2020年1月26日日曜日

レイプ事件の何%が裁判所まで行くか

 性犯罪被害者が刑事裁判官の研修会で講演したのだそうです。性犯罪者の心理について知って欲しい,というねらいとのこと。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020012500191&g=soc

 近年,一般人には理解しがたい論理による,性犯罪の無罪判決が相次いでいます。「本当に嫌なら激しく抵抗したはず」「酒で意識を飛ばせた女性への行為については,被告が『同意がある』と思った可能性があるので,故意とは言えない」etc…。機械的に法の構成要件や判例を適用するのではなく,裁判官にもっと「人間の心」を持ってほしい,ということでしょうか。

 上記記事では,「性犯罪では,山のように不起訴事案があり,警察に行けない人さえいる。裁判所にたどり着くのはごくわずかだということを裁判官に分かってほしい」という,弁護士のコメントも記されています。

 レイプ犯を法廷に立たせるには,①警察が被害届を受理して捜査に踏み切ること,②検察が当人を起訴すること,という2ステップを経ないといけません。この2つの関門を通過できる率を出してみると,「裁判所にたどり着くのはごくわずか」というのがよく分かります。

 まず①です。2012年1月に法務総合研究所が実施した犯罪被害調査によると,過去5年間に強姦(現行法では強制性交等)の被害にあったという16歳以上の女性の率は0.27%です。この比率を,同年齢の女性人口にかけると15万3438人となります。これが,2007~11年の5年間の推定被害者数なんですが,同じく2007~11年の警察統計に出ている強姦事件認知件数の合算は7257件。警察が認知した(被害届を受理した)事件数は,推定被害者数の4.73%でしかありません。

 これが①の関門の通過率ですが,さもありなんですよね。大抵の被害者は泣き寝入りで,警察に行くことすらしません。勇気を出して警察署の門をくぐっても,「よくあること」「証拠がないので難しい」と,被害届をつっぱねられます。この辺りのことは,伊藤詩織さんの『Black Box』(文藝春秋,2017年)に書いてあります。

 次に②です。警察が被害届を受理し,捜査をした被疑者の何%が起訴されるか。被疑者の起訴率は法務省の『検察統計』に出ています。年による変化がありますが,2007~11年の強姦罪被疑者の起訴率の平均値は49.56%となっています。およそ半分です。

 ①の通過率は4.73%,②のそれは49.56%と出ました。ゆえに,レイプ事件の何%が裁判所まで行くかという,タイトルの問いへの答えは,この2つを掛け合わせて2.34%となります。推定事件数43件に1件です。図解すると,以下のような感じです。


 ラフな試算ですが,冒頭の記事で上谷弁護士が言われているように,「裁判所にたどり着くのはごくわずか」ということが非常によく分かります。

 とくに①が難関のようです。この段階にて,推定事件数の95%が闇に葬られています。多くの被害者が羞恥心や恐怖から警察に行かないためですが,女性警官の率を増やすなど,被害を訴え出やすい環境を作るべきです。被害届をつっぱねられても,弁護士に同行してもらえば,受理してもらえる確率がかなり高まるとのこと。

 次に②の関門。検察が被疑者を起訴するかどうかの判断ですが,上述の通り,2007~11年の強姦被疑者の起訴率の平均値は49.56%,およそ半分です。しかし最近では,率に変化がみられます。


 上図はレイプ犯の起訴率の推移ですが,低下の傾向をたどっています。2018年の起訴率は34.3%と,90年代の頃と比して半減です。最近の起訴率を適用すると,「レイプ事件の何%が裁判所まで行くか」という問いへの答えは,もっと残念なものになります。

 性犯罪の無罪判決が相次いでおり,検察が起訴をためらうようになっているのでしょうか。しかし近年の裁判所の判断は,一般社会からすれば理解しがたいものが多く,だからこそ冒頭で紹介したように,性犯罪被害者が裁判官の研修会で講演したりしているわけです。

 事件時,被害者はあまりの恐怖に体が凍り付いてしまうことが多い。こういう医学の知見を知っているのなら,「激しい抵抗」というレイプの構成要件を機械的に適用するのには,裁判官も慎重になるはず。被害者の肉声に耳を傾け,認識に幅を持たせてほしいと思います。随所で言われていますが,望ましいのは「合意のない性行為は罰する」ようにすること。

 しかし,被害者の心理をよく心得ている裁判官もいます。伊藤詩織さんの民事訴訟を裁いた裁判官です。事件の翌日,被告の男性を気遣うようなメールを送ったことを,被告の弁護士が「レイプ被害者がそういう行動をとるのはあり得ない」と追及したのですが,性被害者が事実を受け入れられずに,今までと変わらないふるまいをするのはありうること」と,被害者の心理に理解を示しています。

 性犯罪者が然るべき罰を科されるには,①被害届の受理,②起訴,③裁判での有罪判決,という3段階を踏まないといけませんが,近年,いずれの段階の判断もおかしいものになりつつあります。この記事で導いたのは,③までの到達確率が2.34%という数値です。法廷に引っ張り出されるレイプ犯は,推定全数の43人に1人。性犯罪天国と揶揄されても仕方ない,先進国というにふわしくないファクトです。