2019年6月30日日曜日

無理をしている借家世帯

 暮らしの豊かさを測る指標として,収入(所得)が取り上げられますが,生活には支出が伴います。食費や娯楽費などは節約がききますが,毎月必ず定額を払わないといけないものがあります。その代表格は住居費,借家世帯でいうと家賃です。

 生活のゆとり(余裕)は,収入と家賃を対比してうかがうこともできます。たとえば,年間家賃が年収の何%かです。この指標は不動産業界でもよく使われます。最近は,アパートを借りる際,連帯保証人は立てなくていいから家賃保証会社を使ってくれと言われますが,私は今の部屋を借りるとき,審査パスの目安は「家賃/年収」比が25%までです,と言われました。

 年収300万円だと,年間家賃は75万円まで,月家賃だと6.3万円が限度ということになります。しかし,このレベルを超えてしまっている世帯もあるでしょう。ここで明らかにしたいのは,こういう無理をしている世帯がどれほどあるかです。「住」は生活の基盤ですが,この面の支援が希薄なわが国では,重い住居費の負担に苦しんでいる世帯が少なくないと思うのです。

 そうですねえ。試みに,「家賃/年収」比が3割を超える世帯の数を出してみましょうか。総務省の『住宅土地統計』(2013年)に,借家世帯の年収と月家賃のクロス集計表が出ています。表184-3-1「主世帯の年間収入階級(10区分),1か月当たり家賃(10区分)別借家(専用住宅)数―市区 」という表です。

 年収と家賃の区分は,以下のようになっています。それぞれ10の階級に区分されています。


 ちょっと乱暴ですが,各階級に含まれる世帯の年収ないしは家賃を,カッコ内の階級値で代表させます。年収が200万円台(③)の世帯は,一律中間の250万円とみなすわけです。家賃がFの階級の世帯は,同じく中間の5万円とみなします。

 このような仮定を置くことで,クロス表の各セルの世帯について,「家賃/年収」比を計算できます。たとえば「年収④×家賃F」の世帯の場合,以下のようになります。

 「家賃/年収」比=(5万円×12か月)/350万円=17.1%

 このようにして,合計100のセル(10×10)の「家賃/年収」比を出せます。30%(3割)を超えるセルに黄色マークをつけると,以下のようになります。


 「家賃/年収」比が3割を超える世帯は,黄色マークのセルの世帯数を合算することで出てきます。東京都内23区だと,86万9960世帯です。年収と家賃の双方が分かる借家世帯数(205万170世帯)に占める割合は,42.4%となります。

 年収300万円で,家賃7.5万円以上の部屋を借りているような世帯です。大都会の23区では,こういう無理をしている世帯が借家世帯の4割以上であると。

 ちなみに●をしたのは,「家賃/年収」が5割,半分を超えるセルです。年収300万円だと,年間家賃は150万円,月家賃12.5万円以上の部屋に住んでいる世帯ですね。多額の貯金でもない限り無謀といえるレベルですが,同じく都内23区だと,こういう世帯は34万4160世帯,借家世帯全体の中での割合は16.8%となります。およそ6分の1です。

 大都会の東京23区にスポットを当てていますが,無理をしている世帯が多いようです。家賃が高いですからね。給与も高いですが,家賃負担はそのメリットを消してしまうほど重し。

 なお,区による違いもあります。無理をしている借家世帯が多いのは,どの区でしょう。都内の23区別に,「家賃/年収」比が3割を超える世帯,5割を超える世帯の割合を算出してみました。以下に,一覧表を掲げます。左は2003年,右は2013年のデータです。


 「家賃/年収」比が3割を超える世帯の率は,23区全体でみると,2003年では37.9%でしたが,2013年では42.4%に上がっています。4割を超える区は,10年間で9区から16区に増えています(色付き)。2013年の中野区と渋谷区では,借家世帯の半分以上が無理をしている世帯です。

 「家賃/年収」比が半分を超える世帯の率も増えています。2013年だと,新宿区,文京区,台東区,渋谷区,中野区,豊島区で2割超えです。この中には単身の学生世帯も含まれますが,勤め人だと,家賃を払うために働いているようなものです。

 家賃負担に苦しむ世帯の広がり。「家賃/年収」比が3割以上の世帯の率を地図に落とすことで,可視化しておきましょう。


 「家賃/年収」比が3割以上とは,以下のような世帯のことです。

 年収200万円 ⇒ 家賃5.0万以上
 年収300万円 ⇒ 家賃7.5万円以上
 年収400万円 ⇒ 家賃10.0万円以上
 年収500万円 ⇒ 家賃12.5万円以上

 私からすれば「これは苦しい!」の一言です。私なら,年収300万円の身で,家賃7.5万以上の部屋を借りようなどとは思いません。皆さんはどうでしょうか。上記のマップで色が付いた区では,こういう世帯が借家世帯の4割以上を占めるのです。

 昨日,このデータをツイッターで流したところ,「都心ならこんなもんだろう,当たり前」というリプが多数でした。貧乏性の私の感覚がズレているのでしょうか。「苦しいなら郊外に移ればいいだけ」という声もありましたが,それだと長時間の通勤地獄に晒されます。都心に通うリーマンの場合,金銭的・時間的・精神的コストの上昇で,苦しみの総量は増えちゃうかもしれません。

 どうあがいても都心での暮らしは大変,なので地方に移住してください。政府はこう言いたいでしょうが,それで済ますのは怠慢というもの。労働者の収入は減る一方で,家賃は上がっています。重い家賃負担に苦しむ世帯が増えているのは,その結果です。諸外国と比して希薄といわれる「住」の支援を充実させる。事業所の郊外移転を促すなどの施策は,政府がなすべきことです。

 私は過日,毎日新聞にて「8050問題」についてコメントしました。50歳男性の親同居・未婚無業者比率の都道府県差に,記者さんが興味を持ってくれたからですが,最近では都市部でも率が上がっていることについて,「家賃が高騰していることも原因ではないか」と申しました。
https://mainichi.jp/articles/20190623/k00/00m/040/068000c

 実家に籠っている中高年の離家を促すにしても,アパートの家賃がこうも高くては,なかなか上手くいきますまい。まずは実家から出し,少しずつ就労させるという段階的な支援が基本ですが,ちょっと働くだけで払えるレベルではないのです。

 「住」は生活の基盤。この面の支援を怠り続けるならば,「8050」のような問題も深刻化してしまうでしょう。まあ近い将来,家が空から降ってくる時代になるという,楽観的な予測もできなくはないのですが。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/0.php