2012年9月14日金曜日

東京都内49市区のいじめ発生率

 大津市の中学生いじめ自殺事件を受けて,いじめ問題への関心が全国的に高まっています。昨日,東京都教育委員会は,「いじめの実態把握のための緊急調査」の結果を公表しました。今年の4~7月にかけて,都内の公立学校において認知されたいじめの件数が明らかにされています。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2012/09/20m9d100.htm

 上記の期間中に,都内の公立小・中学校では3,433件のいじめが認知されたそうです。正式に認知されずとも,いじめの疑いあると思われるケースは7,042件。合計すると10,475件であり,1万件を超えます。

 都の『学校基本調査』の速報結果から分かる,今年の5月1日時点の公立小・中学校の児童生徒数は787,192人です。先ほどのいじめ件数(10,475件)をこれで除すと,13.3‰という比率が得られます。この4か月間で,児童生徒千人あたり13.3件のいじめが起きた計算です。この値をいじめ発生率とし,小学校と中学校とに分けて計算すると,下表のようになります。


 予想通りですが,小学校よりも中学校で率が高くなっています。文科省の全国統計でみても,年を問わず,いじめの認知件数は中学校で最も多い傾向があります。学年別にみると,とりわけ中学校1年生の数値が際立っています。このような中学校1年時の危機は,「中1ギャップ」と呼ばれています。

 ところで,上記の都教委調査では,上表のaとbが都内の市区町村別に公表されています。各地域の公立小・中学校の児童生徒数(c)は,都の『学校基本調査』から分かります。これらの統計を使えば,都内の地域別にいじめ発生率を計算することができます。

 私は,都内の49市区について,公立小学校と中学校のいじめ発生率を明らかにしました。児童生徒数が少ない町村については,率の計算は見送ります。下表は,49市区のいじめ発生率の一覧です。順位も添えています。


 いじめの発生率は,地域によって大きく異なります。黄色は最大値,青色は最小値ですが,昭島市の公立小学校のいじめ発生率は,目黒区の55倍にもなります。

 なお,都全体の傾向では,中学校の発生率のほうが高いのですが,地域別にみると,それとは違うケースも見受けられます。いじめは,思春期の危機というような心理学的視点で説明されることが多いようですが,それが適合するかどうかは,環境によって一様ではないことが示唆されます。

 しかるに,上表の数値が各地域のいじめの発生実態を的確に表現しているのかという,根源的な疑問もあります。上記の都教委調査に際しては,各学校が「今年4月以降のいじめについて,児童・生徒へアンケートを行い,保護者への聞き取り調査も実施した」とされています。しかしながら,「学校によって調査方法が異なるため,極端に認知件数が少ない自治体もあることから,・・・必ずしもいじめの実態を反映しているとは限らない」と都教委も認めています(読売新聞下記サイト記事)。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120913-OYT8T00933.htm

 しからば,ここにて試算した地域別の数値が何の意味もないかというと,そういうことでもなさそうです。公立中学校にあっては,上表のいじめ発生率が高い地域ほど,不登校生徒の出現率が高い傾向にあります。後者の指標は,2010年度間に「不登校」という理由で30日以上欠席した生徒数を,同年の全生徒数で除して出したものです。分子と分母の数値は,都教委『公立学校統計調査報告(学校調査編)』から得ました。

 公立中学生の市区別統計を使って,いじめ発生率と不登校生徒出現率の相関図を描くと,下図のようになります。


 撹乱はありますが,いじめが多い地域ほど,不登校生徒も多い傾向です。両指標の相関係数は+0.413であり,1%水準で有意と判定されます。小学校段階では,このような相関は検出されませんが,中学校段階では,いじめと不登校の相関が認められます。

 次に興味が持たれるのは,いじめ発生率が高い地域はどういう地域か,ということです。この点について,各市区の一人親世帯率や就学援助受給率のような貧困指標を説明変数に充ててみましたが,有意な相関はみられませんでした。また,貧富の差が大きい地域ほどいじめが起きやすいのではないかと考え,昨年の12月22日の記事で計算した,49市区のジニ係数との相関をとってみましたが,こちらも無相関でした。

 このほど公表された都教委のいじめ調査結果の信憑性は完全とまではいきませんが,市区町村レベルの数値が公にされたことの意義は大きいと存じます。おそらく,全自治体の中で初ではないでしょうか。

 願わくは,文科省の『全国学力・学習状況調査』の結果も,県よりも下った市町村別に知ることができるようになってほしいものです。文科省の学力調査の中には,「いじめは,どんな理由があってもいけいないことだと思うか」など,重要な設問が盛り込まれています。この設問への回答分布を市町村別に知ることができれば,いじめの社会的要因のかなりの部分を解明できるのではないでしょうか。多額の資金を投じて実施する,せっかくの全国調査です。結果を隅から隅までしゃぶり尽くすことができますよう。