OECDの国際成人力調査「PIAAC 2012」のローデータ分析にのめり込んでいます。
パソコンのメモリを16GBに増やしたのを機に,全対象国(31か国)のデータを接合した,コンプリート版のデータベースを作りました。エクセルに落とすと260MBにもなります。
http://www.oecd.org/skills/piaac/publicdataandanalysis/
この調査は成人の学力調査ですが,各国の成人の生活状況や学びについても調べています。明らかにできることはいろいろありますが,そうですねえ。「働き方改革」がいわれる,昨今のわが国の状況にかんがみ,労働時間の国際比較をやってみましょうか。
高齢者やパートも含めた全就業者ではなく,働き盛りのフルタイム就業者に絞った比較をしましょう。上記調査はサンプルが多いので,こういう統制も十分可能です。*WVS(世界価値観調査)やISSPでも,この手のデータは作れますが,サンプルが少なく,傾向が安定しないのが難点でした。
上記調査のローデータをもとに,25か国について,30~40代のフルタイム就業者の週間就業時間分布を明らかにしました。下図は,日本とノルウェーの比較です。大雑把な4カテゴリーの内訳(%)にしています。
同じ働き盛りのフルタイム労働者ですが,違うものですねえ。わが国の法定の週間就業時間は40時間(8時間×5日)ですが,ノルウェーでは,半分以上がこれを下回っています。
予想通り,長時間労働は日本のほうがずっと多くなっています。4割が週50時間以上,6人に1人が週60時間(1日12時間)以上働いています。ノルウェーでは,こんな働き方をしている労働者はごくわずかです。ICTの先進国ですが,こういう技術を活用して,生産性を高めているのでしょう。
平均をとると,日本の1405人の週間平均就業時間は46.7時間,ノルウェーは40.4時間となります。6.3時間の差です。
他国はどうでしょう。下図は,25か国を高い順に並べたランキングです。アメリカとドイツは年齢を訊いていないので,分析対象に含めていないことを申し添えます。
トップはトルコで,その次は韓国,日本は3位です。4位にギリシャがきていますが,これはちょっと意外。まあ偏見は持たず,客観的な数値として受け入れましょう。
下の方をみると,働き盛りの労働時間が最も短いのは,先ほど比べたノルウェー。その次はデンマークで,その上はフランスです。分かるような気がしますね。
ここにて,25か国について,働き盛りのフルタイム労働者の仕事時間を出したのですが,これを,前回取り上げた知的好奇心と関連づけてみると,興味深い事実が浮かび上がります。
知的好奇心のレベルは,「新しいことを学ぶのが好きだ」という項目に対し,「非常によく当てはまる」ないしは「よく当てはまる」と答えた人の割合で測ります。
横軸に週間の平均就業時間,縦軸に知的好奇心をとった座標上に,25か国を配置すると,以下のような布置図になります。両軸とも,30~40代のフルタイム就業者のデータです。
働き盛りの労働時間と知的好奇心の相関図ですが,いかがでしょう。右下がりの配置で,仕事時間が長い国ほど,知的好奇心が低いという,負の相関関係が見受けられます。相関係数は,-0.7064です。
うーん,長時間労働は知的好奇心を枯らす,ということでしょうか。あまりの長時間労働だと,新しいことへの興味,未知のことを吸収しようという意欲も萎える。十分,あり得ることです。
そもそも,学びを可能ならしめる一番の資本は「ヒマ」です。学校(スクール)の語源が,閑暇(スコレー)であることは,よく知られています。長時間労働は,学びを時間的に不可能ならしめると同時に,その意欲も奪ってしまうでしょう。
前回述べたように,変動社会では,知的好奇心を枯らすことなく,絶えず学び続けることが不可欠。そのことで,斬新なイノベーションも生まれてきます。上記の傾向が因果関係の面を含んでいるとしたら,長時間労働は早急に是正すべしという,強い提言につながりますね。
しかし,上図の傾向が相関関係の表現と断定はできません。2つの変数には,共通の背因(根)があるかもしれません。もしかすると,双方とも,子ども期の学校教育の影響によるかもしれませんね。
わが国の学校教育では,長時間労働を厭わない精神が子どもに植え付けられるでしょう(教師がそのモデルになっている!)。また,受験主義の詰め込み教育ですので,学びとは苦痛だ,勉強は楽しくない,という思い込みも刻みこまれるでしょう。お隣の韓国も然り。しかるに,対極の北欧諸国では,その度合いが薄いと。
だとしたら,学校教育の在り方の問題になります。折しも,今年春に公示された新学習指導要領では,こうした弊を克服する方向が示されています。子どもの能動的な学びを重視する「アクティブ・ラーニング」がキーワードです。
ともあれ,知的好奇心という変数を切り口に据えると,わが国の職業社会や学校の病理が浮かび上がってくるようで,興味深い思いがします。