2011年8月13日土曜日

教育委員の保護者率

 都道府県や市町村といった地方公共団体には,教育委員会が置かれることになっています。教育委員会とは,「当該地方公共団体が処理する教育に関する事務」を管理し,執行する機関です(地方教育行政法第23条)。

 教育委員会は,教員採用に関すること,教科書の採択に関すること,教員の研修に関することなど,重要な事項を司る職務上の権限を有しています(同上)。現在,教員採用試験の一次試験の結果を固唾を飲んで待っている人も多いかと思いますが,教員採用試験の実施主体は,まぎれもなく教育委員会です。

 教育委員会を構成する教育委員の数は,5人が原則ですが,都道府県や市の教育委員会は6人以上,町村の委員会は3人以上でもよいとされています(同法第3条)。はて,重要な権限を付与されている教育委員会を動かす教育委員というのは,どういう人たちなのでしょう。

 教育委員会の委員は,「当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で,人格が高潔で,教育,学術及び文化に関し識見を有するもののうちから,地方公共団体の長が,議会の同意を得て,任命する」ことになっています(第4条第1項)。戦後初期の教育委員会法のもとでは,教育委員は住民の直接選挙で選ばれることになっていましたが,1956年の地方教育行政法制定に伴い,首長の任命で選ばれる方式に変わりました。簡単にいうと,公選制から任命制になったわけです。

 こうなると,首長の好みによって,教育委員の構成に偏りが出てくる恐れがあります。そこで,委員の任命に際しては,「委員の年齢,性別,職業等に著しい偏りが生じないように配慮するとともに,委員のうちに保護者である者が含まれるようにしなければならない」と法定されています(第4項)。2007年の地方教育行政法改正により,保護者の選任義務が明確に規定されたことがポイントです。児童生徒の保護者の意見を教育行政に色濃く反映させることを狙っています。

 文科省『教育行政調査』によると,2009年5月1日時点において,全国の市町村教育委員会の委員は7,495人いるそうです。このうち,保護者は2,066人とのこと。よって,末端の市町村委員会委員に占める保護者の比率は27.6%となります。2001年の12.1%よりもかなり増えています。上記の法改正の影響も大きいことでしょう。
 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001028814&cycode=0
 
 私は,この値を県別に出してみました。下の表をご覧ください。2001年と2009年5月1日のものです。最大値には黄色,最小値には青色のマークをしてあります。


 2009年でみると,最も高いのは佐賀の34.2%,最も低いのは山梨の20.8%です。教育委員に占める保護者率には,13ポイントほどのレインヂ(極差)があります。47都道府県の標準偏差を出すと,2001年が3.87,2009年が3.07です。委員の保護者率の地域差は,縮まってきています。各県とも,保護者を選任することに懸命になったことの表れでしょう。神奈川では,7.3%から33.1%と,保護者率が4.5倍にも増えています。


 2009年の保護者率を地図化すると,上記の図のようになります。教育委員の保護者率は,東北の諸県で比較的高いようです。子どもの学力上位,博士号取得教員の積極採用など,いろいろと注目を集めている秋田ですが,このような偉業は,教育行政に保護者の意向が反映されていることの所産でしょうか。

 保護者率が最も低い山梨ですが,7月28日の記事でみたように,この県の小・中学校教員の離職率は全国で最も高い水準にあります。教員の離職率の高さと,教育委員の構成との間に,何か関連でもあるのでしょうか。

 こうみると,教育委員の構成というのは,各県の教育の有様と,無関係ではないようです。文科省の『教育行政調査』からは,各県の委員の年齢構成や職業構成,さらには在職期間の構成をも知ることができます。これらを説明変数,教員の離職率を被説明変数に据えた分析をしてみるのも一興かと思います。

 みなさま,よいお盆休みをお過ごしください。

2011年8月11日木曜日

大学生の留年(続)

 1月8日の記事において,大学生のうち,最低修業年限を超過して在学している者(留年生)の比率を計算しました。2010年の数字でいうと4%,つまり25人に1人ほどでした。今回は,この留年生出現率が過去からどう推移してきたか,またどの学部で率が高いかを明らかにしようと思います。

 最近,卒業年度中に就職が決まらなかった学生が,翌年度も「新卒枠」で就職活動を行うべく,自発的に留年をするケースが増えていると聞きます。そのような学生には,留年期間中の学費を軽減するなどを措置をとる大学も出てきています。

 それだけ,現在の学生さんの就職が厳しい,ということでしょう。仮説的には,大学生に占める留年生の比率は上昇してきているように思いますが,実情はどうなのでしょう。

 8月4日に,2011年度の文科省『学校基本調査』の速報結果が公表されました。それによると,同年5月1日時点の大学生2,893,434人のうち,最低修業年限を超過して在学している,いわゆる留年生は111,768人だそうです。よって,この年の大学生の留年生出現率は38.6‰となります。大学生のおおよそ26人に1人が留年生です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528

 私は,1975年(昭和50年)から,この指標の値がどう推移してきたかを調べました。下図をご覧ください。1年超過者と2年以上超過者の組成が分かるようにしてあります。なお,今回は,在学期間が5年ないしは6年の大学も計算に入れていますので,1月8日の記事とは,数字が若干異なることに留意ください。


 図によると,この期間中,大学生の留年率が最も高かったのは,1978年の51.9‰です。この年では,留年生の比率が5%を超えていたわけです。大学生の留年率は大局的には減少の傾向にあります。ですが,2009年以降は増加に転じています。08年のリーマンショックによる不況の影響のためと思われます。

 大学生の留年率は,昔のほうが高かったのですねスチューデント・アパシーというやつでしょうか。1970年代半ばといえば,大学が多すぎるということで,都市部において,大学進学抑制政策が敷かれた頃です。また,実用的な教育を行う専門学校が創設された頃でもあります。勉強しない大学生,無気力な大学生という問題を,当局が認識してのことだったのでしょうか。

 ところで,大学といっても,いろいろな学部(Faculty)があります。どの学部の学生で留年生が多いのかも気になるところです。2011年の速報統計からは,学部別の留年率を出すことはできませんので,2010年の統計を使って,主な学部の留年率を出してみましょう。私は,学生数が1万人を超える主な学部について,留年率を計算しました。


 50‰(=5%)を超える学部は,ゴチにしています。ゴチになっているのは,外国語学部,法学部,政治経済学部,経済学部,商学部,経営情報学部,理学部,工学部,理工学部,です。外国語学部の留年率が高いのは,留学による最低修業年限超過が多いものと推察されます。

 ほか,留年率が高いのは,法学部や経済学などの社会科学系学部,および理学部や工学部などの理系学部です。私は,昨年度まで,武蔵野大学政治経済学部の卒論ゼミを持っていましたが,政経学部の留年率は高いのだなあ。冒頭で述べたような,就職未決定による留年も多いことと思います。

 1月8日の記事でも申しましたが,大学生の留年率は,道草を許さない,日本社会の世知辛さを可視的に表現する指標とも読めます。新卒至上主義であり,大学卒業後の経歴に,ほんの少しのブランクが出ることも許さない。このような奇妙な慣行のために,留年を強いられ,時間とお金を浪費せざるを得ない若者が多く出ることは,何とも悲しいことです。

 「卒業後3年までは新卒扱いにせよ」という要望が,文科省から経団連に出されたようですが,効をあげているのかしらん。

2011年8月9日火曜日

失業者の犯罪

 6月28日の記事において,失業者の犯罪率は,一般人よりも高いことを知りました。当然といえば当然ですが,失業者の犯罪率は,過去からどう推移してきたのでしょうか。

 現在,孤族化の進行により,頼れる親族を持たない,一人ぼっちの人間が増えているといわれます。昔は,失業しても,親族間の相互扶助のネットワークにより,何とか急場をしのげたのでしょうが,今日では,そのようなことを望み得ない人も少なくないことでしょう。それだけに,「失業=即生活崩壊」という図式が強まり,失業者の犯罪率も上がってきているものと思われます。

 2009年の警察庁『犯罪統計書』によると,この年の刑法犯検挙人員のうち,犯行時の職業が「失業者」というカテゴリーの者は9,352人です。この年の完全失業者の数は約336万人です(総務省『労働力調査」)。よって,2009年の失業者の犯罪者出現率は,およそ2.8‰となります。千人あたり2.8人という意味です。6月28日の記事でみたように,この犯罪率は,人口全体のそれよりも若干高い水準にあります。

 失業者の犯罪率は,1973年から算出可能です。この年からの推移をとってみました。図には,失業者の量的規模を表す完全失業率のカーブも添えています。完全失業率とは,完全失業者数を労働力人口で除した値です。


 失業率は1990年代以降,上がってきています。その後減少しますが,2008年のリーマンショックの影響で,最近再上昇しています。では,失業者の犯罪率はというと,予想に反して,大局的には減少の傾向です。2009年の値(2.8‰)は,1973年の値(7.2‰)の半分以下です。

 これをどう解釈したものでしょうか。相対的剥奪感(relative deprivation)という概念があります。「自らが虐げられている(剥奪されている)」と人が感じる度合いは,周囲の状況に依存するというものです。たとえば,クーラーが家にない人が抱く「剥奪感」は,昔はそれほど大きくなかったことでしょう。クーラーがないという状況が当たり前だったのですから。しかし今日では,クーラーがないことは,生活保護世帯以下の生活水準であることを意味します。

 この伝でいうと,上記のデータも読めないことはありません。1973年では,失業者の実数は68万人で,働く意欲のある労働力人口に占める比率はわずか1.3%でした。言葉が悪いですが,現在と比べれば「選りすぐり」の人たちでした。周囲のほとんどの人間が就労している状況下では,職にありつけない人間が抱くところの「剥奪感」は相当大きかったのではないでしょうか。

 ところが,2009年現在では,失業者の数は336万人にまで膨れ上がり,労働力人口に占める比率も5.1%まで上がっています。またまた言葉がよくないですが,「同士」が増えたわけです。よって,個々の失業者が抱く「剥奪感」は,1973年当時に比べれば減じてきていると思われます。失業者の犯罪率の減少傾向は,このような見方から解釈できないこともありません。

 ですが,失業者の状況がやはり悪化してきていることを示唆する統計があります。浮浪者の犯罪者数の増加です。完全失業率のカーブと,気持ち悪いくらい似通っています(下図)。浮浪者については,ベースの規模が分からないので,犯罪率を出すことができません。よって,刑法犯検挙人員の実数の推移をとっています。


 冒頭で述べたような「孤族化」の進行により,失業者は即,住居のような生活基盤を喪失し,浮浪者に転落する,ということでしょうか。住み込みの派遣労働者は,契約期間終了と同時に,寮からの退去を求められるといいますが,頼れる親族がいない場合,行くアテはありません。結果,直ちに路上生活となり,生活困窮から窃盗などの犯罪に手を染める,という成り行きも多いことと思います。

 こうみると,失業者の犯罪率の減少は,浮浪者の犯罪者の増加によって代替されているのかもしれません。

 失業率と浮浪者の犯罪者数のパラレルな傾向は,「失業=即生活崩壊(ホームレス化)」という図式が強まっていると読むこともできます。孤族化の進んだ現代日本社会の病理が,ここに表現されています。

2011年8月7日日曜日

教員の犯罪

 わいせつ目的で,小学校6年生の女子児童を車で連れ去った,川崎市の小学校教諭が逮捕されたそうです。昨年の同じ頃,小・中学生の少女5人を強姦した罪で,稲城市の小学校教諭が逮捕されたことも記憶に新しいところです。
http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY201108040932.html

 新聞報道に接する限り,こうした犯罪行為をしでかす教員が増えているような感覚を持ちます。とくに,女児に乱暴やわいせつ行為をはたらく,性犯罪(sexual crime)が多いような印象を受けます。数字でみるとどうなのでしょう。

 警察庁が毎年発刊している『犯罪統計書』には,刑法犯による検挙人員が,犯行時の職業別に記載されています。その中に,「教員」というカテゴリーがあります。小学校や中学校のような,学校教育法第1条が定める正規の学校のほか,専修学校や各種学校の教員なども含んでいるのでしょうが,母集団の構成からして,多くが,小・中・高等学校の教員とみて間違いないでしょう。

 最新の2009年の統計をみると,刑法犯で検挙された教員の数は585人です。そのうち,性犯罪(強姦,わいせつ)による者は45人となっています。この数字は,どう推移してきたのでしょう。「教員」というカテゴリーの検挙人員が分かるのは1996年からですので,この年からの推移をとってみます。


 上表によると,警察の御用となった教員の数は増えてきています。1996年では365人でしたが,2002年に500人を超え,2004年には601人とピークを迎えます。2009年の数字は,それよりも少し減って585人です。1996年の数を100とした指数をみると,この期間中,検挙人員の総数は1.6倍になったようです。性犯罪者の増加率はもっと高く,2.1倍です。

 教員の犯罪が増えていることが確認されましたが,犯罪といっても,いろいろな罪種があります。最新の2009年の検挙人員について,包括罪種の内訳をみてみましょう。教員の特徴を浮かび上がらせるため,成人(20歳以上)の検挙人員全体のものと対比してみます。


 上図によると,成人全体では窃盗犯が最も多いのですが,教員では,粗暴犯による者が32.6%と最多を占めています。粗暴犯とは,暴行,傷害,脅迫,および恐喝の総称です。教員の場合,一般人に比して,こうした暴力犯罪の比重が高くなっています。また,風俗犯の比率が比較的大きいことも注目されます。わいせつは,風俗犯に含まれます。

 数の上ではごくわずかですが,子どもを教え,導く存在である教員の犯罪が増えていることは忌々しき事態です。教員採用試験の教職教養において,公務員が遵守すべき服務について問われる頻度が高いというのも,さもありなん,という感じです。この夏に実施された,東京都の試験の教職教養では,服務の問題が出題されています。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/24senko/answer.htm

 研修などを強化し,服務をしっかりと教え込むことは,犯罪への誘発要因(プル要因)への免疫をつけることにはなるでしょう。しかし,それだけでは不十分であり,犯罪行為へと主体を突き動かすような,プッシュ要因への対処も必要になります。ここでいうプッシュ要因とは,不安定な生活態度が形成されることです。過重な勤務によるストレス増などは,この典型に位置します。

 昨年の夏,小・中学生の女児に対する性犯罪で逮捕された,稲城市の小学校教諭は,動機として「高学年の担当でストレスがたまった」と供述しています。不安定な生活態度(プッシュ要因)が,純粋無垢な女児と接する機会が多いという,プル要因に結びついたが故の犯行といえないでしょうか。

 教員の勤務条件の改善ということも,犯罪抑止策の一翼を担うものと思います。

2011年8月5日金曜日

文化的再生産

 小学校の教員採用試験の要点整理集を執筆しています。小学校の試験では,9教科の内容のほかに,学習指導要領についても出題されます。学習指導要領とは,各学校が教育課程を編成する際に依拠すべき国家基準のことです。各教科の目標や内容のほか,指導にあたっての配慮事項なども,事細かに記載されています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/zu.htm

 現在,図画工作の章を書いています。図画工作の内容は,大きく,「表現」と「鑑賞」に分かれるのですが,後者の指導内容として,高学年では,「我が国や諸外国の親しみのある美術作品,暮らしの中の作品などを鑑賞して,よさや美しさを感じ取ること」というものが挙げられています。芸術作品の「よさや美しさを感じ取ること」など,教師から綿密な手ほどきを受けたとしても,育ちの悪い私には,なかなかできそうにはありません。

 この種の鑑賞能力は,学校での授業によって一朝一夕に身につくものではなく,子どもがどういう家庭環境で育ってきたかに大きく規定されます。たとえば,保護者が芸術好きで,美術館に連れて行ってもらう頻度が高い子どもほど,芸術作品の鑑賞能力の素地は備わっていると思われます。

 となると,保護者の芸術嗜好がものをいうわけですが,それは,最終学歴の程度によって大きく異なるのです。総務省『平成18年・社会生活基本調査』の統計から,2005年10月から2006年10月までの間に,美術鑑賞(テレビ,DVDなどは除く)を一度でもした者の比率を,最終学歴別に出すことができます。小学生の親世代にあたる30代の男女について,数字をお見せしましょう。出所は,下記サイトの表65-1です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001008009&cycode=0


 最終学歴で最も多いのは,男女とも高卒です。高卒の男性でいうと,ベースの人口401万人のうち,最近1年間において一度でも美術鑑賞をした者は29万人だそうです。よって,美術鑑賞行動実施率は7.3%となります。この数字は,学歴を上がるほど高くなり,大学・大学院卒業者では,22.3%にもなります。

 女性では,こうした学歴差がもっと顕著です。大卒では,鑑賞率が39.2%にも達します。高卒のおよそ3倍です。女性(母親)のほうが,子どもと接する頻度は高いでしょうから,親世代の芸術嗜好の学歴差は,子どもに大きく反映される可能性があります。保護者が高学歴の子どもほど,学校の図画の授業で高い成績を修める,というように。

 ここで述べていることは,ピエール・ブルデューが提起した「文化的再生産」の理論に通じます。上流階層の子弟ほど,文化的な家庭環境が整っており,学校で教えられる抽象的な教授内容にも親しみやすい。結果,彼らは学校で高い成績を修め,引いては,親と同様,高い地位を手に入れる。つまり,文化資本という「見えざる」資本によって,親から子へと高い地位が再生産されていることになります。ブルデューは,このような過程を「文化的再生産」と呼んだのです。

 一見,公平な競争の場に見える学校において,文化を介した「見えざる」不平等が進行していることを暴いたブルデューの功績は大きい,というべきでしょう。上記のデータをみる限り,わが国の学校でも,文化的再生産の過程が潜んでいるのではないか,という懸念が持たれます。

 2008年,2009年に改訂された新学習指導要領のキーワードは「生きる力」です。「基礎・基本を確実に身に付け,いかに社会が変化しようと,自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力,自らを律しつつ,他人とともに協調し,他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性,たくましく生きるための健康や体力」と定義されています(1996年7月,中教審答申)。

 とても曖昧です。曖昧なだけに,教師の評価も,多分に主観的なものにならざるを得ないのではないでしょうか。子どもの品性や立ち振る舞いなど,社会階層の影響を多分に受ける要素が,評価の因子として入り込んでくる恐れがあります。

 「生きる力」を身につけるのは誰か。教育を蝕む「見えざる」メカニズムの解明を使命とする,教育社会学の重要課題であるといえましょう。

2011年8月3日水曜日

地域密着人口

 広井良典教授の『創造的福祉社会』(ちくま新書,2011年)を読んでいます。副題のごとく,成長が終わった後の社会のすがたについて構想をめぐらした書物です。内容は多岐にわたるのですが,帯には,「グローバル化の先のローカル化へ!」と記されています。

 「グローバル化」とは,簡単にいえば,人々の生活圏が拡大することです。かつての人間は,生まれてから死ぬまで,一つの(狭い)地域社会の中で暮らしていました。日常生活における生産や消費も,そこにて完結していたわけです。

 しかし,現在はそうではなくなっています。たいていの人は,生涯の間に複数回,地域移動(引っ越し)をしますし,日常生活でも,自宅から職場などへと,複数の地域を渡り歩いています。生活物資にしたって,インターネットなどのツールを使って,遠く離れた場所から取り寄せることも少なくありません。今時,自宅から歩いて行ける範囲において生活が完結するような人は,滅多にいないでしょう。

 一方の「ローカル化」とは,各人が住んでいる地域の重要性が増していくことです。自宅から歩いて行ける範囲よりも少し広いくらいの地域を想定すればよいでしょうか。生産や消費などの面からなる生活が,小さな地域の中で完結する度合いが高まることになります。自宅から近い場所で働く,買い物は近くの商店街で済ますなど…。

 広井教授によると,今後は,グローバル化よりもローカル化の傾向が強まっていくであろう,とのことです。はて,歴史の時計の針が逆戻りするような事態が,本当に起きるのでしょうか。広井教授の予測は,ある統計指標の動向を踏まえています。その指標とは,地域密着人口の比率です。

 地域密着人口とは,年少人口(15歳未満)と老年人口(65歳以上)が,全人口に占める比率のことです。年少人口と老年人口は,生産人口に比して,自分が暮らす地域への密着の度合いが高いと解釈されます。こうした地域密着人口の比重が高まることは,ローカル化が進展することの基盤条件であるといえましょう(上記文献,87頁)。


 上図は,わが国の人口の長期的な変化を図示したものです。現在はちょうど人口がピークの時であり,これから先,人口減少の局面に入っていくことになります。しかし,その組成をみると,緑色の老年人口の比重の増加が明らかです。2050年では,全人口のおよそ4割が,65歳以上の老年人口で占められることになります。

 老年人口は地域密着人口に含まれますから,地域密着人口の比重も高まっていくことになります。地域密着人口(年少+老年)の比率をピンポイントで出してみると,1920年が41.7%,1950年が40.3%,1980年が32.6%,2010年が36.1%,2050年が48.2%,です。昔は子どもが多かったので,地域密着人口率は高かったようです。これから先は,高齢者が増えることで,この指標の数字が高まっていくことが見込まれます。


 地域密着人口の比率をグラフ化してみましょう。この指標は,1950年までは40%を超えていましたが,その後急減の時期に入り,1970年には31%まで低下します。この時期は,高度経済成長期と一致します。「成長」の時期です。

 しかし,1990年代以降,地域密着人口率は増加の局面に入り,2020年には再び4割を超えることが見込まれます。2070年には50%を超え,人口の半分が地域密着人口という社会になることが予想されます。ローカル化が進行するための人口学的条件は,確実に熟していくというべきでしょう。

 私が感動した,映画「コクリコ坂から」は1963年の物語ですが,この映画で描かれていたような,活気ある地域社会が,全国の至る所でカムバックするのでしょうか。そうだとしたら,嬉しい気がします。これから先のローカル化は,もっぱら高齢者によって担われることに注意しなければなりませんが。

 いずれによせ,「成長の後」の社会は,ローカル化が進んだ社会になることは,かなりの確率で予言できると思います。

2011年8月1日月曜日

「コクリコ坂から」を観て

 スタジオジブリの最新作「コクリコ坂から」を近場の映画館で観てきました。物語のあらすじは申しませんが,1963年(昭和38年)という時代を思わせる,「生活臭」ただようお話でした。
http://kokurikozaka.jp/

 マッチで火をつけて,お釜でご飯を炊く,活気ある商店街…。物語の主人公は,松崎海という高校2年生の少女ですが,年齢にすると17歳でしょうから,戦争が終わって間もない1946年(昭和21年)生まれと推定されます。私の母親よりも少し下の世代です。現在は,64~65歳くらいになられていると思います。

 バスの中で,この世代と思しき高齢者を見かける機会が多いのですが,この方々は,10代後半の多感な思春期を,あのような時代で過ごされたのですね。高齢者をジジイ呼ばわりして,厄介者扱いするのは簡単ですが,彼らが生きてきた時代というのに思いを寄せるならば,そのようなことは,なかなかできなくなります。「高齢者に罵声を浴びせる若者は,彼らが生きてきた時代を想像することができない」という趣旨のセンテンスを,何かの本で読んだ覚えがあります。

 私は頭が単純ですので,すっかり,「昔はよかった」というノスタルジーにかられてしまっています。映画では,当時の「明」の部分のみが強調されているにもかかわらず。まあ,こういう「おめでたさ」は脇に置くとして,当時と現在とでは,何が違っているのかしらん。それは無数にあるでしょうけれども,一つだけ統計をお見せしましょう。総務省『労働力調査』の長期統計から作成したものです。下記サイトの表4の(1)から数字をハントしました。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm


 物語の年の少し前の1960年では,就業者のうち,46.6%が自営業ないしは家族従業でした。しかし,2010年現在では,その比率はわずか12.3%です。残りの87.7%は,組織に雇われて働く雇用者となっています。

 自営業や家族従業の場合,住む場所と働く場所が一致していること(職住一致)がほとんどでしょう。単純に考えると,1960年では,働く人間の半分ほどが,生活の場と同じ場で仕事をしていたわけです。物語で描かれているような,地域社会の活気ぶりは,このような基盤条件によるところが大きいと思います。ちなみに,松崎海は,丘の上にあるコクリコ荘という下宿屋を切り盛りしている少女です。まぎれもなく,職住一致です。

 うって変わって,現在では,就業者のおよそ9割が雇用者です。彼らの多くは,自宅から遠く離れたオフィスに通勤しています。地域社会は,自宅から職場への単なる通り道でしかない,という人も結構いるのではないでしょうか。物心ついた頃から,こういう状況に慣れ親しんでいる私だからこそ,「コクリコ坂から」を観て,感動を覚えるのかもしれません。

 しかし,こういう過去の記憶を,高校生の恋愛物語という映画に仕上げて世に問う仕事には,敬意を払います。私も,こういう,人に感動を与えるような仕事をしたいなあ。

 主人公が通う高校で,カルチェラタンという,文化系の部室の建物を取り壊すかどうかという,論戦がはられたシーンがありました。松崎海が恋をする風間俊という少年は,椅子の上に立ち上がり,こう呼びかけます。「古くなったから壊すというなら,君たちの頭こそ打ち砕け!…(中略)…新しいものばかりに飛びついて,歴史を顧みない君たちに未来などあるか!」。

 まったくもって賛意を表します。私は,教育社会学徒の端くれですが,教育社会学の源流は,デュルケムの『フランス教育思想史』のような歴史研究に見出されます。教育現実というのは,アンケートのような方法だけで把握され得るものではありません。生きた人々の行為は,過去の記録の中にぎっしり詰まっています。こちらのほうが,客観性の高いデータであるといえましょう。私も,自分の関心に即して,過去の記憶を掘り起こす仕事をせねばならぬと感じているところです。

 「コクリコ坂から」は,DVD化されるまでしばらくかかるでしょうから,映画館通いしなければ…そうだな,1週間に1度くらい…。多すぎですか?