原田ひ香さんの『東京ロンダリング』(集英社,2011年)を読んでいます。「死んだ人の部屋に住む」ことを仕事とする,32歳女性(離婚歴あり)の物語です。
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-771411-1&mode=1
「死んだ人の部屋」とは,いわゆる事故物件のことです。事件後,不動産屋さんが当該の物件を貸す際は,事故物件であることを借り手に告知する義務があります。しかし,新しい住人が一定期間住んだ後は,そうした告知義務はなくなるのだそうです。
この本の主人公は,事故物件に一定期間住まうことで,当該の物件をロンダリング(洗浄)していることになります。住む間の家賃は当然タダ。それどころか,仕事料として1日5千円もらえるとか。1月あたりにすると,およそ15万円の収入です。
これなら,働かなくても食っていけます。不動産屋さんの依頼に応じて,頻繁に物件を移動するので,家具などは持てませんが,食事は外食で済まし,1日中寝ているか,好きな本でも読んでいればよいわけです。主人公も,そういう暮らしをしています。
これは物語の中の仕事ですが,現実の社会でも,この種のビジネスに対する需要が出てくるのではないでしょうか。今後,日本では,高齢化と孤族化が同時進行することにより,アパートの一室で高齢者が孤独死するような事態が増えてくるでしょう。となると,事故物件の処理に頭を抱える業者さんも多くなってくると思います。「御社の物件のロンダリング請け負います!」というような,人材派遣会社も出てきたりして・・・。
学生さんに,上記の本を紹介し,こういう仕事がもしあったらやりますか,と冗談混じりで尋ねてみました。「絶対やりません。気持ち悪い。」というような拒否反応が大半でしたが,「やるやる。そんなおいしいバイトはないっすよ。」という声もありました。
原田さんは,今後の日本社会の行く末を見越して,こういう本を書かれたのでしょうか。先見性のある発想に,敬意を表します。
さて,教育の領域でロンダリングといったら,直ちに「学歴ロンダリング」という単語が想起されます。(低い)学歴を洗い流す,という意味です。低ランクの大学から高ランクの大学に編入する,低ランクの大学から高ランクの大学の大学院に進学する,というような行為に,このような言葉があてがわれることがあります。
蔑視のニュアンスを含む言葉でもありますが,大学間の流動性が高まるのは悪いことではありますまい。18歳の時点での一本勝負ではなく,後からでもやり直しができる制度を構築することは,好ましいことといえましょう。
ひとまず,上記の意味での「学歴ロンダリング」がどれほど行われているのかを,大学院入学者の組成という観点からみてみましょう。文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』から,関連のある数字を拾ってみます。
2010年春の大学院修士課程入学者のうち,他大学出身者の比率は29.1%です。1990年の23.7%より増加しています。博士課程入学者の場合,この期間における他大学出身者の比率の伸び幅は,もっと大きくなっています(22.8%→34.8%)。この20年の間に,大学間の流動性が高まっているといえましょう。
では,低ランク大学→高ランク大学の大学院という移動の量はどうでしょうか。ここでは,国立大学大学院の入学者に占める,私立大学出身者の比率の変化に注目してみます。下表をご覧ください。
修士課程,博士課程とも,国立大学の入学者に占める私立大学出身者の比率が増しています。修士課程は8.0%から11.5%,博士課程は3.7%から8.5%への伸びです。大学院進学時という断面でみる限り,学歴ロンダリングの量は増えてきているようです。
まだまだ微々たる量なのかもしれませんが,流動性のある,やり直しのできる制度が構築されつつあります。高校生のみなさん。18歳時の入試の結果が,その後の人生を決めるなどと思わないでください。後からやり直すチャンス,リターンマッチへの参加のチャンスというのは,結構あるものです。
具体的な制度解説や,関連する実態データを盛り込んだ書物を出せば,売れるんじゃないかしらん。