2020年4月29日水曜日

強盗か自殺か

 コロナの影響で職を失う人が増えたらどうなるか。懸念されるのは自殺の増加です。長期の時系列データで,男性の失業率と自殺率のカーブを描くと,気味が悪いくらいシンクロしています(ニューズウィーク,拙稿)。

 関係を定式化すると,男性の場合,失業率1%アップで自殺者が2520人増です。2%アップで5000人,4%アップで1万人自殺者が出ると。各地で雇い止めが起きていることからして,あり得ない事態ではありません。

 生活苦のあまり他人の財産を強奪する,自棄になって大量殺人に走るなど,外向的な犯罪の増加も懸念されます。先日,コロナで失職し腹が空いてスーパーに押し入ったという,60代男性のニュースを目にしました。

 失業率は自殺率とシンクロしているんですが,強盗事件の発生率とも相関しています。以下に掲げるのは,男性の失業率と強盗発生率の推移です。後者は,人口10万人あたりの強盗事件認知件数をいいます。失業率はお分かりですよね,働く意欲のある労働力人口のうち,職探しをしている失業者が何%かです。


 私が生まれた70年代半ばからのトレンドですが,カーブが似ています。90年代の平成不況期に激増し,景気の回復と共に下がるのは,瓜二つの傾向です。1975~2018年の44年間のデータで相関係数を出すと,+0.849にもなります。

 「失業⇒強盗」という因果関係を思わせる事実(fact)です。失職して,どうしようもない生活苦に陥った。頼れる人もいない。こういう極限の危機状況に置かれ,非合法の行いをせざるを得ない時,人はどういう行動をとるか。大きく2つのベクトルがあり,自らを殺めるか,他人の財産や権利を侵害してでも生き延びるか,という2つに分かれます。前者は内向型,後者は外向型の逸脱行動です。

 日本では前者が多いようで,ちょっと古いですが2013年の統計を引くと,自殺者が2万6080人,強盗認知件数が3324件です。この2つの合算を,極限の危機に遭遇した人の量と仮定すると,その88.7%が自らを殺めることで処理されていることになります。両者の合算に占める,自殺の割合です。

 われわれにすれば「そうだろうね」という印象ですが,他国では違うのですよね。日本を含む8か国について,強盗認知件数と自殺者数を収集し,対比してみました。前者はUNODC,後者はWHOサイトのデータベースから得ています。2013年の数値です。


 日本と韓国は自殺の方が圧倒的に多いですが,他国は反対です。アメリカは強盗が34万5100件,自殺が4万1149人で,合算に占める自殺の割合は10.7%でしかありません。ブラジルに至っては,たった1%です。裏返すと,99%が強盗で占められています。「自分ではなく,他人をやる」と。

 スペインも内向度が低いですね。冒頭でリンクを貼ったニューズウィーク記事では,この国の失業率と自殺率の推移をみたのですが,全く関連していません。失業率が変動しても,自殺率はほぼフラットです。もしかすると,強盗率とは相関しているかもしれません(確認の術はありませんが)。

 極限の危機状況に置かれ,社会の規範から外れたことをしないと生きていけない。こういう時,侵害の矛先が外に向くか,それとも内に向くかが,社会によって大きく異なることが知られます。

 日本は矛先が内に向く,追い込まれたら自殺してしまう傾向が強い社会のようですが,比較の対象をもっと増やしたらどうなるでしょう。私はUNODC,WHOの統計資料に当たって,66か国の強盗件数と自殺者数を収集し,上表の右端の内向度を計算しました。強盗と自殺の合算に占める,自殺の割位です。


 高い順に並べたランキングですが,日本の88.7%は,データが取れる66か国の中では首位となっています。危機状況に置かれた際の対処の仕方が,最も内向的な社会です。

 この値が50%を超える,つまり強盗より自殺が多い国は,日本を含めて9あります。韓国,タイ,香港,シンガポールと,アジア諸国が多い印象です。

 対して右下は内向度が5%未満,強盗と自殺の内訳のグラフを作ると,ほとんどが強盗で染まってしまう国です。自分を殺めるのではなく,他人の財産や権利を容赦なく侵害する,外向的な国民性の社会です。先ほどみたブラジルをはじめ,中南米の国が多くなっています。

 為政者にとって都合がいいのは,どっちのタイプでしょう。社会を混乱させることなく,生活苦の人は自分からフェードアウトして行ってくれる,内向型の国でしょうね。日本はその極地で,この国の政治家は,こういう国民性の上にあぐらをかいているともいえます。決め台詞は「自己責任です」。

 しかし時代は変わりつつあります。これまでは,苦境に置かれた人たちは個々バラバラに分断されてましたが,今はSNS等で簡単につながれるようになっています。とくに若年層はそうで,困窮した学生への救済を求める運動が,ネット上で盛り上がっています。昨年の「Me too」運動もですが,これぞ現代型の社会運動です。虫のいいやり方が通用する時代は,もう終わりです。

 強盗と自殺の統計から試算した「内向度」,いかがでしたでしょうか。この数値は,高ければいいという価値判断を含むものじゃなく,それぞれの社会で暮らす成員の気質(国民性)を可視化する,一つの指標です。