2012年7月28日土曜日

発達障害児は都市で多い?

 昨年の9月27日の記事では,公立小・中学生の発達障害児率の推計値を都道府県別に出したのですが,この記事の閲覧頻度が急に高まっています。いじめ自殺で全国から注視されている滋賀県の率が1位という結果が出ているためでしょうか。

 今回は,都市-農村というような地域類型ごとに,発達障害児の出現率を推し量ってみようと思います。原資料からの計算のプロセスをご説明します。

 文科省『全国学力・学習状況調査』では,調査対象となった学校に対し,「通常学級に在籍している児童・生徒のうち,発達障害により学習上や生活上で困難を抱えている児童・生徒の数」を尋ねています。

 国立教育政策研究所ホームページで公表されている,2009年度調査の集計結果から,地域類型ごとの回答分布を知ることが可能です。*抽出調査となった2010年度調査では,こういう細かい集計はなされていないので,2009年度調査の結果を使います。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm

 下表は,公立小学校の地域類型別の回答分布を,相対度数(%)の形で整理したものです。四捨五入の関係上,総和が100%にならないこともあります。


 どの地域タイプでも,「1~5人」と答えた学校が最多です。しかし,大都市では,40人以上という学校が全体の3%ほど存在します。

 上表の比率を,各地域タイプの公立学校数に乗じて,それぞれの階級に該当する公立小学校の現実数を推し量ってみようと思うのですが,あいにく,文科省の統計では,地域類型別の学校数は公表されていません(上表の100%に相当する数)。そこで,本調査のサンプルの地域類型別内訳を使って,それを割り出してみます。

 本調査の公立小学校のサンプル内訳は,大都市が15.4%,中都市が9.4%,その他市が48.1%,町村が16.1%,へき地が11.0%,です。2009年度の文科省『学校基本調査』によると,この年度の公立小学校は21,974校。この数に先ほどの比率を乗じして,地域類型ごとの公立小学校数を推計します。大都市の場合,21,974校×0.154 ≒ 3,381校です。

 したがって,大都市でいうと,発達障害児数が「1~5人」と答えた公立小学校の現実数は,3,381校×0.369 ≒ 1,248校と算出されます。「6~10人」の公立小学校は,3,381校×0.258 ≒ 872校です。このようにして,各階級に含まれる公立小学校の数を割り出すと,下表のようになります。


 発達障害児の数に依拠した,学校単位の分布が明らかになりました。これを使えば,各地域タイプについて,公立小学校の発達障害児数を計算することができます。

 階級値の考え方に基づいて,「1~5人」の学校は,中間をとって一律に「3人」の発達障害児が在籍している学校とみなします。「6~10人」と答えた学校は8人,「11~20人」は15人,「21~40人」は30人,「41~60人」は50人,「61~100人」は80人,「101人以上」は100人と読み替えることにします。

 最後の階級については,120人とでもしようかと思いましたが,前の階級とあまりに開くのもどうかと考え,100人とすることとしました。

 このような仮定を置くと,大都市の公立小学校の発達障害児数は,次のように算出されます。
{(0人×277校)+(3人×1,248校)+(8人×872校)+・・・(100人×3校)} ≒ 33,121人。

 このやり方で,各地域タイプの公立小学校・中学校の発達障害児数を推計しました。推計結果を下に掲げます。


 表中のaとbを足し合わせた数が,各地域類型の公立小・中学校の推計発達障害児数です。この数を,ベースの公立小・中学生全体で除せば,各地域タイプの発達障害児出現率がはじき出されます。

 ベースとなるcは,地域類型別の学校数の推計と同様,「大都市15.4%,中都市9.4%,その他市48.1%,町村16.1%,へき地11.0%」という配分比率を,2009年度の全国の公立小・中学生数に乗じて推し量りました。

 右端の発達障害児出現率をご覧ください。その高低は,都市性ときれいに相関しています。都市的環境ほど,発達障害児の出現率が高い傾向です。撹乱はまったくありません。

 昨年の9月27日の記事では,発達障害の要因については医学的な議論が主で,社会的な要因についてはまったく考究されていない,と申しました。しかるに,最近出た,岡田尊司氏の『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)の中で,それが議論されていることを知りました。書店で目次をみたとき,電撃のような衝撃が走り,早速レジにダッシュ&購入しました。


 小見出しからも分かるように,自閉症は社会の上流階層に多く,ADHDは恵まれない階層(貧困層)に多いことがいわれています。

 また,本記事において示した,発達障害児率の地域類型差に関連することも述べられています。ADHDの有病率は都市部で高く,それは全世界的な傾向なのだそうです(158頁)。ほう。上表の統計に支持を与える記述です。

 なぜ都市部で高いかについて,岡田氏は,ADHDの養育要因が愛着障害と共通し,重なり合う部分が大きいという仮定を置いたうえで,「安定した愛着が育まれる養育環境,社会環境」という点に注意しています(163頁)。

 都市部ほど,夫婦,家族,さらには共同体の絆が相対的に脆弱で,子どもを取り巻く養育環境は流動的です。それゆえ,安定した愛着を子どもに据え付けるための基盤条件が,農村部に比して弱い,ということがいえるでしょう。

 文科省の定義によると,ADHDとは,「年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力,及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で,社会的な活動や学業の機能に支障をきたすもの」です。その判断基準をみると,なるほど,愛着障害とオーバーラップするとみられる点もあります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/018/toushin/030301j.htm

 ちなみに,国際データでは,先進国よりも発展途上国でADHDの有病率は低いとのこと(161頁)。これらの社会では,諸々の社会的な絆が強く,「安定した愛着が育まれる養育環境,社会環境」という条件が先進国に比して強固である,という説は頷けるところです。

 今回の計算で使った文科省の調査データは,調査対象校の教員の申告に基づいて作成されたものです。よって,各学校の教員の恣意や,発達障害児への敏感度の違い,というようなことも疑わねばなりません。また,私が考案した推計方法が,とても乱暴であることは認めます。

 しかるに,ここでまでクリアーな形で,都市性と発達障害児率の相関が検出されるとは驚きでした。昨年の9月27日の記事で出した,都道府県別の率にしても,養育環境の流動性を精緻に測る指標と関連づけたら,有意な相関が出てくるのではないかなあ。滋賀県は,人口の流動性が激しい近郊県ですし・・・。

 近い将来,「発達障害の社会学」という学問領域が生まれる日が訪れるかもしれません。