「最近の若者は冒険心がない,萎縮している」などといわれます。まあ,いつの時代でも年長者が好んで口にすることですが,「世界価値観調査」(2010~14年)にて,関連する事項を尋ねられています。
http://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp
・冒険すること,リスクを冒すこと,刺激ある生活は大切であると考える。(V76)
上記の項目に自分はどれほど当てはまるかを,6段階の尺度で答えてもらう形式です。日本とアメリカについて,5歳刻みの年齢層別の回答分布を面グラフにすると下図のようになります。左はアメリカ,右は日本です。
チャンレンジの国・アメリカのほうが肯定の回答が多いようですが,グラフ模様が左と右でつながっているようにも見えます。加齢に伴い冒険嗜好が萎んでいくのは常ですが,日本の若者の冒険嗜好は,アメリカの高齢者と同じくらいなのですね。
これは日米比較ですが,他の社会はどうかも気になります。また,あと一つ興味深い設問がありますので,これに対する回答の国際比較もしてみようと思います。以下の設問です。
・新しいアイディアを思いつくこと,創造することは大切であると考える。(V70)
こちらは,クリエイティヴ嗜好の程度を測る設問です。先ほどの冒険嗜好と合わせてみると面白いでしょう。私は,59の社会の国民が,これら2つの設問にどう答えたかを調べました。年齢によって回答は異なると思われるので,20代,30代,40代,50代,60歳以上というように,10歳刻みの年齢層別の回答分布を明らかにしました。
59もの社会について,上記のような回答分布図を描くことはできません。そこで,肯定の度合いを表す単一の尺度を計算することとします。①「とてもよく当てはまる」に6点,②「よく当てはまる」に5点,③「ある程度当てはまる」に4点,④「少々当てはまる」に3点,⑤「当てはまらない」に2点,⑥「全く当てはまらない」に1点を与えた場合,平均点が何点になるかです。
たとえば日本の20代でいうと,V70のクリエイティヴ嗜好の設問に対する回答分布は,①は28人,②と③が47人,④が68人,⑤が42人,⑥が8人です(合計240人,無効回答は除外)。よって,この層のクリエイティヴ嗜好の平均スコアは,以下のようして求められます。
{(6点×28人)+(5点×47人)+・・・(1点×8人)}/240 ≒ 3.70点
日本の20代のクリエイティヴ嗜好は,3.70点という数値で測られることになります(自己評定ですが)。目ぼしい国の同じ値は,韓国が4.13点,アメリカが4.25点,ドイツが4.37点,スウェーデンが4.73点,中国が4.18点です(英仏は調査対象外)。わが国の若者は,他の主要国よりも創造嗜好が小さくなっています。
このやり方で,59か国の各年齢層のクリエイティヴ嗜好平均点を算出しました。下に掲げるのは,その一覧表です。最高値に黄色,最低値に青色のマークをしました。上位5位の数値は赤色にしています。
北アフリカのナイジェリアはスゴイですね。どの年齢層も,クリエイティヴ嗜好が59か国でトップです。ほか,赤字の分布をみると,ガーナ,キプロス,カタールなどのスコアが高くなっています。総じてクリエイティヴ嗜好は,発展途上の社会で高い傾向にあるようです。分かる気がします。
日本はというと,20~50代のスコア平均は最下位,60歳以上は下から2位という有様です。国民全体のクリエイティヴ嗜好が最も低い社会であることが知られます。
次に,冒険嗜好の平均スコアをみてみましょう。冒頭のV76の設問に対する回答分布(6段階)を使って,同じやり方で平均値を出してみました。先ほどと同じく,59か国の年齢層別の平均値一覧表を掲げます。
冒険すること,リスクを冒すこと,刺激ある生活を好む度合いも日本は低いようで,20~40代は最下位,50代は下から2位,60歳以上は下から4位の位置です。「冒険心がない」というは,若者に限ったことではないようです。
最後に,20代の若者のデータをグラフにしておきましょう。横軸にクリエイティヴ嗜好,縦軸に冒険嗜好の平均点をとった座標上に,59の社会を位置付けてみました。点線は,59か国の平均値を意味します。
クリエイティヴ嗜好,冒険嗜好ともに最下位の日本は,左下の極地にあります。国際比較から浮かび上がる,わが国の若者の現実の一面です。
冒険嗜好の多寡は,臆病とか慎重とかいう個人の気質と同時に,チャンレジや失敗に対する社会の寛容度を反映しているともいえるでしょう。言わずもがな,日本はそれがあまり高くない社会です。一度落ちたら這いあがれない,非正規から正規への移動可能性も狭い…この点を実証する材料は数多くあります。
若者のクリエイティヴ嗜好の低さは,年長者が若者を押さえつけていることにもよるのではないでしょうか。城繁幸さんの『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』ちくま新書(2008年)に,商談で(自分の判断で)イニシアチブをとった若手社員が,上司にどやされるというエピソードが載っていました。「出る杭は打たれる社会」。これについても,われわれが日々感じていることです。
今回のデータをもって,冒険心や創造性をはぐくむ教育をしろなどと,学校現場に注文をつけるのは間違いでしょう。個々人の資質や学校教育だけの問題と見るべからず。そうではなく,この2つの資質を実は歓迎しない(摘み取る)社会のクライメイトの問題であると思います。