2020年5月27日水曜日

未婚男性の幸福度の低さ

 プレジデント・ウーマンサイトに,男女平等と男性の幸福度に関する記事が出ています。インタビューの受け手は,立命館大学の筒井淳也教授です。

 周知のとおり,日本の女性の社会進出レベルは低く,2019年のジェンダーギャップ指数は121位という有様。しからば,「上」に立っている男性の幸福度が高いかというとそうではなく,幸福度は女性のほうが高い。その要因は女性の幸福度が高いからではなく,男性の幸福度が際立って低いため。日本の男性は,「稼がないといけない」圧力に晒されているからではないか…。

 話の趣旨はこんな感じです。男性は男性で,偏狭な役割規範に苦しんでいる。女性の社会進出を促すことは,男性のためでもある。筒井教授は最後にこう言われていますが,ごもっともだと思います。

 ただ,幸福度の国際比較のデータと照らすと「?」と思うことがあるので,ここにて書かせていただきます。

 幸福度の国際比較ができるデータとしては,『世界価値観調査』(2010~14年)と,ISSPの「家族と性役割の変化に関する調査」(2012年)があります。前者はサンプルが多いのですが,英仏といった主要国が対象から抜けていますので,後者を使いましょう。

 この調査では,「今の生活を考えて,あなたはどれほど幸福だと思うか」と訊いています(Q24)。7段階で答えてもらう形式です。最も強い「Completely happy 」と「Very happy」の比率を拾ってみます。3番目の「Fairly happy」まで入れると国際差が見えにくくなるため,上記の2つを切り取ります(個票データの分析による)。

 日本の25~54歳男女の回答をみると,男性は41.3%,女性は44.9%となっています。なるほど,女性の方が高いですが,大きな差ではないようです。国際比較の布置図を描くべく,男性の率を横軸,女性の率を縦軸により,調査対象の41か国を配置すると以下のごとし。


 日本の男女の幸福度は,真ん中辺りですね。男性の幸福度が際立って低いわけではなく,「男性<女性」の性差が大きいのでもありません。

 「別に問題ないじゃん,めでたしめでたし」と言いたいところですが,そうはいきません。一口に成人男性と言っても,一枚岩の存在ではなく,異なる生活条件で暮らす人の集合体です。たとえば仕事をして稼ぎがある人と,そうでない人では,肌身で感じる幸福度は違うでしょう。ジェンダーとの兼ね合いで注目されるのは,未婚者と有配偶者に分けた結果です。

 パートナー(法律婚,事実婚)がいない人といる人に分け,上記の意味の幸福率を出してみると,日本の25~54歳男性では,前者が13.4%,後者が55.7%となります。未婚男性の幸福率がびっくりするほど低く,既婚者との差も大きくなっています。

 この2つの群の幸福度を出し,国別のランキングにすると日本の特異性が際立ちます。


 日本の位置をみると,既婚者は中の上ですが,未婚者は下から4番目となっています。どの国でも「未婚者<既婚者」ですが,こんなに差が大きいのは日本だけですね。

 最初の図で,日本の男性の幸福度は中ほどであるのを知りましたが,これは既婚者に引きずられた結果のようです。未婚者に絞ったら惨憺たる有様。なお,ISSPのサンプルでは,日本の25~54歳男性の34.2%(3人に1人)が未婚者で,ネグリジブルスモールではありません。これは2012年の調査データですが,今では未婚者率がもっと増えているはずです。

 上記のプレジデント記事では,日本の男性の幸福度が低い要因として,「稼がないといけない圧力」が言われていますが,不幸が未婚男性に集中していることを思うと,ちと違うかなという気がします。そういうプレッシャーは既婚男性のほうが強いはずですから。

 女性のデータはどうでしょう。同じく未婚者と既婚者に分け,幸福率を出してみました。全部の国のデータを出すと煩瑣なんで,社会状況が近似した主要国に絞ります。


 率が20%に満たないのは,日本と韓国の未婚男性,韓国の未婚女性となっています。儒教社会ゆえか,韓国では男女問わず未婚者への風当たりが強いのでしょうか。

 性別とパートナー有無で分けた4グループでみて,未婚男性の幸福率が際立って低い,すなわち未婚男性に不幸が集中しているのは,日本の特徴です。繰り返しますが,「稼がないといけない圧力」ではないと感じます。

 未婚という状態が不幸を直にもたらしているかというと,そうも断言できません。日本では,男性の結婚チャンスが収入に規定される度合いが高いので,不利な生活条件の人(低収入,低学歴…)の人が未婚にとどまる,ということかもしれないですね。

 「未婚→不幸感」という因果経路を考えるなら,家庭という一次集団での情緒安定機能が得られないことがあるでしょう。それは男女とも同じで,女性も既婚者より未婚者の幸福度が低いのですが,差分(痛手)は男性のほうが大きくなっています。家事や身の回りの世話などを,妻に依存する度合いが高いためでしょう。夫の家事分担率が世界最低の日本ではなおのこと。妻と別れた男性の自殺率がべらぼうに高いことも,このことの証左です。

 日本の男性は仕事一辺倒で家庭を顧みないといいますが,実は一番,家庭に依存しているといえるかもしれません。今後,未婚化(ソロ化)が進行するに伴い,日本の男性の幸福度はどんどん落ちていくこともあり得ます。

 学校教育に関わる問題ですが,子ども期において,家政的社会化(domestic socialization)をしっかりする必要がありそうです。