2012年1月29日日曜日

教員給与の相対水準

前々回,「都道府県別の教員給与」と題する記事を書きましたが,本記事に対し,埼玉県の公立高校の先生よりコメントをいただきました。教員と全労働者の給与の比較をしているが,後者は,教員と同じ学歴水準である,大卒以上の労働者に限定したほうがよいのではないか,というものです。

 なるほど。教員は大卒以上ですが,全労働者の場合,さまざまな学歴の者が含まれています。前者の給与が後者より高いといっても,それは,学歴構成の違いを反映したものではないか,という疑問が出るのは当然のことです。

 男性同士のデータを比較することで,性別という要因は統制したのですが,学歴という要因を統制することまでには,考えが及びませんでした。今回は,その穴埋めをしようと思います。

 厚労省『賃金構造基本調査』から,全産業の男性労働者に毎月「決まって支給される」給与額の平均値を,学歴別に知ることができます。2007年でいうと,男性労働者全体の額は37.2万円ですが,大卒以上の男性労働者は43.9万円です。

 うーん。やはり,給与は学歴によって違うものですねえ。では,この大卒以上(以下,大卒)の男性労働者の給与と,公立学校の男性教員の給与を比較してみましょう。ここ20年ほどの推移をとってみました。教員の給与を知ることができる年(文科省『学校教員統計調査』の実施年)のデータをとっています。2010年の教員給与は,男女計の数字です。性別のデータがまだ公表されていないので,参考までに載せました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172


 上段は,平均給与月額の実数(万円)です。どの年でも,教員給与の額が全労働者のそれを下回っています。前々回は,全学歴の労働者の給与と比べたので,教員給与の相対的な高さが浮き彫りになったのですが,学歴を揃えた比較をすると,結果は逆になっています。

 下段には,大卒の男性労働者の給与に対する,教員給与の相対倍率が示されています。この値は,2001年をピークに下落してきているようです。

 この原因は,教員の給与の減少幅が大きいことです。小学校教員の平均月給は,2001年の40.4万円から2007年の38.4万円までダウンしました。このご時世です。財政緊縮に加えて,公務員バッシングも厳しい,ということでしょうか。

 次に,都道府県別の様相をみてみましょう。厚労省の『賃金構造基本調査』からは,労働者の学歴別の給与額を,県別に知ることはできません。そこで,次のような便法で,各県の大卒の男性労働者の給与額を推し量りました。

 上述のように,2007年の男性労働者全体の平均月給は37.2万円です。大卒以上の男性労働者は43.9万円です。後者は前者の1.179倍ということになります。全国値でみたこの倍率を,各県の男性労働者全体の給与額に乗じて,大卒の男性労働者の給与を推定してみます。

 たとえば東京都の場合,男性労働者全体の月給は44.9万円ですから,大卒の男性労働者の給与は,44.9×1.179 ≒ 53.0万円と推計されます。

 学歴による給与差が全県で一様であるという保証はありませんが,ひとまず,このような便法によって,大よその傾向を割り出してみましょう。下表は,各県の大卒の男性労働者の給与額(推計値)に対する,教員給与の相対倍率を一覧にしたものです。2007年のデータです。


 1.0を超える場合は赤色,1.1を超える場合はゴチの赤色にしています。黄色は最大値,青色は最小値です。いかがでしょう。前々回の記事に掲げた指数一覧表とは,様相がかなり違っています。大卒の労働者を基準にした場合,教員給与がそれを上回る県と下回る県は,ちょうど半々くらいです。

 東北や九州では,赤色が多くなっていますが,都市的な県では,教員給与の相対的な低さが明白です。東京の指数値は,小学校教員が0.71,中学校教員が0.77,高校教員が0.80です。同学歴の全労働者の7~8割ほどの給与水準ということになります。むーん。

 学歴を統制して,分析を精緻化すると,一般の通説(教員給与>民間給与)とは違った結果が出てきます。前々回の記事にコメントを下さった先生は,「大卒といっても幅広く,教員と同等の大学出身者との比較が出せればもっと面白い」といわれています。分析を詰める余地はまだまだありそうです。

 メディアにおいて,上記のような通説が流布するのは,労働者全体でみれば,未だに高卒以下の者がマジョリティであるためと思われます。『賃金構造基本調査』(2010年)の男性労働者のサンプル構成は,中卒が5.3%,高卒が46.8%,短大・高専卒が10.9%,大卒以上が37.0%,です。高卒以下が半分以上を占めています。

 このことは,教員の相対的な優位性が際立つことの地盤条件をなしています。一般労働者の学歴構成がもっと低い,東北や九州の諸県では,それはさらに明瞭であることでしょう。

 でも,条件をきちんと揃えた分析をしてみると,通説とは違った面があることが分かりました。コメントをお寄せいただいた先生に,感謝申し上げます。