前回の続きです。今回は,どの曜日に鉄道自殺が多いのかを見たいと思います。分析対象は,2009年度に発生した鉄道自殺682件です。出所などについては,前回の記事を参照してください。
棒グラフばかりでは芸がないので,曜日ごとの分布を円グラフで示してみました。これによると,突出して多い曜日はないようです。きれいに,ほぼ7等分されています。相対的に多いのは月曜日の107件で,全体の15.7%にあたります。「月曜の憂鬱」という,よく知られたフレーズを想起させます。
単純集計はこれくらいにして,2変数をかけたクロス分析に移りましょう。ここでは,前回みた「時刻」と,今みた「曜日」をかけたマトリックス上に,682件の鉄道自殺がどう散らばるかをみてみようと思います。
各曜日の最頻値(モード)には,黄色をつけています。日曜日では,お昼の時間帯が最多いようです。仕事は休みですので。一方,平日では,18時以降の帰宅ラッシュの時間帯にピークがみられるケースがほとんどです。
さて,曜日別・時間帯別のマトリックスでみた場合,最も件数が多いデンジャラス・タイムは,水曜日の18~19時台と,土曜日の16~17時台なっています(赤字)。この点についての解釈は,現段階では思いつきません。言えるのは,平日の夕方,休日の昼間が要注意の時間帯ということです。
今度は,どの路線で多いかを明らかにしようと思いますが,自殺の統計を立て続けにいじっていると気が滅入ってきます。次回は,主題を変えさせてください。
2011年2月18日金曜日
2011年2月17日木曜日
鉄道自殺①
「現在,~駅で発生した人身事故の影響により,電車の運転を見合わせています」というアナウンスを,よく駅で聞くようになりました。ここでいう人身事故とは,自殺である場合がほとんどです。これから数回かけて,鉄道自殺に関する統計をお見せしたいと存じます。
私は,国土交通省に情報公開申請をして,2009年度(2009年4月~2010年3月)に発生した鉄道自殺682件の一覧表を入手しました。当該の資料には,事件が起きた日時,場所,路線名などが細かく記録されています。これらのデータをエクセルに入力して,独自のデータベースを作りました。このデータベースをさまざまな角度から分析してみようと思います。
まずは,どの月で多く発生しているかです。下図は,682件の月別分布を百分率で示したものです。鉄道自殺には,駅構内でのものと,駅間でのものがありますが,2009年度では奇しくも,341件ずつで半々でした。この両者の組成が分かるようにしてあります。
最も多いのは10月の74件であり,全件数の10.9%を占めています。凍てつく2月あたりに多いのではないかと思いましたが,違いました。読書の秋,スポーツの秋,芸術の秋,食欲の秋…など,いろいろな標語がありますが,「鉄道自殺の秋」などという標語は普及してほしくないものです。
次に,時間です。0時台~1時台,2時台~3時台…というように,2時間区切りで分布をとってみました。深夜の時間帯に少ないのはよいとして,最も多発する危険な時間帯は,20~21時であるようです。この時間帯の発生件数が全体の12%を占めています。会社で嫌なことがあって,鬱状態になり,やってきた電車に…ということでしょうか。
このようなラフ・データでは,突出して危険な時間帯というのは検出できませんでした。しかし,平日と休日とに分けて,時間の分布を出すと,何か分かるかも知れません。そのような詳細な解析(多重クロス分析)は,別に機会に譲ろうと思います。
私は,国土交通省に情報公開申請をして,2009年度(2009年4月~2010年3月)に発生した鉄道自殺682件の一覧表を入手しました。当該の資料には,事件が起きた日時,場所,路線名などが細かく記録されています。これらのデータをエクセルに入力して,独自のデータベースを作りました。このデータベースをさまざまな角度から分析してみようと思います。
まずは,どの月で多く発生しているかです。下図は,682件の月別分布を百分率で示したものです。鉄道自殺には,駅構内でのものと,駅間でのものがありますが,2009年度では奇しくも,341件ずつで半々でした。この両者の組成が分かるようにしてあります。
最も多いのは10月の74件であり,全件数の10.9%を占めています。凍てつく2月あたりに多いのではないかと思いましたが,違いました。読書の秋,スポーツの秋,芸術の秋,食欲の秋…など,いろいろな標語がありますが,「鉄道自殺の秋」などという標語は普及してほしくないものです。
次に,時間です。0時台~1時台,2時台~3時台…というように,2時間区切りで分布をとってみました。深夜の時間帯に少ないのはよいとして,最も多発する危険な時間帯は,20~21時であるようです。この時間帯の発生件数が全体の12%を占めています。会社で嫌なことがあって,鬱状態になり,やってきた電車に…ということでしょうか。
このようなラフ・データでは,突出して危険な時間帯というのは検出できませんでした。しかし,平日と休日とに分けて,時間の分布を出すと,何か分かるかも知れません。そのような詳細な解析(多重クロス分析)は,別に機会に譲ろうと思います。
2011年2月15日火曜日
せんせいの学歴
私は,教員養成系大学の出身ですが,入学時のオリエンテーションの際,次のように言われた記憶があります。「これからの教師には,大学院卒の学歴が求められるようになります。なぜなら,保護者のほとんどが大卒だからです」。当時はあまりピンときませんでしたが。今思うと,なるほどという感じです。
エミール・デュルケムは,教師にとって不可欠な資質は,道徳的権威(l'autorité morale)であると言っています。卑俗な言い方ですが,こうした権威を裏付けるのは,教師が,子どもや保護者よりも多く学んでいる,という客観的な事実であるといえましょう。
かつて,進学率が低く,国民の学歴水準が低かった時代には,大学出の教員の言動には,何やら威光のようなものが感じられました。ところが,進学率が急上昇した今日にあっては,そのようなことは望むべくもありません。同じ大卒の保護者は,教員と対等の立場でガンガンもの申してきますし,あれこれと口出ししてきます。このことは,教員の自律性を侵害し,彼らの苦悩の大きな原因となっているのではないでしょうか。
昨年12月25日の朝日新聞によると,精神疾患で休職に追い込まれる教員の割合は,都市部ほど高いそうです。この点に関する解釈として,久冨善之教授は,「教員より学歴が高い保護者が多く,学校への要望が厳しいことも,率を引き上げているのではないか」と指摘しています。
現在,教員養成の期間を4年から6年に延ばし,教員志望の学生には修士の学位を取ってもらおう,という案が出ています。教員の学歴水準を保護者よりも一段高くしよう,という意図が込められています。
さて,現時点において,教員のうち,大学院を出ている者はどれほどいるのでしょうか。ここでは,小学校教員についてみてみようと思います。文科省『学校教員統計調査』には,教員の学歴の統計が掲載されています。2007年でいうと,小学校教員のうち,大学院を出ている者は3.0%です。あまり高くはありませんが,約4半世紀前の1983年の0.3%よりは大きく伸びています。
この比率を年齢層別にみると,上図のようです。最近の20代後半から30代前半では,5%を超えています。なお,40代や50代のような中高年層でも率が上がってきています。現職のまま,大学院に入学し,学位を取得する道もあるからです。2010年の調査の結果を加えれば,図の右上の高率ゾーンはもっと広がっていることでしょう。
中学校や高校についても,同じ統計をつくってみたら面白いと思います。これらの中等教育機関では,院卒教員の比率はもっと高いことでしょう。
エミール・デュルケムは,教師にとって不可欠な資質は,道徳的権威(l'autorité morale)であると言っています。卑俗な言い方ですが,こうした権威を裏付けるのは,教師が,子どもや保護者よりも多く学んでいる,という客観的な事実であるといえましょう。
かつて,進学率が低く,国民の学歴水準が低かった時代には,大学出の教員の言動には,何やら威光のようなものが感じられました。ところが,進学率が急上昇した今日にあっては,そのようなことは望むべくもありません。同じ大卒の保護者は,教員と対等の立場でガンガンもの申してきますし,あれこれと口出ししてきます。このことは,教員の自律性を侵害し,彼らの苦悩の大きな原因となっているのではないでしょうか。
昨年12月25日の朝日新聞によると,精神疾患で休職に追い込まれる教員の割合は,都市部ほど高いそうです。この点に関する解釈として,久冨善之教授は,「教員より学歴が高い保護者が多く,学校への要望が厳しいことも,率を引き上げているのではないか」と指摘しています。
現在,教員養成の期間を4年から6年に延ばし,教員志望の学生には修士の学位を取ってもらおう,という案が出ています。教員の学歴水準を保護者よりも一段高くしよう,という意図が込められています。
さて,現時点において,教員のうち,大学院を出ている者はどれほどいるのでしょうか。ここでは,小学校教員についてみてみようと思います。文科省『学校教員統計調査』には,教員の学歴の統計が掲載されています。2007年でいうと,小学校教員のうち,大学院を出ている者は3.0%です。あまり高くはありませんが,約4半世紀前の1983年の0.3%よりは大きく伸びています。
この比率を年齢層別にみると,上図のようです。最近の20代後半から30代前半では,5%を超えています。なお,40代や50代のような中高年層でも率が上がってきています。現職のまま,大学院に入学し,学位を取得する道もあるからです。2010年の調査の結果を加えれば,図の右上の高率ゾーンはもっと広がっていることでしょう。
中学校や高校についても,同じ統計をつくってみたら面白いと思います。これらの中等教育機関では,院卒教員の比率はもっと高いことでしょう。
2011年2月14日月曜日
博士号取得者
大学院博士課程修了者には,博士号取得者と,それを取得しないで満期退学する者の2種類が含まれています。最近,文科省の政策もあってか,修了者に占める博士号取得者の比重が高まってきているようです。
文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』には,大学院博士課程修了者の数が計上されていますが,修了者全体から満期退学者の数を引いた数が,博士号取得者であると考えられます。この資料をもとに,1990年から2010年までの動向を5年刻みで追ってみました。
修了者の数が5,812人から15,842人へと2.7倍に増えていることは,以前の記事でみた通りです。しかし注目されるのは,博士号取得者数の伸びで,この20年間で3.1倍に増えており,全体の増加倍率を上回っています。その結果,修了者に占める博士号取得者の比率も上昇しており,2010年では75%と,4分の3を占めるに至っています。
ところで,これは文系も理系もひっくるめた全体の傾向ですが,変化が最もドラスティックなのは,やはり人文系でしょう。そこで,人文科学系(文学,史学,哲学等)博士課程修了者に限定して,この20年間の変化を観察してみることにしました。
人文科学系の博士課程修了者は,1990年では631人であったのが2010年では1,393人になっています。上図は,その組成の変化をみたものですが,博士号取得者の比重の増加が明らかです。図の左上の構成比グラフをみると,1990年の16%から2010年の43%へと激増しています。人文系でも,博士号取得者が半分近くを占めるようになりつつあります。
人文系の博士号は,かつては研究の集大成のような意味合いがありましたが,最近では,理系と同様,研究者のライセンス的なものへと変わってきています。ところが,このようにして量産された博士号取得者たちの活躍の場が限られていることは,よく指摘されるところです。せっかくの人的資源を枯れさせることがないよう,ノン・アカデミックなキャリアパスの整備などの施策が要請されます。
文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』には,大学院博士課程修了者の数が計上されていますが,修了者全体から満期退学者の数を引いた数が,博士号取得者であると考えられます。この資料をもとに,1990年から2010年までの動向を5年刻みで追ってみました。
修了者の数が5,812人から15,842人へと2.7倍に増えていることは,以前の記事でみた通りです。しかし注目されるのは,博士号取得者数の伸びで,この20年間で3.1倍に増えており,全体の増加倍率を上回っています。その結果,修了者に占める博士号取得者の比率も上昇しており,2010年では75%と,4分の3を占めるに至っています。
ところで,これは文系も理系もひっくるめた全体の傾向ですが,変化が最もドラスティックなのは,やはり人文系でしょう。そこで,人文科学系(文学,史学,哲学等)博士課程修了者に限定して,この20年間の変化を観察してみることにしました。
人文科学系の博士課程修了者は,1990年では631人であったのが2010年では1,393人になっています。上図は,その組成の変化をみたものですが,博士号取得者の比重の増加が明らかです。図の左上の構成比グラフをみると,1990年の16%から2010年の43%へと激増しています。人文系でも,博士号取得者が半分近くを占めるようになりつつあります。
人文系の博士号は,かつては研究の集大成のような意味合いがありましたが,最近では,理系と同様,研究者のライセンス的なものへと変わってきています。ところが,このようにして量産された博士号取得者たちの活躍の場が限られていることは,よく指摘されるところです。せっかくの人的資源を枯れさせることがないよう,ノン・アカデミックなキャリアパスの整備などの施策が要請されます。
2011年2月13日日曜日
展望不良(近況詳細)
内閣府の『国民生活世論調査』の中に,「これから先,生活はどうなっていくと思いますか」という設問があります。社会の希望の多寡を測る大変重要な設問であり,今後とも,継続して設けていただきたいものです。
去る2月2日の記事では,「悪くなっていく」と答えた者の比率を,10歳刻みの年齢層別にみてみました。ここでは,もっとレンズをしぼって,5歳区分でみてみようと思います。期間は,1990年代以降とします。この時期にかけて,日本社会に暗雲が立ち込めてきたことは,誰もが認めるところでしょう。1991年から隔年のデータをとってみます。
「生活がこれから悪くなっていく」と答えた者の比率は,1991年では9.6%でしたが,2009年では32.3%にもなっています。社会に蔓延する展望不良の総量が3倍に増えたわけです。年齢層別に細かくみると,今世紀以降の50代から60代の部分にブラックゾーンが広がっています。2009年の50代後半では41.9%です。
この層の展望不良の内実は,老後の生活不安というものが大半と思われます。年金制度の崩壊,孤族化が進むなか,老後の生活を頼れる家族がいないなど,不安因子は数多くあります。
とはいえ,展望不良の問題は,こうした中高年層に限られるものではありません。図をよくみると,高率ゾーンが次第に下の年齢層に伸びてきています。2009年の値を1991年の値で除した増加倍率をとると,最も高いのは20代後半で6倍です(2.7%→16.1%)。
若者が希望を持てない社会というのは,何ともさびしいものです。子どもと高齢者の狭間に位置する,若者に関連する施策にも,力が注がれることを欲します。
去る2月2日の記事では,「悪くなっていく」と答えた者の比率を,10歳刻みの年齢層別にみてみました。ここでは,もっとレンズをしぼって,5歳区分でみてみようと思います。期間は,1990年代以降とします。この時期にかけて,日本社会に暗雲が立ち込めてきたことは,誰もが認めるところでしょう。1991年から隔年のデータをとってみます。
「生活がこれから悪くなっていく」と答えた者の比率は,1991年では9.6%でしたが,2009年では32.3%にもなっています。社会に蔓延する展望不良の総量が3倍に増えたわけです。年齢層別に細かくみると,今世紀以降の50代から60代の部分にブラックゾーンが広がっています。2009年の50代後半では41.9%です。
この層の展望不良の内実は,老後の生活不安というものが大半と思われます。年金制度の崩壊,孤族化が進むなか,老後の生活を頼れる家族がいないなど,不安因子は数多くあります。
とはいえ,展望不良の問題は,こうした中高年層に限られるものではありません。図をよくみると,高率ゾーンが次第に下の年齢層に伸びてきています。2009年の値を1991年の値で除した増加倍率をとると,最も高いのは20代後半で6倍です(2.7%→16.1%)。
若者が希望を持てない社会というのは,何ともさびしいものです。子どもと高齢者の狭間に位置する,若者に関連する施策にも,力が注がれることを欲します。
2011年2月12日土曜日
塾通い
今の子どもの多くは,学校のほかに,学習塾という「もう一つの学校」に通っています。学校で夕方まで勉強した後,夕食もそこそこに,夜遅くまで塾に行くのも,大変だなあと思います。かくいう私は,塾通いをしたことがありません。
学習塾に通う子どもがどれほどいるかについては,いろいろな調査がなされていますが,公的なものとしては,2007年11月に文科省が実施した『子どもの学校外での学習活動に関する実態調査』があります。対象は,全国の公立小・中学生の児童・生徒です。調査結果が公表されている文科省サイトのURLを張っておきます。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/08/08080710.htm
学習塾(お習字などの習い事は除く)に通っている者の比率,いわゆる通塾率を学年ごとに表現すると,上図のようになります。小1では16%であったのが,学年を上がるごとに上昇し,中3では65%にも達しています。3人に2人が塾通いをしているわけです。これは全国の統計ですが,東京のような大都市だけに限定すると,通塾率はもっと高いことが予想されます。
さて,次なる関心事は,こうした塾通いが,子どもの生活にどう影響しているかです。それはいろいろな面から捉える必要があるでしょうが,ここでは,就寝時間の分布をとってみようと思います。下図は,学校に行く前日の就寝時間の分布を示したものです。
通塾率の増加と比例するがごとく,学年を上がるにつれ,就寝時間が遅くなる傾向があります。中3では,半分以上が「午前様」です。こうした傾向が,もっぱら塾通いによるものだと断定はできません。しかるに,非通塾者と通塾者を比べると,後者の就寝時間が明らかに遅くなっています。
塾通いが生活に及ぼす(悪)影響は,他にも考えられます。家庭生活や地域生活の破壊です。後者についていうと,最近,地域社会において,群れをつくって遊ぶ子どもの姿を見かけなくなりました。通塾のため,各人のスケジュール調整が難しい,という事情によると思われます。同年齢集団による群れ遊びは,子どもが自治や自律の精神を学ぶよい機会となり得るのですが,何とも残念なことです。こうした,いわゆるギャング・エイジの喪失が,子どもの社会性の欠如に影響している側面があります。
ところで,最近,生活保護世帯の子どもの通塾費用を公的に援助しようという動きがあります。貧困の連鎖を断ち切ろうという意図には,深く敬意を表します。しかるに,このことは,塾通いをすることがノーマルで,塾通いをしないことがアブノーマルになっていることを示唆しています。子ども期において,2つの学校に通うことを義務づけられる社会というのは,いかにも窮屈です。
子どもの生活の健全度を測る目安の一つは,家庭,学校,地域社会という,異なる生活の場がバランスよく充実しているかどうか,ということであると思います。こうした基本的な視点から,子どもの「生」を捉えなおすことも必要であるかと存じます。
学習塾に通う子どもがどれほどいるかについては,いろいろな調査がなされていますが,公的なものとしては,2007年11月に文科省が実施した『子どもの学校外での学習活動に関する実態調査』があります。対象は,全国の公立小・中学生の児童・生徒です。調査結果が公表されている文科省サイトのURLを張っておきます。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/08/08080710.htm
学習塾(お習字などの習い事は除く)に通っている者の比率,いわゆる通塾率を学年ごとに表現すると,上図のようになります。小1では16%であったのが,学年を上がるごとに上昇し,中3では65%にも達しています。3人に2人が塾通いをしているわけです。これは全国の統計ですが,東京のような大都市だけに限定すると,通塾率はもっと高いことが予想されます。
さて,次なる関心事は,こうした塾通いが,子どもの生活にどう影響しているかです。それはいろいろな面から捉える必要があるでしょうが,ここでは,就寝時間の分布をとってみようと思います。下図は,学校に行く前日の就寝時間の分布を示したものです。
通塾率の増加と比例するがごとく,学年を上がるにつれ,就寝時間が遅くなる傾向があります。中3では,半分以上が「午前様」です。こうした傾向が,もっぱら塾通いによるものだと断定はできません。しかるに,非通塾者と通塾者を比べると,後者の就寝時間が明らかに遅くなっています。
塾通いが生活に及ぼす(悪)影響は,他にも考えられます。家庭生活や地域生活の破壊です。後者についていうと,最近,地域社会において,群れをつくって遊ぶ子どもの姿を見かけなくなりました。通塾のため,各人のスケジュール調整が難しい,という事情によると思われます。同年齢集団による群れ遊びは,子どもが自治や自律の精神を学ぶよい機会となり得るのですが,何とも残念なことです。こうした,いわゆるギャング・エイジの喪失が,子どもの社会性の欠如に影響している側面があります。
ところで,最近,生活保護世帯の子どもの通塾費用を公的に援助しようという動きがあります。貧困の連鎖を断ち切ろうという意図には,深く敬意を表します。しかるに,このことは,塾通いをすることがノーマルで,塾通いをしないことがアブノーマルになっていることを示唆しています。子ども期において,2つの学校に通うことを義務づけられる社会というのは,いかにも窮屈です。
子どもの生活の健全度を測る目安の一つは,家庭,学校,地域社会という,異なる生活の場がバランスよく充実しているかどうか,ということであると思います。こうした基本的な視点から,子どもの「生」を捉えなおすことも必要であるかと存じます。
2011年2月10日木曜日
ザ・非常勤講師
2月7日の記事において,大学院博士課程の修了者の進路は,20年前とほとんど変わっていないことを示しました。しかし,これは修了時点の状況であって,その後,辛い思いをする人間が増えていることを示唆する統計があります。大学の非常勤教員の増加です。
大学関係者ならば誰もが知っていることですが,大学教員には,本務教員(専任教員)と非常勤教員という2種類の人種がいます。後者は,本務校のある教員や,著述業など他に本業のある人間が掛け持ちしている場合もありますが,そうでない場合がほとんどです。非常勤教員の大半は,他に本業がなく,それだけでやっている者が大半であると思われます。たとえば,博士課程を出ても定職がない者です。統計をみると,こうした非常勤教員が増えているのです。大学と短期大学の教員の組成が,最近どう変化したかをみてみましょう。
上記の表は,文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』から作成したものです。ここでいう非常勤教員とは,兼務教員のうち,「教員以外から」の者のことです。表をみると,この約20年間において,非常勤教員は5万8千人から13万4千人へと2.3倍に増えています。本務教員の増加倍率(1.3倍)を大きく上回っています。その結果,大学教員全体に占める非常勤教員の比重も増加し,2009年では42%にもなっています。
大学と短期大学に分けて,非常勤教員の比率の変化をたどってみると,上のグラフのようになります。双方とも右上がり傾向です。短大では,2009年では61%にも達しています。本務教員よりも非常勤教員のほうが多いわけです。短大は,安上がりの非常勤教員をフル活用して,目下の経営危機を乗り切っている,というのが実情のようです。
こうみると,1990年代の大学院重点化政策は,負の遺産を遺した側面も否めないようです。かつては,博士課程修了後,何年かすれば定職にありつけたのでしょうが,修了者がうんと増えた今日では,それはなかなか叶わない。よって,長期の間,非常勤一本で生計を立てざるを得ない者が増えた,ということでしょう。文科省の修了時点での進路統計からは見えない現実がここにあります。
とある中堅私立大学が,「本学に~研究科博士課程開設。新たな可能性への扉がまた一つ開かれました」と宣伝していました。「新たな可能性」の箇所を「地獄」と書き直せば,正直な記述になると思います。
大学関係者ならば誰もが知っていることですが,大学教員には,本務教員(専任教員)と非常勤教員という2種類の人種がいます。後者は,本務校のある教員や,著述業など他に本業のある人間が掛け持ちしている場合もありますが,そうでない場合がほとんどです。非常勤教員の大半は,他に本業がなく,それだけでやっている者が大半であると思われます。たとえば,博士課程を出ても定職がない者です。統計をみると,こうした非常勤教員が増えているのです。大学と短期大学の教員の組成が,最近どう変化したかをみてみましょう。
上記の表は,文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』から作成したものです。ここでいう非常勤教員とは,兼務教員のうち,「教員以外から」の者のことです。表をみると,この約20年間において,非常勤教員は5万8千人から13万4千人へと2.3倍に増えています。本務教員の増加倍率(1.3倍)を大きく上回っています。その結果,大学教員全体に占める非常勤教員の比重も増加し,2009年では42%にもなっています。
大学と短期大学に分けて,非常勤教員の比率の変化をたどってみると,上のグラフのようになります。双方とも右上がり傾向です。短大では,2009年では61%にも達しています。本務教員よりも非常勤教員のほうが多いわけです。短大は,安上がりの非常勤教員をフル活用して,目下の経営危機を乗り切っている,というのが実情のようです。
こうみると,1990年代の大学院重点化政策は,負の遺産を遺した側面も否めないようです。かつては,博士課程修了後,何年かすれば定職にありつけたのでしょうが,修了者がうんと増えた今日では,それはなかなか叶わない。よって,長期の間,非常勤一本で生計を立てざるを得ない者が増えた,ということでしょう。文科省の修了時点での進路統計からは見えない現実がここにあります。
とある中堅私立大学が,「本学に~研究科博士課程開設。新たな可能性への扉がまた一つ開かれました」と宣伝していました。「新たな可能性」の箇所を「地獄」と書き直せば,正直な記述になると思います。
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