2021年2月19日金曜日

所得ピラミッドの塗り分け

  ここ数日,私のツイッターには,不気味な横方向の棒グラフがたくさんアップされています。日本の労働者の年間所得分布図を,色々な観点から塗り分けたグラフです。見てくださる方が多いようですので,製作工程も含め,ブログにも載せておきましょう。

 今の日本では,働く人の大半は,会社や官庁等で雇われて働く雇用労働者です。2017年の総務省『就業構造基本調査』によると,年間所得(税引き前)が分かる雇用労働者は5852万人ほどです。

 100万円刻みの階級のヒストグラムを描くと,以下のようになります。こちらのページの表2300のデータより作図したものです。


 おおよそ,下が厚く上が細いピラミッド型です。稼ぎの分布図というのは,どの時代(国)でも,こういう型になるとみられます。

 最も多い最頻階級(mode)は200万円台です。300万円に満たない人は3064万人で,全体の52.4%を占めます。今の日本では,働く人の半分が所得300万円未満であると。最近よく言われるようになった「安いニッポン」の現実が出ているような気がします。ちなみに中央値(median)を出すと288万円となります。

 上をみると,いっぱしの稼ぎと言われることが多い600万円を超えるのは15.8%,7人に1人です。1000万プレーヤーは197万人で,30人に1人ですか。稼いでいる人というのは,そう多くはないようです。よく言われるようになりましたが,子育てには共稼ぎが求められる時代ですよね。

 さてここからが本題で,上記の真っ白のヒストグラムに色をつけてみます。一口に働く人といっても,属性は多様です。大きくは男性と女性に分かれますし,日本の雇用労働の世界では「正規・非正規」という独自の区分があり,両者の間には不当な待遇差があり,しばしば裁判沙汰になったりします。

 この2つを組み合わせると,男性正規,男性非正規,女性正規,女性非正規,という4つのグループができます。上図の白いピラミッドを,この4グループで塗り分けるのです。エクセルのグラフツールで一発ですが,元となるデータは以下です。上図と同じく,リンクをはったページの表2300から呼び出せます。


 所得が分かる4グループの合計は5491万人で,最初の図の5852万人よりやや少なくなっています。これは,従業地位が不詳の雇用労働者がいるためでしょう。

 素の数字なんで分かりにくいかもしれませんが,男性より女性,正規より非正規の労働者は稼ぎが低い階級に多く分布しています。女性非正規の最頻階級は一番下の100万未満です。というのか,雇われ労働者の数でみて多いのは,所得200万に満たない女性ではないですか。

 配偶者控除の枠内で就業調整をしている既婚女性が多いとみられますが,社会は,安い女性非正規労働に支えられているともいえます。上記の表のデータをグラフにすると,その様が「見える化」されます。最初の真っ白のピラミッドを,4グループで塗り分けた図です。


 ツイッターでも出しましたが,多くの人が肌で感じている現実が,見事に可視化されています。「男性が女性を踏みつぶしている」「労働者の半分は,働くことに希望を持てるか」・・・。こんなコメントが寄せられました。

 安泰といわれる大企業では,男性と女性の位置のコントラストがもっと際立っています。大企業の利潤は,安い女性労働力の搾取で成り立っていると。
https://twitter.com/tmaita77/status/1362196689097003014

 右下の女性労働力には,保育や介護といったエッセンシャルワークの人もいるはず。こういう人たちの給与を上げると同時に,配偶者控除という時代に合わなくなった制度も見直すべし。趣旨は,配偶者の稼ぎが少ない人を救済しようというものですが,現実には,既婚女性の就労を押さえ込む方向に機能しています。人手不足だというのに,こんなことをしている場合ではありますまい。

 日本の所得ピラミッドの裾野は広く,社会は「安い労働力」で支えられていることが知られますが,その「安い労働力」がどういう人かを可視化すると,人為的な是正が必要といえるレベルの理不尽な現実が見えてくるのです。

2021年2月17日水曜日

就職率のからくり

  春も近くなってきました。私は7時前に起き,ラジオ体操をして,主要紙サイトのニュースをチェックします。朝日,NHK,日経,毎日の順です。朝日は有料会員登録(月980円)をして,記事はほぼ見放題です。

 日経も良質な記事が多いので有料登録しようかと思っているのですが,やや費用が高く,二の足を踏んでいます。ひとまず,有料記事を月10本まで読める無料会員登録をしています。

 その日経サイトに,「氷河期の統計,実態を映さず 内定率高く出る傾向に注意」という記事が出ています。「氷河期」「統計」。私が飛びつきたくなる言葉で,すかさずクリック。内容は予想通り,当局の就職内定率のトリックについてです。就職希望者ベースの数値なんで,途中で「もうダメだ」と諦めた学生,音信不通になった学生などは分母から除かれている。だから,氷河期世代の統計でも,就職率が9割超なんていう数字が出るのだと。

 学校卒業者の就職率の公的調査は,文科省・厚労省の「大学等卒業者の就職状況調査」です。10月,12月1日時点の内定率と,4月1日時点の最終就職率が公表されています。私は1999年春に大学を出ました。1999年4月1日時点における,4年制大学卒業者の就職率,および就職希望者率は以下のようになっています。

 就職率=92.0%  就職希望者率=68.3%

 氷河期世代といわれる私の世代ですが,大卒者の就職率は92%。そんなに悪くはないじゃん,という印象を与えられます。そこが問題で,どういう事態であるかを図解すると以下のようになります。


 就職率92.0%というのは,全体の7割弱の就職希望者の中での比率です。就職非希望者は分母からオミットされていて,この中には,途中で「もうダメだ」と諦めた学生も含まれています。上記の日経記事で指摘されている通りです。

 卒業生全体を分母にすると,就職率は,68.3% × 92.0%=62.8%となります。これはリアリティのある数値です。まさに氷河期世代。しかし就職非希望者の中には,就職の意思がない大学院等進学者もいるので,この部分は分母から除くべきでしょう。よって,真正の就職率はもうちょっと高くなるとみられます。

 ここで,文科省『学校基本調査』の出番です。春の大学卒業者の進路が,細かいカテゴリー別に集計されています。1999年3月の大学卒業者について,以下の数値を拾ってみます。

 A)卒業生総数=53万2436人
 B)大学院等進学者数=5万4023人
 C)就職者数=32万72人
 D)臨床研修医数=6450人

 Dの臨床研修医とは,医学部卒業生の多くが最初に進むキャリアですので,これは分子の就職者に足しましょう。分母は,卒業生総数から,就職の意志がない大学院等進学者を引いた数を充てます。

 就職率=(C+D)/(A-B)=68.3%となります。

 これが,1999年春の大卒者の精密な就職率です。7割を切っていて,氷河期世代の就職率としてリアリティがありますね。私はこのやり方で,各年春の大卒者の就職率を計算しました。以下は,1990~2020年の30年間の推移です。


 バブル期で高かったのが,平成不況の深刻化と共に低下し,世紀の変わり目から初頭にかけてボトムになります。7割を割るのは,1999~2004年の卒業生です。世代で言うと,1976~1981年生まれですね。この世代が,真正の氷河期世代,ロスジェネということになります。

 上記の日経記事では,文科省の公表統計では「氷河期の実態が出てこない」と嘆かれていますが,ちゃんと頭を使って算出した就職率だと,氷河期の存在がはっきりと浮き出てきます。現在では40代前半になってますが(私は44歳),この世代への支援が求められます。ロスジェネ限定の採用試験を実施する自治体や官庁が続出っしているのは結構なことです。

 前にニューズウィーク記事で書きましたが,上記の就職率のグラフに,小学校教員採用試験の競争率を重ねてみると,逆の動きになります。民間への就職が厳しかった氷河期では,教員採用試験の競争率がメチャ高だったのです。ピークは2000年度採用試験の12.5倍で,大卒者の就職率が最も低かった年と一致します。

 ロスジェネの中には,優秀であっても,夢破れて教員になれなかった人も多いはず。こういう人たちが再挑戦できるよう,教員採用の門戸も開いてほしいものです。昨今の教員不足の解決に寄与してくれるメシアです。

 就職率から話が広がりましたが,政府の公表統計は信頼できるからと鵜呑みにせず,「これはおかしいな」と思ったら,ちゃんと自分の頭で考えて,現実により接近した指標を考えてみる。ちきりんさんの『自分のアタマで考えよう』は名著ですが,これってホントに大事だと思います。

 コロナの影響で,昨年春の就職率は下落しているかと思いきや,そうではないようです。しかし今年春はどうか分かりません。ロスジェネに続く,第2の悲劇の世代「コロナ・ジェネレーション」が出ないとも限りません。

2021年2月8日月曜日

自尊心のジェンダー差

  やっと寒さの峠を越えてきました。いかがお過ごしでしょうか。

 コロナ禍で辛い思いをしている人が多いですが,日本人は他人に助けを求めるのが苦手です。経済停止により失業者や自殺者が増えているにもかかわらず,生活保護受給者はフラットのまま。ツイッターで繰り返し流していますが,こんなグラフができるのは日本だけではないでしょうか。

 前の記事で書きましたが,日本人は「他人に迷惑をかけるな」と言い聞かされて育っています。私も,子どもの頃,親や教師から繰り返し言われた覚えがあり,道徳の副教材にもこういうことが書いてあったと記憶します。もっともらしいことですが,他国ではそうじゃないのですよね。

 ある方がツイッターで言われてますが,「他人に迷惑をかけるな」と言われて育つと,自分を大切にできなくなります。なるほど,日本人の自尊心が低いのはよく知られていますが,背景要因として,こういうことがあるのかもしれないな,と思いました。

 子どもの自尊心のデータは,これまでいじり尽くしてきました。たとえば,「今の自分が好きだ」という子の割合は,学年を上がるにつれ減少してきます。国立青少年教育振興機構の『青少年の体験活動調査』(2016年)によると,小4では62.0%ですが,高2では38.0%まで下がります。

 小さい頃は,これまでできなかったことができるようになり,褒められることが多いのですが,学年を上がると,学業成績の細かな序列の中に組み込まれるからでしょう。親からも,小言を言われる頻度が増してきます。親から褒められる頻度も,学年進行とともに下がってきます。

 これは今まで何度も書いてきたことですが,ジェンダーの視点を据えると,新たな見方も出てきます。男子と女子に分けて,「今の自分が好きだ」の肯定率の学年変化をグラフにすると,以下のようになります。


 男子も女子も,学年を上がるにつれ自尊心が下がってきますが,そのスピードは女子の方が大きくなっています。小4ではわずかに「男子<女子」だったのが,小5から逆転し,中2では12.1ポイント,高2では8.4ポイント男子のほうが高くなります。

 上述の「他人に迷惑をかけるな」もそうですが,女子は男子にも増していろいろ「枠づけ」も多く,周囲からの期待と現実の自分のギャップを意識し,自尊心を砕かれる度合いが高いのかもしれません。

 10代の自尊心が「男子>女子」であるのは,普遍的ではないようです。以下は,国立青少年教育振興機構『高校生の心と体の健康の意識調査』の国際比較データです。言い回しがちょっと違いますが,「自分は価値のある人間だ」の肯定率です(高校生)。


 どの国も男子が女子より高いですが,10ポイントという明瞭な差が出ているのは日本だけですね。男女を問わず,日本の生徒の自尊心が他国より段違いに低いのも問題ですが,世間からの眼差し(期待)の性差が日本では大きいのではないか,という懸念も持たれます。

 世間からの期待の中には,いわゆる容姿に関わるものもあるでしょう。何が美とされるかは時代によって違い,ふっくらが美とされた時代もありましたが,今の日本では「ほっそり(痩せ)」が美とみなされています。思春期の女子はこれを意識し,無理なダイエットなどに走り,度を過ぎた痩せ(痩身)に陥ってしまう子も多し。

 データで見ても,日本の女子生徒は体格を気にしているようです。高校生女子の51.9%が「自分は太っている方だ」と思い,76.8%が「体格に不満だ」と答えています(国立青少年教育振興機構,前掲調査)。この数値は他国と比して高いのです。


 調査の元資料をみれば分かりますが,体重の上では,日本の女子生徒が最も痩せています。45.3%が体重50キロ未満です(米国は17.1%)。身長も考慮したBMIでみても,日本の生徒が痩せているのは明らか。

 自尊心の性差がから話を始めましたが,日本の女子青年が,社会からの(要らぬ)眼差しを意識して辛い思いをしているのではないか,ということが示唆されます。

 詳細は,ニューズウィーク記事に書きました。国際比較をすると,さもありなんと日頃思っていることが,正当性を欠く「呪縛」のように見えてくることがしばしばです。