2013年1月13日日曜日

大学教員市場の開放係数

 NTT出版の"Webnttpub"において,竹内洋教授が「高学歴ワーキングプア:教養難民の系譜(1)」という論稿を書かれています。タイトルの通り,大学院博士課程を修了しても行き場のない高学歴WPについて触れられています。
http://www.nttpub.co.jp/webnttpub/contents/university/001.html

 博士課程修了生の多くは大学教員を志望していますが,近年,供給が需要を大きく上回っていることはよく知られています。発生する空きポスト(需要)はごくわずか。その一方で,博士課程から送り出される修了生(供給)は激増。大学教員市場の崩壊です。

 竹内教授は,市場の崩壊の程度を測る簡便な数値指標を考案されています。その名は「大学教員市場の開放係数」。上記の需要と供給を照らし合わせるものです。

 具体的な算出式は,求人数(大学教員増加数)÷求職者数(前年度の博士課程修了者数)とされています。大学教員の「なりやすさ」尺度ともいえるでしょう。

 私は,文科省の『学校基本調査』から必要な数値を採取し,この指標の時系列推移を明らかにしました。手始めに,半世紀ほど前の1965年(昭和40年)3月の博士課程修了生の場合,大学教員の「なりやすさ」の程度がどれほどだったかを数値化してみましょう。


 1964年5月1日時点の大学本務教員数は54,408人。翌年の同時点では57,445人。よって,この1年間で発生した教員需要量は3,037人と見積もられます。この数は,65年3月の博士課程修了生に用意されたポストの数と見立ててもよいでしょう。

 さて,65年3月の博士課程修了生(満期退学含む)は2,061人。ほう,当時にあっては需要が供給を上回っていたのですね。博士課程修了生全員を当てがっても,発生した教員需要量を満たせないほどでした。

 需要量を供給量で除した開放係数は,3,037/2,061=1.47となります。申すまでもないですが,この値が1.0を超える場合,発生した教員需要量が教員候補供給量よりも多いことを意味します。当時には,需要が供給の1.47倍。院生にすれば,何と幸福な時代!

 ですが,それから半世紀を経た現在になると,状況は一変します。今度は,2012年3月の博士課程修了生について,大学教員の「なりやすさ」尺度を出してみましょう。


 2011年5月から翌年の5月までの1年間に発生した教員需要量は,たったの886人。一方,それを求める教員候補者は16,260人。半世紀前とは打って変わって,供給が需要を大きく凌駕しています。まさに「群がる」という表現が適切でしょう。

 大学教員市場の開放係数は,886/16,260=0.05なり。1965年3月修了生の1.47という値とは,比べようもない低さです。

 計算の過程についてイメージを持っていただけたかと思います。では,この開放係数の逐年の時系列推移をたどってみましょう。1965年3月修了生から2012年3月修了生までの係数推移を折れ線で表現しました。


 1960年代後半は,開放係数が高かったようです。大学進学率の上昇期にあり,大学もガンガン増設されていた頃です。その一方で,博士課程修了生は多くはありませんでした。

 ちなみに,大学教員市場が最も開けていたのは1966年(昭和41年)で,同年の係数値は2.32なり。この年では,博士課程修了生の倍以上の教員需要があったわけです。この時期にドクターコースを終えた幸福な世代は,松本先生よりもちょっと下の世代かしらん。いいな。

 しかるに,私が生まれた頃の70年代半ば以降,開放係数は下降の一途をたどります。1980年は0.62,1990年は0.46,世紀の変わり目の2000年には0.24,私が博士課程を出た2005年には0.19となり,2012年にはさらに下がって0.05となっている次第です。

 需要の減,供給の増によるものですが,影響が大きいのは明らかに後者です。ここで出した開放係数は,需要と供給の2要素によって決まりますが,両者の推移も示しておきましょう。計算に用いた,分子と分母の推移です。


 どうでしょう。1980年代頃から需要と供給の乖離が始まり,90年代からそれがさらに顕著になっています。1991年以降の大学院重点化政策により,博士課程修了生数が激増したためです。この政策は,大学教員市場の均衡を崩壊させるのに十分でした。

 なお,竹内教授もいわれているように,近年の大学院生の場合,開放係数から推し量られるよりも事態はもっと悪化しています。「過年度博士課程修了者がどんどん滞留しているから」であり,「求人数のなかに過年度修了生が占める割合の比重が大きくなるばかりであるから」です。

 まあ,このことは既によく知られているところですが,数値でもって可視化(visualize)してみると,伝わってくるリアリティが違います。

 ところで,この開放係数を属性別に出してみるとどうでしょう。男性と女性でどう違うか。また,文系と理系といった専攻間の差はどうか。こういう問題です。性別でみた場合,近年の男女共同参画政策により,女性の開放係数がアップしているかもしれません。専攻別では,人文系なんかは悲惨そうだなあ・・・。

 面白い結果が出ましたら,ご報告いたします。