2012年の中教審答申で,教員の資格要件を大学院卒に引き上げよう,という方針が示されました。教員の資質能力の担保が表向きの理由ですが,審議の議事録をみると,「今は父母の多くが大卒なんで,教員の学歴を一段高くする必要がある」という発言も見受けられます。
当時から10年ほど経過しましたが,現時点では実現をみていません。大学院まで行くとなると,在学期間の延長により学費が上昇し,教員志望者が減ってしまうのではなか,という懸念がささやかれていましたね。教育実習を1年間にするというのも,現場の負担を考えると現実的でない,という声もありました。こういう事情からか,学部から大学院までを見越した教員養成カリキュラムは構想にとどまっています。
日本の教員をみるに,大学院を出ている人はわずかしかいません。IEAの国際学力調査「TIMSS 2019」によると,小学校教員の院卒率は5%,小学校校長では13%となっています。国際調査なんで,他国との比較もできます。主要国との背比べのグラフにすると,以下のようになります。
以上は7か国のデータですが,「TIMSS 2019」の調査対象58か国全体では,日本はどういう位置になるでしょう。横軸に教員,縦軸に校長の院卒率をとった座標上に,各国のドットを配置してみます。
日本は高学歴化が進んだ社会といいますが,上記のグラフをみると「?」ですね。教員の院卒率は世界で最低水準。大学院卒の教員の職務遂行能力が優れているというエビデンスはないですが,高度な知の証である修士号ないしは博士号もちの教員がもっと増えてもいい,いや増えるべきだという考えが出てくるのは,ごく自然なこと。知の伝達者としての教員のアイデンティティの源泉にもなり得ます。
そこで冒頭の中教審答申にて,教員をみんな大学院卒にしようという提言が出たわけですが,フィンランドの制度を意識してか,教員養成の期間を4年から6年に延ばそう,という方針が掲げられています。学部4年プラス修士2年です。
ただ,学びの機会を入職前に集中させるのもどうかなと思います。上述のように,在学期間の長期化に伴う学費負担,長期実習の受け入れ負担のような問題もありますし。思うに,大学院に行くのであれば,現場に出て問題意識を培ってからのほうがいいのではないでしょうか。
推進策として,既存の大学院修学休業制度を拡充するほか,夏季休暇等を使ってちょっとずつ学べるようにするなど,いろいろ考えられます。アメリカでは,こうした斬新的な学びができるようになっているそうです。これぞ,「学び続ける教員」の姿といえるでしょう。管理職になる年齢では,大半の教員が修士ないしは博士の学位を保持していると(最初のグラフ)。
日本では,教員は入職後,膨大な業務に忙殺され,学び続けることができないでいます。最近は文科省も教員の働き方改革に本気になってきて,2019年1月の中教審答申では,これまで教員が担ってきた業務の仕分けが示されました。学び続けるための条件は,ゆとりです。教員を「何でも屋」的存在から,教えることに秀でた高度専門職へと脱皮させないといけません。それがどれほど具現しているかは,教員の大学院卒率で測れる面もあります。
当局もやっと愚を認識してか,教員免許更新制が見直されることになりました。知的職業のアイデンティティとしての学位をとる教員が,もっと増えることを願います。