2018年6月11日月曜日

研究者への到達チャンス

 私は1976年生まれで,1999年に学部を卒業し,2001年に修士課程,2005年に博士課程を修了しました。博士の最短年数は3年ですが,私は1年多くかかりました。

 私の世代は今年で42歳ですが,研究職の道を歩んでいる人の場合,トントンで行っている人は准教授になっているでしょう。しかしこういう勝ち組はわずかで,数としては,脱落組のほうがはるかに多くいます。

 いやらしい関心ですが,こうした淘汰の過程を数値で可視化できないかと,ふと思いました。文科省の『学校基本調査』で,学部卒業,修士修了,博士修了時点の人数は分かります。また同省の『学校教員統計』で,各年齢時点における,大学本務教員の職階別の人数が分かります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/main_b8.htm

 これらの統計を駆使することで,大学教員へのキャリアルートにおける選抜(淘汰)過程を明らかにできます。私は,自分の世代である1976年生まれと,一回り上の1967年生まれの2世代について,データを試しに作ってみました。

 拾ったのは,①学部卒業,②修士修了,③博士修了,④助教・助手・講師,⑤准教授,の5つのステージにおける人数です。上記の2世代の場合,以下の時点・年齢の数を採取すればいいでしょう。①~③は『学校基本調査』に載っている卒業(修了)者数,④と⑤は『学校教員統計』の大学本務教員数です。


 ストレートだと27歳で博士課程を修了(満期退学)し,30歳前後で助教か講師になり,40歳では准教授になっていると思われます。

 では,2つの世代について,5つの時点における頭数を見ていただきましょう。博士課程修了者には,単位取得満期退学者も含みます。


 何の加工もしていない原数値です。当然ですが,ステージを経るにつれて,人数はぐんぐん萎んできます。私の世代だと,学部卒業者は53万2436人ですが,博士修了者は1万5160人で,40歳時点の准教授数になると1906人にまで減じます。

 このような淘汰は,男子よりも女子で大きいかな,という印象です。また,一回り上の世代よりも厳しくなっているようにも思えます。

 それは後で可視化するとして,まずは,それぞれのステージにおける男女比率を出してみましょうか。簡単な割り算です。


 私の世代を見ると,おおむね女性比は下がってきます。助教・助手・講師の段階ではペコっと上がるのですが,博士課程修了者とは別のリクルート源からの有期採用が多いのでしょうか。准教授のステージになると,男女比は「4:1」になります。

 近年の男女共同参画政策の効果か,上の世代よりは,ちょっとだけ状況は改善されています。しかし絶対水準としてはまだまだで,「男女共同参画」が具現された姿とは到底言えません。

 次に,サバイバル率を出してみましょう。どの時点をベースにするかですが,研究者の卵としての資格を得た,博士課程修了時点の人数を100とした数に換算してみましょうか。こちらも,簡単な割り算です。


 1976年生まれ世代だと,27歳の博士修了者数を100とした場合,31歳時の助教・助手・講師は18.4,准教授は12.6となります。准教授への到達率,およそ1割です。性別にみると男子は13.2,女子は10.7で,男子のほうがやや高くなっています。

 上の世代と比較すると,状況は悪くなっていますね。准教授(=パーマネントポスト)への到達率は,1967年生まれ世代では4分の1だったのが,10分の1になってしまっています。ジェンダー差もちょっと拡大しています。

 90年代以降の大学院重点化の影響が大きいでしょう。最初の原数表に戻ると,博士課程修了者数は67年生まれでは8019人だったのが,76年生まれでは1万5160人に膨れ上がっています。このように競争の母体が増えたにもかかわらず,パーマネントポストは減ってしまっている。

 後続の世代では,このサバイバル率はもっと低くなると見込まれます。私の世代は1割ですが,最近博士号をとった世代が40歳になる頃(2030年前後)の准教授数は,いったいどうなっていることか。18歳人口の減少により,少なからぬ大学が潰れているでしょうし。

 まあ学生も,市場の閉塞状況はよく知っているようで,博士課程への進学者は2003年をピークに減少の傾向にあります。競争の母体が減るので,1割という数値は維持されるかな。『ニューズウィーク日本版』で,大学教員市場の開放係数という指標を計算してみましたので,興味ある方はご覧ください。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/post-9390.php

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