2012年12月8日土曜日

中学生の海外旅行経験のジニ係数

 前回は,若者の海外渡航率が,県によってかなり異なることをみました。また,そうした県間格差は,各県の所得水準と強くリンクしていました。

 しかるに,海外旅行というのは,ブランド品や高級車を買うというような,高価な買い物と同じです。「何人も,経済力にかかわらず,海外旅行に行く権利を有する」というような法規定があるわけではありません。よって,上記の現象は,不平等の問題を示唆するものとはみなせません。

 ですが,所得による海外旅行経験の差が,子どもにまで連動するとしたらどうでしょう。現在の学校教育では,「生きる力」というような,非常に漠とした能力の育成を掲げています。また,視野の広さだとか,コミュニケーション能力だとか,従来の教科の学力とは違った面の能力に重きが置かれるようになっています。

 こうした資質・能力は,学校での授業ではなく,海外旅行等,さまざまな経験を通して培われる部分が大です。ゆえに,家庭の所得水準によって,子どもの海外旅行経験に差があるのだとしたら,それは,外的条件に由来する,教育達成の不平等という問題に通じることになります。

 はて,子どもの海外旅行経験の多寡は,家庭の所得水準によってどれほど異なるのでしょうか。現実をみてみましょう。

 2011年の総務省『社会生活基本調査』のデータから,小・中・高校生の海外旅行経験率を,家庭の年収別に計算することができます。ここでは,真ん中の中学生の率を出してみます。下表のaとbは,本調査のサンプルから推し量られる,推計母集団の数です。世帯年収が不明の者は除かれています。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/h23kekka.htm


 bの海外旅行経験者とは,2010年10月20日から翌年の10月19日までの1年間に,海外への観光旅行を経験した生徒の数です。この数が,生徒総数(a)のどれほどを占めるかが,右欄に示されています。

 ほう。予想通りですが,生徒の海外旅行経験率は,家庭の年収によってかなり違っています。リニアな関係ではないですが,年収700万円を境に率がぐんと上がり,年収1,500万以上の富裕層では18.4%にもなります。5人に1人です。

 上表のデータを使って,中学生の海外旅行経験の不平等度を測る尺度を出してみましょう。その尺度とは,ジニ係数です。aとbの世帯年収分布がどれほどズレているかに注目します。下の表は,両者の相対度数と累積相対度数を出したものです。


 真ん中の相対度数の欄をみると,年収1,000万以上の富裕層は,生徒数の上では18%しか占めませんが,海外旅行経験者の中では41%をも占めています。海外旅行経験者は,富裕層の生徒に偏していることが明白です。このような偏りは,右欄の累積相対度数をみると,もっとクリアーでしょう。

 生徒全体と海外旅行経験者の年収分布のズレを,グラフで可視化してみましょう。下図は,横軸に生徒総数の累積相対度数,縦軸に海外旅行経験者のそれをとった座標上に,6つの年収階層を位置づけ,線でつないだものです。この曲線を,ローレンツ曲線といいます。


 曲線の底が深いほど,双方の分布のズレが大きいことを示唆します。われわれが求めようとしているジニ係数とは,この曲線と対角線で囲まれた部分の面積を2倍した値です。

 極限の不平等状態の場合,色つき部分の面積は,図の四角形の半分に等しくなります。この場合,ジニ係数は,0.5×2=1.0です。逆に,完全な平等状態の場合は,ローレンツ曲線は対角線と重なりますから,ジニ係数は0.0となります。つまり,ジニ係数は,0.0~1.0の値をとることになります。

 さて,上図の色つき部分の面積を出すと,0.162となります。よってジニ係数は,この値を2倍して0.324と算出されます。

 一般に,ジニ係数が0.4を超える場合,不平等の程度が大きいと判断されます。中学生の海外旅行経験の場合,この水準には達していません。ですが,他の行動と比べると,値が高いのは事実です。たとえば,中学生の国内観光旅行のジニ係数を同じようにして出すと,0.096となります。国内旅行では,家庭環境による不平等度は小さいのですが,海外旅行となると,それが一気に大きくなることに注意が要ります。

 国際化・グローバル化が進んだ現在,学校で教授される内容も,国際色豊かなものになりつつあります。小学校の高学年において,外国語活動が導入されたことなどは,その典型例です。こうした状況のなか,海外経験が子どもの教育達成を規定する度合いが高まってくる事態も想起されます。このことは,海外経験を介して,親から子へと地位が再生産される確率が高まることと同義です。ブルデュー流の文化的再生産の一種といえましょう。

 こうみると,前回明らかにした,若者(親世代)の海外旅行率の地域差は,不平等の問題を含んでいるといえるかもしれません。