,自由時間の中で自発的な意志に基づいて行うものであり,職務の一貫としてなされる研修は含まれません。こうした自発的な学習・研究時間の平均時間が減じています。

 上表の数値は,調査日に当該の行動をしていない者も含めた「総平均時間」ですが,行動を行った行動者に限定した平均時間でみるとどうでしょう。調査用語でいう「行動者平均時間」です。


 平日は微増ですが,日曜では181分から150分へと30分も減っています。調査日に自発的な学習・研究を行った者の比率が低下しているのは,平日も日曜も同じです。

 総じて,この10年間で教員の自発的な学習の頻度は下がっているようです。教員は知識・技術の伝達者である以上,絶えず学習や修養に励まねばなりません。このことは,法律でも規定されています(教育基本法第9条1項)。

 しかるに,法がいう「研究や修養」は,強制されて行う研修だけからなるのではなく,自らの意志で自発的に行う学習・研究も大きな位置を占めています。

 昨年の8月下旬に公表された中教審答申では,教員を「高度専門職」と位置づける方針が明示されていますが,専門職を性格づける重要な要素は自律性です。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325092.htm

 大学教員のごとく,教える内容の自由を初等・中等教育機関の教員に保証するわけにはいきませんが,できること(なすべきこと)はあります。彼らにヒマを与えることです。ここでの文脈に則していうと,教員が自発的に学習や研究に取り組めるような時間を担保することです。

 しかしながら,目下,逆の方向に動いています。2009年度から教員免許更新制が施行され,教員は多忙な時間を割いて大学等で免許状更新講習を受けることを強いられていますし,最近の報道によると,学校週6日制への回帰が志向されていたり,夏休みに合宿形式の高度研修を行う方針を打ち出した自治体があったりと,不安材料は数多し。

 私にいわせれば,夏休みは全面オフにすべきであると思います。長期休業の間くらい,教員らを「黒板とチョークの世界」から解放し,違った世界に触れさせてみてはどうでしょう。そのことが,彼らの人間の幅を広げ,上記の答申が教員の重要な資質として指摘している「総合的な人間力」を涵養することにもなるかと存じます。

 野放しにしたら遊び呆けるだけだろう,といわれるかもしれませんが,そうとは限りますまい。この点については,昨年の8月14日の記事もご覧いただければと思いますが,やってみなければ分かりません。

 自発的な学習・研究の頻度は,専門職のメルクマールと読むこともできます。2016年の『社会生活基本調査』から分かる,教員の自発的な学習・研究時間(実施率)はどうなっていることか。それによって,教員を「高度専門職」とみなす当局の方針がどれほど具現されたかが教えられることになるでしょう。

2013年4月8日月曜日

都道府県別の有業男女の朝食欠食率

 新年度が始まり一週間が過ぎましたが,いかがお過ごしでしょうか。寒暖差が激しかったり,爆弾低気圧がきたりと,天候は穏やかでありませんが,頑張ろうではありませんか。私は,明後日の水曜が初出勤です。

 唐突ですが,朝食をきちんと食べていますか。朝食は1日の活力の源ですが,近年,国民の間で朝食欠食傾向が強まっているといわれます。3月17日の記事でみたところによると,20代前半の有業男性の朝食欠食率は4割近くにもなります(平日)。5人に2人です。

 社会に出て間もない年齢層ですが,深夜まで働いて朝は出勤ギリギリまで寝ているため,時間がないのでしょうか。女性にあっては,太りたくないという痩身願望から,意図的に朝食を抜く人もいるかと思います。

 しかるに,朝食を抜くと昼食時に摂取したカロリーが過剰に蓄積されるため,肥満につながりやすいといわれます。また,今朝の朝日新聞Web版の記事によると,朝食を食べたり食べなかったりする人はメタボになる確率が高いのだそうです。
http://www.asahi.com/tech_science/update/0408/TKY201304070226.html

 朝食を抜くと,いいことはなさそうです。当局も,国民の朝食欠食傾向には懸念を持っているようであり,「早寝早起き朝ごはん運動」なるものを展開すると同時に,毎年,朝食欠食率のような統計指標を公表して注意を呼び掛けています(厚労省『国民健康・栄養調査』)。

 私は,県別の数値を知りたいと思い,当該の資料にあたってみたのですが,目的の情報は載っていませんでした。全国値だけでなく,自分の地域の状況を知りたい,という関心を持っているのは私だけではありますまい。いろいろ探査したところ,総務省『社会生活基本調査』のデータを加工することで,県別の有業男女の朝食欠食率を出せることを知りました。その結果をご報告します。

 2011年の『社会生活基本調査』の結果によると,10月中旬の調査日(平日)において,朝食摂取行動をとった者の比率は,有業男性で76.1%,有業女性で82.6%となっています(A調査,平均時刻編,統計表2-1)。よって,朝食欠食率はこれを裏返して,順に23.9%,17.4%となります。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/h23kekka.htm

 本調査の対象は10歳以上の国民ですが,仕事を持っている有業者の場合,ほとんどが成人と考えてよいでしょう。有業成人の朝食欠食率は,まあこんなものかと思います。

 私はこのやり方にて,47都道府県の有業男女の朝食欠食率を明らかにしました。資料的意味合いを込めて,一覧表を提示します。


 男性でみると,最高は東京の29.8%,最低は和歌山の14.5%です。両者では倍の開きがあります。大都市・東京では遠距離通勤が多いためでしょうか。隣接する千葉や神奈川の値も高くなっていますね。

 女性の場合,順位構造はちと違っていて,沖縄が最も高くなっています。沖縄は女性アイドル産出県といいますが,若い女性の痩身願望が強いのでしょうか。でも,先ほど述べたように,朝食欠食は肥満につながりやすいことを認識すべきかと思います。

 予想通りといいますか,朝食欠食率は県によって異なっています。各県の都市性の程度と直線的に相関しているというような,単純な構造でもありません。各県の啓発活動の有様など,多様な要因が関与していることでしょう。

 過去の『社会生活基本調査』のデータと接合させることで,時代変化も明らかにできます。自県の数値が10年前(2001年)と比してどう変わったかを調べ,それをもとに,この間に実施した政策の効果を検討する。こういう課題も考えられます。

 上表の有業男性の朝食欠食率を地図化したものをツイッターに掲げていますので,リンクを張っておきます。興味ある方はご覧あれ。
https://twitter.com/tmaita77/status/317555960556175360

 最後に,あと一つの作業をしましょう。2011年5月17日の記事では,文科省の『全国学力・学習状況調査』(2010年度)の結果をもとに,公立小学校6年生と中学校3年生の朝食欠食傾向児率を県別に出しました。

 そこで出した子どもの朝食欠食率は,上表の大人のそれとどう関連しているのでしょう。有業男性と公立中学校3年生の朝食欠食率の相関をとってみました。下図は相関図です。


 ほう。大人の昼食欠食率が高いほど,子どものそれも高い傾向にありますね。相関係数は+0.524であり,1%水準で有意です。公立小学校6年生の朝食欠食率とは+0.363という相関でした。こちらも統計的には有意です。

 子どもは大人の鏡といいますが,やはり連動するものですね。健全な食習慣は早いうちからと,今の学校現場では食育の実践が盛んですが,朝食も食べないで慌ただしく出ていく親の姿を子どもが日々目にするようでは,その効果は半減してしまいます。大人がしっかりとした範を示す必要がありそうです。

 2011年6月12日の記事でみたところによると,子どもの朝食摂取率は学力と正の相関関係にあります。通塾率などよりもずっと強い相関です。変ないい方ですが,子どもの高い教育達成を望むなら,あくせく勉強させようと構えるよりも,自分の生活を律することから始めたほうがよいのではないでしょうか。

 新年度の始まりを機に,「生」の基本を見つめ直すというのも,またよいかと思います。

2013年4月7日日曜日

20代前半時における人口減少

 下の統計表は,総務省『国勢調査』から採集した,2005年と2010年の年齢層別の日本人人口です。ナナメにたどることで,この5年間における世代人口の増減を知ることができます。2005年の15~19歳人口は,5年後の2010年には20~24歳となります。
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/index.htm


 この世代の人口量は,10代後半から20代前半にかけて,650万人から616万人へと減じています。33万4千人の減少。これって何なのでしょうか。

 ツイッター上でいただいたコメントによると,就職等で離家する際,住民票を移さない者が多く,居所不明として処理される者が多いのではないか,ということです。また学生の中には,面倒くさいとか個人情報の流出が怖いとかいう理由で,調査への回答をしない者がいる可能性があるとのこと。

 なるほど。国の基幹統計である『国勢調査』をもってしても,人間の頭数を正確に把握するのって,結構難しいのですねえ。

 ちなみに,10代後半から20代前半にかけての世代人口の減少幅は,近年になるほど大きくなっています。下図は,様相を視覚化したものです。この図式を考案された,東洋大学の根本祐二教授のネーミングにならって,コーホート図と呼ぶことにします。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480066916/


 20代前半の谷が徐々に深くなっています。10代後半から20代前半というライフステージにおいて,人口が減る度合いが年々大きくなってきている,ということです。2005~2010年にかけての減少量は33万4千人なり。結構な量です。

 上の図は,どういうことを表しているのでしょう。先ほど述べたような,『国勢調査』の精度の低下でしょうか。国際化・グローバル化の進展により,初任地が海外という若者が増えたのでしょうか。読売新聞の「人事の眼」をみると,新入社員は海外に行ってもらう,という人事担当者の発言がよく載っています。

 また,展望が持てない日本に愛想を尽かして海外に移住する「外こもり」の増加,ということも考えられます。この点については,下川裕治さんの『日本を降りる若者たち』講談社現代新書(2007年)でいわれていたような気が・・・。幻冬舎から出ている指南本も結構売れているそうな(保田誠『外こもりのススメ』幻冬舎コミックス,2008年)。

 なお,コーホート図を凝視すると,10代という少年期における人口減少傾向も高まってきています。「小中高校生のうちに留学する子どもたちが増えつつある」という報告もあります。
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/asahishimbun/product/2013021400008.html

 上記リンク先の朝日新聞Web新書では,「捨てられる日本教育」というフレーズが掲げられていますが,子どもや若者にとっての日本社会の魅力度が落ちているのでしょうか。今後,上記のコーホート図の谷はますます深くなっていくのか・・・。

 『国勢調査』の技術的な問題ゆえかもしれませんが,少し気になったので,統計表と統計図をここに載せておきます。

2013年4月6日土曜日

なぜ就職失敗で自殺するのか(1976年社説)

 前々回の記事では,就職に失敗した大学生の自殺率を試算したのですが,通常に比してかなり高い値が観察されました。

 ところで,就職失敗を苦にした大学生の自殺は昔もあったようであり,新聞記事検索データベースに「就職失敗*自殺」という語を入れてみると,事件を報じる記事がわんさとヒットします。明治期・大正期のものも結構あります。

 しかるに,社会問題化するには至っていなかったようであり,識者のコメント記事が出てくるのは,だいぶ時代を下ってからです。1976(昭和51)年1月26日の読売新聞に,「なぜ就職失敗で自殺するのか」という社説が載っています。私が生まれた年ではないですか。この記事を読んでみましょう。


 「卒業を目前にしながら,就職を苦にした,大学生の相次ぐ悲劇(自殺)」(カッコ内は引用者)が目立つとされ,その背景要因について述べられています。

 いわれているのは,「受動的な生き方しかできない弱々しい若者」だとか「彼らを取り巻く冷酷で強大な管理社会の現実」だとか,いい学校→いい会社という画一コースしか頭にない,というようなことです。

 これだけでは「ふーん」ですが,最後のほうに面白いことが書かれています。「これから社会に巣立つヒナドリが,その羽ばたきの前にたたき落とされた孤立と絶望感は,周囲の想像を超えたものかも知れない。その悩みに耳を傾けるはずの人間関係は,どこでも途絶えがちである」とされ,友がいない高校生が20%という調査データが紹介されています。

 就職の希望が叶えられなかった学生にしても,不安な心境を聞いてくれる者がいるのといないのとでは,自殺に傾斜する確率は大きく異なると思われます。親元を離れて一人暮らしをしている者が多い大学生にあっては,悩みに耳を傾けてくれる人間として重要な位置を占めるのは友人でしょう。

 友がいない大学生が何%というようなデータは知りませんが,今の大学生にあって,友人関係をはじめとした各種の「縁」が薄れていることを示唆する統計があります。それをみていただきましょう。

 ご覧いただくのは,大学生の1日です。総務省の『社会生活基本調査』では,10月中旬の調査日における対象者の生活時間を調べています。私は,大学生の平日の過ごし方が,この10年間でどう変わったのかを明らかにしました。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

 下表は,2001年と2011年の結果を比較したものです。各行動の平均時間の総和は1,440分(24時間)となります。2001年調査では大学院生も含まれていますが,サンプルの上ではごく少数なので,大学生の結果と読んでよいでしょう。


 この10年間で学業時間(授業時間含む)が大幅に増え,交際・付き合いの時間が減っています。学業時間が増えているのは,学生にもっと勉強させようという,当局の締め付けが強まっているためでしょう。2008年の中教審答申では,「学士力」という概念が提示され,大卒者に授与される学士号学位の質をきちんと担保しようという方針が打ち出されています。

 また,同じ2008年に起きたリーマンショックにより就職戦線が一段と厳しさを増すなか,学生の間に自己防衛の気風が高まっていることの表れとも読めます。
 
 上表の数値は,対象者全体の平均行動時間ですが,調査日に「交際・付き合い」をしたという者に限定して平均時間を出すとどうでしょう。調査用語でいう「行動者平均時間」です。付随情報として,当該行動をとった者の比率(行動者率)の変化もみてみましょう。


 行動者に限定すると平均時間は長くなりますが,平日でみると,この10年間で平均時間が14分減っています。調査日に交際・付き合いをしたという者の比率も減じています。日曜では,行動者の平均時間は伸びていますが,行動者率は減少。このことは,休日における交際・付き合い行動の分極化(差の拡大)を意味しているともとれます。

 大局的にみて,大学生の交際・付き合いの頻度は減少しているようです。学業時間の増加も併せて考えると,この10年間の大学生の変化は,「ウチ化,マジメ化,ガリ勉化」とでも形容できそうですね。

 大学生の就職失敗自殺の増加は,悩みを聞いてくれる友を持たない,大学生の孤立化傾向と関連しているかもしれません。自殺とは,孤立の病なり。上記の記事から37年経った現在においては,「悩みに耳を傾けるはずの人間関係」を持たない大学生は,ますます増えていることでしょう。

 さて上の社説は,「孤独な悩める者に支えの手をかすのは,社会の義務である」とし,「主婦らの無料奉仕が中心で発足した『いのちの電話』には,日夜,こうした訴えが殺到しているというが,国,自治体,大学,あらゆる機関でのカウンセリング活動の拡充は急務である」と指摘しています。

 問題の構図は今も変わりませんね。大学生の就職失敗自殺は,就職難と関連していることは論を待ちませんが,そうした社会的大状況と学生個々人の間にある,人間関係という要素に注目している点で,この記事の視点はユニークだと思いました。私が生まれた頃にして,こういうことがいわれているのも興味深い。

 昔の新聞や資料から,今問題になっている事象の底に流れているものを汲み取ることができます。私はこういうことを念頭において,暇をみては図書館通いしています。

2013年4月5日金曜日

東京都の教職教養の必出・頻出事項(2014年度試験対策用)

 新年度がスタートしましたが,晴れたり曇ったり,気温の差が激しかったりと,天候が安定しない日が続いています。体調管理に気をつけたいものです。

 さて,この夏に教員採用試験を受験する方は,そろそろ勉強に本腰を入れ始めておられるのではないでしょうか。手順としては,受験する自治体の出題傾向を観察し,頻出事項を検出し,それを押さえた後,学習の範囲を徐々に広めていく,というやり方が効率的です。

 今回は,東京都の試験を受けようという方のお手伝いをさせていただこうと思います。過去5年間の教職教養試験において,出題頻度が高い事項をピックアップしてみました。参照した資料は,時事通信社『教員養成セミナー』の2013年2月・3月号に掲載されている,「全国出題頻度表2009→2013~教職教養編~」です。

 私は,2009~2013年度の5回の試験において,出題回数が5回と4回という事項を拾ってみました。前者は,毎回欠かさず出題されている「必出事項」です。後者は,それに準じる「頻出事項」です。検出された必出事項は2,頻出事項は15でした。下表をご覧ください。


 全体的にみて,教育課程の国家基準である学習指導要領がよく出題されています。学習指導要領の変遷史は必出です。学習指導要領はおおよそ10年間隔で改訂されてきていますが,改訂の内容を時代順に並べ替えさせる問題が多いようです。

 生活科の創設,総合的な学習の時間の創設,教育課程の基準性明示,教育内容の現代化・・・。それぞれの時代状況に則した,さまざまな改訂がなされた経緯がありますが。時代順に並べ替えられますか?

 分厚い教育史のテキストを引っ張り出して,細かい事項まで覚える必要はありません。各年の主な改訂内容をキーワード形式で覚えておくだけで,十分に対処できます。拙著『教職教養らくらくマスター』では,以下のような整理をしています。ご参考までに。


 毎年出題されている,あと一つの必出事項は「児童の出席停止」です。大都市の東京では,学校で荒れ狂う子どもが多いのでしょうか。こういう性行不良の児童・生徒がいる場合,保護者に当該児童・生徒の出席停止を命じることができるとされています(学校教育法第35条)。命令を出す主体は,市町村の教育委員会です。

 この制度の趣旨は他の子どもの学習権を確保することであり,いわゆる懲戒・懲罰とは違います。また,出席停止を命じる際は,「あらかじめ保護者の意見を聴取する」こと,「出席停止の命令に係る児童の出席停止の期間における学習に対する支援その他の教育上必要な措置を講ずる」ことにも要注意。

 あと一点,特記しておくべき事項は,頻出事項の中の「学生・生徒等の懲戒」に関する法規でしょう。具体的にいうと,学校教育法第11条です。重要な条文ですので引用します。

 「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない」。

 大阪の高校での体罰自殺事件を受けて,体罰が大問題になっています。上記の法規定は,東京に限らず,どの自治体でもおそらく出題されることと思います。上の条文は諳んじることができるまでに繰り返し読み込んでおきましょう。

 この点に関連して,文科省は3月13日に「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」という通知を出しています。そこでは「懲戒と体罰の区別について」という項が設けられ,法で認められている懲戒と体罰の線引きポイントが示されています。しっかりみておきましょう。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1331907.htm

 ざっとこんなところでしょうか。東京都の試験を受けられる方は,まず上表の必出・頻出事項をしっかりと押さえた上で,学習の範囲を徐々に広げていくやり方が効率的かと存じます。他の自治体を受験される方は,時事通信社の原資料にあたって,同じデータをつくってみるとよいでしょう。さして時間はかかりません。

 しかし,教員採用試験の教職教養では,私が専攻する教育社会学や教育史って,蚊帳の外なんだなあ。社会階層だとか,階層と学力だとか,そんなこと面接で口にしたら一発でアウトだろうな。まあ,学問としての教育学と試験での教職教養は違うっていうことで・・・。

 教員採用試験受験予定のみなさん,がんばってください。

2013年4月3日水曜日

就職に失敗した大学生の自殺率

 就職失敗を苦にした大学生の自殺が社会問題化していますが,就職に失敗した大学生がどれほどの確率で自殺に至るかは,あまりに明らかにされていないようです。警察庁が公表している自殺者の実数はベースを考慮していないので,自殺確率の測度としては使えません。

 私は,文科省と厚労省が毎年実施している『大学等卒業予定者の就職内定状況調査』の結果をもとに,就職に失敗した大学生の数を割り出せることを知りました。警察庁公表の自殺者数をこの数で除して,就職に失敗した大学生の自殺率を試算してみようと思います。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/131-1b.html

 2011年度の上記資料によると,2012年4月1日時点の大学卒業者の状況は,次のように報告されています。就職希望率が68.9%,うち就職率が93.6%です。

 この2つの数字を使って,同年春の大卒者の成分を明らかにできます。まず就職非希望者は,100.0-68.9=31.0%です。就職者は,68.9×0.01×93.6=64.5%です。そして残りの4.4%が,就職を希望しつつも最後まで内定が得られなかった,就職失敗者ということになります。

 この年の大卒者のうち,就職失敗者の比率は4.4%ということが分かりました。文科省『学校基本調査』に掲載されている,同年春の大卒者は55万8,692人。したがって,実数にして2万4,636人の就職失敗者が出た計算になります。*小数点も考慮したExcelでの計算結果です。

 警察庁の『平成24年中における自殺の状況』によると,2012年中における,就職失敗を苦にした大学生の自殺者数は45人。よって,就職に失敗した大学生の自殺率は,45/24,636≒182.7となります。ベース10万人あたりの自殺者数です。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm

 私は同じやり方で,他の年についても,就職に失敗した大学生の自殺率を出してみました。下表は,2007年以降の推移をまとめたものです。比較対象として,人口全体の自殺率も掲げました。こちらは,上記の警察庁資料に載っているものです。


 就職に失敗した大学生の自殺率は波動を描いて推移していますが,2012年の値は過去最高となっています。

 「お祈りメール」なるものを何十通,何百通も受け取り,自我を大きく傷つけられ,かつ今後の展望に不安を抱いている集団です。彼らが自殺に傾斜する確率は,通常に比して格段に高いというのも,うなずけるところです。2012年の人口全体の自殺率は21.8ですから,就職に失敗した大学生の自殺確率は通常の8.4倍ということになります。

 本ブログの至る所で書いてますが,こういうのって,わが国に固有の社会病理現象なのではないでしょうか。個々の学生の資質云々の問題ではありますまい。それを象徴しているのが,新卒重視の採用慣行です。

 文科省が,この(奇妙な)慣行の是正を経団連に求めたと聞きますが,状況変化の兆しは一向にありません。新卒時の一本勝負ではなく,再チャンレンジ可能な社会への移行が強く求められます。

 新年度が始まって3日目ですが,先行き不透明なまま大学を卒業し,「今後どうしたものか」と途方に暮れている方もおられるかと思います。所属もなく,自分は社会の一員(社会人)ではないのではないか,と。

 しかるに,工藤啓氏も述べておられるように,「社会的所属の有無とは別に,誰もがこの社会の一員なので『社会人』です。働いていること,就職していることが社会人の要件でも定義でもありません」。
http://ameblo.jp/sodateage-kudo/entry-11503201314.html

 逆にいえば,就職していても,自分が属する組織の生産性や利潤を上げることばかりに邁進して,その外の社会に目配りできない人間は「社会人」ではないと思います。

 年度早々,どんよりとした天候ですが,こんなことを考えています。

2013年4月1日月曜日

公立小学校6年生の勉強時間地図

 文科省が毎年実施している『全国学力・学習状況調査』は,教科の学力を測るテストと,対象の児童・生徒に対する質問紙調査からなっています。後者は,日頃の生活習慣等について問うものです。
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html

 そこに盛られている設問の一つに,「学校の授業時間以外に,普段(月~金曜日),1日あたりどれくらいの時間,勉強をしますか」というものがあります。私は,この設問への回答を分析することで,公立小学校6年生の平均勉強時間を都道府県別に出してみました。県別のデータというのはあまり見かけないので,参考になろうかと存じます。

 用いるのは,少し古いですが2010年度調査のデータです。大都市・東京の公立小学校6年生の回答分布は,以下のように報告されています。

 3時間以上(210分) ・・・ 21.2%
 2時間以上3時間未満(150分) ・・・ 14.0%
 1時間以上2時間未満(90分) ・・・ 26.1%
 30分以上1時間未満(45分) ・・・ 23.3%
 30分未満(15分) ・・・ 11.7%
 全くしない(0分) ・・・ 3.7%

 この分布を使って,平日1日あたりの平均勉強時間を計算してみましょう。階級値の考え方に依拠して,各階級に含まれる児童の勉強時間を,一律に中間の値とみなします。たとえば,30分以上1時間未満の者は,一律に中間の「45分」と仮定するわけです。こう考えると,平均勉強時間は次のようにして算出されます。

 [(210分×21.2人)+(150分×14.0人)+・・・(0分×3.7人)]/100.0人 ≒ 101.3分

 101分=1時間41分ですか。大都市・東京の小6児童の結果ですが,こんなものでしょうか。では,他県の数値も同じようにして出してみましょう。下図は,結果を地図で表現したものです。47都道府県を5分刻みで塗り分けてみました。


 濃い青色は,平日1日あたりの平均勉強時間が90分(1時間半)を超える県ですが,この色の分布に注意すると,首都圏や近畿圏といった都市部において,小6児童の勉強時間が長いことが知られます。塾通いが多いことの影響もあるかと思います。

 さて,同じ小6児童でも,平日にどれほど勉強しているかは地域によって異なるようですが,この多寡が学力とどう関連しているかに興味を持たれることでしょう。私は,公立小学校6年生の4科目(国語A,国語B,算数A,算数B)の平均正答率との相関係数を出してみましたが,無相関でした。

 なるほど。学力上位常連の秋田や福井が,上の地図では薄い色になっていますものね。それに,勉強時間が長い都市部に学力が高い県が多いかというと,そういうことはありません。

 期待に反した?結果が出たのですが,各県の子どもの学力水準と関連する要因って何なのでしょう。すぐに答えが出せる問題ではありませんが,子どもの生活という,トータルな視点から一考してみましょう。

 先ほど,秋田と福井という2つの県の名前を出しましたが,学力上位常連のこの2県において,小学生がどういう暮らしをしているかを覗いてみます。用いるのは,2011年の総務省『社会生活基本調査』のデータです。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

 下表は,同年10月中旬の調査実施日(平日)における,両県の小学生の平均行動時間を示したものです。全カテゴリーの総和は1,440分(24時間)となります。比較対象として,東京の小学生の数値も掲げました。


 学業時間(学校での授業時間含む)は,東京のほうが長くなっています。代わって秋田と福井では,くつろぎ,趣味,スポーツといった行動の平均時間が相対的に長いのです。ガツガツやらせるよりも,生活にハリを持たせることが重要ということでしょうか。

 ちなみに,県レベルの統計でみた場合,子どもの通塾率と学力はの相関関係にあります。学力と正の相関関係にあるのは,朝食摂取率のような,生活リズムの安定に関わる指標です。この点については,2011年6月12日の記事をご覧ください。

 受験一辺倒の学力ではなく,近年,文科省が重視している「確かな学力」(知識や技能はもちろんのこと,これに加えて,学ぶ意欲や自分で課題を見付け,自ら学び,主体的に判断し,行動し,よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたもの)を育成するには,基本的な「生」をバランスよく営むことが大切なのではないでしょうか。

 今日から新年度です。お子さんを学校に上げた親御さんの中には,がっつり勉強させようと構えている方もおられると思いますが,そう気負うことはありますまい。配慮する必要があるのは,「寝る,食べる,遊ぶ,学ぶ,交流する・・・」といった,生活の基本要素の均衡が崩れないようにすることだと思います。何のことはありません。ただ「フツー」に暮らさせる。それだけのことです。