2019年3月27日水曜日

収入よりも地域?

 ライフチャンスの規定要因として,どういう家庭に生まれるかは重要です。このことは,誰だって知っています。

 と同時に,生まれ落ちた地域も劣らず重要です。地方出身の私にすれば,これもまたよく分かります。たとえば大学進学チャンスには,家庭環境の格差があると同時に,地域格差もあります。前者は東大の小林雅之教授が明らかにしており,後者は,都道府県差という形で,このブログで繰り返し実証しています。
http://tmaita77.blogspot.com/2018/08/2018.html

 家庭の所得と居住地。この2つのどっちの影響が大きいか? それは,地域別・家庭の年収別の大学進学率を出してみると分かります。そういうデータは知りませんが,私は居住地の規定力のほうが大きいのではないかと,前から思っています。鹿児島のホワイトカラー家庭より,東京のブルーカラー家庭の大学進学率のほうが高いのではないかと。

 大学が少ない地方では,子を大学にやろうとしたら自宅外に出すケースが多くなります。学費に下宿代・生活費が加算され,2倍の支出を強いられるわけです。また,大学進学を当たり前とみなすクライメイトが地域にあるかも大きいでしょう。私は,鹿児島の離島を調査したことがありますが,地域に大学がないのはもちろん,大卒学歴の人もわずかしかいないので,子どもたちは大学がどういうものかというイメージを持てないのだそうです。

 上記の仮説を検証する術はありませんが,人間形成に際して,収入より地域の影響が大きいことをうかがわせるデータはあります。人間形成に際しては,各種の体験が重要なのですが,高尚な趣味を嗜むチャンスの「地域別・収入別」のデータです。

 総務省『社会生活基本調査』の統計表を丹念に見てみると,有業者の年収別の行動実施率を,47都道府県別に出せる表があります。低収入層と高収入層の実施率を,東京と鹿児島に分けて出せるわけです。東京のプアと鹿児島のリッチを比較するとどうなのか。

 年収300万未満と700万以上の有業者をとりだし,前者をプア,後者をリッチとします。この2つの群について,美術鑑賞(DVD,PC等によるものは除く)と海外観光旅行の実施率を,47都道府県別に計算しました。実施率とは,過去1年間の実施率です。自発的なもので,職場の研修等で行ったものは含みません。

 手始めに,東京と鹿児島の比較結果をご覧いただきましょう。プアとリッチの高低差のグラフにすると分かりやすいでしょう。


 プアよりもリッチ,鹿児島よりも東京の数値が高いことが分かります。同時に,鹿児島のリッチより東京のプアの値が高いことも知られます。美術鑑賞の実施率は,前者が10.7%,後者が30.3%です。東京のプアは,鹿児島のリッチの倍近くです。

 美術館等の施設の多寡も違いますからね。鹿児島だと,鹿児島市は別として,郡部の人が美術鑑賞を嗜むのは容易ではないかもしれません。交通網も発達していませんので。海外旅行にしても,国際空港へのアクセスの便利度は,東京と鹿児島では桁違いです。

 「収入より地域」をうかがわせるデータですが,ケースをもっと増やして説得力を持たせることが可能でしょうか。では,47都道府県の結果一覧をみていただきましょう。各県のプアとリッチの美術鑑賞,海外旅行実施率です。


 数字がたくさんですが,注目ポイントは,各県のリッチの数値が東京のプアと比してどうかです。どうでしょう。高収入層の実施率が東京の低収入層に及ばない県が多いではないですか。黄色マークがそれです。美術鑑賞は35県,海外旅行は25県が該当します。

 様相を視覚化すると,以下の図のようになります。47都道府県の数値の布置図です。リッチの実施率が,東京のプアのライン(赤色)に達しない県が多いことを見て取ってください。


 高尚な趣味への接触率は,当人の経済力や文化嗜好によるのですが,居住地域の影響も大きいことが分かります。趣味の階層差はブルデューの文化的再生産論で扱われていますが,地域という変数も加えると,議論がもっと立体的になるでしょう。

 日本社会学会の伝家の宝刀「SSM調査」の個票データを使えば,「出身地域×出身階層×高等教育修了率」の多重クロス表ができると思うのですが,そういう分析はされているのでしょうか。地方のホワイトカラー層より,東京のブルーカラー層のほうが高かったりして。

 エンリコ・モレッティの『年収は住むところで決まる』(プレジデント社)では,旧来の工業都市の大卒者より,イノベーション都市の高卒者のほうが稼げる,ということが言われています。一流の「知」に触れるチャンスの違いによるそうです。ここで明らかにしたことに通じますね。美術鑑賞や海外旅行の実施率は,言葉がよくないですが,「東京の下層民 > 地方の上層民」です。

 地域間の人口の流動性がなく,生まれ落ちた地域で人生が完結していた時代では,地域間の不平等など意識されようがありませんでした。しかし,現在はそうではありません。ライフチャンスの規定因としての「出身地域」にも目を向けないといけません。

 出身階層と競合させてみると,出身地域の影響が勝ることもあり得る。それを主張する一助として,今回のデータを記録しておこうと思います。