2019年8月11日日曜日

通信制の生徒の増加

 2019年度の文科省『学校基本調査』の速報結果が出され,その知見について,いろいろ報じられています。その中で「通信制課程の生徒が1万人余増 不登校生徒の受け皿にも」という記事が目に留まりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190808/k10012028531000.html

 高校は全日制・定時制のほかに,通信制課程もあります。学校に登校せず,通信教育を受けながら,レポートの提出等で単位を取得していく課程です。少子化で高校の生徒数は年々減っていますが,通信制の生徒だけは増えていると。

 高校の生徒数を,全・定時制と通信制に分けて,この20年間の推移を辿ってみると,以下のようになります。各年の5月時点の生徒数で,『学校基本調査』のバックナンバーから採取しました。ありがたいことに,今では軒並み「e-Stat」で見ることができます。


 全・定時制の生徒は,1999年では421万人でしたが,20年を経た2019年では316万人にまで減っています。25%の減少です。少子化,恐るべし。全国の至る所で,高校の統廃合が行われているのは周知のこと。

 対して通信制の生徒は,17.1万人から19.8万人に増えています。推移をみるとジグザグしていますが,2019年の生徒数(19万7779人)は過去最高ですね。近年になるほど増加のスピードが増しており,昨年から今年の1年間で1万人以上も増加しています。

 トレンドを視覚化すべく,始点の1999年の生徒数を100とした指数の推移をグラフにしてみましょう。


 全・定時制は滑り台のごとく減っていますが,通信制は大局的には増加の傾向です。2015年以降はずっと増加で,ここ2年間,その傾斜が強くなっています。上述のように,この1年間だけで1万人以上も生徒が増えているのです。

 冒頭のNHK記事では,不登校生徒の受け皿になっている面が強調されています。登校して集団生活をしなくていいのですから,そういう面はあるでしょう。小・中学校の不登校児の増加とパラレルなのも興味深い。

 自分のやりたいことをしながら,マイペースで学習を進められる通信制を選ぶ生徒もいるのではと思います。3年ないしは4年という,最低在籍年数は定められていますが,上限はありません。通信制の場合。10年近くかけて単位を積み上げて卒業する生徒もいます。

 ユーチューバーやeスポーツのプロを志す子どもが増えているみたいですが,動画を撮ることやアルバイトをメインに据えながら,学習の証(単位)をゆっくりと積んでいくのもよし。通信制高校は元々,働きながら高卒学歴の取得を目指す勤労青年の教育機関でした。本業の傍らで学ぶ学校としての性格は,今日でも残っているでしょう。「本業」の意味合いが,昔とは異なるとはいえ。

 今後は,こういう「夢追い型」の生徒も増えてくるのではないか。経済学者の森永卓郎氏の言葉を借りると,「一億総アーティスト」の時代になるのですから。多感な思春期・青年期を,四角い空間の中で過ごす必要はない。それをせずとも,高卒の学歴は得られます。その場が通信制高校なり。

 なお公立と私立でみると,増えているのは後者です。増加傾向が始まった2015年と2019年現在の生徒数を比べると,以下のようになります。


 公立は減っていますが,私立は増えています。近年の通信制の生徒増加は,もっぱら私立によるもののようです。

 通信制への需要を見越した学校法人が,通信制高校の経営に乗り出しているのでしょうか。私立の場合,生徒募集の範囲を定めない広域制をとることも可能です。対して公立は,生徒募集の範囲が県内に限定される「狭域」制です。

 通信制というユニークな課程が,学費のかかる私立によって寡占されるのは考え物です。公立の通信制も,柔軟な運営をとっていただきたいと思います。

 小学校ないしは中学校で不登校状態にある皆さん,将来はどうなるのかと,過度に思い詰めるべからず。学校に行かなくても,中学校は自動的に卒業できます。その後,集団生活のない通信制の高校に行くもよし,あるいは独学で高校の教育内容を修め,高卒認定試験に合格して大学入学資格を得る,という道もあります。学級という牢獄を全く経験せずとも,高卒学歴をゲットでき,大学にだって入れるのです。

 通信制は,高校教育の残りカスのように見られている節もありますが,これからはその比重を高めていくでしょう。情報化社会,IT社会という時代の趨勢にも適っています。2019年現在では,高校生の5.9%,17人に1人が通信制の生徒です(最初の表より計算)。

 『脱学校の社会』を著したイリイチは,「情報化社会では,学校の領分は縮まり,それに代わって,人々の自発的な学習ネットワークが台頭してくる」と予言しました。自発的な学習ネットワークだと,教育内容の体系性に欠け,青年期教育の全部をそれで染めてしまうのはよくありません。調和のとれた人間形成のため,教育内容の枠つけも必要。

 通信制高校は,教育内容の質の保障と,学習の自発性・自由という,新旧のスタイルの長所を兼ね備えた,理想的な型であるように思います。「一億総アーティスト」の時代になったら,小・中学校においても,この形態を普及させてもいいでしょう。