2011年10月19日水曜日

教育の効果

 生まれたばかりの人間は,本能のままに生きる存在です。教育の役割は,こうした個人的存在(自己チュー存在)を,他者との社会生活が営める社会的存在へと化けさせることです。これを専門用語で「社会化」といいます。英語でいうと,Socializationです。

 教育によって人間はよくなるということは,疑う余地のない大前提であるように思えます。しかるに,そうではないとする見方もあります。かの有名なJ.J.ルソーは,著作の『エミール』の冒頭において,「創造主の手をはなれるときはすべてが善いが,人間に手にわたるとすべてが悪くなる」と述べています。

 人間の善なる自然的本性が,人間の手によって堕落させられる危険がある,ということです。この人物が,理性の発達に先んじた余計な教育を施すべきではないとする,「消極教育」を初期教育の原理に据えたことは,よく知られています。

 教育によって,子どもはよい方向に仕向けられるものなのでしょうか。それとも,その逆でしょうか。この問題を考えるには,同一の子ども集団を長期にわたって追跡し,意識や行動の有様がどう変化するかを観察する必要があります。

 文科省の『全国学力・学習状況調査』は,小学校6年生と中学校3年生を対象としています。第1回の2007年度調査の対象となった小学校6年生は,3年後の2010年度には,中学校3年生となります。つまり,2010年度の調査において,再び調査対象に据えられているわけです。

 2007年度調査の対象となった小学校6年生と,2010年度調査の対象となった中学校3年生は,ほぼ同一の集団であると解されます。両者の調査結果を比較することで,3年間の教育の効果がどういうものかを検証することができます。

 ここで検討対象とする集団は,2007年度に小学校6年生(12歳)ということですから,1995年4月~1996年3月生まれ世代ということになります。子どもの意識や行動の有様が,小6から中3にかけてどう変化するかを,この世代を例に明らかにしてみようと思います。

 上記の文科省調査では,教科の学力に加えて,生活意識や普段の行動等についても調査されています。2007年度調査と2010年度調査の質問項目は,共通しているものが多くなっています。私は,29の質問項目の回答が,小6(2007年度)から中3(2010年度)にかけてどう変わるかを調べました。

 下の表の数字は,各項目について,「そう思う(当てはまる)」と答えた者の比率(%)です。どの項目の回答選択肢も,肯定,準肯定,準否定,否定,というような4択になっています。ここでは,肯定の回答の比率を拾うこととしています。


 ここで挙げられている,意識・行動の項目は,どれも好ましいものばかりです。しかるに,ほとんどの項目の肯定率が,小6から中3にかけて下がっています。表の右端には増減ポイントを示していますが,10ポイント以上減の場合,赤字にしています。

 減少幅が最も大きいのは,「数学の勉強は大切だと思う」の肯定率です。小6では,70.7%だったのが,中3では44.9%にまで減っています。25.8ポイントの減です。ほか,「将来の夢や目標を持っている」,「家で学校の宿題をしている」,「学校で好きな授業がある」,「今住んでいる地域の行事に参加している」の肯定率も,減少幅が20ポイントを超えています。

 加えて,「いじめはどんな理由があってもいけないと思う」の肯定率が下がっていることも注目すべきことです。逆にいうと,いじめを容認する子どもが加齢とともに増える,ということです。この点については,6月14日の記事でも指摘しましたが,何とも残念なことです。

 さて,29の項目をバラバラにみていても変化の様相をつかみにくいので,各項目を9のカテゴリーにまとめ,どのカテゴリーの肯定率の減少が激しいのかを明らかにしましょう。

 各カテゴリーに含まれる項目の肯定率の平均値が,小6から中3にかけてどう変わるかをみてみます。たとえば,自尊心の場合,小6の肯定率の平均値は,(29.5+66.7)/2≒48.1%となります。この要領で,9カテゴリーの項目の平均肯定率を出し,小6と中3で比較すると,下図のようになります。


 当然ながら,中3の図形は,小6のそれよりも萎んでしまっています。▼をつけたカテゴリーは,肯定率の平均値が10ポイント以上落ちていることを意味します。自尊心,学校充実度,および社会関心です。減少幅が最大なのは,自尊心で,15.8ポイントの減です。

 むーん。小6から中3にかけて,あまり好ましい変化が起きているとはいえないようです。むろん,こうした変化の原因の全てを,教育の有様に帰すことはできますまい。たとえば,家族交流の頻度が減るのは,第二次反抗期を迎える中学校3年生にあっては,ある意味,普通の生理現象であるといえます。

 しかるに,自尊心が剥奪されたり,勉学嗜好が減じたりするというのは,今日の学校教育の有様と関連している面が強いのではないでしょうか。周囲と比した自己の無能さを思い知らされるテストの連続,必要性や意義も分からぬまま押しつけられる無味乾燥な数学,・・・云々。

 ところで,今回みたのは全国のデータですが,これを県別にみるとどうでしょう。その気になれば,上記のデータを,各県について作成することも可能です。いろいろと注目を集めている秋田や福井について,同じ統計をつくってみると,どういう結果になるでしょうか。

 下に,2007年度と2010年度の文科省調査の結果(県別も含む)を閲覧できるURLを貼っておきます。ご自分の県について,教育の効果を測定する試みをしてみるというのも,また一興かと思います。
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html

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