2020年5月23日土曜日

借家住まいの独居老人

 私は賃貸暮らしですが,おそらく家を持つことはないと思います。お金がないのはもちろん,移ろいやすい性格ゆえ,居を固定する気にはなりません。

 しかし,こう言われます。「今はいいけど,年をとったら賃貸は借りにくくなる」と。なるほど,そういうことはよく聞きます。家主にしても,独り身の老人が「貸してくれ」と言ってきたら,二の足を踏むでしょう。

 孤独死されて,死体が長期間室内に放置されたら大変。夏場だったら,目も当てられない惨状になります。特殊清掃の費用はバカにならず,次の入居者に貸し出す際,家賃も大幅に下げないといけなくなります。その前に,室内をカラにして,次の人に貸し出せる状態にするのも一苦労です。借主が死んだからといって,室内の家財を勝手に処分するわけにはいかず,相続権のある親族を自力で探し当て,相続放棄の承認を得ないといけないそうです。

 家賃滞納に業を煮やし,明け渡しの裁判に勝っても,歩くのもままならない老人を追い出すわけにもいきません。外に放り出したら生命の危険があると判断される場合,明け渡しの強制執行もできない。

 老人には貸したくない。家主のこういう思いは,太田垣章子さんの『老後に住める家がない 明日は我が身の漂流老人』という本を読むと,痛いくらい分かります。
https://honto.jp/netstore/pd-book_30002343.html

 しかし人口の高齢化が進んでますので,不動産屋の開き戸をガラガラと開けて入ってくるのは,白髪の老人であることが多いでしょう。未婚化も進んでいますので,独り身のケースも多し。借り手がつかないと商売になりませんので,招かれざる客であっても譲歩せざるを得ない…。

 現実に,借家住まいの独居老人はどれほどいるのでしょう。2018年の『住宅土地統計』によると,世帯主が65歳以上の高齢世帯は1894万世帯となっています(主世帯に限る)。全世帯(5362万世帯)のおよそ3分の1が高齢世帯なんですね。高齢化社会の様が表れています。

 この1894万の高齢者世帯を,単独世帯か否か,持家か借家か,という観点で4つに区分してみます。下図は,結果を面積図で表現したものです。『住宅土地統計』の統計表をもとに作成しました。


 単独世帯が3分の1を占め(横軸),そのうちのこれまた3分の1が借家世帯となっています。借家住まいの単身老人世帯は214万世帯で,高齢世帯全体の11.3%です。

 借家住まいの独居老人世帯は,高齢世帯全体の1割強,独居老人世帯の3分の1を占めることが分かります。何だかんだ言って,結構いるではないですか。独り身の老人の3人に1人が借家住まいです。2018年10月時点ではその数214万ですが,高齢化・未婚化の進行により,増えることはあっても減ることはないはずです。

 サービスつきの高齢者住宅(サ高住)に住んでいる人は含まれるのか,という疑問があるでしょう。しかしここで分析しているのは主世帯(1住宅に1世帯の世帯)なので,サ高住の世帯は含まれないとみられます。借家住まいの独居老人世帯のうち,月家賃が分かる205万世帯の家賃分布をみると,96.5%が10万未満で,53.2%が4万未満となっています。このデータからも,家賃メチャ高のサ高住利用者は含まれていないとみるべきでしょう。世間のイメージ通り,安アパートに住んでいる独居老人がマジョリティであると思われます。

 全国データでは,借家住まいの独居老人世帯は214万世帯で,高齢世帯に占める率は11.3%,独居老人世帯に占める率は33.6%と出ました。地域による違いもありますので,47都道府県別のデータもご覧に入れましょう。


 地域差がお分かりかと思います。左端の実数が最も多いのは東京ですが,2つの相対比率は大阪が最も高くなっています。高齢世帯の2割弱,独居高齢世帯の半分近くに該当します。大阪では,独居老人の半分が借家住まいであると。

 赤字は率が高い数値ですが,借家の単身老人は都市部で多いことが知られます。未婚化の度合いが高く,地価が高いので持家が簡単に手に入らないためです。地域の人間関係も希薄なので,誰にも発見されぬまま孤独死するリスクも高し。気をもんでいる家主は多いはずです。

 県よりも下った区市レベルのデータも得られます。率が最も高い大阪にスポットを当てたいところですが,私は大阪には土地勘がないので,その次の東京内部の地域差をみてみます。下の表は,同じデータを都内23区別に計算したものです。


 大都市23区では,借家住まいの独居老人が多いですね。高齢世帯全体に占める率が2割を超える区が多く,独居老人に占める率が半分を超える区が7つあります。北区では,独居老人の6割が借家住まいです。

 ここまで多いとなると,行政としても,町内会や地域ボランティアを組織化して,定期的な見回りなどをしているのでしょうね。

 以上,借家住まいの独居老人の量的規模を可視化してみました。老人は賃貸を借りにくい。世間はこう言われますが,データを紐解くと,現実には結構いることが知られます。大都市においては,むしろマジョリティです。

 家主や不動産屋も,別居している子どもに定期的に様子見に来てもらう,管理会社に連絡を入れる,家主が近くに住んでいる場合,定期的に顔見せする,といった条件を出して貸しているのでしょう。安否確認が途絶えたら,鍵を開けて入ってもいい,という承認書も取っているかもしれません。

 他にも,電気・ガス・水道といったライフラインの利用状況をみる,トイレのドアにセンサーを設置し,一定期間開閉がなかったら管理会社に連絡がいくようにするなど,安否確認(孤独死防止)の術はいろいろあります。ICTが進化していますので,それを精緻化するのは難しいことではありますまい。

 借主が亡くなった後の家財の処分についても,家主の権限を強くしていいでしょう。家族関係が希薄化している中,借主の親族を探し当てるのも容易ではなくなっているのですから。

 これから人口はどんどん減ってきます。毎年50万人の減少。私が住んでいる横須賀市より大きい都市の人口が,毎年ごっそり消えていきます。その一方で,ハコ(住宅)は残ります。空き家の増加は,このアンバランスの表れに他なりません。「老人には貸せません」なんて言ってられなくなります。

 私は,老後の住居については楽観視しています。そこそこの住居をタダで借りられる,夢のような時代がくるのではないかという観測すら持っています。この辺のことは,前にニューズウィーク記事でも書いたところです。