2015年12月31日木曜日

2015年の総括

 早いもので,2015年も今日で終わりです。人間,年をとると時の流れが早く感じるといいますが,私も来年で40歳。学生だった20代の頃に比べると,確かにそんな感じです。

 さて,2015(平成27)年の総括をしておこうと思います。まず大学の非常勤講師ですが,今年は「リカレント教育論」(前期,武蔵野学院大学),「調査統計法2」(第3学期,武蔵野大学),「教育社会学」(後期,杏林大学)を担当しました。武蔵野大学が第3学期となっているのは,今年度からこの大学は4学期制になっているためです。

 今年も,いろいろな学生さんに出会えました。学生さんとの対話から,「こういうデータを作ったら面白いんじゃないか」という発想が得られることもしばしばです。ごく限られた時間ですが,若い学生さんと接する機会を持たせていただいて,ありがたく思っています。

 文筆のほうは,今年も,教員採用試験関連の書籍のリライトを行いました。目玉商品の『教職教養らくらくマスター』は,過去問の精緻な分析,最新の時事動向を踏まえて,毎年大幅に加筆・修正しております。アマゾンをみると,マケプレで安いためか,古い年次のものを買ってくださる方がおられるようですが,最新版をご購入いただきますよう,お願いいたします。
http://jitsumu.hondana.jp/book/b200725.html

 それと,新聞やWeb誌にて,連載を継続しました。日本教育新聞(略称NK),日経デュアル(ND),ニューズウィーク日本版(NW)です。NWは,今年の7月から開始しました。それぞれの原稿の掲載頻度,字数は以下の通り。

 NK 週1 480字 & 図1つ
 ND 月1 2000字 & 図3つほど
 NW 週1(2週1) 1200字 & 図2つ

 いろいろなサイズの文章を書く,いいトレーニングになります。お金もいただけて,ありがたや。奨学金をもらって,学生を続けさせてもらっている気分です。来年から,もう一つ媒体が増えます。初回の公開は,1月初旬です。お楽しみに。

 あと一つの活動記録として,8月21日に,都の研修団体・学校保健経営研究会にて講演したことを記しておきます。演題は「統計でみる東京の子どもたち」。これまで蓄積した,東京の子どもの健康状態・体力・学力のデータを存分に開陳させていただきました。現場の先生には刺激的なデータだったようで,都内23区の肥満率マップなどは,みなさん食い入るようにしてパワポのスライドを見ておられました。
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/08/blog-post_22.html

 続いて,このブログの総括です。本ブログ・データえっせいは2010年12月末に開設しましたので,ちょうど5周年ということになります。これまでの総PV数は449万5639です(本日15:00時点)。5年間の日数(1800日)で除すと,1日あたり2500ほどになります。

 これまでで読まれている記事,ベスト10を掲げます。


 トップは昨年の同時点と変わらず,職業別の生涯未婚率です。他にこういうデータがないためか,見てくださる方が多いようです。2位は,県別の大学進学率。教育機会の地域間格差をまざまざと可視化していますので,注目度が高くなっています。今年のデータに更新した記事も10位にランクイン。県別の大学進学率は,毎年計算し,公開いたします。

 赤字は今年に書いた記事ですが,4つが殿堂入りしています。これがどれほどかによって,その年のガンバリ度が測られるわけですが,来年はもっと赤字が増えるようにがんばります。去年も同じことを書きましたが,これまでの財産の上にあぐらをかかない,絶えず知識を更新していく。こういう気構えでいます。

 最後に一つ。大学院博士課程時代の恩師・陣内靖彦先生が,今年の2月8日に逝去されました。70歳という若さでです。私のような厄介者を引き受けたことが,先生の寿命を縮めてしまったのではないかと思っています。

 私は今年5月,礼儀知らずな大学院生とバトルしましたが,院生時代の私は,こやつをはるかに上回る生意気なクソガキでした。陣内先生がどれほど気苦労を負われたかと・・・。謹んで,先生のご冥福をお祈り申し上げます。私に博士号学位を与えてくださったのは,陣内先生です。それに恥じぬよう,今後も精進してまいります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A3%E5%86%85%E9%9D%96%E5%BD%A6
 
 明日から2016(平成28)年です。来年も,本ブログをよろしくお願い申し上げます。みなさま,よいお年をお迎えください。

                                              2015年12月31日
                                               舞田 敏彦 拝

2015年12月30日水曜日

2015年12月の教員不祥事報道

 もう30日,明日は大みそかです。明日は今年の総括記事を書きますので,恒例の教員不祥事報道の整理は,今日やってしまいます。

 今月,私がネット上でキャッチした不祥事報道は42件です。年末なので酒絡みの不祥事が多くなっていますが,公立中学校教諭が「赤旗」を配布し,反安保デモをけしかけたという事案もみられます。

 これは教育基本法違反です。同法第14条にて,学校における政治教育ないしは政治運動は禁止されています。私立学校も同じです。宗教教育(活動)は,私立学校の場合は許されますが,政治教育(活動)禁止の規定は,国公私立問わず全ての学校に適用されます。選挙年齢が18歳に引き下げられたこと,高校生の政治運動が解禁されたことと関連して,教員採用試験で出題されるかと思います。受験予定の方は,覚えておきましょう。

 明日は,今年(2015年)の総括記事をアップいたします。

<2015年12月の教員不祥事報道>
女子生徒にキス、24歳講師を懲戒免職
 (12/1,福島民友,福島,わいせつ:中男24,体罰:中男51,侮辱:小男56)
教諭 児童に触った容疑で逮捕(12/2,NHK,神奈川,小,男,28)
小学生男児ひき逃げの疑い 特別支援学校教師逮捕(12/4,FNN,熊本,特,男)
<酒気帯び運転容疑>岐阜の県立高校講師を逮捕(12/4,毎日,岐阜,高,男,64)
生徒に暴言、平手打ち…体罰の顧問を減給処分(12/4,産経,埼玉,中,男,32)
中学教諭が女子高生の下着を数千枚盗撮(12/7,スポーツ報知,大阪,中,男,26)
盗撮 | 勤務先体育館で4年間…小学校教諭54歳を起訴
 (12/12,毎日,愛知,小,男,54)
クラス全員前に生徒土下座 教諭を処分(12/12,神戸新聞,兵庫,中,男,30代)
教諭が万引、無免許運転… 滋賀県教委、2人処分へ
 (12/12,京都新聞,滋賀,万引:小女36,無免許運転:中男26)
女子高校生を盗撮か 教諭逮捕(12/12,NHK,千葉,中,男,37)
<盗撮>女子中学生被害、28歳の小学講師逮捕(12/12,毎日,福岡,小,男,28)
酒気帯びで人身事故 容疑の高校教諭逮捕(12/13,静岡新聞,静岡,高,男,40)
住居侵入容疑 | 教え子だった少女宅に…熊本の小学教諭逮捕
 (12/14,毎日,熊本,小,男,49)
三重県の教諭の不祥事相次ぎ、懲戒処分 女子児童をはねる
 (12/14,秋田放送,三重,高,男,34)
ビンタに頭突き約20分 教師が中1男子に(12/15,日テレ,愛媛,中,男,40代)
教諭2人を懲戒処分(12/15,読売,三重,交通事故:高男34,営利事業従事:小女53)
わいせつ行為、講師懲戒免 宮崎県教委(12/15,宮崎日日新聞,宮崎,高,男,27)
公立中教諭が教室で「赤旗」コピー配布 シールズの反安保デモを持ち上げる
  (12/16,サンケイビズ,埼玉,中,男,53)
生徒をたたいた教諭を懲戒処分(12/16,栃木放送,栃木,中,男,47)
懲戒処分 | 生徒21人に体罰18件 30代教諭を減給処分
 (12/16,毎日,岩手,中,男,30代)
「口開けろ」と口元にカッター |(12/16,共同通信,広島,中,男,20代)
中学教諭が万引で停職 福島県教委、体罰で3人に戒告処分
 (12/17,福島民友,福島,万引:中男48,体罰:中学校男性教諭(51)と高校男性教諭(45)、高校男性教諭(32)
交通死亡事故で教諭を停職 県教委(12/18,毎日,鹿児島,中,男,51)
40歳中学教員、強盗強姦未遂容疑で逮捕 堺、路上で20代女性襲う
 (12/18,産経,大阪,中,男,40)
フェンシング不正判定疑惑で高校教諭を戒告処分(12/19,日刊スポーツ,大分,高,男,49)
生徒平手打ちの中学教諭を戒告 県教委(12/19,毎日,宮城,中,男,46)
市場中で40万円紛失 女性教諭、持ち出し認める(12/21,徳島新聞,徳島,中,女,50代)
部活中に飲酒 教諭停職 (12/21,NHK,福岡,中,男,52)
熊本市の男の教諭 酒気帯び運転で懲戒免職処分(12/21,TKUテレビ,熊本,中,男,55)
教諭が生徒平手打ち 鼓膜破る(12/22,神戸新聞,兵庫,中,男,30代)
懲戒処分:女子生徒にキスの中学教諭 (12/22,毎日,埼玉,中,男,23)
盗撮、セクハラ、児童ポルノ 横浜市教委が男性教諭4人処分
 (12/23,神奈川新聞,神奈川,強制わいせつ:小男28,児童ポルノ:小男29,同僚自宅侵入:小男42,セクハラ:中男44)
セクハラ:生徒に水垂らし「若いからはじく」 教諭処分(12/23,毎日,広島,高,男,41)
教え子十数人にセクハラの教諭、停職6カ月(12/24,朝日,岐阜,高,男,53)
育休中に万引、教諭処分 滋賀県教委(12/24,京都新聞,滋賀,小,女,36)
<体罰>高校教諭、修学旅行中に2生徒殴る 頭縫うけが
 (12/25,毎日,茨城,高,男,27)
酒気帯び運転で中学教諭を免職(12/25,産経,新潟,中,男,51)
児童ポルノの元校長に有罪=比で少女買春「卑劣で悪質」
 (12/25,時事通信,神奈川,中,男,65)
柔道部の部員に命令「トイレでいじめろ」 (12/25,産経,茨城,高,男,36)
県立高校教諭が教え子にわいせつ行為 懲戒免職処分(12/25,産経,群馬,高,男,30)
男性教頭、温泉施設で男湯盗撮 (12/25,産経,大阪,小,男,53)
夫の不倫相手を脅迫 県教委、公立中教諭を文書訓告処分(12/26,中日,愛知,中,女)

2015年12月29日火曜日

年末のプチ・トラブル

 先週の土曜日(26日)のお昼前に,メールが一件きました。某ライターさんからで,ある雑誌記事の執筆に,私が作成したデータを使わせていただきたい,という許諾申請です。希望があったのは,三世代同居率の国際比較のデータ(↓)。

 まあ,よくあることです。しかし,こう書いてありました。

  「**という雑誌でも三世代同居についての提言を行うことになり,その記事の中でも,欧州の先進国では三世代同居は数%だということで,各国の数字も使用させて頂く予定です。舞田先生が作られた各国の数値一覧は,スペースの都合で使用できず,お名前などは入れられず申し訳ないのですが,先生のツイッターからヒントを得ていることを事前にご連絡しておきたいと思いました」。

 私がカチンときたのは,赤字の文言です。私の意向も聞かずに,「使用させていただく予定です」と決めつけています。また,私が『世界価値観調査』(以下,WVS)のローデータから労力をかけて計算した著作物であるにもかかわらず,クレジットは記入しない,と言ってきています。こんな書き方をして,相手が怒るとは思わないのでしょうか。

 出典のWVSサイトにも当たった,とありましたので,自分が調べた数値として使いたい,ということなのでしょう。しかし,出典はWVSサイトではありません。そこには,計算済みの数値は掲載されていないはずです。なぜなら,私がローデータ(個票データ)を申請して,独自に計算したものだからです。それを,クレジット(作成者)の明記もしないで,あたかも自分が調べたかのように使うというのは,剽窃以外の何物でもありません。

 表の下に「資料:『世界価値観調査』(2010-14) 作成者:舞田敏彦」と添えられているのを見て,WVSサイトに公表されている数値を舞田が拾って表にまとめたのだな,と勘違いしたのでしょうね。それでWVSに当たって確認した,自分が調べたものだ,だからクレジットは明記しないと。

 そこで私は,WVSサイトに当たって計算済みのデータを確認したというなら,その画面のURLを教えてほしい,ないしは画面のスクリーンショットを送ってほしい,と要求しました。答えは,確認していないとのこと。つまりこの人は,出典の所在も突き止めず,舞田作成のオリジナルデータと知りながら,クレジットをつけないで記事に使うつもりだったことになります。あたかも自分で調べたかのように。

 「では,クレジットを明記するので,データを使わせてもらっていいか」と尋ねてきましたが,私は,こういうことをする人にデータを使ってほしくないと思い,使用不許可の返事をしました。その後,返信がありましたが,読まずに削除しました。これでおしまい。

********************

 どうやら,「資料:『世界価値観調査』(2010-14) 作成者:舞田敏彦」では不十分で,「資料:『世界価値観調査』(2010-14) 元データ計算・表作成者:舞田敏彦」,あるいは「*『世界価値観調査』(2010-14)のローデータより舞田敏彦が計算」と書かないといけないようです。また一つ,お勉強をさせてもらいました。

 しかしまあ,「クレジット明記の使用を許可いただけますか」と聞いてくればいいものを,「お名前などは入れられず」などと書いたのが,そもそもの誤りです。よほど,自分が調べたデータということで書きたかったのでしょうか。「舞田敏彦氏が『世界価値観調査』から計算したデータによると」という,一文を添えるのも嫌だったのでしょうか・・・。

 実はこの人は,同じ媒体で連載を持っている同志です(面識はありませんが)。私とは真逆のアプローチをとる人で,毎回楽しく読ませてもらっていました。「いいこと書くなあ,血が通っているなあ」と敬服していたのですが,こんな人だと分かってガッカリです。

 デュルケムは,「犯罪は社会にとって有益である。それによって,人々の道徳意識が進化するなど,社会が発展する」という趣旨のことを述べていますが,人は,自分が遭遇したトラブルから学ぶもの。私が揉め事の経緯を細かく記録するのは,せっかく得た教訓を忘れないようにするためです。今回の件で,発信する表やグラフのクレジット表記に不備があることを知りました。それを教えてくれたという意味では,このライターさんに感謝はしています。

2015年12月27日日曜日

高卒者の正社員就職率

 昨日,面白いツイートをみつけました。柔軟な発想をなさる方なので,ちょくちょくツイッターをのぞかせていただいているのですが,以下のようなものです。
https://twitter.com/sateco/status/679497811172306944


 なるほど。数の上では,今となっては高卒者より大卒者が多く,希少性では前者のほうが上です。早く働き始めれば,スキルは身につくし,学費も浮くと。

 「高卒で就ける仕事なんてねーだろ」といわれるかもしれませんが,大卒の知識や技術が必要な仕事って,どれほどあるでしょう。企業が大卒者を好んで雇うのは,彼らのタレントに期待してのことではありません。「大卒者なら仕事の覚えも早かろう,間違いなかろう」と踏んでのことです。数多い応募者の中から,間違いのない人材を選ぶためのシグナルとして,学歴を使っているだけのこと。これを,シグナりリング理論といいます。

 腹の底では,上記の小林さんのような考えを持っている人が多いのでは,と思います。たしか,2013年の国際成人力調査(PIAAC)でも,日本では,「今の自分の仕事は,自分よりも低い学歴の人でもこなせる」と考える人が多かったのですよね。

 さて,今の日本は大学進学率が50%を超えているのですが,(賢明にも)高卒で就職する生徒もいます。統計でみて,高卒の就職率はどれくらいかと思い,2015年度の『学校基本調査』をみてみたら,なんと今年度から正規就職者と非正規就職者に分けて集計されているではありませんか。これを使えば,高卒者の正社員就職率を出せます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528

 私は,今年春の高卒者の進路構造図を描き,正規就職者がどれほどいるかを可視化してみました。高卒者の特徴を出すため,短大卒,高専卒,大卒者の図もつくってみました。下図がそれです。


 左上が高卒者の進路構造図ですが,上級学校進学者が4分の3を占めます。正社員就職者は色つきの四角形ですが,卒業生全体に占める比率は17.6%です。就職の意思のない進学者を除いた,非進学者ベースでみると,正社員就職率は76.2%となります。こちらを使うのがいいでしょうね。

 非進学者ベースの正社員就職率(以下,正社員就職率)は,短大は77.9%,高専は96.7%,大学は80.3%となっています。さすが,高専はスゴイですね。高度経済成長を担う中堅技術者の養成のため,1961年にできた学校ですが,現在でも産業界から高く評価されているそうな。

 でも,高卒の正社員就職率は,短大や大学と大きくは違いませんね。高卒の「その他・不詳」には宅浪も含まれるでしょうが,この部分のベースから除くと,正社員就職率は大学より高くなるかもしれません。

 当然ですが,高卒者の正社員就職率は,地域によって違っています。上図にみるように全国値は76.2%ですが,都道府県別に値を出すと,かなりの開きが観察されます。下表は,高い順に並べたランキング表です。


 ほう,12の県で9割を超えているではないですか。私の郷里の鹿児島もそう。東京などの都市部の率が低いのは,宅浪が多いためでしょう。*予備校入学者は各種学校入学者にカウントされるので,ここでの率のベースには含まれません。

 まあ,上位の県では専門学科の比重が高いからでしょうね。ご存じのとおり,高校は普通科だけではなく,専門技術を教授する専門学科(工業科,商業科・・・)があり,総合学科という「第3の学科」もありますが,学科別の正社員就職率はどうでしょう。下表は,その計算表です。卒業生の数が少ない学科もありますので,分母・分子の値も示します。


 卒業生全体では76.2%ですが,農業,工業,商業,水産,そして福祉学科では9割を超えています。工業科は96%! これは,大学の理系学部の正社員就職率と比しても遜色ありません。
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=3276

 建築や介護とかは,今は需要ありますから・・・。ただ,ここでみた正社員就職率は非進学者ベースであり,ホントは就職希望だけど無理そうなので,仕方なく専修学校に進学したというような生徒は,分母から除かれています。

 以上が,高校から社会への移行(Transition from School to Work)の現状ですが,この経路がもっと太くなってほしいと思います。高卒就職「トーゼン」の社会。現段階では絵空事で,時計の針を戻すような難事業ですが,これが実現したら,少子化のような問題はイッキに解決するのでは。

 大学に行くのは後からでもいいわけです。しかし,日本ではこれがなかなか難しい。「児童期(C)→教育期(E)→仕事期(W)→引退期(R)」を直線的に進む,直線モデルのライフコースが支配的。求められるのは,EとW(R)の間を自由に往来できる「リカレントモデル」の構築です。北欧では,これがある程度具現されています。それは,成人の通学人口率の国際データから分かること。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3823.php

 今後,わが国では少子高齢化が進む,近未来には「子ども1:大人9」という社会になります。こういう社会においては,直線モデルは通用せず,リカレントモデルがふさわしい。社会変化がますます加速化し,人々は生涯にわたって「学びなおし」をする必要にも迫られます。人生の初期(子ども期)に教育の機会を集中させ,あとは一切ナシという現在のシステムは,時代にそぐわなくなります。

 選挙権が20歳から18歳に引き下げられましたが,18歳で社会に出るのがもっと「トーゼン」になっていい(大学を出てないとこなせない仕事なんて,数えるほどしかないのですし)。そうなった時,教育行政が為すべきは,成人の「学びなおし」の機会の拡充です。

 教育の機会が人生のあらゆる段階に分散し,18歳時において,大学への進学を社会的に強制されない社会になったら,どんなにいいか。私は教育社会学の「生涯学習」の講義で,このことを毎年話しています。

2015年12月25日金曜日

子ども1人育てるのにいくらかかるか?

 表記の問いですが,子育て中の親御さんなら,誰しも関心のあること。銀行や生命保険会社による,いろいろな試算レポートもあります。しかるに,官庁統計を使って計算したらどうなるでしょう。

 昨日,文科省の『子どもの学習費調査』(2014年度)の結果が公表されました。隔年で実施されている調査で,幼稚園児から高校生の子がいる保護者に対し,子ども1人あたりの年間教育費を尋ねています。授業料,PTA会費,通学費などの学校教育費,学校給食費,そして学習塾費や習い事月謝などの学校外教育費までをも含む,広義の教育費です。

 原資料には,学年ごとの年間教育費の平均値が載っています。幼稚園3歳から高校3年生までを合算すると,高校を卒業させるまでにかかる教育費総額を試算できます。今朝の朝日新聞記事によると,オール公立の場合は523万円,オール私立の場合は1770万円だそうです。後者は前者の3.4倍。

 私は原資料に当たって,学年別の年間教育費を採取し,同じ値になるか追試してみました。下表をご覧ください。


 高校3年生までの累積をみると(右欄),オール公立は523.1万円,オール私立は1769.9万円。なるほど上記の記事でいわれている通りですね。

 これは高校までの総額ですが,大学進学率が50%を超えている今日,大学まで出すにはナンボかも気になります。大学の教育費は,上記の文科省調査には載っていませんが,日本学生支援機構の『学生生活調査』(2012年度)によると,国立大学の年間学費(授業料,学納金,課外活動費,通学費等)は67.4万円,私立は132.0万円となっています。

 大学の全学年とも同じと仮定すると,「幼稚園から高校まで公立,大学は国立のコース」の総額は792.6万円,「幼稚園から大学まで私立」のコースは2297.8万円と見積もられます。大学までオール私立だと,2000万円を超えると。まあ,そうなるでしょうね。

 しかるに,多くの子どもがたどる標準コースは「幼稚園は私立,小学校から高校は公立,大学は私立」というものでしょう。この標準コースの教育費総額は,黄色マークの数値を合算すれば出せます(累積欄の右端)。総計=1136.8万円なり。

 この試算値には大学の初年度納付金が含まれていませんので,実際はもう少し高くなると思われます。しかし,標準コースで1000万超えとは・・・。巷でいわれるウン千万というのはオーバーにしても,「高いなあ」というのが印象です。

 東京では,「幼稚園は私立,小・中学校は公立,高校・大学は私立」というコースも多いでしょうが,これだと総額は1311.5万円です。他にも,「中学から私立」,「大学だけは私立」など,いろいろなバリエーションが想起されます。子育て中のママさん・パパさん,お子さんの想定コースの総額を試算してみてください。

 なお,一口に教育費といっても,その中身は多様です。小学校1年生から高校3年生の学年別に,主な費目の組成が分かるグラフをつくってみました。公立学校の児童・生徒のものです。


 教育費の内訳は,学年によって違います。中学生では,家庭教師・学習塾の比重が高いですね。中3では,教育費全体の6割をも占めます。平均実額は,年間35万円ほどです。1か月あたり3万円ほどでしょうか。

 各学校の1年生で「その他学校教育費」の比重が高いのは,制服費や通学用品費などがかさむためです。

 話がそれましたが,本記事のタイトルの問いに対する答えとして,標準コースで見積もった場合,大学まで出すのに約1137万円かかる,という答えを記しておきます。低く見積もった試算値です。

2015年12月23日水曜日

都道府県別の未婚男性の年収

 婚活産業が隆盛と聞きますが,当該産業の関係者さんが欲しい,知りたいデータがあるかと思います。それは,未婚男性の年収の相場です。

 女性会員が「年収**万超の男性を紹介してほしい」と,やや非現実的な要望を出してきた場合,「最近の未婚男性の年収はこんな感じですよ」とデータを突きつけたい…。こういう方もおられるかと思います。だいぶ前ですが,地方の某結婚相談所の社員さんから,この手のデータはないかと,相談を受けたことがあります。

 遅まきながらお答えしますが,あります。総務省『就業構造基本調査』には,男性有業者の年収分布が配偶関係別に集計されています。結婚相談所に通う女性の多くは30代あたりかと思いますが,同じ30代の未婚男性の年収分布はどうなっているか。

 最新の2012年の同調査によると,年収が判明する30代の未婚男性有業者は約294万人。その年収分布を大雑把にみると,200未満未満が6.8%,200万台が20.0%,300万台が24.2%,400万台が21.7%,500万台が12.4%,600万以上が14.9%,となっています。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/index.htm

 年収300万円台が最も多く,その下を合わせると年収400万未満が44.2%を占めると。願わくは600万超のお相手を希望する女性が多いのでしょうが,その条件を満たしているのは同年代の未婚男性の14.9%,およそ7人に1人。狭き門ですね。

 これを円グラフにして,相談コーナーの壁に貼っておくといいかもしれません。しかしこれは全国のデータであり,実情は地域によってかなり違います。上記の相談をもちかけてきた社員さんは,北東北の方でしたが,このゾーンでは,未婚男性の年収はもっと低いでしょう。

 そこで,同じ30台未婚男性有業者の年収分布を,都道府県別に出してみました。下図は,同じ階級区分の帯グラフです。


 全国統計では年収300万円台が最も多いのですが,県別にみると,200万円台が最多の県が多いようです。大都市の東京では,600万超が3分の1を占めます。

 これが官庁統計から分かる,30代の未婚男性の年収分布です。これをつきつけて,「本県の未婚男性の年収はこうですよ」と言ってみたい,という婚活関係者もおられるでしょうか。

 以上は30代のデータですが,他の年齢層はどうか,という関心もあるでしょう。しかし上記のような分布を年齢層ごとに示すのは厄介ですので,平均値に丸めた値を提示します。原資料の細かい階級区分の年収分布表をもとに,20代,30代,40代,50代の未婚男性有業者の平均年収を計算してみました。下表は,その一覧です。


 若い20代は,オール300万未満です。「20代の女性が結婚相手に求める年収は600万」という,週刊誌のつり広告を見たことがありますが,その願いが叶う確率はかなり小さいでしょう。地域を問わずです。

 年齢を上がると年収もアップしてきますが,400万以上(赤色)は多くないですね。この表も,目立つ所に貼ってみたらいかがでしょう。

 ここでお見せしたデータが,全国の婚活関係者の方々の参考になれば幸いです。

 私は,高望みする女性を批判しているのではありません。男性との収入格差,結婚・出産後のキャリア閉塞など,女性がそうせざるを得ない状況をば,まずもって変えないといけないことは,重々承知しています。

 今回のデータは,女性の社会進出の道を開かないと,わが国の未婚化・少子化は一向に解消されない,ということの主張とも読めます。男性の腕一本で一家を養える時代は,とうに終わっているのです。

2015年12月20日日曜日

職業別の睡眠・仕事時間

 2013年の国際教員調査(TALIS 2013)で,日本の教員は世界一働いていることが分かりました。日本の中学校教員の週間平均勤務時間は53.9時間で,OECD平均の53.9時間を大きく上回っています(下記サイトのtable6.12)。

 これは各種メディアで報じられ,すっかり知れ渡っていますが,国内の他の職業に比してどうなのか。国内の職業比較における位置は,あまり明らかにされていないように思います。今回は,それをやってみましょう。

 依拠する資料は,2011年の総務省『社会生活基本調査』です。平日1日あたりの平均仕事時間を職業別に知ることができます。仕事と対極の睡眠の時間も拾ってみましょう。性別の影響を除くため,男性に限定します。

 結果を整理すると,下表のようになります。調査対象の平日に,当該の行動をした行動者の平均時間です。下記サイトの表15から採取した数値であることを申し添えます。


 全職業の平均睡眠時間は439分,仕事時間は554分です。教員のそれは順に410分,612分であり,平均的な労働者より寝ておらず,長く働いています。

 教員の平日1日の平均仕事時間は612分(10時間12分)ですか。これはあくまで平均値ですので,分布をとれば12時間を超える者もザラでしょう。睡眠時間の平均は410分(6時間50分)で,「そこそこ寝てるじゃん」という印象ですが,これも平均であることに注意。

 表には31の職業の値が掲載されていますが,教員の位置はどうでしょう。黄色マークは最高値,青色マークは最低値ですが,教員は仕事時間がトップで,睡眠時間は技術者の405分に次いで短くなっています。長く働いて,寝ていない。この度合いが最も大きい,つまり過労度が最も大きい職業であることが知られます。

 上記の職業別のデータを視覚化しておきましょう。横軸に平均睡眠時間,縦軸に平均仕事時間をとった座標上に,31の職業を配置してみました。2変数のグラフ化は,これがよいと考えています。


 左上は,相対的に仕事時間が長く,寝ていない「キツイ」職業ですが,教員はその極地です。対極は農林漁業ですが,これは高齢者が多いためでしょうね。清掃や運搬業は,非正規雇用が多いためとみられます。性別の影響は除きましたが,年齢や雇用形態までは統制できていません。

 若年の正規職員に限ったら,どういう図柄になるか。私の予想ですが,教員の位置は変わらないような気がします。いやむしろ,もっと左上にかっ飛ぶのではないでしょうか。下図にみるように,わが国の教員は,若手ほど勤務時間が長いという,きれいな構造ですので。


 日本の教員の勤務時間が長いのは,授業とは別の様々な雑務を負わされているためです。他国なら事務員がやるような仕事も,教員が負わされています。最近取りざたされている部活も然り。北欧では,この種の活動は地域のスポーツクラブ等に委ねられていると聞きます。

 この問題がようやく認識され,「チーム学校」という外部人材組織が学校に導入されることとなり,教員の負担が軽減されることとなりました。部活指導を担う,部活指導員もその中に含まれるそうです。

 8月18日のニューズウィーク記事にも書きましたが,これを機に,教員の仕事(専門性)とは何かについて,真剣に議論をすべきでしょう。

 2012年の中教審答申にて,教員を高度専門職と位置づける方針が明示されました。教員は専門職かという議論が古くからありますが,教員があたかも「何でも屋」のごとくみなされていることが,教員の専門職化を阻んでいることは間違いありません。

2015年12月18日金曜日

貧困といじめ被害・不登校の関連

 先日,厚労省『21世紀出生児縦断調査(2001年生まれ)』の第13回調査の結果が公表されました。2001年に生まれた子ども約3万人を追跡し,各年齢時点での生活状況を把握する調査です。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/27-9.html

 昨年(2014年)に実施された第13回調査では,13歳になった子どもの状況が把握されています。学年でいうと,中学校1年生です。

 思春期の難しい年頃であるだけに,親御さんの悩みもさぞ多いことでしょう。この調査では,調査対象の子どもの保護者に,子どもを育てていて大変と思うことを複数回答で尋ねています。それをグラフにすると,以下のようになります。


 子どもの成績,子育て費用,子どもの将来に関する悩みが多くなっています。13歳の親のうち,3割以上がこの種の悩みを持っていると。さもありなんです。中学校に上がったら塾通いもするようになり,出費もかさむでしょうし。

 4位には,「子どもの反抗的な態度や言動」が挙がっています。13歳といえば反抗期の盛りの時期です。親からの独立を志向し始め,親の言うことに反抗するようになります。体が大きくなっているにもかかわらず,一人前の役割を与えられない。昔に比べて現在では,そのギャップがますます大きくなってきています。第2次反抗期は,それに由来する心的葛藤の表われです。

 親や教師は,そうしたあがきを抑えつけるだけではなく,それを伸ばしていく構えも求められるでしょう。この点については,日経デュアルにも書きました。
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2332

 ちなみに上記の悩みの率は,子が男子か女子かによって違います。男子の親は女子の親よりも,子どもの成績や将来のことで悩んでいる者の率が高くなっています。これなどは,子どもに対する教育期待のジェンダー差の表われとみてよいでしょう。

 しかるに,子どものジェンダーによる違いよりも注目されるのは,家庭の年収による違いです。下表は,両親の年収総額別に,13歳の親の悩みがどう変化するかを整理したものです。数値は,それぞれの項目の悩みを抱いている親の割合です。


 同じ13歳の子を持つ親であっても,家庭の年収階層によって,悩みの率が異なっています。おおむね,どの悩みも貧困層で多いようで,14項目のうち8項目の率が,年収200万未満の層で最も高くなっています(アミかけ)。

 ところで私が注目したいのは,赤字の項目の傾向です。子どもの反抗的態度,いじめ被害,不登校,病気のことで悩んでいる親の率が,貧困層ほど高くなるという,ほぼリニアな傾向があるのです。学力についてはこういうデータをよく見かけますが,問題行動についてもこうしたクリアーな傾向が出るとは,ちょっと驚きです。

 いじめ被害と不登校で悩んでいる親の率を,折れ線グラフにしておきましょう。


 いじめ被害や不登校の率は,貧困層の子どもほど高いことをうかがわせるデータです。おそらく学校での友達との軋轢に関する原因が多いと思いますが,経済的理由からスマホなどが持てず,つまはじきにされてしまうのでしょうか。

 高校生にもなれば自分でバイトしてカバーすることも可能ですが,中学生ではそれも不可。いわゆる「スクール・カースト」の決定要因として,家庭の経済状況が関与する度合も大きいと思われます。

 なお,上記の調査に回答した,13歳の保護者のサンプル数によると,年収200未満は5.4%,200万以上400万未満が12.1%,400万以上600万未満が26.1%,600万以上800未満が25.1%,800万以上が31.3%,という分布です(年収不明は除外)。

 年収200万未満の貧困層は,20人に1人です。まさに「豊かさの中の(少数の)貧困」という地位に置かれているわけですが,それだけに,この層が抱く相対的剥奪感は相当なものでしょう。それは,多感な思春期の子どもの自我を傷つけるのに十分です。

 師匠の松本良夫先生は,大都市・東京のデータをもとに,豊かな地区の中の貧困家庭から非行少年が多出する傾向を明らかにされています。これなども,上記の心理効果から解釈される現象といえそうです。この伝でいうと,貧困といじめ被害・不登校の関連は,東京のような大都市に限ったら,もっとクリアーに出るのではないかと推測されます。「豊かさの中の(少数の)貧困」の地位にある家庭には,支援の重点が置かれるべきでしょう。

 学力のみならず,問題行動にも社会的規定性があることは,押さえておかねばならない事実です。

2015年12月16日水曜日

睡眠時間の減少

 総務省の『社会生活基本調査』は,国民のいろいろな生活行動の実施率や平均時間が分かるスグレモノです。主な項目は,時系列の推移をまとめた表も公開されています。

 上記サイトの表2は,主な行動の平均時間(1日あたり)の推移表ですが,これを眺めていたら,「はて?」という現象に気付きました。睡眠時間の減少です。下の図は,生産年齢の男女の変化を折れ線グラフにしたものです。


 20代は90年代以降増えていますが,これは進学率の上昇により,学生が増えたためでしょう。30代女性の睡眠時間も長くなっていますが,未婚化の進行により,子どもがいない女性が増えているためでしょうか。

 しかし,30~50代の男性,40~50代の女性は,一貫した右下がりです。とくに中年女性はキツイ。就業率の上昇に加え,晩婚化・晩産化の進行により,育児と介護の「ダブルケア」を負わされる女性が増加していることの表れとみられます。

 この点については,12月10日の記事でも書きましたが,睡眠時間の時系列変化にも,明瞭に表われていることに驚かされます。

2015年12月13日日曜日

健康格差に対する認識

 先日,2014年の厚労省『国民健康栄養調査』の結果が公表されました。新聞等でも報じられましたが,今回の目玉は,対象者の世帯所得との関連を分析していることです。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000106405.html

 上記サイトの調査結果ポイントによると,「所得の低い世帯では,所得の高い世帯と比較して,穀類の摂取量が多く野菜類や肉類の摂取量が少ない,習慣的に喫煙している者の割合が高い,健診の未受診者の割合が高い,歯の本数が20歯未満の者の割合が高いなど,世帯の所得の違いにより差がみられた」とのこと。

   既存統計を使って,この手の分析を多く手掛けている私にすれば,さもありなんです。それが官庁調査の個人データで明らかにされたのは画期的です。傾向がクリアーな4項目のデータをグラフにしておきます。成人男性のデータです。統計的手法により,年齢ならびに世帯人員の影響は除去されているそうです。


   健診未受診率,肥満率,歯の数が20本に満たない者の率は,低所得層ほど高くなる。野菜摂取量は,高所得層ほど高い傾向。低所得層は生活にカツカツで,自身の健康に気を配る余裕がないためでしょう。

   肉を好み野菜を食べない,ラーメン二郎のようなジャンクなものを好んで食す,飲酒や喫煙をするなどは個人の嗜好ですので,他人がとやかく言うことではありません。しかし,それが度を超すと健康に悪影響が出ることは,医学上の定説です。さらにそうした偏りが低所得層に集中しているとなると,社会的な啓発や支援も必要になります。当人の自己責任として放置してよいことにはなりません。

   しかるに,上記のようなデータがあまり出されないためか,日本人は貧困に由来する健康格差問題への認識が薄いようです。国際社会調査プログラム(ISSP)が2011年に実施した健康意識調査によると,「貧困は,健康問題の原因となる」という項目に「そう思う」と答えた者の比率は,日本では29.7%だったそうです。韓国は65.7%,アメリカは54.0%,イギリスは53.7%,西ドイツは51.2%,フランスは54.5%,スウェーデンは42.7%ですから,主要国の中ではダントツで低くなっています。
   
   問題の原因を,当人の健康管理の欠如,怠惰に帰しているのでしょう。確かにそうなのですが,そうした乱れ(荒み)が,貧困という生活条件から来ていることへの認識が薄い。これがわが国の特徴です。

   それゆえに,健康問題の解決に税金を投じることに賛成する国民の率も,他国に比して低くなっています。「肥満防止施策に税金を使う」ことに対する賛成率は,日本は40.6%で,こちらも主要国では最下位です。

   もっと多くの国を含めた全体構造の中に,日本を位置付けてみましょう。横軸に「貧困は,健康問題の原因となると思う」の率,縦軸に「肥満防止施策に税金を使うことに賛成」の率をとったマトリクス上に,上記のISSP調査の対象となった34か国をプロットしてみました。


   ご覧のように,日本は最も左下にあります。健康問題を当人の自己責任として捨てるのではなく,社会的な視野で考えようという意識が,最も希薄な社会です。

   これはおそらく,他の問題についてもいえるのではないでしょうか。たとえば,横軸の「健康問題」を「学力遅滞」,縦軸の「肥満防止施策」を「学力格差是正施策」に変えて意見を問うても,似たような図柄になると思われます。

   わが国では,この種の問題の原因を当人の責に帰す傾向が強く,家庭環境のような外的条件に目を向けることはタブー視されるきらいがあります。教育社会学者の多くが感じている不満でしょうが,アンケートで保護者の年収や学歴などを尋ねようとすると,拒否されるのが常です。これでは,不利な条件の家庭の子どもに対する支援はおぼつきません。貧困に由来する,学力格差や健康格差の問題から目をそらしてはいけないと思います。

   最近ではようやく事態が変わり,2013年度の『全国学力・学習状況調査』では,対象児童・生徒の家庭環境が把握され,学力との関連が分析されました。そこで提示されたデータは,保護者の学歴や年収と平均正答率の,「残酷」ともいえるまでの相関関係です。

   これにより,問題の社会的規定性が世間に理解され,東京都の足立区のように,子どもの貧困実態調査を独自に行う自治体も出てきました。こうした取組により,「生まれ」によってライフチャンスや心身の健康が制約されることのないような社会の実現が望まれます。

   上記の散布図は2011年の国際データですが,数年後に実施される同種の健康意識調査では,日本の位置が変わっていることを強く欲します。

   しかし,社会を動かす上で,データの力は侮れないと感じます。握りこぶしを振り上げて「**すべし」と訴えるのは簡単ですが,それが世論を説得し,資源の投入が認められ,具体的な政策につながるには,データ(エビデンス)が求められます。よくいわれる「Evidence based policy」とは,このことです。

   私は,4月8日の日経デュアル記事にて,家庭環境と非行発生率の関連を明らかにしたのですが,「こういうデータは,一人親家庭への偏見を助長する」というコメントが書き込まれました。まったく心外です。私は,そんなことは微塵も意図していません。非行防止に際して,不利な条件の家庭への支援が必要であると主張したいまでです。それを具現するには,こういうデータ提示が不可欠であることは,言うまでもありません。それとも,この種の分析をやってはいけないのでしょうか?

   このような考えが,問題に対する世人の目を曇らせ,社会的な次元での解決策を滞らせていると思います。私はFBをやっていませんので,ここで反論しておくことにいたしましょう。

2015年12月10日木曜日

子育て期の父母の睡眠時間

 11月2日のニューズウィーク記事にて,日本人の睡眠時間が世界で最も短いこと,それがイノベーション社会への変革を阻害する条件となっていることを指摘しました。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/11/post-4061.php

 日本人のどの層の睡眠時間が短いかというと,中年女性です。上記記事の図2の年齢曲線によると,40代後半女性の睡眠時間がことに短くなっています。高校生くらいの子がいる年代ですが,弁当づくりなどのため早起きを強いられるのでしょう。

 また,老親の介護も始まる時期であることから,育児と介護のダブルケアを負わされる女性も多いとみられます。晩婚化・晩産化が進んでいる現在では,育児と介護の時期が重なるようになってきています。今後,こうしたダブルケア女性の過労の問題も台頭してくることでしょう。

 今回は,もう少し分析を深めてみます。中年女性の睡眠時間が短いのですが,それが顕著なのはどの地域か。言わずもがな,大都市と地方では違うでしょう。都道府県レベルの統計を使ってデータを作ってみましたので,それをご覧に入れようと思います。国内の地域差の吟味です。

 中年女性の中でも寝ていないのは,子どもがいる女性です。ここでは,子育て期の女性に焦点を当てることとします。

 2011年の総務省『社会生活基本調査』から,子育て期の男女の平均睡眠時間を都道府県別に知ることができます。平日1日あたりの平均睡眠時間を,末子の発達段階別に採取し,折れ線グラフにすると,下図のようになります。全国と大都市・神奈川県のグラフです。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm


 男性はさておき女性は,子どもが大きくなるにつれて,睡眠時間が短くなっていきます。都市部の神奈川ではその傾向が顕著で,全国の折れ線に比して,右下がりの傾斜が大きくなっています。とりわけ,子が中学校から高校に上がることに伴う変化が著しく,睡眠時間が30分近くも減ります(386分→359分)。

 高校生の子がいるとなると,弁当作りのため早起きをしないといけませんが,遠距離通学の多い都市部では,その時間が早くなるのでしょう。塾通いで帰りも遅くなるので,遅寝にもなると。中年女性の寝不足のレベルは,地域によって異なることがうかがわれます。

 では,他県のデータもみてみましょう。末子が高校生の男女(父母)の平均睡眠時間一覧表をつくってみました。


 育児と介護のダブルケア年代ですが,平均睡眠時間は県によってかなり違っています。女性でみると,342分から432分までの幅があります。最も短い和歌山では,わずか342分(5時間42分)。分布をみれば,5時間未満の母親も少なくないことでしょう。

 女性の平均睡眠時間の赤字は,360分(6時間)に満たない数値です。首都圏(1都3県)は,見事に赤色です。都市部のママは寝ていないようです。

 右欄の性差は,男性との差ですが,鳥取と熊本では,女性の睡眠時間が男性よりも2時間以上短くなっています。鳥取では,男性は8時間寝ているのに対し,女性は6時間寝ていないと。性差の赤字は,男女の差が60分(1時間)を超える県です。

 女性の睡眠時間が6時間未満で,かつ男性との差が60分を超える県(赤字2つ)を拾うと,神奈川,和歌山,鳥取,福岡,熊本の5県となります。これらの県では,中年女性のダブルケア負担が大きいこと,それが女性に偏していること,という問題が提起されるかもしれません。

 最後に,高校生の子がいる母親の平均睡眠時間(上表の中央欄)をマップにしておきます。4つの階級を設け,各県を塗り分けてみました。


 白色は360分(6時間)未満の県ですが,首都圏や近畿圏といった都市部がこの色になっていることに注目。子どもの遠距離通学に加え,介護施設が不足している都市部では,在宅介護に伴う負担があるのかもしれません。

 日本人は世界一寝ていないのですが,とくにそうなのは中年女性,それも都市部居住の中年女性であることを知りました。このように詰めていくことで,対策の重点層が見えてきます。

 資源は有限です。全国一律ではなく,時には資源の傾斜配分も必要。その判断材料として,こういうデータが必要であることは,申すまでもないことです。

2015年12月8日火曜日

落第の国際比較(2012年)

 落第とは,法律用語で原級留置といいます。字のごとく,次の学年に進級できず,当該の学年に留置かれることです。

 学校教育法施行規則第57条では,校長は平素の成績を勘案して,進級や卒業の可否を決めることと定められています。高校や大学だけでなく,義務教育の小・中学校でも同じです。よって小・中学校でも,成績不良者や長欠者の落第はあり得ることになります。

 しかしながら,「かわいそう」という思いからか,日本では小・中学校で落第の措置がとられることはまずありません。年齢を重ねたら自動的に進級させる,年齢主義の考え方がとられています。

 一方,諸外国はそうではありません。学部の比較教育の授業で,フランスでは小学校でもガンガン落第させると習った覚えがあります。課程の内容を習得しているかが厳密に試験され,それをもとに,進級の可否が決められるとのこと。年齢ではなく,課程の習得状況を重視する,課程主義の考えが採用されているわけです。

 教育は社会によって異なりますが,義務教育段階での落第という点において,その差を明瞭に見てとることができます。今回は,小・中学校の落第率の国際比較をしてみましょう。

 OECDの国際学力調査『PISA 2012』では,対象の15歳生徒に対し,「ISCED1」と「ISCED2」の段階の学校で,落第したことがあるかと尋ねています(Q7)。前者は初等教育(primary education),後者は前期中等教育(lower secondary education)に相当です。日本でいう,義務教育の小・中学校に対応するとみてよいでしょう。
https://pisa2012.acer.edu.au/

 めぼしい国を取り出し,小学校段階の回答をグラフにすると,下図のようになります。日本の生徒は,この質問には回答していません。小学校での落第なんて皆無と分かり切っているためでしょう。


 主要国の15歳生徒の回答ですが,小学校での落第経験者は少しはいます。韓国は3.2%,アメリカは10.2%,イギリスは1.9%,ドイツは10.0%,フランスは16.4%,スウェーデンは3.1%,ブラジルは23.4%です。

 米独仏は10%超で,南米のブラジルでは小学校でも4人に1人が落第させられたと。スゴイですねえ。われわれの感覚からしたら,ちょっと驚きです。

 なお他の国をみると,もっと高い値が出てきます。調査対象の60か国について,小・中学校での落第経験率を計算し,高い順に並べたランキング表をつくってみました(日本は0.0%と仮定)。


 小学校の経験率トップはポルトガルで24.5%,中学校は北アフリカのチュニジアが最高です(29.9%)。小学校で4人に1人,中学校で3人に1人を落第させる社会もあると。

 上位をみると,南米などの発展途上国が多く名を連ねています。おそらくは,児童労働の問題も絡んでいることでしょう。

 先進国ではフランスがトップです。なるほど,学部の比較教育の講義で習った通り。この文化国では,小・中学校といえど,課程の習得状況が厳正に試験され,進級の可否が決められているようです。

 われわれが信じて疑わない常識が相対化されますね。しかし世界からすれば,日本の状況が特異と驚かれることでしょう。「小・中学校の落第率0%! さすがジャパン。全ての児童・生徒に,課程の内容を習得させることに成功している」と。

 しかし,こんなことを言われたら,歯がゆさを禁じえません。わが国において,形式的就学(進級)が蔓延っているのは,よく知られていること。授業を理解している者の比率は小学校で7割,中学校で5割,高校で3割といわれ,「七五三」などと揶揄されています。

 最後に,60か国の義務教育の落第経験率をグラフにしておきます。横軸に小学校,縦軸に中学校での落第経験率をとった座標上に,60の社会をプロットしたものです。


 日本では,義務教育段階で落第させるのは,「恥をかかせること,かわいそう」という思いが強くあります。確かに,年下の子どもと机を並べるのは,屈辱感を伴うでしょう。何事も年齢を重視するわが国あっては,なおのこと。だから年齢を重ねたら自動的に進級させる,年齢主義が採用されているわけです。

 しかしフランスなどの諸外国では,課程の内容をちゃんと習得しないまま進級させることこそ「かわいそう」という見方がとられています。

 文化の違いといえばそれまでですが,日本でも,形式的就学(進級)の病理を克服しようという動きが出ています。2008年の改定学習指導要領では,課程の内容をきちんと習得・定着させるため,前学年の内容を必要に応じて復習することと定めています。算数や理科といった理系教科では,とくにです。

 落第はさせないという考えは残した,対処療法です。年齢主義の伝統が強いわが国,いきなり欧米流の落第方式を持ち込んだら,大きな混乱が起きることは必至。よって,自国に即したやり方で,事態を徐々に変えていく。現段階でできるのは,こういうことです。

 ただ,自国のやり方(年齢主義)というのが,国際的にみたら普遍的でも何でもない,むしろ特異なものであることが,今回のデータから分かるかと思います。こういう視点を持つと,教育改革の道筋を考える際も,発想の幅が広がりますよね。

 まあしかし,これから日本でも,外国籍の子どもが増えるなど,学校が多国籍化していきます。こうなった時,日本流の年齢主義をいつまでも固持することができるか。国際化の波に洗われた10年後,20年後あたりは,上記の図における日本の位置も違っているかもしれません。

 私としては,それをちょっと期待します。教育は変わるという,希望的事実になるからです。

2015年12月6日日曜日

宿泊・飲食業の学生バイト依存率

 前回の続きです。前回は地域別の高校生・大学生のバイト率を出したのですが,今回はそれを求めている需要側のデータです。

 学生の過重なバイトが生まれる要因としては,当人の生活苦と同時に,産業界の人手不足もあります。前者はプッシュ,後者はプルの要因といえましょう。

 低賃金で文句もいわずバリバリ働いてくれる若い学生では,喉から手が出るほど欲しい労働力です。とりわけ飲食業界ではそうでしょう。私はよく日高屋に行きますが,料理を運んでくるのはほぼ100%学生バイトです。こういう産業は,学生労働力によって成り立っているのだろうなと,強く感じます。

 総務省『就業構造基本調査』の産業カテゴリーに「宿泊・飲食業」があります。2012年の統計でみると,この産業の全就業者は374万人。このうち,在学者(≒学生バイト)は52万人。よってこの産業では,全就業者の13.9%,7人に1人が学生バイトということになります。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/index.htm

 宿泊・飲食業のデータですが,飲食業に限ったら値はもっと高くなるでしょう。しかしそれはできませんので,ひとまずこの業種に注目します。では前回と同様,都道府県別・政令指定都市別の数値を出してみましょう。


 全国値は13.9%ですが,値は地域によって大きく違っています。赤字は20%超ですが,やはり都市部で高いですね。マックスの千葉市では29.4%,3人に1人が学生バイトです。すごい依存率ですね。飲食業に限ったら4割,下手したら5割いっちゃうでしょうか・・・。

 都市部では学生が多いので,当然といえばそうですが,ブラックバイトのプル要因が多く潜んでいることにかんがみ,行政の側は対策に力を入れねばなりますまい。

 都市部では,地方から出てきて下宿している学生で,生活費を自分で稼がないといけない学生も多いでしょう。下宿性の仕送り額が近年激減し,今では3人に1人が月額5万円未満です。つまり,プッシュ(生活苦)の要因もあるとみられます。
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/05/blog-post.html

 限られた資源でブラックバイト対策を行うには,ねらいをピンポイントで定めないといけませんが,前回の学生のバイト率,および今回の学生バイト依存率が高い地域は要注意といえましょう。

2015年12月3日木曜日

県別・指定都市別の高校生・大学生のバイト率

 長いタイトルになりましたが,このデータを試算してみましたので,ご覧に入れようと思います。

 資料は,2012年の総務省『就業構造基本調査』です。この資料のデータは十分にしゃぶり尽くしたと思っていたのですが,まだまだです。公表されている統計表を目を凝らしてみると,まだまだ知見を引き出すことができます。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/index.htm

 2012年の資料では,在学人口とそのうちの有業者数が,県別・指定都市別に集計されています。ここでいう有業者には,パートやバイトも含みます。よって,在学の有業者は学生バイトとみなしてよいでしょう。私はこれを使って,高校生と大学生のバイト率を地域別に出してみました。

 全国の数値を引くと,15~19歳の高校生人口は373.6万人,そのうちの有業者は20.7万人です(2012年10月時点の数値)。よって高校生のバイト率は,後者を前者で除して5.5%となります。大学生のほうは,15~24歳の大学生が269.2万人,そのうちの有業者が88.1万人ですので,バイト率は32.7%となります。

 大学生はおよそ3人に1人がバイトしていると。これは全国の数値ですが,値は地域によって違います。では,主眼の県別・指定都市別のバイト率をみていただきましょう。分母と分子の数値も提示いたします。下段の政令指定都市の数は,都道府県の内数の再掲です。


 高校生のバイト率8%超,大学生のバイト率35%超は赤色にしました。高校生のバイト率マックスは横浜市の11.0%,大学生のそれは浜松市の48.6%,半分近くです。やはり都市部は高いですね。東海地方で高いのは,製造業の工場が多いためでしょうか。

 県単位のデータでは,高校生の最高値は神奈川の9.4%,大学生は愛知の42.1%です。

 時系列的にみると,学生のバイト率はさして変わっていません。学生がバイトに精を出すのは,今も昔も同じこと。ただその目的が変わってきていて,大学生のバイト目的が遊興費稼ぎから生活費・学費稼ぎにシフトしていることは,先日のニューズウィーク記事で申した通りです。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/11/post-4152.php

 こうした生活苦と産業界の人手不足が相まって,ブラックバイトという病理が生まれるわけですが,その所在を明らかにし対策を講じるには,上表のような細かいデータも必要になるでしょう。各県・指定都市の飲食業界のうち,学生バイトが何%かという「学生バイト依存率」のような指標も,地域別に出せます。回を改めて提示しようと思います。

2015年12月2日水曜日

収入の地域格差の拡大

 90年代以降の「失われた20年」にかけて,人々の収入は減ってきています。東京という大都市に限ってもそうです。

 総務省『住宅土地統計調査』のデータを使って,東京都内特別区部(23区)の世帯年収分布がどう変わったかをグラフにすると,下図のようになります。年収が判明する普通世帯の年収分布図です。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/kekka.htm


 1993年では年収が高い世帯が多い右上がりの曲線だったのが,20年を経た2013年では,低収入層が増えています。2コブの折れ線です。

 階級値に依拠して,この分布から世帯年収の平均値を出すと,1993年が625.1万円,2013年が535.2万円となります(計算の方法は,3月1日の記事を参照)。この20年間で平均世帯年収が90万円も「失われた」わけです。

 これは世帯の年収であり,単身世帯や高齢世帯が増えたことによるでしょう。しかし個々の労働者の収入も減っていることは,よく知られていること。先日のニューズウィーク記事で紹介したデータをひくと,25~34歳の男性就業者の平均年収は,402万円から350万円へと減じています。結婚気の若年男性のデータですが,これでは未婚化が進むだろうなと感じます。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/10/post-4005.php

 さて,上のグラフは23区全体の変化ですが,この20年間の変化は,それぞれの区によって違っています。平均世帯年収を観察すると,減っている区がほとんどですが,減少の幅には地域差があります。23区のうち1つの区だけは,この「失われた20年」にかけて年収が増えています。そこはどこか?

 私は同じやり方で,平均世帯年収を区ごとに計算してみました。下の表は,1993年と2013年を比べたものです。右端の数値は,この20年間で何%減ったかを示す減少率です。


 23区全体の減少率は14.4%ですが,値は区によって多様です。台東区,墨田区,板橋区,練馬区,足立区,江戸川区は減少幅が大きく,20%以上の減です。

 対して世田谷区や豊島区などはほとんど減っておらず,港区のように逆に増えている地域もあります(774万円→779万円)。ヒルズ族の貢献ってやつでしょうか。

 このように減少率が疎らなことから,23区の平均世帯年収の地域格差も拡大しています。最高値から最低値を引いたレインヂは1993年では295万円でしたが,2013年では361万円にまで開きました。これは両端ですが,標準偏差も72万円から99万円に拡大しています。

 繰り返しますが,これは世帯の平均年収であり,単身化や高齢化のレベルが区によって違うためとも考えられます。しかし同じ大都市の都内23区では,そういう基底的な条件に大きな差はないとみてよいでしょう。上表のデータは,そういう条件の変化ではなく,まぎれもなく貧困化のレベルの地域差を示していると思います。

 この20年間で平均世帯年収の減少率が大きい区が,地理的に固まっていることにも注目。土地勘のある方はお分かりでしょうが,北部・東北部の区です。マップにするとよく分かります。


 「失われた20年」のダメージは,区によって違っています。富の減少率が大きいのは,もともと貧しかった地域。港区と足立区という対照的な2つの区を拾うと,「富めるはますます富み,貧じるはますます貧に」という感じになります。
 
 この20年間における収入減少はよく言われますが,それには格差の拡大が伴っていることを添える必要があるでしょう。まあ,個々人や世帯単位の収入のジニ係数がアップしていることは随所でいわれていますが,地域単位の格差拡大も付け加えておかねばなりません。

 子どもの学力格差を考える際も,家庭環境の要因と居住地域の要因は分けて考える必要があります。子どもは,済んでいる地域のクライメイトの影響を被るもの。場合によっては,後者が前者を凌駕することもあります。

 私は都内23区を例に,こういうデータをよく出していますが,「大阪市内の区別データも出してほしい」というリクエストをたまにうけます。東京の山の手・下町(東西)格差も大きいだろうが,大阪市内の南北格差はもっとスゴイと。しかし私は,大阪の土地勘はありませんで,ためらっています。『住宅土地統計』のデータは誰でも使えますので,どなたかやっていただけないでしょうか。

 こういうコラボにより,日本の主要大都市内部の格差を明らかにするのも,意義ある作業といえるでしょう。