2020年10月15日木曜日

非正規待遇格差の判決を受けて

  東京メトロの子会社で働く非正規雇用の女性が,正規・非正規の待遇格差は不当と訴えた裁判の判決が,13日に最高裁で下りました。結果は敗訴で,ボーナス・退職金の不支給は不合理とはいえないと。

 最高裁お墨付きの判例で,今後の労働争議にも大きな影響を与えるでしょう。原告女性は「全国2100万人の非正規雇用者を奈落の底に突き落とす判決だ」と批判し,最高裁ではなく「最低裁」だと口にされていますが,言い得て妙だと思います。私も,大学非常勤講師という非正規雇用を10年やりましたので,憤りをシェアします。

 現在,非正規雇用者は2100万人ですか。ざっくり人口(1億2000万人)の6分の1,働く人(6000万人)の3人に1人に相当します。決してネグリジブルスモールではありません。彼らの権利保障をしっかりしないと,日本社会は大きく揺らぐことになるでしょう。

 それは後で触れるとして,会社や役所で働く雇用労働者の推移を80年代から跡付けてみると,以下のようになります。『就業構造基本調査』の時系列データから数値を採取しました。非正規雇用とは,パート,バイト,派遣社員,契約社員,嘱託,その他を言います。


 一番上の男女計をみると,正規は横ばいですが,非正規はうんと増えています。1982年では202万人でしたが,35年を経た2017年では2133万人です。なるほど,今の非正規雇用者数,上記の原告女性が言われるように約2100万人ですね。

 雇われ労働者全体に占める率は,1982年では5.8%だったのが,2002年に28.4%,2017年では38.2%,およそ4割にもなっています。実数で見ても率で見ても,雇用の非正規化が見て取れます。これは言い尽くされていることです。

 ジェンダーでばらすと,女性で非正規雇用者が爆増しているのが分かります。71万人から1465万人と,20倍の増加です。正規雇用はあまり増えておらず,その結果,非正規比率は56.6%にもなっています(2017年)。女性の雇用労働者の6割が非正規雇用であると。マイノリティどころか,マジョリティです。

 1986年に男女雇用機会均等法が施行されましたが,その後の女性の社会進出がどういうものだったか,よく分かりますねえ。ツイッターで視覚的なグラフを流しましたが,非正規依存の社会進出です。

 働く女性は確かに増え,M字カーブの底もほぼなくなってますが,これでは手放しに喜べません。不当に「安い」働き方を強いられている女性の増加に他ならないからです。同じ時間,同じ仕事をしているのに,正社員との大きな給与差は何なのか。冒頭の原告女性は,このような不満が爆発して裁判に踏み切ったわけですが,正規と非正規の不当な格差は,データで容易に可視化できます。

 以下の表は,標準時間働く労働者の年間所得分布を,正規と非正規で比べたものです。ジェンダーの影響を除くため,男女で分けてます。


 同じ時間働く雇用労働者の稼ぎの分布ですが,正規と非正規の違いが明瞭です。200万未満のプアの率は,男性正規で3.5%,男性非正規で22.9%,女性正規で14.3%,女性非正規では48.3%,半分近くにもなります。

 同じフルタイム勤務でこれです。仕事内容の違いだけによるとは考えにくい。ボーナスなどの差が大きいでしょう。原告もこの点を訴えたのですが,ボーナスの不支給は不合理ではない,という無情な判決が言い渡されました。

 なお正規と非正規の待遇差が最も大きいのは官,すなわち公務員です。公務員だけを取り出して,正規と非正規の所得分布表を作ると,開いた口がふさがりません。年齢ごとの分布から中央値(median)を計算し,それらをつないだ折れ線グラフにすると「!」となります。


 どうでしょう。正規は加齢と共に所得が上がっていきますが,非正規は寝そべったままです。正規・非正規の差は,20代前半では100万円ちょいですが,50代では500万円以上開いています。

 労働時間を統制した比較ではありませんが,役所の嘱託・臨時職員が,正規職員とほぼ同じ仕事をしているというのはよく言われること。窓口の職員の名札を見てみると,「嘱託」「臨時」と書かれていることは,珍しくも何ともありません。

 安定の公務員の世界では,非正規なんてちょっとしかいないだろ,と思われるかもしれませんが,そんなことはありません。男性公務員では2%ほどですが,女性公務員では3人に1人が非正規なのです。少子高齢化に伴い,福祉をはじめとする「公」の仕事が増え,公務員の増員されてきてはいますが,増分の多くは非正規雇用です。安上がりの非正規を増やすことで凌いでいると。

 社会を変える取組を率先して行うべき官公庁で,非正規雇用問題は最も色濃くなっています。この点については,最近よくメディアでも取り上げられるようになりました。

 あと一つのグラフをお見せします。雇用労働者の所得ピラミッド図です。稼ぎの少ないプアが多く,リッチが少ない型になるのは予想できますが,正規と非正規で塗り分けると以下のごとし。


 下が暑く,上が細い「ピラミッド型」になっています。雇われ労働者の3人に1人が200万のプアですが,その多くは非正規です。この中には,いわゆるエッセンシャル・ワークも多く含まれるでしょう。

 われわれの社会は,安い非正規労働者によって支えられていることが知られます。こういう構造で大丈夫か。非正規の待遇の悪さを思うと,もうすぐ土台が崩れ,社会全体が傾く恐れもあります。

 話が逸れますが,青色の正規職員でも,所得の最頻階級(mode)が200万円台なのですね。今のニッポンは本当に「安い」のだなと感じます。海外から働き手が来なくなるどころか,逆に出稼ぎに行く人が増え,国内の人口はますます減りそうです。

 正規・非正規の待遇格差に関する司法判断が出たのを機に,①正規と非正規では給与差が不当に大きいこと,②社会の非正規依存度は高まる一方であること,の2点をデータで示しました。この2つを同時併存させていては,社会の根底が揺らぐ可能性が大です。

 前から言っていますが,私は非正規のような柔軟でユルイ働き方が増えるのは,悪いこととは思っていません(ネーミングは問題ありですが)。体力の弱った高齢者がどんどん増えてくるわけで,働き方がそういう方向に変わるのは必然です。

 問題は,そうした非正規的な働き方では,どれほど頑張っても普通の暮らしに足る収入が得られないこと。「週5日,1日8時間働けば,普通の暮らしができる社会を」とは,昨年の選挙で某候補者が訴えていたことですが,この実現が望まれます,AIで仕事の負荷を減らし,収入の不足をBIで補えば,できないことではありますまい。

 正規・非正規なんていう,異国の人からしたら「?」以外の何物でもない従業地位区分は廃止し,フルタイム・パートという,あくまで労働時間に依拠した区切りだけにすべし。正規・非正規という地位区分は,ボーナスや各種保険の支払いの有無を正当化する,言うなれば事業者の人件費軽減を助けるためのものでしかありません。こんなのがあるから,非正規という名の非人間的な働き方が蔓延るのです。

 今では,働く人の3人に1人,雇用労働者の4人に1人が非正規雇用です。まずは,この人達を「非正規」と呼ぶのを止め,労働時間や仕事の質の査定を精緻化し,相応の賃金を払うことから始めるべきです。正規・非正規という地位区分で,機械的に待遇を決める時代はもう終わりです。

 裁判官がこういう認識を持っているなら,今回の裁判の原告に「ボーナスを支給しないのは,まぐれもなく不合理」という判決が下るはずでした。