2019年7月9日火曜日

労働時間と所得

 今月の21日は,参院選の投票日です。夕刻のウォーキングで,候補者のポスターを貼った掲示板に出くわします。思ったより若い人や女性が多く,好感を持ちました。

 その中で,「8時間労働で普通の暮らしができる社会へ」と言っている人がいます。労基法で規定されている法定労働時間(週40時間)ですが,これを満たせば勤労の義務を立派に果たしているわけですので,当然といえばそうですよね。

 しかし現実はそうではない。だからこそ,こういうフレーズに「おお」となってしまう。こんな感覚になっている自分が怖くもあります。

 労働時間と給与はある程度相関するはずです。昔に比して単純労働や肉体労働が減った今では,他の要素が入り込む余地が多分にありますが,普通に働けば普通の暮らしが保障される社会が望ましい。ごく当たり前のことで,普通に働くの目安が「1日8時間労働=週40時間労働」です。

 基礎的なデータを出してみましょう。2017年の総務省『就業構造基本調査』に,週間就業時間と年間所得のクロス表が出ています。全国編,人口・就業に関する統計表の「03001」表です。

 年間200日以上の規則的就業をしている就業者を取り出し,週間就業時間と所得のクロスをとってみます。所得は200万円刻みの4カテゴリーにまとめました。


 どうでしょう。男性は週35時間で段差があり,それ以降の所得はほぼフラット(変化なし)になっています。年齢や職業などの要素が混ざっているためかもしれませんが,フルタイム(正社員)にあっては,労働時間と給与はあまり関連しないようです。

 真ん中の「週35~45時間」あたりをみると,4割ほどが所得400万未満で,600万を超えるのは4人に1人です。男性の場合,普通に働いた対価がこうなのですが,普通の暮らしができるレベルといえるでしょうか。私のような独り身を養う分には十分ですが,そうでないとなると…。判断が割れるところです。

 右側の女性をみると,こちらは厳しい印象を持ちます。水色と茶色のゾーンが広く,法定の労働時間働いても,4人に3人が400万円(税引き前!)に達しません。4人に1人は,200万円に満たないワーキングプアです。女性の場合,馬車馬のように働いても600万円稼ぐのは難しい。

 現実をみると,候補者がポスターに書いている「8時間労働で普通の暮らしができる社会へ」というフレーズに魅かれてきますね。今の日本社会では,それが実現されているとは言い難い。女性は特にです。

 その女性を正規雇用と非正規雇用に分けてみると,もっと悲惨な状態が露わになります。


 正社員に絞ると幾分かマシになりますが,法定労働時間では400万に届くのは並大抵のことではありません。右側の非正規は,もう目を背けたくなる模様で,どれほど働いても半分がワーキングプアで,9割が400万未満となっています。

 非正規はマイノリティかというと,そんなことはありません。女性雇用者の4割は非正規雇用です。実数にすると755万人ほど。夫の扶養下に入っていて,就業調整している人が多いでしょうが,この超薄給で生計を立てている人もいます。たとえばシングルマザーです。

 法定労働時間どころか,どんなに働いても貧困から抜け出るのは難しい。母子世帯の困窮は,右側のグラフの模様からはっきりとうかがい知ることができます。女性は男性に扶養されるべしという考えが続いてきた結果ですが,21世紀になってもこんな有様とは驚きます。女性の社会進出は,M字カーブの底が浅くなっただの,そんなことでは測れないようです。

 こういう社会って,他にあるんでしょうか。OECDの成人学力調査「PIAAC 2012」では,仕事をしている人に週間就業時間と年収を訊いています。年収は,国全体の中でどの辺に当たるかを見積もってもらう形式です。

 週35~44時間働いている女性を取り出し,どれほどの年収を得ているかを国ごとに比べてみます。下位25%未満のプアと,上位25%以上のリッチの比重をグラフにすると,以下のようになります。前者が高い順に29の社会を並べてみました。


 赤色は,フルタイム勤務をしつつもワーキングプア状態に置かれている女性の率と読めます。首位はスロバキア,2位はギリシャ,3位は日本で,フルタイム就業女性の半分以上がワーキングプアです。普通に働いても,普通の暮らしが得られない社会なり。

 対して下方にあるのは,フルタイムで普通に働けば普通の暮らしができる収入を得られる国で,欧米の主要国はこのエリアに位置しています。オランダはいいですね。パート大国と言われ,日本のような正規・非正規なんていう区分はなく,賃金はあくまで労働時間の関数。それが表れています。

 日本のように,普通に働いても女性の大半はワープアっていう社会は少数派です。女性は男性に扶養されるべしという考えが強いためですが,それは時代にそぐわなくなっているのは明白。未婚率,離婚率の高まりで,自身の稼ぎで生計を立てている女性は増えています。シングルマザーとして子育てをしている人も多し。

 正社員になれたらいいですが,雇用の非正規化により,それも容易ではなくなっています。となると,2番目の図の右側のような蟻地獄でもがき苦しむことになる。メディアで報じられる母子世帯の悲惨な生活実態は,その可視化です。

 上記のデータは,独身者と既婚者が混ざったものですが,未婚の非正規女性の稼ぎを見てみましょうか。老後がチラチラ見え始めている,アラフィフ年代(45~54歳)に注目します。下表は,47都道府県の中央値を高い順に並べたものです。


 ううう,全県がワーキングプア一色です。単身では生活が難しいと思われますが,これで暮らしている人もいます。さらには,子を養っているシングルマザーもいます。

 未婚者ですので,就業調整をしているとは考えられません。独り身を養うべく,フルタイム労働をしている女性が大半でしょう。しかしその対価はこの有様であると。怖くて,老後のことなど考えたくもないはず。日々の暮らしで必死で,そんなことに思いをめぐらす時間もないのでしょうけど。

 最近話題になっている,アラフィフ独身女性の貧困の可視化です。繰り返しますが,女性は男性に扶養されるべしという考えが根付いてきた故のこと。しかるに,パートナーがおらず独り身で暮らす女性が増えている中,それは明らかに時代錯誤なり。

 普通に働けば普通の暮らしが得られる。この大原則に照らせば,上表のデータはもう,違法とも言い得るレベルです(実際そうなんですけど)。今度の参院選では,こういう歪みを正してくれそうな人に票を投じようと思います。

 AIの台頭により,人間が労働から解放される時代がくるといいます。それはずっと先でしょうが,1日8時間の「普通」の労働で済む時代は,すぐそこのはずです。AIとBI(ベーシックインカム)の組み合わせで,普通に働けば普通の暮らしが得られる社会の実現を。