2018年6月28日木曜日

教員給与の相対水準(2016年)

 前回は,15歳の教員志望者の学力が,他の専門職志望者に比して高いことを明らかにしました。実のところ,こういう国は少数派です。教員の待遇がよくなく,優秀な人材は他の専門職に流れている国が多くなっています。

 教員の待遇がよくないという点では,日本も同じでしょう。にもかかわらず優秀な生徒を引き寄せることができているのですが,憧れや「やりがい感情」といった磁力は弱まってきています。こういう状況がいつまで続くかは未知数です。教員のブラック労働の実情が知れ渡り,若者の間で「教員離れ」が起きているとも聞きます。現に,教員採用試験の競争率も下がっていますしね。

 今回は,わが国の教員の待遇がどういうものかを,印象論ではなくデータで確かめてみようと思います。男性教員の月収を,同学歴(大卒)の男性労働者全体と比較してみます。この作業は,本ブログでも何回かやったことがありますが,精度をさらに高めるべく年齢も統制します。

 私はまず,2016年の文科省『学校教員統計』に当たって,公立小・中・高校の男性教員の月収の都道府県別データを揃えました。月収とは,同年6月時点の本俸額です。年齢も考慮する必要があるため,平均年齢も推し量りました。原資料に出ている平均勤続年数に,一般的な入職年齢の22歳を足して出しました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/1268573.htm


 黄色マークは最高値,青色マークは最低値です。物価が高い東京で給与が最も高いかと思いきや,そうではありません。東京の小学校の平均月収は33.4万円で全国値を下回っています。

 これは,東京では若い先生が多いためです。都市部では,団塊世代の大量退職・大量採用により,教員の年齢構成がすっかり若返っていますからね。その影響が小さい地方では,教員の平均年齢は高く,秋田の小学校は47.7歳となっています。中学校も秋田がマックスです。本県の教員のパフォーマンスの高さは,ベテラン教員が多いからでしょうか。

 それはさておき,ここでの関心事は,各県の男性教員の月収が,同性・同学歴・同年齢の労働者全体と比してどうかです。比較対象のデータを作るべく,2016年の厚労省『賃金構造基本統計』から,大卒男性の年齢層別の平均月収を都道府県別に出しました。原資料の都道府県統計には,全学歴の月収しか出てませんので,全国値でみた「大卒/全体」の倍率を適用し,各県の大卒の月収を推し量った次第です。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html


 この一覧表から,ほぼ同年齢の大卒労働者の月収が分かります。最初の表によると,秋田の小学校教員の平均年齢は47.7歳で月収は39.9万円ですが,本県の40代後半の大卒労働者全体の月収は36.5万円です(上表)。年齢を揃えても,教員給与は民間より高いですね。

 しかし東京はさにあらず。小学校教員の平均年齢は36.7歳で月収は33.4万円ですが,30代後半の大卒労働者全体の月収(45.4万円)よりかなり低くなっています。倍率は0.734で,民間給与の7割ちょっとであることが知られます。

 この要領で,各県・各校種の教員給与を同年齢の大卒労働者労働者全体と比較し,前者が後者の何倍かを表す倍率を計算してみました。下の表は,高い順に並べたランキングです。


 教員給与が民間より高い県は,小学校では10県,中学校では14県,高校では18県となっています(黄色マーク)。沖縄は高いですね。どの校種の月収も,大卒労働者全体の1.2倍以上です。2番目の表から分かるように,本県では民間の給与が低いからです。

 一方,民間の8割にも達していない県もあります(青色マーク)。首都の東京は悲惨で,小・中・高とも,同年齢の大卒労働者の月収の8割に達していません。ボーナスも含めた年収でみたら違う結果になるかもしれませんが,月収比較だとこんなふうになります。東京は,民間の給与が高いですからね。おまけに都市部ではモンペも多いときているので,やるにやれない。学生もそれを見越してか,都の教員採用試験の競争率は低くなっています(前回記事)。

 最初の問いに戻ると,諸外国の例にもれず,日本の教員の待遇はいいとは言えないようです。にもかかわらず,優秀な若者を引き寄せ,国際学力調査等で高い結果を出すことに成功している。「教育は人なり」と,お上は大喜びです。

 しかるに,給与や労働時間など,満足のいく待遇を保証せず,個々の教員の善意や「やりがい感情」だけに寄りかかるやり方は,果たしていつまで続くでしょうか。

 戦前から戦後の高度経済成長期までは,教員は超薄給でしたので不人気の職業でした。大正期の新聞をみると「先生の弁当はパン半斤」「栄養不良による教員の結核」といった記事がゴロゴロ出てきます。民間が「イケイケ」ムードだった高度経済成長期では,「でもしか教師」という言葉が流布したのはよく知られています。これではいけないと,70年代になって教員人材確保法ができ,教員の待遇が段階的に改善されたのでした。

 歴史は繰り返すといいますが,第2の人材確保法ができる時がくるかもしれません。その時は,給与を上げるというような小手先の改革だけでなく,教員像そのものの変革も伴ってほしいと願います。現在では,労働者でも専門職でもない「準専門職」などと曖昧にぼかされていますが,「専門職」としての教員像を確立すべきなのです。