2018年4月23日月曜日

貧困生徒とその他の生徒の生活比較

 貧困状態の者を取り出す指標として,所有物の多寡に注目する方法があるそうです。タウンゼントは,ある社会で広く普及している財や活動の量が一定水準に達していない状態を貧困とし,相対的剥奪指標という概念を提唱しています。

 貧困量の計測に際しては,衣食住にも事欠く絶対貧困ではなく,当該社会の標準的な暮らしとの対比による相対貧困の基準を適用するのが一般的です。

 所有物の多寡という点で思い出したのですが,私は前に,学用品が家にどれほどあるかに依拠して,貧困状態の生徒の割合を国ごとに計算したことがあります。13の学用品(机,パソコン,辞書,参考書…)のうち,4つまでしか家にない生徒(15歳)が何%かです。基準設定の根拠については,当該記事(下記)をお読みください。
http://tmaita77.blogspot.jp/2017/10/blog-post_28.html

 日本は5.2%で,主要先進国の中では最も高い水準にありました。経済的な豊かさと子どもの貧困が同居した,何とも奇妙な社会です。

 この5.2%の貧困生徒の意識や生活が,その他の生徒とどう違うか。貧困状態の生徒の率を出して終わりではなく,この課題を検討してみましょう。資料は,OECDの国際学力調査「PISA 2015」ですが,この調査は大規模調査なので,わずか5.2%とはいえ,諸設問とのクロスをするのに十分なサンプル数になっています。

 日本のサンプル数をみると,上記の基準で取り出した貧困生徒は329人,その他の生徒は5963人です。この2つの群で,教育展望,学校適応度,家での行動がどう異なるかを分析してみます。他にもいろいろ観点はありますが,手始めということで,この3つを取り上げましょう。

 まずは,教育展望の比較をしてみましょう。「どの段階の学校まで進みたいか」という問いへの回答分布です。選択肢は国際教育標準分類(ISCED)に依拠していますが,3B・Cは日本でいう専門高校,3Aは普通高校,5Bは短大・専門,5A・6は大学・大学院にほぼ相当します。

 カッコ内のサンプルサイズが上記と異なるのは,無回答・無効回答の生徒は,分析対象から除いているためです。


 15歳生徒(高校1年生)の教育展望ですが,貧困生徒とその他の生徒では,かなり違っています。前者では高校(3A)までが半分近くを占めており,大学進学志望者は36.1%しかいません。対して,その他の群では大学進学志望率が6割にもなります。

 大学進学率が50%超のユニバーサル段階の時代ですが,貧困生徒とその他の生徒に区分けしてみると,大きな差があることが分かります。これは「行きたい」という生徒の志望率であり,現実の進学率ではもっと差が大きいと思われます。実際の学力や家庭の費用負担能力が効いてきますので。

 次に,日々の学校生活の中でどういう思いを抱いているかです。「PISA 2015」の生徒質問紙調査の問34(ST034)では,6つの項目にどれほど当てはまるかを4段階で答えてもらっています。下表は,「とてもそうだ」+「そうだ」の回答比率(%)です。


 高い方の数値を赤色にしましたが,好ましくない項目では,貧困生徒の肯定率が高くなっています。「学校で気まずく,居場所がない」は貧困生徒が29.4%,その他が18.6%。痛々しい差です。

 今はやれスマホだの,仲間との交際にもカネがかかる時代ですが,家庭の事情でそれが持てず,つまはじきにされるのでしょうか。15歳といえば,スマホデビューの年齢ですが,それが叶うかどうかは家庭の経済力に左右されるでしょう。

 何となく予想はしていましたが,貧困生徒は学校にて,他の生徒よりも疎外感を抱いていることが知られます。

 最後に,家庭での生活行動です。朝食を食べる,宅習をする,親と話す,バイトをする…。いわずもがな,これらの行動の実施率(頻度)は,家庭環境によって違います。「PISA 2015」では,最近の登校日(登校前,下校後)に,11の行動をしたかと尋ねています(ST076,078)。下表は,イエスと答えた生徒の比率です。


 赤字は高い方の数値で,10ポイント以上の差がある項目は黄色マークで強調しています。

 登校前に「朝食を食べた」「親と会話した」,下校後に「宿題をした」「ネットをした」「バイトをした」という行動で,貧困生徒とその他の生徒の差が大きくなっています。

 朝食の摂取頻度にも差が出ましたね。貧困生徒の欠食率は2割。保護者の意識が低いのか,子に朝食を食べさせるのもままならぬほど困窮しているのか。各種のルポを読むと,後者の家庭も少なくないように思われます。朝食摂取頻度と学力の相関関係のポスターをよく見ますが,家庭環境を介した疑似相関の可能性に注意が要ります。

 親との会話(コミュニケーション)率の違いにも注目。貧困家庭では,親子の会話が乏しく,そうした「関係の貧困」が経済的貧困よりも,子どもの読解力に影響していることは,前々回の記事でみた通りです。
http://tmaita77.blogspot.jp/2018/04/blog-post_17.html

 下校後の宅習の実施率は,20ポイントも違っています。ネットの利用率差は,スマホやパソコンの所持率の違いによるでしょうか。

 あと一つは,下校後のバイト実施率の差です。貧困生徒に限ると,高校1年生にして下校後のバイト実施率は16.7%(6人に1人)。大学生のような遊興費目当てではなく,学費・生活費稼ぎによるものが多いでしょう。都内23区のマクロ統計でみても,高校生のバイト率は平均年収のような指標と強く相関しています。
http://tmaita77.blogspot.jp/2017/05/blog-post_9.html

 高校就学支援金制度が導入され,高校の学費負担は大きく緩和されましたが,私立高校の場合,まだまだ学費の自己負担分が大きいのが現状です。私立高校に限ると,制度が施行された後でも,経済的理由による中退者は減っていません(公立は大幅減)。制度の拡充を求める現場の声も強く,為政者はそれに耳を傾けるべきでしょう。
http://tmaita77.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

 ただですね。日本では,高校生のバイトは「可哀想」という文脈で語られがちですが,国際比較をすると普遍的にあらず。高校生といえば大人に近く,自分で使うカネは自分で稼ぐべし,バイトは実社会と触れる社会勉強になる。こういう考えの国もあるようです。

 下校後の15歳生徒のバイト率は,日本は貧困生徒が16.7%,その他の生徒が6.3%ですが(上表),この大小関係が反転している国もあります。下図は,主要国の比較グラフです。


 日本・韓国・ドイツ・フランスは貧困生徒のほうが明らかに高いですが,他の3か国はさにあらず。アメリカでは,貧困生徒よりその他の生徒のバイト率が高くなっています。

 この国では,富裕層の子弟でも大学の学費は自分で稼ぐ,社会勉強としてバイトをするという現地滞在記を読んだことがありますが,こういう自立スピリットの表れでしょうか。

 高校生を働かせろとは言いませんが,このステージの青年に役割をもっと付与すべきとは,前から思っていました。身体が大きくなっているにもかかわらず,役割を付与されない。青年の心的葛藤の要因がコレであることは,青年心理学のテキストを紐解けば書いてありますよね。

 成人年齢を18歳に引き下げる法改正が議論されていますが,私は,こういう動きをよく思っています。

 話が逸れましたが,タウンゼント流に所持品の多寡によって貧困生徒を取り出し,他の生徒と生活比較をしてみると,明瞭な生活格差がみられることをご報告いたします。親子のコミュニケーションが乏しいなどは,経済的支援とは別次元での配慮が必要です。家庭以外の生活の場で,それを補う実践が求められるでしょう。