2019年8月15日木曜日

正規・非正規の収入格差(性別,年齢,労働時間を統制)

 日本の雇用労働者は正規雇用と非正規雇用に分かれ,官庁統計でもこの区分がしっかりと採用されています。正規と非正規では待遇の格差,収入の格差が大きいことは誰だって知っており,このブログでもデータで繰り返し明らかにしてきました。

 とある方から,「日本の正規と非正規の格差が大きいのは分かった。他国はどうなのか。正規・非正規の給与差の国際比較をやってほしい」というリクエストがありました。

 同じ要望を複数いただいていますが,お応えできません。データがないからです。海外では「正規・非正規」なんていう区分はありません。労働時間に依拠して,フルタイム・パートタイムっていう区分があるだけです。昨日,ツイッターで呟いたところ,予想以上に反響が大きいので驚いています。あまり知られていないのでしょうか。

 久々に正規と非正規の収入格差を露わにしてみたくなりましたが,前からもどかしく思っていることがあります。労働時間を揃えた比較ができないことです。働く時間が違えば,年収が違うのは当たり前ですからね。

 何とか統制できないものか。2017年の『就業構造基本調査』の公表統計を丹念にサーチしたところ,見つけました。全国編の表05200です。この表から,「性別 × 年齢 × 従業地位 × 就業時間 × 年間所得」のクロス表を作ることができます。当該の表に飛べるリンクを貼っておきますので,興味ある方はどうぞ。
https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003222437

 私の属性であるアラフォー男性で,年間250~299日・週35~45時間働く労働者を取り出し,正規雇用と非正規雇用に分けて,年間の所得分布を比べてみましょう。性別,年齢,労働時間を統制した比較です。


 %値の母数は,正規雇用が98万2400人,非正規雇用が10万2300人です。働き盛りの男性雇用者ですが,非正規はネグリジブル・スモールではありません。

 普通に働くアラフォー男性ですが,正規と非正規では所得分布がかなり違います。最頻階級をみると,正規は400万円台ですが,非正規は200万円台前半です。同性,同年齢で,同じ時間働く労働者でコレです。異国の人にすれば,「働く時間が同じなのに,何でこんなに収入差が出るんだ」「セイキ,ヒセイキって何なんだ?」と言いたくなるでしょう。

 労働時間や仕事の質よりも,会社の正規のメンバーであるかを重視するニッポン。否とあらば,ボーナスは支給されないし,社会保障からも外される。メンバーシップ型の日本的雇用は,ジョブ型の欧米人からすればさぞ奇異に映るでしょう。

 上記の分布から中央値(median)を出しましょう。右欄の累積相対度数から,50ジャストの中央値は,正規は400万円台,非正規は200万円台前半に含まれることが分かります。按分比例を使って割り出すと,以下のごとし。

正規:
 按分比=(50.0-37.2)/(60.5-37.2)=0.549
 中央値=400+(100×0.549)=454.9万円

非正規:
 按分比=(50.0-33.7)/(61.5-33.7)=0.586
 中央値=200+(50×0.586)=229.3万円

 同じアラフォー男性で,労働日数・時間も同じであるにもかかわらず,正規と非正規では所得中央値が倍以上違います。同じやり方で,男女の各年齢層の正規・非正規の所得中央値を計算しました。下図は,結果を折れ線グラフで表したものです。


 このグラフから読み取れることは,以下の3点です。

 ①:1日8時間労働では,年間所得400万円に達するのは難しい。
 ②:同性,同年齢で,労働日数・時間が同じであっても,正規と非正規では所得に大きな格差がある。
 ③:同年齢で,同じ時間働く正社員同士でも,所得には大きなジェンダー差がある。

 参院選のポスターで「1日8時間労働で普通の暮らしができる社会を」と訴えていた候補者がいましたが,今の日本はそれとは程遠し(①)。正規と非正規の格差は,もはや身分格差といってもいい(②)。男性と女性の差もスゴイ,同時間働いてコレです(③)。

 上記のグラフから,中高年の男性正社員に富が集中しているのも注目ですね。この層を妬むのは簡単ですが,役割期待(一家の大黒柱)の重圧がかかって大変だなとも思います。日本の中高年男性では,失業率と自殺率が非常に強く相関するのは道理です。

 話が逸れましたが,ここでの主眼は,正規と非正規による格差です。日本の悲惨な状況は嫌というほど分かりましたが,海外はどうなのか。上述のように,諸外国では「正規・非正規」という区分はありません。ただ,契約形態による区分(無期雇用,有期雇用)はあり,これが,日本でいう正規・非正規と類似しているのではないか,というコメントをいただきました。

 OECDの国際成人力調査「PIAAC 2012」では,雇用労働者の労働時間,契約形態,そして年収を訊いています。やや年齢幅が広いですが,25~54歳の男性雇用者を取り出し,無期雇用者と有期・臨時雇用者に分け,年収の分布を比べてみます。年収は,「有業者全体の中でどの辺と思うか」と問う形式で,主観の歪みを排せませんが,参考にはなるでしょう。

 以下の図は,6か国の比較結果です。アメリカとドイツは,上記調査のローデータでは,なぜか年齢がペンディングになっているので分析不能です。そこで,パート大国といわれるオランダ(蘭)を加えています。瑞はスウェーデンです。


 Aは無期雇用者(パーマネント),Bは有期ないしは臨時雇用者です。週35~45時間働く男性労働者ですが,2つの群の年収差は,国によって異なっています。

 差が最も大きいのは日本で,ヨーロッパ諸国では差は小さく,イギリスではほとんど差はありません。なお日本もイギリスも,雇用労働者に占める有期・臨時雇用者(B)の割合は1割ほどです。

 詳しく調べてはいませんが,諸外国では,契約の形態によって,待遇に著しい傾斜がつけられるなんてことはないのでしょう。重視されるのは労働時間,仕事の中身です。これぞジョブ型。日本のメンバーシップ型とは対をなしています。

 少子高齢化に伴い,労働力の量を維持するには,「緩い働き方」が増えざるを得なくなります。パート労働やフリーランスの比重はぐんぐん高まるでしょう。「正社員にあらずんば人にあらず」の慣行は撤廃すべし。どういう働き方を選ぼうが,まっとうな暮らしが得られる社会の実現が望まれます。AIによる省力化,BIによる収入補填をもってすれば,不可能なことではありますまい。

 日本では「何ができるか」よりも「何であるか」が重視され,定年後の老人のアイデンティティの源泉が「元**部長」とかいう名刺だったりします。これも馬鹿げたこと。「名刺を捨てろ,ツイッターをやれ」という,田端信太郎氏の言葉は好きです。