2011年3月13日日曜日

奪われていた就学の権利

 学齢(6~14歳)の子どもを持つ保護者は,当人を義務教育学校に通わせることが義務づけられています。これを就学義務といいます。しかし,学校教育法第18条の規定により,「やむを得ない事由のため,就学困難と認められる者の保護者」は,この義務を免除ないしは猶予されることが可能です。

 この規定により,就学を免除ないしは猶予されている学齢の児童生徒がどれくらいいるかというと,2000年では1,809人でした。それが,10年を経た2010年では3,686人へと倍増しています。この期間に格差社会化が進行し,義務教育学校に子どもを通学させることもままならない極貧家庭が増えたことによるのかも知れません。あるいは,虐待などを受けて施設に入所している子どもや,重罪を犯して少年院に入っている子どもの増加,というような事情も考えられます。

 ところで,就学免除・猶予の対象となった児童生徒の数を,もっと長期にわたって跡づけてみると,昔は現在の比ではなかったことが知られます。下図をみてください。文部科学省『平成22年版・文部科学統計要覧』と,同『平成22年版・学校基本調査』から作成したものです。


 1955年(昭和30年)の数は32,630人であり,2010年現在の8.9倍です。その後,数は急減しますが,1970年までは2万人を超え,私が生まれた頃の1975年でも1万人を超えていました。昔,とくに戦争が終わって間もない頃は,子どもを学校にやるどころではない貧困家庭が多かったのだから,さもありなんと感じる人も多いでしょう。

 ですが,当時の就学免除・猶予の主な理由は,貧困の類とは別のものでした。それは何かというと,障害(disorder)です。昔は,障害のある子どもが通う学校として,盲学校,聾学校,および養護学校がありましたが,このうち,養護学校は義務教育学校とはみなされていませんでした。よって,肢体不自由児,病弱児,知的障害児の保護者に対し,学教法第18条の規定がガンガン適用され,上図のような事態になっているわけです。


 このことは,就学免除の理由の内訳を一瞥するだけで分かります。今から半世紀前の1960年では,理由のほぼ9割が障害によるものでした。ところが,現在ではそうした理由はほぼ皆無です。図の「その他」とは,児童自立支援施設や少年院に入っている,というようなものです。

 養護学校が義務化されたのは1979年のことです。それ以降,肢体不自由児や知的障害児なども,学校に就学することとなり,就学免除・猶予の対象者は激減することになります。最初の図をもう一度みていただきたいのですが,1975年から1980年にかけて,数が大幅に減っていることが分かります。

 現在では,障害を理由に就学を免除・猶予される子どもはほぼ皆無です。しかし,以前はそうではありませんでした。障害児の学ぶ権利が安易に奪われていた時代がありました。このような歴史的事実を認識しておくことは重要であると存じます。