2019年9月25日水曜日

創造性を阻むスタンダード

 昨日の西日本新聞に「筆算の線,手書きダメ 小5,160問書き直し」という記事が出ています。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/545572/

 筆算の線を手書きで出したところ,160問すべてのやり直しを命じられたそうです。あまりにもアホらしいと理由を糺したところ,「小学校では昔からこういうふうに指導している」みたいなことを言われたようですが,そうなんでしょうか。

 私は,そんな指導を受けた記憶はありません。むしろ逆で,几帳面に定規を使う生徒は教師からどやされていました。教科書に定規でマークを引く生徒に対し,「まったく,そういうどうでもいいことだけは訓練されとるんだなあ」と,教師が嫌味を言っていたものでした。

 東大の村上准教授の調査によると,有効回答を得た自治体の2割ほどが「スタンダード」を導入しているのだそうです。学校での授業の受け方や生活態度について細かく定めた決まりです。静岡県の小学校の例をみると「机上に置くノートや筆箱の位置,発表や話を聞く態度,あいさつの仕方,廊下の歩き方,靴や傘,トイレのスリッパの置き方,休み時間の遊び方」…。刑務所かと思うような内容です。

 従順な身体を作り上げる「隠れたカリキュラム」ってやつですね。異国の人が見たら,「なるほど,日本の企業の社畜はこうやって作られるのか」と納得するでしょうか。工場労働が幅を利かす時代ならともかく,21世紀の今でも日本の学校はこの有様。ICT化の遅れといい,色々な意味で時代変化とのラグが大きいのだなと痛感します。

 これからの時代,定型作業は機械(AI)がやってくれます。人間に求められるのは,新たなものを生み出す創造性です。しかるに,幼少期から細かな規則に従うのを強いられ,そこから寸分外れることも許されない生活の中で,創造性が育まれるとは考えにくし。創造というのは,型から外れることですので。

 日本人の創造性って,他国との比べてどうなんでしょう。2010~14年に実施された『世界価値観調査』では,「新しいことを考え,創造的であるのを大事にする」という人間像を提示し,自分はそれにどれほど当てはまるかを問うています。以下の6段階です。

 Very much like me ・・・(6点)
   Like me ・・・(5点)
   Somewhat like me ・・・(4点)
   A little like me ・・・(3点)
   Not like me ・・・(2点)
   Not at all like me ・・・(1点)

 各国の20代の回答分布を出し,上から6点,5点,…2点,1点を付した場合,平均点が何点になるかを計算しました。下表は,結果を高い順に並べたランキングです。


 若者の創造志向の国際比較ですが,いかがでしょうか。上位には,発展途上国が多いですね。字のごとく発展の途上にあり,伸びしろを多分に残しているステージにあるので,新たなものを生み出す余地が多分にあるためでしょう。創造性に満ちた人材への評価も高いはず。

 日本はというと,6段階の平均点は3.7点で,59か国の中で見事に最下位となっています。統制が強い旧共産圏の社会よりも数値が低くなっています。日本の若者の創造志向は,世界で最も低いと。予想していたことですが,データでもハッキリ出てしまいました。

 要因はいろいろあるでしょうが,筆算の線を定規で引かないとダメ出しされる,教科書通りの計算方法で問題を解かないとバツにされるといった,学校のスタンダード,隠れたカリキュラムに由来する部分が大きいと思われます。

 提示されたやり方に従うのがよしとされ,それからちょっとでも外れると叱られる。こんな生活を長く続けていたら,は創造性が育まれるどころか,その芽が摘まれてしまいます。上記のデータ,さもありなんです。

 むろん,日本の若者にも創造志向が高い人はいます。日本の20代のうち,上記の問いに「Very much like me」ないしは「Like me」と答えたのは約3割です。はて,創造性が歓迎されない日本社会において,この人たちはどういう意識を持っているのでしょう。

 上記の問いへの回答によるスコアづけで,5~6点を創造性「高」群,3~4点を「中」群,1~2点を「低」群というようにグループ分けします。この3つの群で,幸福度の設問の回答がどう違うかを調べました。

 下図は,日本とアメリカの20代を取り出して,クロス集計をしたみた結果です。幸福感の設問の回答は4段階ですが,「あまり幸福でない」と「全く幸福でない」は「幸福でない」と括りました。


 青色の「とても幸福」の比重に注目すると,驚くべき結果が出ています。アメリカでは創造志向が高い若者ほど幸福感は強いようですが,日本はその逆なのです。

 「出る杭は打たれる」の表れのような気がします。この国において,既存のものを批判し,型から外れ,新たなものを生み出すのを好む人は,周囲から奇人視され,つまはじきにされることもあるでしょう。少なくとも小・中学校でこのような態度をとったら,教師から叱られ,嫌な思いをするのは必至です。

 カイ二乗検定をしたところ,有意差というレベルではなく,単なる偶然かもしれません。もっと大規模なデータでの追試が必要ですが,上記のような傾向が再現されるとしたら大ごとですよね。

 学校のスタンダードというのは,21世紀型の人間を育成するにあたって,マイナスの機能しか果たさないと思います。日本に山積している問題は,これまでの型(思考枠)を大きく外れることでしか解決できないステージに達しています。育てるべきは,型を外れるのを好む人間であって,そういう性向のある子を叱りつけ,彼らの自尊心を打ち砕いている場合ではないのです。

 細かなスタンダードは今すぐ撤廃すべし。算数の文章題にしても,教科書とは違った解き方をする子を大いに褒めたたえましょう。