2012年3月18日日曜日

子どもの性犯罪被害の国際比較

子どもの性犯罪被害に対する,世間の関心が高まっています。昨年の11月11日の記事では,中高生の性犯罪被害率が,過去に比して上昇してきていることを明らかにしました。

 また残念なことに,子どもを預かる教員が加害者となるケースも増えています。子どもに対するわいせつ行為などで懲戒処分を受ける教員の数は増加しています。2010年の夏には,稲城市の小学校教員による,小・中学生の少女5人に対する強姦事件が発覚しました。

 社会の情報化は,インターネット上の出会い系サイトなど,子どもの性犯罪被害を促進する社会的条件を準備しています。子ども(被害者予備軍)が減り,大人(加害者予備軍)が増えるという,人口構成の変化も,それを後押しする基底的な条件といえるでしょう。

 こういう状況のなか,子どもが使うケータイやパソコンに,有害情報をブロックする「フィルタリング」機能を備えつけるなど,各種の対策が実施されています。また,子どもの性犯罪被害の防止に目的を特化した政策も出てきています。大阪府は,「大阪府子どもを性犯罪被害から守る条例(仮称)」の制定に向け,活発な議論を進めている模様です。
http://www.pref.osaka.jp/chiantaisaku/seihanzaitaisaku/index.html

 さて本題ですが,わが国の子どもの性犯罪被害率は,国際的にみて,どういう位置にあるのでしょうか。時系列的にみて被害率が上がってきていることは知っていますが,こういう時代軸での位置に加えて,空間軸での位置も気になるところです。

 法務省の『犯罪白書』や内閣府の『子ども・若者白書(旧青少年白書)』をざっと調べましたが,ここでの関心に答えてくれる統計は掲載されていませんでした。国際機関の原統計に,自分で当たってみるしかなさそうです。

 国連薬物犯罪事務所(UNODC)の"Crime and Criminal justice statistics"という資料から,各国で認知された性暴力事件の件数を知ることができます。性暴力(sexual violence)とは,強姦と強制わいせつのことです(以下,性犯罪といいます)。子どもが被害者となった事件の数も分かりますので,この数を,各国の子ども人口(20歳未満)で除して,子どもの性犯罪被害率を計算しました。分母の子ども人口は,国連の人口推計結果の数字を使いました。分子の事件件数,分母の人口とも,2005年の統計であることを申し添えます。
http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/statistics/crime.html
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm

 なお,成人の被害率も出しました。子どもの被害率が成人と比べてどうかという相対水準も考慮するためです。成人が被害者である事件の件数は,全体の件数から,子どもが被害者の件数を差し引いて出しました。この数を,各国の成人人口(20歳以上)で除した値を,成人の性犯罪被害率としました。

 このような手続きを経て,2005年の39か国について,子どもと成人の性犯罪被害率を明らかにすることができました。下表は,その一覧です。


 日本の子どもの被害率(10万人あたりの事件件数)は24.4で,39か国中20位です。相対順位でいうと,ちょうど真ん中です。国際的にみると,まだ上があり,最も高いベルギーは270.8にもなります。わが国の10倍以上です。この国では,成人の被害率も飛びぬけて高くなっています。被害者(多くは女性)が被害を訴えやすくする,制度的な仕組みでもあるのでしょうか。

 子どもの被害率の上位10位を挙げると,高い順に,ベルギー,イギリス,イスラエル,ラトビア,フランス,ドイツ,ノルウェー,フィンランド,アイスランド,トリニダード・トバゴ,となります。ほとんどが先進国です。

 そういえば,アフリカや南米の途上国は,被害率が低くなっています。ケニアは5.5,メキシコは5.8,コロンビアは13.7です。これらの国は,殺人事件の発生率がべらぼうに高い国です。強姦のような凶悪事件も,実際には頻繁に起きているでしょう。にもかかわらず統計上の数値が小さいのは,被害者が提訴をためらう,他の凶悪事件の処理に忙しい警察が些細な痴漢など事件として認知しない,というような事情が考えられます。

 書名は忘れましたが,何かの犯罪学関係の本で,「ある社会の性犯罪事件の件数は,当該社会における女性の権利意識の進展度の関数である」という趣旨の文章を読んだことがあります。なるほど,女性の権利意識が相対的に進んでいる先進国ほど,被害女性が事件を訴えやすくする制度条件が整備されているといえるでしょう。

 こうみると,制度条件を異にする国々の間で,統計上の性犯罪の被害率を比較するのは,やや無理があるかもしれません。それよりも,制度的枠組みが同じである各国内部で,成人と子どもの被害率の比較を行い,その結果が国によってどう違うかを吟味するほうが賢明かもしれません。

 私は,各国の子どもの性犯罪被害率が成人の何倍にあたるかを計算しました。結果は,上表の右欄に掲げています。日本の値をみると,5.01倍となっています。子どもの被害率が成人の5倍を超える,ということです。この倍率は,ラトビア,スロベニア,キリジスタンに次いで4位です。

 子どもの性犯罪被害率を縦軸,成人に対する相対倍率を横軸にとった座標上に,上記の39か国を位置づけてみましょう。点線は,39か国の平均値です。


 縦軸ではベルギー,横軸ではラトビアの値がダントツで高いため,他国の様相が凝縮されていますが,わが国の位置的特徴は読み取れるかと思います。被害率の絶対水準は高くはないですが,大人と比べた場合の被害確率の相対水準は明らかに高いと判断されます。

 日本は,性犯罪被害が,子どもに集中する度合いが高い社会であるといえます。UNODCの資料の数字を引くと,2005年中に日本で認知された性犯罪事件は10,827件ですが,そのうちの5,845件(54.0%)が,子どもが被害者である事件です。人口中では2割弱しか占めない子どもが,性犯罪事件の被害者では半分以上を占有していることになります。

 今後のわが国では,人口構成の変化により,子どもはますます希少な存在になってきます。希少価値と化していく,純粋無垢な子どもに対する,大人たちの欲情はますます高まっていくかもしれません。

 少子高齢化という社会変動は,労働力不足というような問題を引き起こすのみならず,子どもたちの育ちに対してもよからぬ影響を及ぼす可能性があります。3月12日の記事では,日本の少年の犯罪率が成人に比して格段に高いことを明らかにしましたが,それは,成人世代が,数の上で少なくなった子どもに対する取り締まりを強化しているからではないか,という見方を提示しました。人口構成の変化により,そうした歪みが起きる可能性が高まってきていると考えられます。

 人口統計をもとに,成人世代から子ども世代に及ぶ圧力の量を測ってみましょう。最初の『国勢調査』が実施された1920年では,子どもと成人の人口比は,「1.0:1.2」でした。それが2010年では,「1.0:4.5」になっています。今では,子ども一人に対し,大人4.5人の眼差しが注がれていることになります。両年次の人口ピラミッド(百分率による)をみれば,事態の変化がお分かりかと思います。


 子どもの問題を考えるにあたっては,子ども当人の心身の成長の歪みや,彼を取り巻く小社会(家庭,学校,地域社会・・・)の有様に注目することも大事です。しかるに,それらを包摂する大社会(全体社会)の状況に目を向けることも重要であると考えます。