2019年6月23日日曜日

教員の勤務時間の国際比較(2018年)

 OECDの国際教員調査「TALIS 2018」の結果が公表されました。新聞で報じられましたので,ご存知の方が多いかと思います。

 2013年調査に続き,日本の教員の勤務時間は世界一という結果で,教育関係者の間では「またか」と落胆が広がっています。日本の結果報告書は,国立教育政策研究所のHPでアップされています。国別の詳細データを見たいという方は,OECDのHPに飛ぶといいでしょう。

 しかし,公表されているのは各国の教員全体のデータであるようです。世界を見渡すと,教員の半分以上がパートタイムという国もありますので,国際比較に際しては,フルタイム勤務の教員の限定する必要がありそうです。となると,個票データに当たらないといけません。

 個票データは,下記リンク先でダウンロードできます。ファイルがとても大きいので,教員調査は3つに分割されています。私は一つのエクセルにまとめ,コンプリートのデータベースを作りました。ファイル容量は219MB! これを開くとPCの動作が不安定になりますが,セーフモードで開くとバグるを幾分か抑えることができます。
http://www.oecd.org/education/talis/talis-2018-data.htm

 分析の第一報を書きます。世間の関心事である,教員の勤務時間についてです。教員調査の問16にて,調査日からした直近の1週間の総勤務時間を書き込んでもらっています。平均値に丸める前に,大雑把な分布をみてみましょう。下の図は,主要国の中学校教員(フルタイム勤務)の分布図です。ドイツは,調査に参加していません。


 日本は,半数以上が週60H時間と答えています。週5日勤務とすると,1日12時間以上です。立派な過労死予備軍といえるでしょう。日本の中学校をのぞいてみると,そういう教員が全体の6割近くもいます。

 それに対し,韓国とフランスでは,半数近くが週40H未満勤務となっています。いいですねえ。韓国は,日本と同じく長時間労働の国として知られていますが,教員は別なようです。給与も高く,教員は社会的地位の高い職業として,若者の志望率も高いそうな。フランスは,一週間無休で営業したパン屋が罰せられるような国で,国民全体の労働時間も短いのですが,教員も例外ではないようです。

 北欧も短いですね。デンマークは,9割が週50時間未満です(日本は2割未満)。ICTの先進国ですが,こういうテクを活用して,教員の過重労働を抑制しているのでしょう。庶務連絡はネット経由で,大量に紙を刷って配るなんてことはしません。

 分布についてイメージを持ったところで,平均値(average)を出してみると,日本は59.3Hにもなります。週60Hが,フツーの中学校教員の働き方であると。異国の人にすれば,クレイジーに映るでしょう。韓国は34.1H,アメリカは47.1H,イギリスは50.2H,フランスは38.7H,スウェーデンは44.1H,デンマークは40.2H,となっています。

 主要国の中でも日本の特異性は明瞭ですが,比較の射程をもっと広げましょう。47か国について,中学校のフルタイム教員の週間平均勤務時間,ならびに週60H以上勤務者の割合を出してみました。結果を端的に伝えるべく,横軸に前者,縦軸に後者をとった座標上に,47の国を位置づけたグラフにしてみます。「瑞」はスイスではなく,スウェーデンです。


 日本は週の平均勤務時間が59.3H,長時間労働者率が56.7%という数値ですが,国際的な布置図でみると明らかにぶっ飛んでいます。2013年調査でも同じようなグラフになりましたが,5年を経た2018年でも変わっていません。教員の過重労働,世界一の国です。

 異国の人にすれば,「おお,さすがはジャパン。教員がすごく熱心に授業をしているから,国際学力調査でいつも上位なんだな」と思われるかもしれません。しかし,授業時間・授業準備時間の週平均値は27.4Hで,データが分かる46国の中では28位です。日本の教員の授業時間・授業準備時間は,国際的にみたら少ないほうです。

 週の総勤務時間は59.3Hで,うち授業・授業準備時間は27.4H。後者に占める前者の割合は46.2%となります。日本の中学校教員では,総勤務時間のうち授業・授業準備時間の比重は半分にもなりません。教員の本務は授業であることを思うと,これも「はて?」という感じです。

 この点の国際比較もやってみましょうか。横軸に総勤務時間の平均値,縦軸に授業・授業準備時間の平均値をとった座標上に,データがとれる46国を配置してみました。


 日本は総勤務時間(横軸)は最も長いですが,うち授業時間(縦軸)は短いほうです。授業時間が総勤務時間に占める割合は半分もいかないのですが,こういう国は他にないようです。

 斜線は授業時間比率ですが,イギリスやスウェーデンでは仕事時間の6割,韓国とフランスでは7割,アメリカでは8割が授業です。南米のチリやブラジルでは,この比率は9割を超えます。教員の仕事は授業という割り切りが明確なようです。

 日本の教員の仕事時間は世界一長く,その半分以上は授業や授業準備以外のことに食われていると。会議,事務作業,生徒指導,部活指導…。思い当たる業務は数多くありますが,最後の部活指導を教員がするというのは,日本の特徴であるようです。

 部活は教育課程外の課外活動で,他国にも似たような性格の活動はありますが,教員が指導に当たることはあまりないと聞きます。授業ではない課外活動なので,教員免許状を持たない外部スタッフでOKです。中学校教員に,週の課外活動指導時間を尋ねた結果をみると,これまた日本の特異性が明らかです。


 日本では42%の教員が週10時間以上と答えていますが,こんな国は他にありません。0時間(ほぼノータッチ)の教員の比重が高い国が多く,北欧のスウェーデンやフィンランドでは8割の教員が「ゼロ!」と回答しています。

 そもそも北欧では,学校での部活という概念がないといいます。日本の運動部のような活動は,地域のスポーツクラブ等に委ねられていると。学校外とも連携した,社会全体で子どもを育てるという気風があるのです。

 日本の教員は,いろいろと仕事を負わされている「何でも屋」であるかのようですが,そのことが本務の授業遂行に影響していないか。こう問いたくなる人もいるでしょう。「TALIS 2018」の結果を報じた新聞記事の中に,日本は,生徒に考えさせる授業の実施頻度が低いことを強調したものがありました。調査票をみると,問42の(e)と(f)の集計結果であるようですね。

 前者は「明確な答えのない課題を出す」,後者は「批判的思考力が必要な課題を出す」というものです。「しばしばする」ないしは「いつもする」と答えた教員の比率の国際比較をすると,以下の図のようになります。


 日本は,双方とも低い位置にあります。私の中学時代を振り返っても,こういう授業を受けた記憶はないです。当時と比して受験競争が緩和され,いわゆるアクティヴ・ラーニングの重要性がいわれる現在では変わっているのかと思いきや,そうでないようです。

 型にはめた後は,型を破らせることが必要といいます。後者は,既存のものとは違う新しいものを生み出す力を鍛えることになります。言わずもがな大学ではこちらが重視され,卒業研究では自分で問題を立てて,未知のことを明らかにする作業が求められるのですが,これが不得手な学生さんが多い。高校までの間に,この手の訓練をしたことがないためでしょう。

 日本の先生方も,型を破らせる授業には馴染みがないし,やりたくもないと思っているかもしれません。そういう意識は改めてほしいと思いますが,この手の授業をするには入念な準備が要るのも確かです。日本の教員の勤務時間の長さを考えると,そのための時間が取れない可能性もあります。授業を「練る」余裕がない,ということです。

 以上,「TALIS 2018」のデータをもとに,教員の勤務時間の国際比較をやってみました。残念ながら,5年前の2013年調査でいわれた課題がそっくり引き継がれている形です。

 しかし当局も手をこまねいてはいません。2017年頃から教員の働き方改革の必要がいわれ,具体的な動きも出ています。たとえば中学校教員の過重労働の原因となっている部活動については,部活動指導員というスタッフが法的に位置付けられました。単独で指導や大会引率を行える人です。

 また昨年3月にスポーツ庁が「部活動ガイドライン」を出し,適切な休養日・休養期間を設けること,レク的な部活も認めること,学校外のスポーツ団体や民間事業者等も活用すること,を提言しています。学校が一手に担っている状況の打破です。

 さらに,これまで教員が担ってきた業務を仕分けし,教員が担う必要のない業務,教員の業務だが軽減可能な業務を洗い出しています(中教審答申)。部活指導は前者,学習評価や成績処理は後者に属します。AIにテストの採点をさせるという実践も出てきています。ICT化を押し進め,紙を大量に配る日常を脱したいものです。

 「TALIS 2018」の結果では,こうした改革の成果は見られませんでしたが,改革が緒についたばかりであるためと思いましょう。

 ニューズウィーク記事でも申しましたが,日本は,優秀な人材を教員に引き寄せることに成功してきています。しかし近年は,教員採用試験の競争率は低下傾向。民間が好景気だからと楽観するのは容易いですが,教員のブラック労働が知れ渡ったことによる「教員離れ」が起きている可能性もあります。教員の働き方改革は,職務の専門職性を明瞭にすること,教員を高度専門職に昇華させる契機です。これを進めない限り,他国と同様,優秀な人材は他の専門職に流れてしまうでしょう。