2020年7月4日土曜日

スカラシップかローンか

 2019年春の4年制大学進学率は53.7%。18歳人口ベースの浪人込みの数値で,同世代の半分が大学に行くことの数値的な表現です。

 マーチン・トロウは,進学率15%未満の時代を「エリート」,15~49%を「マス」,50%超の段階を「ユニバーサル」と性格づけています。この区分でいうと,今の日本の大学進学は最後のユニバーサル段階に達していることになります。

 エリート段階では大学進学は少数者の特権でしたが,マス段階では多数の人の権利となり,ユニバーサル段階では万人の半ば義務ということになります。これから先,大学進学率がどう推移するかは神のみが知りますが,「今時,大学を出ていないと…」という風潮が広まっているのは否定できぬところです。

 2019年春の大学入学者はおよそ63万人。これだけの若者を受け入れる大学は,いわゆる入試難易度によって精緻に階層化されています。ユニバーサル化に伴う諸問題は,こうした階層構造の下の方の大学に集約(凝縮)されることになります。私は10年間,「中の下~下」の私大で教えましたが,そのおかげで,ユニバーサル化時代の暗部について,よく知ることができました。

 このレベルの私大だと,「ひとまず大学を出ておいたらどうか」と高校の教師に背中を押され,無勉強でも入れるからと,何となく入ってきた学生が大半です。家計に余裕がない学生が多く,「学費が高い」という声をよく聞かされました。階段に座ってカップ麺をすすっている学生が多く,お昼でも学食は空いてました。学食の定食なんて,高くて手が出ないのでしょう。

 たくさんバイトをし,奨学金もフルに借りて必死で学費を賄っている学生が多し。親には全く頼れないと,1種奨学金(月4万)と,2種奨学金のマックス(12万)をダブルで借りている子もいましたね。4年間の借入総額は768万円! Fラン私大から上場企業への就職は厳しいので,今現在,薄給の中から月2~3万,歯を食いしばって返しているのでしょう。これに耐えられず,奨学金破産に陥る人もいるのはよく知られています。

 これも周知のことですが,日本の奨学金は名ばかりで,実質は返済義務のあるローンです。しかし当の学生の間では必ずしも周知とはいえず,「奨学金って返すんですか? 全部,親が手続きしたんで知りませんでした」と,真顔で驚く学生に会ったことがあります。

 申請書類をみれば,「奨学金は借金です。卒業後に返さないといけません」とデカデカと書いていますが,手続きを親任せにし,それを目にしない学生も少なからずいると。

 奨学金なんて名乗るのは止め,正直に「学生ローン」と言ったらどうでしょうかねえ。これなら,安易な気持ちで利用する家庭は減るでしょう。奨学金という美名で釣って,借金を負わせるなんて,国のすることではありますまい。

 ちなみに国際統計は正直です。やや古いですが,2013年のOECDの教育白書に,高等教育への公的支援支出額の内訳が出ています。どの国をみても,大学等の教育機関に直に配る助成金が多くを占めます。日本の場合,全体の70.8%がそれです(2010年)。残りの3割が,家計等への支援金ってことになりますが,その構成比をみてみると面白い。以下は,OECD加盟の30か国のデータです。


 どの国でも,教育機関へのダイレクトな助成金が多くを占めます。その他というのは,教育支援を行う民間団体への助成金で,イギリスではこのカテゴリーのシェアが大きくなっています。

 水色のマークを付けた2カテゴリーが,学生がいる家庭を対象とした支援ってことになります。奨学金(原書ではScholarships)と,教育ローン(Student loans)です。

 日本をみると,奨学金が全体の0.7%,学生ローンが28.5%で,後者が圧倒的に多いではないですか。日本国内では「奨学金」という名称ですが,国際統計ではしっかりローンに直されています。返済義務のある貸与金は,奨学金とは呼べない。国際機関の職員は正直なものです。いや,日本の教育行政のほうがおかしいのですが。

 アメリカは,家計対象の公的支援の大半が奨学金(スカラシップ)ですね。学費メチャ高の国ですが,こういう所のサポートで助けられています。フランスやフィンランドは,家計対象の公的支援の100%がスカラシップです。

 水色を付けた,家計対象の公的支援の2カテゴリーの内訳をグラフにすると,スカラシップかローンかが明瞭になります。後者の比重が高い順に30か国を並べた図にすると,以下のようになります。


 どうでしょう。量的には,スカラシップの国が多いですね。30か国中11か国が,青色のスカラシップ一色です。南米のチリや韓国がちょうど半々くらいで,日本,イギリス,アイスランドの3国はほぼ全てがローンです。

 アイスランドは大学の学費が無料で,イギリスは,先ほどみたように民間支援団体への助成金が多いので,家庭に負担が集約している,というわけではなさそうです。家庭に負荷が最もかかっているのは,「高学費&ローン」の日本ではないでしょうか。

 最初の表をみると,日本は,高等教育への公的支援支出のうち,家計を対象とした部分のシェアが大きいのですが(全体の3割),そのほぼ全てがスカラシップではなくローンであることに注意しないといけません。国内では,奨学金という美名で騙されていますが,実質は返済義務のあるローンなのです。

 「奨学金って返すんですか? 全部,親が手続きしたんで知りませんでした」と驚いていた学生がいましたが,子どもを食い物にしようと,勝手に手続きをしてしまう親もいそうで怖いです。高校の進路指導では,「奨学金は借金です」と書かれている申請書の現物を見せて,生徒本人に事実を伝えてほしいと思います。

 上記は10年前のデータで,一昨年から給付型奨学金が導入されていますので,最近では日本でもスカラシップの比重が増しているはずです。しかし対象は低所得層に限られていて,現段階では貸与型が圧倒的多数です。両者を一緒くたにして「奨学金」などと呼ぶのは止め,給付型を「スカラシップ」,貸与型を「ローン」と呼び分けるべきです。

 日本学生支援機構にすれば,自分たちのことを消費者金融みたいに思われたくないので,及び腰になるかもしれません。しかし今回みたように,国際統計ではしっかりローンに直されています。無知な若者が道を踏み外すのを防ぐためにも,正直になってほしいと思うのです。