読売新聞教育取材班の『大学の実力2013』(中央公論新社)を入手しました。今年の夏に,同社が全国の大学を対象に実施した調査の結果が集録されています。
642大学ということは,本年5月時点の全大学数(783校)の82.0%がカバーされていることになります。読売新聞の大学調査の回答率は,年々上がってきているようですね。
さて中身はといえば,表紙にあるように,各大学の退学率,卒業率,および就職状況などが仔細に明らかにされています。昨年までのものと違う点は,学部別の数値が掲載されていることです。これはスゴイ。
また,卒業後の状況調査も,カテゴリーの区分けが細かくなっています。就職者については,正規,契約,そしてパート等の3者の組成が分かるようになっています。就職率というと,「どうせ,バイトとかも含むんでしょ」などと揶揄されることが多いのですが,この資料の数値を使えば,そういう疑問もはねのけることができます。こちらもスゴイ。
このデータを使えば,各大学の学部ごとに,正規就職率のような指標を計算できます。この資料の表紙に書かれているような,「偏差値によらない進路選びの新基準」としても参考になることでしょう。
これから,本資料の数値をエクセルに入力して,データベースを作っていこうと思います。しかし,分析の欲望を抑えられません。私が非常勤として勤務する武蔵野大学の6学部のデータだけを入力し,各々の卒業生の進路構成を明らかにしてみました。
①~③の数は,当該資料に掲載されているものです。④は,卒業生数からこれらの数を差し引いて出しました。カッコ内の数値は,卒業生数です。
ほう。武蔵野大学は,学部を問わず,正規就職率が7割を超えています。全体の中での位置はどうだか分かりませんが,健闘している部類に入るのではないでしょうか。薬学部と看護学部は,正規就職率が95%超!。ただ,文系の学部で,無業者率が2割近くになっていることにも注意しなければなりませんが。
さあ,642大学の各学部について同じ統計をつくったらどうでしょう。明の部分(正規就職率)に注目するのもよし。暗の部分(無業率)に注意するのもよし。これらの指標の分布が,設置主体(国公私)でどう違うか,偏差値でどう違うか,という興味ある分析も待っています。
データベースが完成するまで,しばしお待ちください。
2012年9月30日日曜日
2012年9月29日土曜日
教員の授業スタイルの国際比較
国際学力調査PISA2009のデータセットづくりに勤しんでいます。9月21日の記事で申したように,学校質問紙調査のデータセットは,何とか完成しました。しかし,生徒質問紙調査については,一筋縄ではいきません。ケース数が膨大であるからです。
下記のOECDサイトからダウンロードしたテキスト形式の圧縮データを,エクセルに取り込むことができません。しからば,必要な設問のデータだけを取り込めないかと,いろいろ悪戦苦闘した結果,ようやくその方法をマスターしました。現在,対象生徒の出身階層,学校観,教師観,および教師の授業スタイルの設問のデータセットを作り終えたところです。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
74か国,51万5,958人分のデータです。とうてい一つのファイルに収まりきりませんので,いくつかに分割しています。ともあれ,このような膨大な数のデータを,自分の関心に即して自由に分析できることに感激を覚えます。
早速,このお宝に手をつけてみましょう。今回は,各国の生徒が日頃受けている授業がどのようなものかをみてみようと思います。調査票のQ37(日本語版では問33)では,対象の生徒に対し,「国語の授業で,先生は次のようなことをどのくらいしますか」と問うています。調査対象の生徒は,15歳の高校1年生です。
いずれの項目も,生徒中心主義の進歩的な授業スタイルに関わるものです。よって,選択肢の数字は,各国の教員の授業スタイルがどれほど進歩的かどうかを測る尺度として使えます。
このように考えると,教員の授業スタイルの進歩度は,7点から28点までのスコアで計測されます。全部4を選ぶような,バリバリの進歩的授業を受けている生徒は28点となります。逆に,全部1に丸をつける(不幸な)生徒は7点となります。
PISA2009の対象となった生徒の目線から,各国の教員の授業スタイルを評価してみましょう。なお,いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,スコアの算定ができないので,分析から除きます。下表は,74か国,38万1,849人のスコア分布です。
19点をピークとした,きれいな山型の分布です。私は,この分布を参考にして,調査対象の生徒を3群に分かちました。まず,17点までの者は,伝統的な授業を受けている群に括りました。以下,伝統群といいます。一方,21点以上の者は,進歩的な授業を受けている者とみなし,進歩群ということにします。18~20点の者は両者の中間ということで,中間群と命名します。
< >内の数値から分かるように,3群の量は均衡のとれたものになっています。では,国ごとに,この3群の分布がどう違うかをみていきましょう。まずは,日本を含む主要先進国,お隣の韓国,そして学力上位常連のフィンランドのデータをご覧に入れます。( )内の数字は,各国のサンプル数です。
悲しいかな,わが国では,進歩的な授業を受けていると評される生徒は,全体のたった4.1%しかいません。逆にいうと,全体の7割が,上記のスコアが18点未満の伝統群に括られます。
このような分布は,わが国に固有のものであるようです。他のいずれの国でも,進歩群の比率が日本よりも高くなっています。ドイツでは,15歳の生徒の約半分が,進歩的な国語の授業を受けていると判断されます。ただ,学力上位のフィンランドにおいて,この群の比率が国際的な平均水準(3割)よりも少ないことはちょっと意外です。
以上は7か国のデータですが,残りの67か国では,3つの群の分布はどうなっているのでしょう。74本もの帯グラフを描くのは煩雑ですので,簡素な表現方法をとります。横軸に伝統群,縦軸に進歩群の比率をとったマトリクス上に,74か国をプロットした図をつくりました。これでもって,各国の教員の授業スタイルの進歩性を読み取っていただければと存じます。
図の見方はお分かりかと存じます。左上にあるのは,進歩群の比率が高く,伝統群の比率が低い国です。つまり,進歩的な授業を行っている教員が多い国と解されます。右下に位置する国は,その逆です。斜線は均等線であり,この上に位置するのは,伝統群よりも進歩群が多いことを示唆します。
ほう。わが国は,右下の極地にあります。教員の授業スタイルの進歩度が,74か国で最も低いことが知られます。それもそのはず。伝統群が73%,進歩群が4%という結果ですから。
一方,対極の左上には,ハンガリーやポーランドといった東欧の国が多く位置しています。ハンガリーでは,全生徒の6割が進歩的な授業を受けていると評されます。これはスゴイ。ドイツは,これらの東欧諸国の群に近い位置にあります。他の先進諸国は,おおよそ中間の位置です。
わが国の好ましくない状況が浮き彫りになったのですが,上記の7つの項目だけでもって,授業の進歩性を測ることは乱暴であることは分かっています。何をもって進歩性というのかと問われたら,返答に窮します。ですが,生徒に考えさせる,実生活との関連を分からせるというような項目への生徒の反応は,一つの目安にはなると思います。
教授のスタイルというのは,知識をひたすらつぎ込む注入主義と,考える力のような,子どもの諸能力の開発に重点を置く開発主義の2つに分かれます。どちらがよい,悪いという話ではなく,双方のバランスが重要なのですが,日本の場合,前者に明らかに偏していることが示唆されます。是正が要請されるところです。
ただ,ここでみたのは高校生のデータであることに注意しなければなりません。大学進学規範の強いわが国では,高校段階では,受験向けの授業の比重が殊に高くなる傾向にあります。検討する手筈はありませんが,小・中学生でみたら,また違う結果になるかもしれません。いや,そうであってほしいものです。
では,この辺りで。季節の変わり目です。体調管理にご注意ください。
下記のOECDサイトからダウンロードしたテキスト形式の圧縮データを,エクセルに取り込むことができません。しからば,必要な設問のデータだけを取り込めないかと,いろいろ悪戦苦闘した結果,ようやくその方法をマスターしました。現在,対象生徒の出身階層,学校観,教師観,および教師の授業スタイルの設問のデータセットを作り終えたところです。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
74か国,51万5,958人分のデータです。とうてい一つのファイルに収まりきりませんので,いくつかに分割しています。ともあれ,このような膨大な数のデータを,自分の関心に即して自由に分析できることに感激を覚えます。
早速,このお宝に手をつけてみましょう。今回は,各国の生徒が日頃受けている授業がどのようなものかをみてみようと思います。調査票のQ37(日本語版では問33)では,対象の生徒に対し,「国語の授業で,先生は次のようなことをどのくらいしますか」と問うています。調査対象の生徒は,15歳の高校1年生です。
いずれの項目も,生徒中心主義の進歩的な授業スタイルに関わるものです。よって,選択肢の数字は,各国の教員の授業スタイルがどれほど進歩的かどうかを測る尺度として使えます。
このように考えると,教員の授業スタイルの進歩度は,7点から28点までのスコアで計測されます。全部4を選ぶような,バリバリの進歩的授業を受けている生徒は28点となります。逆に,全部1に丸をつける(不幸な)生徒は7点となります。
PISA2009の対象となった生徒の目線から,各国の教員の授業スタイルを評価してみましょう。なお,いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,スコアの算定ができないので,分析から除きます。下表は,74か国,38万1,849人のスコア分布です。
19点をピークとした,きれいな山型の分布です。私は,この分布を参考にして,調査対象の生徒を3群に分かちました。まず,17点までの者は,伝統的な授業を受けている群に括りました。以下,伝統群といいます。一方,21点以上の者は,進歩的な授業を受けている者とみなし,進歩群ということにします。18~20点の者は両者の中間ということで,中間群と命名します。
< >内の数値から分かるように,3群の量は均衡のとれたものになっています。では,国ごとに,この3群の分布がどう違うかをみていきましょう。まずは,日本を含む主要先進国,お隣の韓国,そして学力上位常連のフィンランドのデータをご覧に入れます。( )内の数字は,各国のサンプル数です。
悲しいかな,わが国では,進歩的な授業を受けていると評される生徒は,全体のたった4.1%しかいません。逆にいうと,全体の7割が,上記のスコアが18点未満の伝統群に括られます。
このような分布は,わが国に固有のものであるようです。他のいずれの国でも,進歩群の比率が日本よりも高くなっています。ドイツでは,15歳の生徒の約半分が,進歩的な国語の授業を受けていると判断されます。ただ,学力上位のフィンランドにおいて,この群の比率が国際的な平均水準(3割)よりも少ないことはちょっと意外です。
以上は7か国のデータですが,残りの67か国では,3つの群の分布はどうなっているのでしょう。74本もの帯グラフを描くのは煩雑ですので,簡素な表現方法をとります。横軸に伝統群,縦軸に進歩群の比率をとったマトリクス上に,74か国をプロットした図をつくりました。これでもって,各国の教員の授業スタイルの進歩性を読み取っていただければと存じます。
図の見方はお分かりかと存じます。左上にあるのは,進歩群の比率が高く,伝統群の比率が低い国です。つまり,進歩的な授業を行っている教員が多い国と解されます。右下に位置する国は,その逆です。斜線は均等線であり,この上に位置するのは,伝統群よりも進歩群が多いことを示唆します。
ほう。わが国は,右下の極地にあります。教員の授業スタイルの進歩度が,74か国で最も低いことが知られます。それもそのはず。伝統群が73%,進歩群が4%という結果ですから。
一方,対極の左上には,ハンガリーやポーランドといった東欧の国が多く位置しています。ハンガリーでは,全生徒の6割が進歩的な授業を受けていると評されます。これはスゴイ。ドイツは,これらの東欧諸国の群に近い位置にあります。他の先進諸国は,おおよそ中間の位置です。
わが国の好ましくない状況が浮き彫りになったのですが,上記の7つの項目だけでもって,授業の進歩性を測ることは乱暴であることは分かっています。何をもって進歩性というのかと問われたら,返答に窮します。ですが,生徒に考えさせる,実生活との関連を分からせるというような項目への生徒の反応は,一つの目安にはなると思います。
教授のスタイルというのは,知識をひたすらつぎ込む注入主義と,考える力のような,子どもの諸能力の開発に重点を置く開発主義の2つに分かれます。どちらがよい,悪いという話ではなく,双方のバランスが重要なのですが,日本の場合,前者に明らかに偏していることが示唆されます。是正が要請されるところです。
ただ,ここでみたのは高校生のデータであることに注意しなければなりません。大学進学規範の強いわが国では,高校段階では,受験向けの授業の比重が殊に高くなる傾向にあります。検討する手筈はありませんが,小・中学生でみたら,また違う結果になるかもしれません。いや,そうであってほしいものです。
では,この辺りで。季節の変わり目です。体調管理にご注意ください。
2012年9月27日木曜日
高校のタイプ別にみた問題学校の出現率
9月21日の記事で申しましたが,PISA2009の学校質問紙調査のローデータを,エクセルファイルに取り込むことに成功しました。下記サイトからテキスト形式の圧縮データをダウンロードし,エクセルに取り込んだものです。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
74か国,18,641校分の回答データを,自分の問題関心に即して,自由に分析することができます。今回やろうとしているこは,記事のタイトルに言い表されています。一定の手続きで「問題学校」を検出し,その出現頻度が,進学校,非進学校というような高校タイプとどう関連しているのかを明らかにしようと思います。
ここでいう問題学校とは,反学校的な文化が蔓延している学校のことです。PISAの調査対象は15歳の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象となっているのは,高等学校ということになりますが,わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にも序列づけられている側面があります。そして,こうした階層的構造の中で下位に位置する高校ほど,上でいうような反学校的な文化が蔓延しているといわれます。この点に関する実証研究として,渡部真「高校間格差と生徒の非行的文化」『犯罪社会学研究』第7号(1982年)などがあります。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779743
私はここにて,このような病理的ともいえる分化(segregation)が,国際的にて普遍なものであるかどうかを検討してみようと思います。9月21日の記事では,非進学校よりも進学校において,教員への敬意の度合いが低い国があることを知りました。わが国の常識は,国際比較によって相対化してみる余地がありそうです。
PISA2009の学校質問紙調査には,調査対象校の雰囲気(クライメイト)を明らかにする設問が盛られています。その中から,生徒の反学校文化の程度を測るのに使えそうなものを拾ってみました。
7つの項目について,4段階で答えてもらっています。上記の数字をスコアに見立てると,各学校の反学校文化の蔓延度は,7点~28点までのスコアで計測されることになります。全部1に丸をつける超優良校は7点,全部4を選ぶ超問題校は28点です。
なお,7つの項目のうち,1つでも無回答ないしは無効回答がある学校は,スコアを正確に算定できないので,分析から除きます。このようなセレクトを経て,合計17,918校の反学校スコアを計算し,分布をとってみました。下表をご覧ください。
14点をピークとした分布ができています。まあ,こんなものでしょう。私は,この分布に依拠して,表中の17,918校を3つの群に分けました。具体的には,7~11点までを「優良校」,12~16点を「普通校,17点以上を「問題校」としました。これによると,配分比は順に,26.4%,49.0%,24.7%というように,バランスのよいものになります。「1:2:1」です。
日本の場合,ここでの分析対象は184校ですが,このうち,上記の基準によって問題学校と判定されるのは23校です。比率にすると12.5%であり,全体でみた出現率よりも低くなっています。アメリカなどは,161校のうち44校(27.3%)が問題校と判定されます。南米のブラジルは39.1%,最も高いトルコに至っては,77.8%が問題学校と評されます。
さて,ここでの課題は,このような問題学校の出現率が,進学校や非進学校というような高校のタイプ間でどう変異するかを明らかにすることです。高校のタイプ分けは,学校に対する保護者の進学期待を問うた設問への回答に基づきました。この設問で提示されている選択肢は,以下の3つです。
①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。
①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。これによると,日本の184校は,進学校54校,準進学校90校,非進学校40校というように分かたれます。きれいな分布です。
それでは,この3つのタイプごとに,先ほど明らかにした3群(優良,普通,問題)の分布を出してみましょう。下図は,わが国と中央アジアのキリジスタンの結果を図示したものです。
黒色は,反学校スコアが17点を超える問題学校のシェアを表します。日本の場合,予想通り,問題学校の出現率は非進学校で最も大きくなっています。非進学校では,全体の17.5%が問題校です。一方,進学校ではこの率はわずか1.7%です。逆をみると,このグループでは全体の6割が優良校なり。わが国では,大学進学という点からした階層構造上の位置と,各学校の荒れの程度が相関しています。
しかるに,右側のキリジスタンをみると,この国では,様相が真逆になっています。非進学校よりも準進学校,準進学校よりも進学校において,荒れている学校が多い傾向です。何かの間違いではないかと思い,何度か見直しましたが,やはりこうなります。この国では,進学,進学とせき立てるような学校は,生徒の反感を買う,ということでしょうか。
さて,今みたのは2国ですが,他国はどうなのでしょう。キリジスタンのような,わが国の常識を相対視させてくれるケースは,どれほどあるのでしょうか。結果をコンパクトな形でご覧に入れましょう。
私は,各国の進学校群と非進学校群について,問題学校の出現率を計算しました。日本の場合は,上述のように,進学校では1.9%,非進学校では17.5%です。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校に満たない国は,分析の対象から外しました。
下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群での出現率をとった座標上に,44か国をプロットしたものです。日本(1.9%,17.5%)の位置に注意ください。
図中の実線(Y=X)は均等線です。この線よりも下にある場合,非進学校よりも進学校において,荒れた問題学校の出現率が高いことになります。ほう。上でみたキリジスタンを含む5か国が,こうしたケースに該当します。旧ソ連と関連が深い3国,東南アジアのタイ,そしてヨーロッパのスイスです。
一方,他の39か国は,非進学校のほうが,問題学校の出現率が高くなっています。でも,その程度はまちまちです。Y=5Xよりも上方にある国は,5倍以上の差があることを意味します。日本のほか,イギリス,チェコ,ハンガリーが相当します。
チェコでは,問題学校の比率は進学校では6.0%ですが,非進学校では52.0%にもなります。すさまじい差です。この国では,わが国以上に,大学進学規範に由来する高校格差が大きいものと解されます。
それぞれの国の個別事情をお話することは,私の力量にあまります。ただ,大学進学可能性という点からした高校格差構造と逸脱文化の関連の仕方には,国際的なヴァリエイションがあることをお知りいただければと存じます。教育現象の社会的規定性とは,こういうことをいうのだろうなあ。
わが国でみられる現象は,普遍的なものではないようです。それは,高校格差と逸脱文化の関連の仕方に限ったことではありますまい。時代比較や国際比較によって,今のこの国の常識を相対視することは,「こうでなければいけない,こうあるはずだ」という思い込みから解き放たれるための道筋を提供してくれます。
「子どもは学校に行くべきだ」という,わが国では決して疑われることのないテーゼだって,相対化される余地を多分に秘めています。それをすることが,窮屈な思い込みから解放されて楽になることへの道筋であるといえないでしょうか。
悩んでいる人への定番の助言形式として,「ああいう人だっているよ」というものがあります。悩みを抱えた人というのは,たいてい,思い込みにかられたり視野狭窄に陥ったりしているものですが,そのような状態から脱却させるための言葉かけです。
ここでいう「人」を「社会」に変えたらどうでしょう。凝り固まった社会に新風を吹き込むには,「ああいう社会だってあるよ」という事実(データ)をできるだけ多く示すことがよいと思います。教育社会学の役割って,そういうところにもあるのではないかと考えています。
後期の授業が始まりました。教育社会学の初回の講義では,学生さんにこういうことをお話しした次第です。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
74か国,18,641校分の回答データを,自分の問題関心に即して,自由に分析することができます。今回やろうとしているこは,記事のタイトルに言い表されています。一定の手続きで「問題学校」を検出し,その出現頻度が,進学校,非進学校というような高校タイプとどう関連しているのかを明らかにしようと思います。
ここでいう問題学校とは,反学校的な文化が蔓延している学校のことです。PISAの調査対象は15歳の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象となっているのは,高等学校ということになりますが,わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にも序列づけられている側面があります。そして,こうした階層的構造の中で下位に位置する高校ほど,上でいうような反学校的な文化が蔓延しているといわれます。この点に関する実証研究として,渡部真「高校間格差と生徒の非行的文化」『犯罪社会学研究』第7号(1982年)などがあります。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779743
私はここにて,このような病理的ともいえる分化(segregation)が,国際的にて普遍なものであるかどうかを検討してみようと思います。9月21日の記事では,非進学校よりも進学校において,教員への敬意の度合いが低い国があることを知りました。わが国の常識は,国際比較によって相対化してみる余地がありそうです。
PISA2009の学校質問紙調査には,調査対象校の雰囲気(クライメイト)を明らかにする設問が盛られています。その中から,生徒の反学校文化の程度を測るのに使えそうなものを拾ってみました。
7つの項目について,4段階で答えてもらっています。上記の数字をスコアに見立てると,各学校の反学校文化の蔓延度は,7点~28点までのスコアで計測されることになります。全部1に丸をつける超優良校は7点,全部4を選ぶ超問題校は28点です。
なお,7つの項目のうち,1つでも無回答ないしは無効回答がある学校は,スコアを正確に算定できないので,分析から除きます。このようなセレクトを経て,合計17,918校の反学校スコアを計算し,分布をとってみました。下表をご覧ください。
14点をピークとした分布ができています。まあ,こんなものでしょう。私は,この分布に依拠して,表中の17,918校を3つの群に分けました。具体的には,7~11点までを「優良校」,12~16点を「普通校,17点以上を「問題校」としました。これによると,配分比は順に,26.4%,49.0%,24.7%というように,バランスのよいものになります。「1:2:1」です。
日本の場合,ここでの分析対象は184校ですが,このうち,上記の基準によって問題学校と判定されるのは23校です。比率にすると12.5%であり,全体でみた出現率よりも低くなっています。アメリカなどは,161校のうち44校(27.3%)が問題校と判定されます。南米のブラジルは39.1%,最も高いトルコに至っては,77.8%が問題学校と評されます。
さて,ここでの課題は,このような問題学校の出現率が,進学校や非進学校というような高校のタイプ間でどう変異するかを明らかにすることです。高校のタイプ分けは,学校に対する保護者の進学期待を問うた設問への回答に基づきました。この設問で提示されている選択肢は,以下の3つです。
①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。
①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。これによると,日本の184校は,進学校54校,準進学校90校,非進学校40校というように分かたれます。きれいな分布です。
それでは,この3つのタイプごとに,先ほど明らかにした3群(優良,普通,問題)の分布を出してみましょう。下図は,わが国と中央アジアのキリジスタンの結果を図示したものです。
黒色は,反学校スコアが17点を超える問題学校のシェアを表します。日本の場合,予想通り,問題学校の出現率は非進学校で最も大きくなっています。非進学校では,全体の17.5%が問題校です。一方,進学校ではこの率はわずか1.7%です。逆をみると,このグループでは全体の6割が優良校なり。わが国では,大学進学という点からした階層構造上の位置と,各学校の荒れの程度が相関しています。
しかるに,右側のキリジスタンをみると,この国では,様相が真逆になっています。非進学校よりも準進学校,準進学校よりも進学校において,荒れている学校が多い傾向です。何かの間違いではないかと思い,何度か見直しましたが,やはりこうなります。この国では,進学,進学とせき立てるような学校は,生徒の反感を買う,ということでしょうか。
さて,今みたのは2国ですが,他国はどうなのでしょう。キリジスタンのような,わが国の常識を相対視させてくれるケースは,どれほどあるのでしょうか。結果をコンパクトな形でご覧に入れましょう。
私は,各国の進学校群と非進学校群について,問題学校の出現率を計算しました。日本の場合は,上述のように,進学校では1.9%,非進学校では17.5%です。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校に満たない国は,分析の対象から外しました。
下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群での出現率をとった座標上に,44か国をプロットしたものです。日本(1.9%,17.5%)の位置に注意ください。
図中の実線(Y=X)は均等線です。この線よりも下にある場合,非進学校よりも進学校において,荒れた問題学校の出現率が高いことになります。ほう。上でみたキリジスタンを含む5か国が,こうしたケースに該当します。旧ソ連と関連が深い3国,東南アジアのタイ,そしてヨーロッパのスイスです。
一方,他の39か国は,非進学校のほうが,問題学校の出現率が高くなっています。でも,その程度はまちまちです。Y=5Xよりも上方にある国は,5倍以上の差があることを意味します。日本のほか,イギリス,チェコ,ハンガリーが相当します。
チェコでは,問題学校の比率は進学校では6.0%ですが,非進学校では52.0%にもなります。すさまじい差です。この国では,わが国以上に,大学進学規範に由来する高校格差が大きいものと解されます。
それぞれの国の個別事情をお話することは,私の力量にあまります。ただ,大学進学可能性という点からした高校格差構造と逸脱文化の関連の仕方には,国際的なヴァリエイションがあることをお知りいただければと存じます。教育現象の社会的規定性とは,こういうことをいうのだろうなあ。
わが国でみられる現象は,普遍的なものではないようです。それは,高校格差と逸脱文化の関連の仕方に限ったことではありますまい。時代比較や国際比較によって,今のこの国の常識を相対視することは,「こうでなければいけない,こうあるはずだ」という思い込みから解き放たれるための道筋を提供してくれます。
「子どもは学校に行くべきだ」という,わが国では決して疑われることのないテーゼだって,相対化される余地を多分に秘めています。それをすることが,窮屈な思い込みから解放されて楽になることへの道筋であるといえないでしょうか。
悩んでいる人への定番の助言形式として,「ああいう人だっているよ」というものがあります。悩みを抱えた人というのは,たいてい,思い込みにかられたり視野狭窄に陥ったりしているものですが,そのような状態から脱却させるための言葉かけです。
ここでいう「人」を「社会」に変えたらどうでしょう。凝り固まった社会に新風を吹き込むには,「ああいう社会だってあるよ」という事実(データ)をできるだけ多く示すことがよいと思います。教育社会学の役割って,そういうところにもあるのではないかと考えています。
後期の授業が始まりました。教育社会学の初回の講義では,学生さんにこういうことをお話しした次第です。
2012年9月25日火曜日
専攻別にみた大学教員の構成変化
「就職決まった?」
「うん,決まった」
「なにそれ,正規?」
「うん,正規」
「おー!」
学生さんの間で,こういう会話が交わされるのをよく耳にします。いつからか,われわれは,正規就業か非正規就業かという区分に,とてもセンシティヴになっています。
それもそのはず。現在では,働く人間の4人に1人が,ハケンやバイトといった非正規就業です。新卒年齢の20代前半では,この比率は約4割にもなります(2010年の『国勢調査』より計算)。また,正規と非正規の間には,給与等の就労条件に歴然たる格差が横たわっていることもよく知られています。
「正規ですか,非正規ですか?」。この問いの根底には,前近代社会において,相手の身分を尋ねる時にも似た思惑があることが少なくありません。そして,返ってくる答え次第で,相手に対する態度をガラッと変えてしまう・・・。悲しいことです。
さて,大学教員などは,非正規の比重が高いとともに,正規と非正規の間に「身分格差」とでも呼べるような,大きな溝がある職業集団の典型といえましょう。
2010年の文科省『学校教員統計調査』をもとに,同年10月1日時点の大学教員の構成を明らかにしてみましょう。それによると,大学に正規に属する本務教員は172,728人です(①)。授業をするためだけに雇われている兼務教員(以下,非常勤教員)は202,294人です。この中には,大学の本務教員が他校に出校しているケースが含まれますので,それを除くと149,573人となります。
この149,573人は,作家や研究所勤務など,本職の傍らで教鞭をとっている「定職あり非常勤教員」と,それがなく,薄給の非常勤講師をメインとして生計を立てている「定職なし非常勤教員」に分かれます。数でいうと,前者が66,729人(②),後者が82,844人(③)なり。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
広義の大学教員は,上記の①~③の成分から構成されると考えられます。この3つの構成を百分率で表すと,下表のようです。比較の対象として,1989年(平成元年)の数値も添えています。
現在では,大学教員の約半分が非正規であり,4人に1人が職なし非常勤教員です。20年前とは,構成が様変わりしています。本務教員の減少,職なし非常勤教員の増加です。後者の比率は,9.0%から25.7%まで増えました。
1991年以降実施された大学院重点化政策の影響が大きいことでしょう。この点については,4月2日の記事で書きましたので,ここにて詳しくは申しません。また,職なし非常勤教員の待遇の劣悪さ,悲惨さについては,下記のJcastニュース記事をご覧いただければと存じます。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html?p=all
このような輩が大学教育の4分の1を担っていることは問題を含んでいると思いますが,それへの言及は後にして,もう少し分析を掘り下げてみましょう。上表のような大学教員の構成は,文系と理系ではかなり違うのではないかと思われます。私は,10の専攻系列について,同じ統計をつくってみました。
結果を一覧表ないしはベタな帯グラフで示すというのは芸がないので,表現上の工夫を試みました。横軸に本務教員,縦軸に職なし非常勤教員の比率をとった座標上に,各専攻系列の2時点の数値を位置づけ,線でつないでみました。矢印の始点(しっぽ)は1989年,終点は2010年の位置を表します。
全ての専攻が,右下から左上ゾーンへと動いています。まるで,鮭(サケ)の川上りです。このことの意味はお分かりかと思います。専攻を問わず,本務教員率の減少,職なし非常勤教員率の増加がみられる,ということです。
こうした変化が最も顕著なのは,赤色の人文科学系です。この20年間で,本務教員の率は51.9%から34.3%へと減り,代わって,職なし非常勤教員の比重が21.6%から55.1%へと激増しました。この専攻では,教壇に立つ大学教員の半分以上が,不安定な生活にあえぐ職なし非常勤教員です。
図の点線は均等線であり,この線よりも上にある場合,本務教員よりも職なし非常勤教員のほうが多いことを意味します。言葉がよくないですが,人文科学系と芸術系は,この「三途の川」を渡ってしまっています。私が出た教育系は,あとちょっとというところです。今度,『学校教員統計調査』が実施されるのは来年(2013年)ですが,どういう事態になっていることやら。おそらく,上図のような「恐怖の川上り」がますます進行していることでしょう。
「先生,質問があるんですけど,後で研究室に行っていいですか?」
「いや,私は非常勤だから・・・」
「じゃあ,ここで聞いていいですか?」
「いや,ちょっとゴメン。時間ないんだわ。もう別のとこ(大学)行かないと・・・」
これから先,各地の大学において,こういうやり取りが交わされる頻度が増していくことと思われます。学生さんの側にすれば,1度や2度ならまだしも,何度も何度もこのような(拒絶)反応を示された場合,勉学意欲も萎えてくることでしょう。「なに,この大学?先生は,みんなバイト??」
一方,職なし非常勤教員の側はというと,待遇の悪さに不満を高じさせ,投げやりな態度で授業を行っている輩もいます。事実,非常勤教員組合のアンケートの自由記述をみると,「専任との給与差を考慮して,質の低い授業を提供すべきと考えてしまう」,「もらえる分だけしか働きたくない」,「誰でも代わりがいる捨て駒と扱われていることが分かったので,熱意が大きく削がれた」というような記述が多々みられます。
http://www.hijokin.org/en2007/6.html
人件費の節約のため,多くの授業を職なし非常勤教員に外注している大学において,この手の輩が多いとしたら,空恐ろしい思いがします。まさに,「大学崩壊」です。
8月28日に,中教審は「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」と題する答申を出しました。そこでは,学士課程教育の質的転換の必要がいわれ,教育充実に向けたさまざまな方策が提示されています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm
しかるに,上図のような「川上り」現象を眺めると,どれも空々しいものに聞こえます。滑稽なのは,ここでみたような,教員の「非正規化」の問題について一言も触れられていないことです。職なし非常勤教員が全体の半分,7割,8割を占めるような大学で,「学士課程教育の質的転換」ができるかどうかは,甚だ疑問です。
あと一点。5月7日の記事では,大学教員社会のジニ係数を計算したのですが,悲観モデルを採用すると,私立大学のジニ係数は,暴動が起きかねない危険水準(0.4)の一歩手前です。2013年の『学校教員統計調査』からはじき出される係数値は,おそらくこのデッドラインを超えていることでしょう。上図のような「川上り」現象を放置することは,大学の維持存続そのものを脅かす可能性があることを,最後に申し添えたいと存じます。
「うん,決まった」
「なにそれ,正規?」
「うん,正規」
「おー!」
学生さんの間で,こういう会話が交わされるのをよく耳にします。いつからか,われわれは,正規就業か非正規就業かという区分に,とてもセンシティヴになっています。
それもそのはず。現在では,働く人間の4人に1人が,ハケンやバイトといった非正規就業です。新卒年齢の20代前半では,この比率は約4割にもなります(2010年の『国勢調査』より計算)。また,正規と非正規の間には,給与等の就労条件に歴然たる格差が横たわっていることもよく知られています。
「正規ですか,非正規ですか?」。この問いの根底には,前近代社会において,相手の身分を尋ねる時にも似た思惑があることが少なくありません。そして,返ってくる答え次第で,相手に対する態度をガラッと変えてしまう・・・。悲しいことです。
さて,大学教員などは,非正規の比重が高いとともに,正規と非正規の間に「身分格差」とでも呼べるような,大きな溝がある職業集団の典型といえましょう。
2010年の文科省『学校教員統計調査』をもとに,同年10月1日時点の大学教員の構成を明らかにしてみましょう。それによると,大学に正規に属する本務教員は172,728人です(①)。授業をするためだけに雇われている兼務教員(以下,非常勤教員)は202,294人です。この中には,大学の本務教員が他校に出校しているケースが含まれますので,それを除くと149,573人となります。
この149,573人は,作家や研究所勤務など,本職の傍らで教鞭をとっている「定職あり非常勤教員」と,それがなく,薄給の非常勤講師をメインとして生計を立てている「定職なし非常勤教員」に分かれます。数でいうと,前者が66,729人(②),後者が82,844人(③)なり。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
広義の大学教員は,上記の①~③の成分から構成されると考えられます。この3つの構成を百分率で表すと,下表のようです。比較の対象として,1989年(平成元年)の数値も添えています。
現在では,大学教員の約半分が非正規であり,4人に1人が職なし非常勤教員です。20年前とは,構成が様変わりしています。本務教員の減少,職なし非常勤教員の増加です。後者の比率は,9.0%から25.7%まで増えました。
1991年以降実施された大学院重点化政策の影響が大きいことでしょう。この点については,4月2日の記事で書きましたので,ここにて詳しくは申しません。また,職なし非常勤教員の待遇の劣悪さ,悲惨さについては,下記のJcastニュース記事をご覧いただければと存じます。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html?p=all
このような輩が大学教育の4分の1を担っていることは問題を含んでいると思いますが,それへの言及は後にして,もう少し分析を掘り下げてみましょう。上表のような大学教員の構成は,文系と理系ではかなり違うのではないかと思われます。私は,10の専攻系列について,同じ統計をつくってみました。
結果を一覧表ないしはベタな帯グラフで示すというのは芸がないので,表現上の工夫を試みました。横軸に本務教員,縦軸に職なし非常勤教員の比率をとった座標上に,各専攻系列の2時点の数値を位置づけ,線でつないでみました。矢印の始点(しっぽ)は1989年,終点は2010年の位置を表します。
全ての専攻が,右下から左上ゾーンへと動いています。まるで,鮭(サケ)の川上りです。このことの意味はお分かりかと思います。専攻を問わず,本務教員率の減少,職なし非常勤教員率の増加がみられる,ということです。
こうした変化が最も顕著なのは,赤色の人文科学系です。この20年間で,本務教員の率は51.9%から34.3%へと減り,代わって,職なし非常勤教員の比重が21.6%から55.1%へと激増しました。この専攻では,教壇に立つ大学教員の半分以上が,不安定な生活にあえぐ職なし非常勤教員です。
図の点線は均等線であり,この線よりも上にある場合,本務教員よりも職なし非常勤教員のほうが多いことを意味します。言葉がよくないですが,人文科学系と芸術系は,この「三途の川」を渡ってしまっています。私が出た教育系は,あとちょっとというところです。今度,『学校教員統計調査』が実施されるのは来年(2013年)ですが,どういう事態になっていることやら。おそらく,上図のような「恐怖の川上り」がますます進行していることでしょう。
「先生,質問があるんですけど,後で研究室に行っていいですか?」
「いや,私は非常勤だから・・・」
「じゃあ,ここで聞いていいですか?」
「いや,ちょっとゴメン。時間ないんだわ。もう別のとこ(大学)行かないと・・・」
これから先,各地の大学において,こういうやり取りが交わされる頻度が増していくことと思われます。学生さんの側にすれば,1度や2度ならまだしも,何度も何度もこのような(拒絶)反応を示された場合,勉学意欲も萎えてくることでしょう。「なに,この大学?先生は,みんなバイト??」
一方,職なし非常勤教員の側はというと,待遇の悪さに不満を高じさせ,投げやりな態度で授業を行っている輩もいます。事実,非常勤教員組合のアンケートの自由記述をみると,「専任との給与差を考慮して,質の低い授業を提供すべきと考えてしまう」,「もらえる分だけしか働きたくない」,「誰でも代わりがいる捨て駒と扱われていることが分かったので,熱意が大きく削がれた」というような記述が多々みられます。
http://www.hijokin.org/en2007/6.html
人件費の節約のため,多くの授業を職なし非常勤教員に外注している大学において,この手の輩が多いとしたら,空恐ろしい思いがします。まさに,「大学崩壊」です。
8月28日に,中教審は「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」と題する答申を出しました。そこでは,学士課程教育の質的転換の必要がいわれ,教育充実に向けたさまざまな方策が提示されています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm
しかるに,上図のような「川上り」現象を眺めると,どれも空々しいものに聞こえます。滑稽なのは,ここでみたような,教員の「非正規化」の問題について一言も触れられていないことです。職なし非常勤教員が全体の半分,7割,8割を占めるような大学で,「学士課程教育の質的転換」ができるかどうかは,甚だ疑問です。
あと一点。5月7日の記事では,大学教員社会のジニ係数を計算したのですが,悲観モデルを採用すると,私立大学のジニ係数は,暴動が起きかねない危険水準(0.4)の一歩手前です。2013年の『学校教員統計調査』からはじき出される係数値は,おそらくこのデッドラインを超えていることでしょう。上図のような「川上り」現象を放置することは,大学の維持存続そのものを脅かす可能性があることを,最後に申し添えたいと存じます。
2012年9月22日土曜日
博士課程修了者の大学教員就職率
8月30日の記事でみたように,大学院博士課程修了生の中には無業や進路不明という状態になってしまう者が多いのですが,その一方で,修了(満期退学)と同時に,大学教員のポストをゲットできる幸運な輩もいます。
文科省の『学校基本調査(高等教育機関編)』では,博士課程修了者の進路が明らかにされているのですが,そこにて,就職者がどのような職業に就いたのかも知ることができます。2011年度の資料によると,同年3月の修了生数(満期退学含む)は15,892人で,そのうち大学教員に就職した者は2,369人と報告されています。よって,この年の大学教員就職率は14.9%となります,7人に1人です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001037176&cycode=0
これは,有期の特任助教のような非正規採用も含む率です。まあ,こんなものかな,という気はします。これは現在値ですが,以前に比してどう変わったのかに興味が持たれます。1980年(昭和55年)以降の推移を,10年刻みでたどってみました。修了生全体に加えて,文系の3専攻系列の動向にも目配りしましょう。
まず全体からみると,大学教員就職率は,この30年間で30.5%から14.9%へと半減しました。とくに1990年代の減少が著しく,この期間中に値が10ポイントも落ちています。この時期に大学院重点化政策が実施され,博士課程院生が激増したのですが,そのことの影響もあるでしょう。
近年,やや盛り返していますが,これは,特任の助教・講師などの非正規採用の増加で賄われたものではないかしらん。
専攻系列別にみても,率は下がってきています。とりわけ,社会科学系での低下が顕著です。社会科学系の場合,1980年当時では,修了者の半分近くがストレートで大学教員になれていたのですね。しかし今では,ストレート就職率は2割を切っています。
私が出た教育系は比較的数字が安定しており,現在でも,28.2%が修了(退学)と同時に大学教員の職にありついています。まあ,非正規も含む数値ですので,こんなものでしょうか。近年は,学校教員の採用増を見越して,教育系学部の新設が相次いでいますが,そのことも寄与しているのではないでしょうか。
次に,性別による違いを観察してみましょう。以前は,男子のほうが圧倒的に有利でした。とある先生に聞いたところによると,女子が博士課程進学を希望しようものなら,「バカなことを考えないで,さっさと結婚しろ」などと,平然とたしなめられたそうな。1980年代の初頭あたりの話です。
しかし,今では状況が真逆になっています。研究者の女性比率を増やそうという政策があって,「女性の応募歓迎」,「業績が同等なら女性を採用」という気風がとみに強まっています。
はて,博士課程修了者のうちの大学教員就職率の性差は,どう変化してきたのでしょう。私は,上表の4つの時点について,修了生全体と3専攻系列の男女別就職率を計算しました。下図は,横軸に女子,縦軸に男子の大学教員就職率をとった座標上に,各グループの4時点の数値を位置づけ,線でつないだものです。
点線の斜線は均等線です。この線よりも下方に位置する場合,男子よりも女子の就職率が高いことを意味します。まず,青色の修了生全体の線をたどると,1980年から90年にかけて性差が縮まり,2000年以降は女子の率が男子を凌駕しています。人文科学系では,この傾向がもっと強く,2011年現在では,女子の就職率(23.9%)が男子(13.8%)を10ポイントも上回っています。
社会科学系はというと,今でも男子の優位が保たれています。しかるに,1980年当時の大きな差が縮小していることに注意しましょう。教育系の場合,男女にバラすと数が少なくなることもあって,傾向が安定しません。こちらは,参考程度ということで。
博士課程修了生の大学教員就職率は下がっていること,女子の優位性が時代とともに強まっているこを知りました。わが国の研究者の女性比率は国際的にみて最低水準ですので,後者の傾向は好ましいことだと思います。しかし,前者は・・・。
回を改めて,理系の専攻も交えた分析も行うつもりです。その場合,大学教員だけでなく,科学研究者への就職者数も考慮に入れなくてはなりますまい。後の課題とします。
文科省の『学校基本調査(高等教育機関編)』では,博士課程修了者の進路が明らかにされているのですが,そこにて,就職者がどのような職業に就いたのかも知ることができます。2011年度の資料によると,同年3月の修了生数(満期退学含む)は15,892人で,そのうち大学教員に就職した者は2,369人と報告されています。よって,この年の大学教員就職率は14.9%となります,7人に1人です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001037176&cycode=0
これは,有期の特任助教のような非正規採用も含む率です。まあ,こんなものかな,という気はします。これは現在値ですが,以前に比してどう変わったのかに興味が持たれます。1980年(昭和55年)以降の推移を,10年刻みでたどってみました。修了生全体に加えて,文系の3専攻系列の動向にも目配りしましょう。
まず全体からみると,大学教員就職率は,この30年間で30.5%から14.9%へと半減しました。とくに1990年代の減少が著しく,この期間中に値が10ポイントも落ちています。この時期に大学院重点化政策が実施され,博士課程院生が激増したのですが,そのことの影響もあるでしょう。
近年,やや盛り返していますが,これは,特任の助教・講師などの非正規採用の増加で賄われたものではないかしらん。
専攻系列別にみても,率は下がってきています。とりわけ,社会科学系での低下が顕著です。社会科学系の場合,1980年当時では,修了者の半分近くがストレートで大学教員になれていたのですね。しかし今では,ストレート就職率は2割を切っています。
私が出た教育系は比較的数字が安定しており,現在でも,28.2%が修了(退学)と同時に大学教員の職にありついています。まあ,非正規も含む数値ですので,こんなものでしょうか。近年は,学校教員の採用増を見越して,教育系学部の新設が相次いでいますが,そのことも寄与しているのではないでしょうか。
次に,性別による違いを観察してみましょう。以前は,男子のほうが圧倒的に有利でした。とある先生に聞いたところによると,女子が博士課程進学を希望しようものなら,「バカなことを考えないで,さっさと結婚しろ」などと,平然とたしなめられたそうな。1980年代の初頭あたりの話です。
しかし,今では状況が真逆になっています。研究者の女性比率を増やそうという政策があって,「女性の応募歓迎」,「業績が同等なら女性を採用」という気風がとみに強まっています。
はて,博士課程修了者のうちの大学教員就職率の性差は,どう変化してきたのでしょう。私は,上表の4つの時点について,修了生全体と3専攻系列の男女別就職率を計算しました。下図は,横軸に女子,縦軸に男子の大学教員就職率をとった座標上に,各グループの4時点の数値を位置づけ,線でつないだものです。
点線の斜線は均等線です。この線よりも下方に位置する場合,男子よりも女子の就職率が高いことを意味します。まず,青色の修了生全体の線をたどると,1980年から90年にかけて性差が縮まり,2000年以降は女子の率が男子を凌駕しています。人文科学系では,この傾向がもっと強く,2011年現在では,女子の就職率(23.9%)が男子(13.8%)を10ポイントも上回っています。
社会科学系はというと,今でも男子の優位が保たれています。しかるに,1980年当時の大きな差が縮小していることに注意しましょう。教育系の場合,男女にバラすと数が少なくなることもあって,傾向が安定しません。こちらは,参考程度ということで。
博士課程修了生の大学教員就職率は下がっていること,女子の優位性が時代とともに強まっているこを知りました。わが国の研究者の女性比率は国際的にみて最低水準ですので,後者の傾向は好ましいことだと思います。しかし,前者は・・・。
回を改めて,理系の専攻も交えた分析も行うつもりです。その場合,大学教員だけでなく,科学研究者への就職者数も考慮に入れなくてはなりますまい。後の課題とします。
2012年9月21日金曜日
教員への敬意の学校差(45か国)
国際学力調査のPISAをご存知でしょうか。各国の15歳の生徒を対象に,OECDが3年おきに実施している大規模調査です。対象国の教育関係者は,本調査の結果に一喜一憂します。読解力の国際順位が何位,数学的リテラシーは何位,というように。
http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html
しかるに,この調査は学力調査だけからなるのではなく,生徒質問紙調査や学校質問紙調査も含んでいます。その中には,生徒の生活意識や各学校の教授活動の有様などを明らかにする,興味深い質問が数多く盛られています。
むろん,これらの質問紙調査の結果も公表されてはいます。ですが,国ごとの単純集計だけではなく,設問と設問をクロスさせたり,複数の設問の回答結果から,関心のある尺度(反学校尺度など)を構成し,その多寡を規定する要因を探ったりする分析を,自前で行えたらいいのになあ,と前から思っていました。
現代は,インターネット時代です。OECDのサイトにて,回答結果がそのまま入力された段階のローデータをダウンロードできることは知っていました。このような,加工が施される前の原データを使って,独自の分析を手掛けた研究もあります。たとえば,須藤康介「学習方略がPISA型学力に与える影響」『教育社会学研究』第86集(2010年)など。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40017178243
では私もと,OECDサイトの該当箇所(下記)に当たってみたのですが,目的のデータセットは,SASやSPSSといった高度(価)なソフトのファイルで提供されています。私はそれを持っていないので,諦めかけたのですが,下のほうに,メモ帳のテキスト形式の圧縮データがアップされていることに気づきました。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
これを展開し,エクセルに取り込めば,目的のデータセットを得ることができます。ここ3日ほど,ヒマをみつけて格闘してみたのですが,ようやく取り込みに成功しました。以下の写真は,学校質問紙調査のデータセットです。"School"の綴りが間違っていてすみません。
74か国,総計18,641校分のデータです。容量もかさんで,50MBにもなりました。起動や保存にも時間がかかりますが,まあ,これは仕方ありません。
さあこれで,PISA2009の学校質問紙調査のデータを,問題関心に即して,自前で分析できる手筈が整いました。何から始めたものやら・・・。
調査票をざっとみたところ,「生徒による教師への敬意が欠けていることが,支障となることがあるか」という設問に目がとまりました。デュルケムは,「道徳的権威(l'autorité morale)とは,教師にとって不可欠な資質である」と述べていますが,現代日本の教員は,この「不可欠」の資質をどれだけ備えているのか,興味を持ちました。
日本の場合,PISA2009の対象は15歳(高校1年生)の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象は,高等学校ということになります。上記の設問に対する,わが国の185校(無回答,無効回答は除外)の回答分布は,「全くないが」18.4%,「非常に少ない」が57.3%,「ある程度はある」が23.2%,「よくある」が1.1%,です。
これだけでは「ふーん」でおしまいですが,本調査の対象は,高等学校です。わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にもランクづけられています。集団による外的拘束性といいますか,どのランクの高校かによって,生徒の生活意識や行動が非常に異なることは,教育社会学において繰り返し明らかにされています。
そうならば,教員への敬意の度合いにも,相応の学校差がみられるでしょう。上記の185校のランクを測るのに使える設問はないかと,調査票に目を凝らしたところ,次のものが目につきました。
「あなたの学校(学科)に対する保護者の期待を最も特徴づけているのは,どれですか」という設問で,3つの選択肢が提示されています。
①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。
①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。各群の学校数は,順に,54校,91校,40校です。なかなかきれいな分布ではないですか。調査対象校が,精緻なやり方で抽出されたことがうかがわれます。
では,この3つの学校群において,教員への生徒の敬意(respect)がどう異なるかを観察してみましょう。下図をご覧ください。
相対的な差ですが,教員への生徒の敬意は,非進学校ほど低くなっています。③と④の回答の比率は,進学校では9.3%ですが,ランクを隔てた非進学校では35.0%にもなります。上述のような階層的構造を持っている,わが国の高校教育システムの反映といえましょう。
ところで,このような傾向は,わが国に固有のものなのでしょうか。申すまでもなく,PISAは国際調査です。ローデータが手に入りましたので,他国についても,同じデータを簡単につくることができます。
私は,各国の調査対象校を同じやり方で3つの群に仕分け,両端の進学校群と非進学校群について,上図の③と④の回答率を明らかにしました。教員への生徒の敬意が欠けている学校の比率と読めます。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校を下回る国は,分析から除外しました。
下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群の比率をとった座標上に,日本を含む45か国を位置づけたものです。日本(9.3%,35.0%)の位置がどこかに注意してください。
均等線(Y=X)よりも上方にあるのは,教員への敬意が欠けている学校の比率が,進学校よりも非進学校で高い国です。Y=3Xよりも上に位置する国は,その差が3倍を超えることを示唆します。
ほう。日本は,3倍超の位置にあります。日本のほか,チェコ,オーストラリア,ハンガリー,そして南米のチリなどがこのゾーンにプロットされています。これらの国では,わが国と同様,後期中等教育段階において,高等教育進学規範に由来する学校差が大きいものと推測されます。
日本よりも大学進学率が高いアメリカは2.5倍です。総合制ハイスクールの伝統があるこの国では,高校が階層化されている程度は,日本に比べれば小さいものと思われます。複線型の中等教育が廃止されたイギリスは,2.8倍というところです。
さて,図の右下に目をやると,日本的な感覚からすれば驚くべきといいますか,非進学校よりも進学校において,教員への敬意が欠けている学校の比率が高い国が見受けられます。多くが東欧の諸国です。これらの国の後期中等教育システムの仔細は存じませんが,基底にあるのは,平等的な社会主義のエートスでしょうか。こうした社会では,成績で生徒をしごくような教員は蔑視を受けるのかもしれません。むろん,調査に回答した各学校の校長の判断基準が異なる可能性も無視できませんが。
PISA2009のローデータを使って,私が最初に手掛けた分析は,以上のようなものです。記録にとどめておこうと思います。これからも,分析の結果を随時,この場で開陳していきます。
ところで,学校質問紙調査に加えて,生徒質問紙調査のローデータもエクセル形式でつくりたいのですが,メモ帳のテキストファイルからの取り込みがうまくいきません。容量が大きすぎるからです。必要な部分だけを取り込む方法はないものか。格闘中です。
http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html
しかるに,この調査は学力調査だけからなるのではなく,生徒質問紙調査や学校質問紙調査も含んでいます。その中には,生徒の生活意識や各学校の教授活動の有様などを明らかにする,興味深い質問が数多く盛られています。
むろん,これらの質問紙調査の結果も公表されてはいます。ですが,国ごとの単純集計だけではなく,設問と設問をクロスさせたり,複数の設問の回答結果から,関心のある尺度(反学校尺度など)を構成し,その多寡を規定する要因を探ったりする分析を,自前で行えたらいいのになあ,と前から思っていました。
現代は,インターネット時代です。OECDのサイトにて,回答結果がそのまま入力された段階のローデータをダウンロードできることは知っていました。このような,加工が施される前の原データを使って,独自の分析を手掛けた研究もあります。たとえば,須藤康介「学習方略がPISA型学力に与える影響」『教育社会学研究』第86集(2010年)など。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40017178243
では私もと,OECDサイトの該当箇所(下記)に当たってみたのですが,目的のデータセットは,SASやSPSSといった高度(価)なソフトのファイルで提供されています。私はそれを持っていないので,諦めかけたのですが,下のほうに,メモ帳のテキスト形式の圧縮データがアップされていることに気づきました。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
これを展開し,エクセルに取り込めば,目的のデータセットを得ることができます。ここ3日ほど,ヒマをみつけて格闘してみたのですが,ようやく取り込みに成功しました。以下の写真は,学校質問紙調査のデータセットです。"School"の綴りが間違っていてすみません。
74か国,総計18,641校分のデータです。容量もかさんで,50MBにもなりました。起動や保存にも時間がかかりますが,まあ,これは仕方ありません。
さあこれで,PISA2009の学校質問紙調査のデータを,問題関心に即して,自前で分析できる手筈が整いました。何から始めたものやら・・・。
調査票をざっとみたところ,「生徒による教師への敬意が欠けていることが,支障となることがあるか」という設問に目がとまりました。デュルケムは,「道徳的権威(l'autorité morale)とは,教師にとって不可欠な資質である」と述べていますが,現代日本の教員は,この「不可欠」の資質をどれだけ備えているのか,興味を持ちました。
日本の場合,PISA2009の対象は15歳(高校1年生)の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象は,高等学校ということになります。上記の設問に対する,わが国の185校(無回答,無効回答は除外)の回答分布は,「全くないが」18.4%,「非常に少ない」が57.3%,「ある程度はある」が23.2%,「よくある」が1.1%,です。
これだけでは「ふーん」でおしまいですが,本調査の対象は,高等学校です。わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にもランクづけられています。集団による外的拘束性といいますか,どのランクの高校かによって,生徒の生活意識や行動が非常に異なることは,教育社会学において繰り返し明らかにされています。
そうならば,教員への敬意の度合いにも,相応の学校差がみられるでしょう。上記の185校のランクを測るのに使える設問はないかと,調査票に目を凝らしたところ,次のものが目につきました。
「あなたの学校(学科)に対する保護者の期待を最も特徴づけているのは,どれですか」という設問で,3つの選択肢が提示されています。
①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。
①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。各群の学校数は,順に,54校,91校,40校です。なかなかきれいな分布ではないですか。調査対象校が,精緻なやり方で抽出されたことがうかがわれます。
では,この3つの学校群において,教員への生徒の敬意(respect)がどう異なるかを観察してみましょう。下図をご覧ください。
相対的な差ですが,教員への生徒の敬意は,非進学校ほど低くなっています。③と④の回答の比率は,進学校では9.3%ですが,ランクを隔てた非進学校では35.0%にもなります。上述のような階層的構造を持っている,わが国の高校教育システムの反映といえましょう。
ところで,このような傾向は,わが国に固有のものなのでしょうか。申すまでもなく,PISAは国際調査です。ローデータが手に入りましたので,他国についても,同じデータを簡単につくることができます。
私は,各国の調査対象校を同じやり方で3つの群に仕分け,両端の進学校群と非進学校群について,上図の③と④の回答率を明らかにしました。教員への生徒の敬意が欠けている学校の比率と読めます。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校を下回る国は,分析から除外しました。
下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群の比率をとった座標上に,日本を含む45か国を位置づけたものです。日本(9.3%,35.0%)の位置がどこかに注意してください。
均等線(Y=X)よりも上方にあるのは,教員への敬意が欠けている学校の比率が,進学校よりも非進学校で高い国です。Y=3Xよりも上に位置する国は,その差が3倍を超えることを示唆します。
ほう。日本は,3倍超の位置にあります。日本のほか,チェコ,オーストラリア,ハンガリー,そして南米のチリなどがこのゾーンにプロットされています。これらの国では,わが国と同様,後期中等教育段階において,高等教育進学規範に由来する学校差が大きいものと推測されます。
日本よりも大学進学率が高いアメリカは2.5倍です。総合制ハイスクールの伝統があるこの国では,高校が階層化されている程度は,日本に比べれば小さいものと思われます。複線型の中等教育が廃止されたイギリスは,2.8倍というところです。
さて,図の右下に目をやると,日本的な感覚からすれば驚くべきといいますか,非進学校よりも進学校において,教員への敬意が欠けている学校の比率が高い国が見受けられます。多くが東欧の諸国です。これらの国の後期中等教育システムの仔細は存じませんが,基底にあるのは,平等的な社会主義のエートスでしょうか。こうした社会では,成績で生徒をしごくような教員は蔑視を受けるのかもしれません。むろん,調査に回答した各学校の校長の判断基準が異なる可能性も無視できませんが。
PISA2009のローデータを使って,私が最初に手掛けた分析は,以上のようなものです。記録にとどめておこうと思います。これからも,分析の結果を随時,この場で開陳していきます。
ところで,学校質問紙調査に加えて,生徒質問紙調査のローデータもエクセル形式でつくりたいのですが,メモ帳のテキストファイルからの取り込みがうまくいきません。容量が大きすぎるからです。必要な部分だけを取り込む方法はないものか。格闘中です。
2012年9月19日水曜日
成人の肥満率の国際比較
前回は,わが国の成人の肥満率がどう変わってきたかを明らかにしました。そこにて分かったのは,中高年層を中心に,肥満化が進行してきていることです。2010年でみると,BMIが25超の肥満者の比率は,50代では37.3%にもなります。およそ3人に1人です。
しかるに,米国のような社会では,国民の肥満化がもっと進んでいます。世界全体を見渡すなら,米国をも凌駕する社会が見受けられるかもしれません。今回は,できるだけ多くの国(社会)のデータをもとに,成人の肥満率の国際比較を手掛けてみようと思います。
用いる資料は,WHOの"World Health Statistics"の2012年版です。この資料から,2008年の成人(20歳以上)の肥満率を,189の国について知ることができます。ここでいう肥満率とは,BMIが30を超える者が全体に占める比率をさします。
http://www.who.int/gho/publications/world_health_statistics/en/index.html
前回もいいましたが,BMIとは,Body Mass Indexの略称であり,人間の肥満度を測るための尺度です。体重(kg)を身長(m)の2乗で除すことで求められます。国際基準では,この値が30を超える者を肥満者とみなしています。BMIが30を超える人間についてイメージを持っていただくため,いくつかの例を挙げましょう。上記の式に依拠して,7つの身長ごとに,BMI30に相当する体重(kg)を計算してみました。
①:身長1.60mの場合 → 体重76.8kg以上
②:身長1.65mの場合 → 体重81.7kg以上
③:身長1.70mの場合 → 体重86.7kg以上
④:身長1.75mの場合 → 体重91.9kg以上
⑤:身長1.80mの場合 → 体重97.2kg以上
⑥:身長1.85mの場合 → 体重102.7kg以上
⑦:身長1.90mの場合 → 体重108.3kg以上
私と同程度の身長(④)の場合,体重91.9kg以上が肥満と判定されます。どうでしょう。原資料に書かれているような,"obese"(でっぷり肥った)という形容がまさにふわしい人間です。WHOの資料に載っている各国の肥満率は,BMIが30を超える"obese"な者の比率のことです。
2008年の日本の場合,この意味での肥満率は,成人男性で5.5%,成人女性で3.5%です。しかし米国の場合,順に30.2%,33.2%にもなります。この国では,成人男女の3人に1人が,上の例のような肥満者ということになります。
これは2国の数値ですが,他の多くの国も交えた比較を行いましょう。横軸に成人女性,縦軸に成人男性の肥満率をとった座標上に,189の国をプロットしてみました。日本を含む主要先進国の位置を読み取っていただければと思います。点線は,189国の平均値を意味します。
いやー,上には上がいるものです。米国とて,189国の中でみれば,成人の肥満化の程度は「中ほど」というところです。右上にあるのは,男女双方の肥満率が高い社会です。太平洋の南西部に浮かぶナウル共和国の肥満率は,男性は67.5%,女性は74.7%にもなります。この島国では,成人の約7割がBMI30超の肥満者です。
ほか,図の右上には,クック諸島,トンガ,パラオ,サモアなど,太平洋南部の島国が位置しています。これらの国における成人の肥満化は,日本や米国のような先進国の比ではありません。また,女性の肥満率が男性よりもかなり高いことも特徴です。マーガレット・ミードの『サモアの思春期』では,この島における「女性の男性的性質」というようなことが明らかにされていますが,こういう(逆)ジェンダーも影響しているのでしょうか。
さて,上図では,われわれに馴染み深い主要国の傾向が,左下の部分に凝縮されてしまっています。そこで,ピンク色の枠内を拡大した図もつくってみました。下図がそれです。
この図では,米国や南米諸国が右上に位置しています。アルゼンチンは,肉の生産量が多い国ですよね,一方,原点に近い左下には,日本や韓国のようなアジア諸国やアフリカ諸国がプロットされています。ヨーロッパ諸国は,だいたいその中間です。
図中の国名の位置から予想されることですが,各国の肥満化の程度は,経済発展の程度と関連しているようです。WHOの資料では,各国を経済発展の程度に応じて4つにグルーピングし,それぞれの肥満率の平均がとられています。ピンク色のドットから分かるように,富裕国の群ほど,肥満率が高いゾーンに位置しています。肥満とは,豊かさの病理であることも知られます。
国際比較は面白いものです。自分の国の立ち位置が分かると同時に,現象の社会的性質をも把握させてくれます。現在は,諸々の国際機関の原統計がネット上で見れるようになっています。今回使った"World Health Statistics"も然り。この資料は,大学院生の頃,松本良夫先生と自殺の国際比較研究を行った際に,統計局統計図書館で閲覧した覚えがあります。でも今は,そうした手間はかかりません。WHOのサイトにて,PDFファイルで全文を閲覧することができます。
私は,自前で下手に代表性の低い調査などをするよりも,信頼のおける公的調査の結果をしゃぶり尽くすことが大切であると考えています。そのための環境は着々と整備されてきています。こうした条件を使いこなせるようになりたいと思います。公的統計は,国民の共有財産なり。近く,『国勢調査』のオーダーメード集計の発注に挑戦してみるつもりです。
http://www.stat.go.jp/index/seido/2jiriyou.htm
しかるに,米国のような社会では,国民の肥満化がもっと進んでいます。世界全体を見渡すなら,米国をも凌駕する社会が見受けられるかもしれません。今回は,できるだけ多くの国(社会)のデータをもとに,成人の肥満率の国際比較を手掛けてみようと思います。
用いる資料は,WHOの"World Health Statistics"の2012年版です。この資料から,2008年の成人(20歳以上)の肥満率を,189の国について知ることができます。ここでいう肥満率とは,BMIが30を超える者が全体に占める比率をさします。
http://www.who.int/gho/publications/world_health_statistics/en/index.html
前回もいいましたが,BMIとは,Body Mass Indexの略称であり,人間の肥満度を測るための尺度です。体重(kg)を身長(m)の2乗で除すことで求められます。国際基準では,この値が30を超える者を肥満者とみなしています。BMIが30を超える人間についてイメージを持っていただくため,いくつかの例を挙げましょう。上記の式に依拠して,7つの身長ごとに,BMI30に相当する体重(kg)を計算してみました。
①:身長1.60mの場合 → 体重76.8kg以上
②:身長1.65mの場合 → 体重81.7kg以上
③:身長1.70mの場合 → 体重86.7kg以上
④:身長1.75mの場合 → 体重91.9kg以上
⑤:身長1.80mの場合 → 体重97.2kg以上
⑥:身長1.85mの場合 → 体重102.7kg以上
⑦:身長1.90mの場合 → 体重108.3kg以上
私と同程度の身長(④)の場合,体重91.9kg以上が肥満と判定されます。どうでしょう。原資料に書かれているような,"obese"(でっぷり肥った)という形容がまさにふわしい人間です。WHOの資料に載っている各国の肥満率は,BMIが30を超える"obese"な者の比率のことです。
2008年の日本の場合,この意味での肥満率は,成人男性で5.5%,成人女性で3.5%です。しかし米国の場合,順に30.2%,33.2%にもなります。この国では,成人男女の3人に1人が,上の例のような肥満者ということになります。
これは2国の数値ですが,他の多くの国も交えた比較を行いましょう。横軸に成人女性,縦軸に成人男性の肥満率をとった座標上に,189の国をプロットしてみました。日本を含む主要先進国の位置を読み取っていただければと思います。点線は,189国の平均値を意味します。
いやー,上には上がいるものです。米国とて,189国の中でみれば,成人の肥満化の程度は「中ほど」というところです。右上にあるのは,男女双方の肥満率が高い社会です。太平洋の南西部に浮かぶナウル共和国の肥満率は,男性は67.5%,女性は74.7%にもなります。この島国では,成人の約7割がBMI30超の肥満者です。
ほか,図の右上には,クック諸島,トンガ,パラオ,サモアなど,太平洋南部の島国が位置しています。これらの国における成人の肥満化は,日本や米国のような先進国の比ではありません。また,女性の肥満率が男性よりもかなり高いことも特徴です。マーガレット・ミードの『サモアの思春期』では,この島における「女性の男性的性質」というようなことが明らかにされていますが,こういう(逆)ジェンダーも影響しているのでしょうか。
さて,上図では,われわれに馴染み深い主要国の傾向が,左下の部分に凝縮されてしまっています。そこで,ピンク色の枠内を拡大した図もつくってみました。下図がそれです。
この図では,米国や南米諸国が右上に位置しています。アルゼンチンは,肉の生産量が多い国ですよね,一方,原点に近い左下には,日本や韓国のようなアジア諸国やアフリカ諸国がプロットされています。ヨーロッパ諸国は,だいたいその中間です。
図中の国名の位置から予想されることですが,各国の肥満化の程度は,経済発展の程度と関連しているようです。WHOの資料では,各国を経済発展の程度に応じて4つにグルーピングし,それぞれの肥満率の平均がとられています。ピンク色のドットから分かるように,富裕国の群ほど,肥満率が高いゾーンに位置しています。肥満とは,豊かさの病理であることも知られます。
国際比較は面白いものです。自分の国の立ち位置が分かると同時に,現象の社会的性質をも把握させてくれます。現在は,諸々の国際機関の原統計がネット上で見れるようになっています。今回使った"World Health Statistics"も然り。この資料は,大学院生の頃,松本良夫先生と自殺の国際比較研究を行った際に,統計局統計図書館で閲覧した覚えがあります。でも今は,そうした手間はかかりません。WHOのサイトにて,PDFファイルで全文を閲覧することができます。
私は,自前で下手に代表性の低い調査などをするよりも,信頼のおける公的調査の結果をしゃぶり尽くすことが大切であると考えています。そのための環境は着々と整備されてきています。こうした条件を使いこなせるようになりたいと思います。公的統計は,国民の共有財産なり。近く,『国勢調査』のオーダーメード集計の発注に挑戦してみるつもりです。
http://www.stat.go.jp/index/seido/2jiriyou.htm
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