今朝の朝日新聞に「家族と安定がほしい 心を病み,女性研究者は力尽きた」という記事が出ています。
https://digital.asahi.com/articles/ASM461C8QM3YULBJ016.html
内容は,タイトルから推して知るべし。大学院博士課程を終え,大学教員への就職を模索するも上手くいかず,絶望して命を絶った女性の話です。
こういうニュースにはよく接します。博士号がないとか,ちゃんとした査読論文がないとかいう人は自業自得ですが,上記の女性はものすごく優秀な人です。東北大学で文学の博士号を取得し,ほんのわずかしかポストのない学振のSPDに採用され,学術振興会特別賞,学士院特別賞を立て続けに受賞という,恐るべき人です。
専攻がマイナーな分野だとはいえ,こんなスゴイ人でも厳しいのだなあと驚きました。いや,スゴ過ぎることがかえって仇になったのかもしれません。どういう大学に応募されたのかは知りませんが,中以下の私大は「ウチに来てもらうような人じゃない」「煙たい,使いづらい」と敬遠する可能性が大です。
別の朝日新聞の記事で「今日の大学が求めているのは知性ではなく,使いやすい労働力」と書かれていますが,その通りです。郊外の底辺私大では,博士号よりも大型運転免許を持っている人が歓迎されます。学生の送迎バスの運転を任せられますしね。公募要領に「普通運転免許を有していること」と書かれていることがしばしば。一方,学位は博士どころか修士さえ求めない所もあります。
ハロワの求人と変わりません。私が知っているある先生も,「これからの採用条件は,研究者としてではなく一職員として勤務できるかどうかだ」とおっしゃっていました。
冒頭の朝日新聞記事では,人文系の大学院博士課程修了者の2割ほどが「不詳・死亡」という進路だと言われています。『学校基本調査』の進路統計に当たったようですね。その通りです。2018年春の人文科学専攻の修了者(単位取得退学含む)1081人のうち,183人(16.9%)が「不詳・死亡」というカテゴリーに割り振られています。
専攻別に,博士課程修了者の進路内訳をグラフにすると,以下のようになります。
昨今の人手不足もあり,大学学部卒業生では多くの専攻で正規就職率(分母から大学院進学者除く)が8~9割に達するのですが,大学院博士課程修了生ではさにあらず。最も高い保健(医学,歯学,薬学)でも7割ほどで,最も低い人文科学では2割です。
その代わり人文科学では,不穏な藍色のゾーンが垂れてきています。バイト,その他,不詳・死亡という不安定進路です。人文科学と芸術では,こうした不安定進路が全体の半分を超えます。不詳・死亡の率は,人文・社会では2割ほどで,芸術では3割近くにもなります。
背筋が凍る思いですが,「不詳・死亡」の大半は,連絡がとれずに調査不能だったという人でしょう。こんなにたくさんの人が死んでいるわけではありません。しかし,修了して間もない5月時点で音信不通とは穏やかではありません。就職が厳しいとされる人文・社会や芸術で高いのも気がかりです。行き場がない人の量的規模を表しているともとれるでしょう。
上記のグラフは大雑把な専攻ごとのデータですが,『学校基本調査』にはより細かい小専攻別のデータも載っています。人文科学は文学,史学,哲学,その他という下位専攻からなりますが,小専攻別に不詳・死亡率を計算すると,もっとすさまじい数値が出てきます。
正規就職率と不詳・死亡率をとった座標上に,修了生が50人を越える36の小専攻を配置すると,以下のようになります。
横軸は光,縦軸は影の部分です。右下には,需要があるとみられる理系専攻が多く位置しています。一方,対局の左上には人文科学の3専攻(文学,史学,哲学)が見事に並んでいます。
これらの3専攻では,正規就職よりも不詳・死亡の割合が高いことが知られます(斜線の均等線より上)。史学では,正規就職率が13.3%,不詳・死亡率が29.3%です。前に類似のデータをブログで出した時,史学を「死学」と形容した人がいました。
法学・政治学も左上のゾーンにあります。去年の9月に,九大の研究室で焼身自殺を図った男性の専攻は憲法学だったそうです。
文系の博士課程の惨状が露わになりますが,これは修了後間もない時点の統計です。不安定な暮らしを何年かした後,正規の研究職にありつける人も数多し。しかしながら,冒頭のSPD女性のように,いつまで経ってもそれが叶わず,絶望し自ら命を絶つ最悪のケースになることもあります。
私は博士課程修了生の進路統計を何度も出していますが,それを見てドクター進学を思いとどまった人,「いや,これでも覚悟のうえで頑張る」と奮起してくれた人もいます。現実を知らしめること(ファクト・レポート)を商売とする私としては,嬉しい限りです。
ドクター進学はリスクが高いのは事実ですが,高度な専門性を身に付けられるのも確かです。それを活かす道は複数あります。大学や研究機関に勤めるだけではありますまい。科学政策ウォッチャーの榎木英介さんは,「研究機関ファーストをぶっ壊せ」と言われています。ドクターに行ったからといって,研究機関の勤め人になる必要はないと。
https://news.yahoo.co.jp/byline/enokieisuke/20180917-00097118/
この人は,研究機関に属さず在野で活動されています。私もそうです。幸い今はブログやSNSがあり,自分の仕事を発信し,それを買って下さる方がいるおかげで,何とか生活できています。
博士課程に進学した人の自衛の策として,自身の研究に社会性を持たせる,というのがあるかと思います。自分のしていること(研究)をネットで発信し,フィードバックをもらって高めて(広げて)いく。これをすることで,食い扶持が得られる可能性が高くなります。
18歳人口の減少により,大学はどんどん縮んできます。完全に買い手市場であることをいいことに,採用面接で給与を聞いたら「カネ目当ての奴は要らん!」と怒鳴られる。某大学の不正を受け,文科省が大学支援プロジェクトを打ち切り,おかげで失職する若手研究者が出る始末。完全に舐められています。無理してしがみつこうとしても,足元を見られるだけです。
博士課程では,高度な専門性を身に付けられます。ただ,大学や研究機関という庇護された場において,それを活かすのは難しい。会得した専門知識・技術に社会性を付加し,在野でも食えるようになることを目指す。博士課程をして,研究者養成機関ではなく,高度フリーランスの学校のようなものとみなす。こういう覚悟を持てる人なら,進学することに益はあると思います。