2012年9月27日木曜日

高校のタイプ別にみた問題学校の出現率

 9月21日の記事で申しましたが,PISA2009の学校質問紙調査のローデータを,エクセルファイルに取り込むことに成功しました。下記サイトからテキスト形式の圧縮データをダウンロードし,エクセルに取り込んだものです。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php

 74か国,18,641校分の回答データを,自分の問題関心に即して,自由に分析することができます。今回やろうとしているこは,記事のタイトルに言い表されています。一定の手続きで「問題学校」を検出し,その出現頻度が,進学校,非進学校というような高校タイプとどう関連しているのかを明らかにしようと思います。

 ここでいう問題学校とは,反学校的な文化が蔓延している学校のことです。PISAの調査対象は15歳の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象となっているのは,高等学校ということになりますが,わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にも序列づけられている側面があります。そして,こうした階層的構造の中で下位に位置する高校ほど,上でいうような反学校的な文化が蔓延しているといわれます。この点に関する実証研究として,渡部真「高校間格差と生徒の非行的文化」『犯罪社会学研究』第7号(1982年)などがあります。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779743

 私はここにて,このような病理的ともいえる分化(segregation)が,国際的にて普遍なものであるかどうかを検討してみようと思います。9月21日の記事では,非進学校よりも進学校において,教員への敬意の度合いが低い国があることを知りました。わが国の常識は,国際比較によって相対化してみる余地がありそうです。

 PISA2009の学校質問紙調査には,調査対象校の雰囲気(クライメイト)を明らかにする設問が盛られています。その中から,生徒の反学校文化の程度を測るのに使えそうなものを拾ってみました。


 7つの項目について,4段階で答えてもらっています。上記の数字をスコアに見立てると,各学校の反学校文化の蔓延度は,7点~28点までのスコアで計測されることになります。全部1に丸をつける超優良校は7点,全部4を選ぶ超問題校は28点です。

 なお,7つの項目のうち,1つでも無回答ないしは無効回答がある学校は,スコアを正確に算定できないので,分析から除きます。このようなセレクトを経て,合計17,918校の反学校スコアを計算し,分布をとってみました。下表をご覧ください。


 14点をピークとした分布ができています。まあ,こんなものでしょう。私は,この分布に依拠して,表中の17,918校を3つの群に分けました。具体的には,7~11点までを「優良校」,12~16点を「普通校,17点以上を「問題校」としました。これによると,配分比は順に,26.4%,49.0%,24.7%というように,バランスのよいものになります。「1:2:1」です。

 日本の場合,ここでの分析対象は184校ですが,このうち,上記の基準によって問題学校と判定されるのは23校です。比率にすると12.5%であり,全体でみた出現率よりも低くなっています。アメリカなどは,161校のうち44校(27.3%)が問題校と判定されます。南米のブラジルは39.1%,最も高いトルコに至っては,77.8%が問題学校と評されます。

 さて,ここでの課題は,このような問題学校の出現率が,進学校や非進学校というような高校のタイプ間でどう変異するかを明らかにすることです。高校のタイプ分けは,学校に対する保護者の進学期待を問うた設問への回答に基づきました。この設問で提示されている選択肢は,以下の3つです。

 ①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
 ②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
 ③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。

 ①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。これによると,日本の184校は,進学校54校,準進学校90校,非進学校40校というように分かたれます。きれいな分布です。

 それでは,この3つのタイプごとに,先ほど明らかにした3群(優良,普通,問題)の分布を出してみましょう。下図は,わが国と中央アジアのキリジスタンの結果を図示したものです。


 黒色は,反学校スコアが17点を超える問題学校のシェアを表します。日本の場合,予想通り,問題学校の出現率は非進学校で最も大きくなっています。非進学校では,全体の17.5%が問題校です。一方,進学校ではこの率はわずか1.7%です。逆をみると,このグループでは全体の6割が優良校なり。わが国では,大学進学という点からした階層構造上の位置と,各学校の荒れの程度が相関しています。

 しかるに,右側のキリジスタンをみると,この国では,様相が真逆になっています。非進学校よりも準進学校,準進学校よりも進学校において,荒れている学校が多い傾向です。何かの間違いではないかと思い,何度か見直しましたが,やはりこうなります。この国では,進学,進学とせき立てるような学校は,生徒の反感を買う,ということでしょうか。

 さて,今みたのは2国ですが,他国はどうなのでしょう。キリジスタンのような,わが国の常識を相対視させてくれるケースは,どれほどあるのでしょうか。結果をコンパクトな形でご覧に入れましょう。

 私は,各国の進学校群と非進学校群について,問題学校の出現率を計算しました。日本の場合は,上述のように,進学校では1.9%,非進学校では17.5%です。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校に満たない国は,分析の対象から外しました。

 下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群での出現率をとった座標上に,44か国をプロットしたものです。日本(1.9%,17.5%)の位置に注意ください。


 
 図中の実線(Y=X)は均等線です。この線よりも下にある場合,非進学校よりも進学校において,荒れた問題学校の出現率が高いことになります。ほう。上でみたキリジスタンを含む5か国が,こうしたケースに該当します。旧ソ連と関連が深い3国,東南アジアのタイ,そしてヨーロッパのスイスです。

 一方,他の39か国は,非進学校のほうが,問題学校の出現率が高くなっています。でも,その程度はまちまちです。Y=5Xよりも上方にある国は,5倍以上の差があることを意味します。日本のほか,イギリス,チェコ,ハンガリーが相当します。

 チェコでは,問題学校の比率は進学校では6.0%ですが,非進学校では52.0%にもなります。すさまじい差です。この国では,わが国以上に,大学進学規範に由来する高校格差が大きいものと解されます。

 それぞれの国の個別事情をお話することは,私の力量にあまります。ただ,大学進学可能性という点からした高校格差構造と逸脱文化の関連の仕方には,国際的なヴァリエイションがあることをお知りいただければと存じます。教育現象の社会的規定性とは,こういうことをいうのだろうなあ。

 わが国でみられる現象は,普遍的なものではないようです。それは,高校格差と逸脱文化の関連の仕方に限ったことではありますまい。時代比較や国際比較によって,今のこの国の常識を相対視することは,「こうでなければいけない,こうあるはずだ」という思い込みから解き放たれるための道筋を提供してくれます。

 「子どもは学校に行くべきだ」という,わが国では決して疑われることのないテーゼだって,相対化される余地を多分に秘めています。それをすることが,窮屈な思い込みから解放されて楽になることへの道筋であるといえないでしょうか。

 悩んでいる人への定番の助言形式として,「ああいう人だっているよ」というものがあります。悩みを抱えた人というのは,たいてい,思い込みにかられたり視野狭窄に陥ったりしているものですが,そのような状態から脱却させるための言葉かけです。

 ここでいう「人」を「社会」に変えたらどうでしょう。凝り固まった社会に新風を吹き込むには,「ああいう社会だってあるよ」という事実(データ)をできるだけ多く示すことがよいと思います。教育社会学の役割って,そういうところにもあるのではないかと考えています。

 後期の授業が始まりました。教育社会学の初回の講義では,学生さんにこういうことをお話しした次第です。