2018年8月6日月曜日

学テの結果を教員給与に反映するなかれ

 今年度の『全国学力・学習状況調査』の結果が公表されました。関係者は,自分の自治体の順位に一喜一憂していますが,過剰な反応をしている首長もいます。
http://www.nier.go.jp/18chousakekkahoukoku/index.html

 大阪市の市長は,政令市の中で結果が最下位だったことを受け,学力テストの結果を教員給与に反映させることを検討する,と発表しました。

 一言でいうと,一番やってはいけない使い方です。こういうことを言い出す人がいるから,当局も地域別の結果を出すのを渋り,教育社会学者の研究が阻害されるのだよなあと,ため息が出ます。

 学テの結果は教員の力量を測る指標とみなされ,「学力=教師力」と発言した知事もいますが,現実はそう単純ではありません。教育社会学で繰り返し明らかにされているように,子どもの学力は,学校外の社会経済要因に強く規定されます。

 昨年度の『全国学力・学習状況調査』では,2013年度に続き,保護者の調査も実施されましたが,家庭の社会経済背景(SES)と学力の間に相関関係が見出されています。SESが高い子どもほど学力が高い,という傾向です。
http://www.nier.go.jp/17chousakekkahoukoku/kannren_chousa/hogosya_chousa.html

 逆をとると,家庭背景に恵まれない層は結果が芳しくない,ということですが,大阪市にはこういう子どもが他地域に比して多くいます。それは,就学援助率の高さで知られます。2018年度の学テの学校調査をもとに,全国と大阪市の公立小の就学援助率の分布をグラフにすると,以下のようになります。全国は1万9378校,大阪市は289校のデータです。


 大阪市では,就学援助を受けている児童の割合が高い学校が多くなっています。就学援助率が2割(5人に1人)を超える学校が半分以上です。市長は,政令市で結果が最下位だったことにキレているようですが,就学援助率は政令市の中でマックスではないでしょうか。

 こういう条件があることからして,現場の教員だけを責めるというのは筋違いでしょう。

 各地域の学テの結果が,地域の社会経済指標と非常に強く相関することを実証した,一葉のグラフをお見せしましょう。東京都は独自の学力調査を実施していますが,私は都教委に情報公開申請をし,都内の49区市の平均正答率を入手したことがあります。2013年度のデータです。これを,2010年の『国勢調査』から出した高学歴人口率と絡めてみました。高学歴人口率とは,15歳以上の学校卒業人口のうち,大学・大学院卒が何%かです。

 横軸に高学歴率,縦軸に5年生の算数の平均正答率をとった座標上に,49区市を配置した相関図は以下です。日経DUALの記事で公表したものですが,ここに再掲します。
https://dual.nikkei.co.jp/article/092/99/


 住民の大卒率が高い地域ほど,算数学力が高い傾向が明瞭です。相関係数は+0.9を超え,前者から後者をほぼ正確に予測できるレベルです。

 私のこれまでの作品の中で,学力の社会的規定性を最もよく示すグラフだと思っています。これを見たら,「学テの結果を教員給与に反映する」などとやすやす言えまいと思うのですが,いかがでしょうか。

 注目していただきたいのは,足立区の位置です。当区はSESが低い子どもが多いのですが,そういう条件から期待される水準よりは高い結果を出しています(回帰直線より上)。足立区では,結果が振るわない学校の人員や予算を増やすなど,全体の底上げが図られているためでしょう。行政の力で,社会的不平等が克服されていることの好例です。
https://twitter.com/mushioda/status/1025582796302036992

 また学力調査の結果というのも,当該地域の社会経済特性を考慮した読み方をしたいものです。この基準からすれば,上記の足立区は「がんばっている」と評されるわけです。この点については,10年前に『教育社会学研究』という学会誌に載せた論文で主張しました。
https://ci.nii.ac.jp/naid/130006906303

 教員採用試験の教職教養では,教育社会学は出題されません。完全に「アウト・オブ・眼中」です。亡き恩師は,「現場の先生が『階層』なんていう言葉を使うようになったら困るからだろ」と言われていましたが,だとしたら悲しい。身も蓋もない言い方ですが,「階層」という変数を入れないと解けない問題もあります。

 まあ,今回の大阪市長の表明に批判が噴出しているのは,近年の教育社会学の研究成果にスポットが当たっていることの証左でもあるとは思いますが。