前回の続きです。今回は,各国の女子生徒の理系志向が,理科の授業の有様とどう関連しているかを明らかにすると,予告しました。
しかるに,その前にやっておくべき課題があることに気づきました。男子生徒の理系志向も数値化することです。わが国の女子生徒の理系志向が国際的にみて低いことは分かりましたが,男子と比べてどうなのでしょう。仮に男女差が大きいなら,ジェンダー(gender)の問題が絡んできます。
ジェンダーとは,社会的・文化的につくられる性です。身体機能や生理機能のような性(sex)とは,概念上区別されます。たとえば,「男子は泣かない」,「女子は控えめに」という通念など,幾多の例を想起できます。
わが国は,ジェンダー規範が強い社会であるといわれます。女子生徒の理系志向を頭から抑え込むジェンダー規範が,明にも暗にも作用していないとも限りません。この点は,男女の違いをみてみないと分かりません。わが国の15歳生徒の理系志向は,男女でどれほど違うか。また,差の程度は国際的にみてどうなのか。今回明らかにしたいのは,こういうことです。
私は,PISA2006の生徒質問紙調査のQ29への回答結果を合成して,対象の15歳生徒の理系志向を測る尺度をつくりました。4点から16点までのスコアです。値が高いほど,当該生徒の理系志向が強いことを意味します。仔細は,恐れ入りますが,前回の記事をご覧ください。
下図は,わが国の男子生徒と女子生徒のスコア分布を図示したものです。男子生徒2,989人,女子生徒2,937人のスコア分布が描かれています。
ピークに注意すると,男子は8点,女子は4点にあります。最低点の生徒の比率は,男子では20.6%(5人に1人)ですが,女子では34.8%(3人に1人)です。その分,高得点層の比重は,女子よりも男子で大きくなっています。
上図の分布から,男女のスコア平均を出すと,男子は8.3点,女子は6.9点です。予想通りといいますか,理系志向は,女子よりも男子で高いようです。平均スコアの差にして,1.4ポイント開いています。
はて,こうした男女差の程度は,国際的にみてどうなのでしょう。私は,日本を含む57か国について,男女生徒の理系志向スコアの平均値を計算しました。男女双方についてベタなランク表を提示するのは,スペースをとりますし芸がないので,表現法を工夫します。
横軸に男子生徒の理系志向スコア平均,縦軸に女子生徒のそれをとった座標上に,57の国をプロットしてみました。わが国の位置(8.3点,6.9点)の位置をご覧ください。
まずスコア平均の水準をみると,日本の場合,女子は57か国中最下位ですが,男子はそうではないようです。57か国中40位なり。
図の斜線は均等線です。この線よりも下にある場合,女子よりも男子の理系志向が強いことを示唆します。上にある場合は,その逆です。日本は均等線よりも下に位置し,かつ,この線からの垂直方向の距離も大きくなっています。つまり,理系志向の男女差が大きい,ということです。
まあ,女子よりも男子の理系志向が強い国がほとんどですが,わが国は,その程度が大きい社会であるといえましょう。ちなみに,スコアの性差が最も大きいのは,台北です。男子は9.7点,女子は7.9点であり,1.8ポイントもの差があります。日本はその次なり。
なお,男子よりも女子の理系志向が強い国があることにも注意しましょう。斜線よりも上に位置している国です。インドネシア,タイ,コロンビアなどは,この種の社会に該当します。
さて,わが国は,男子と女子の理系志向の差が大きい社会であることが分かったのですが,それはなぜでしょう。前回紹介した藤原教授の『男女共同参画社会と市民』(武蔵野大学出版会,2012年)によると,数学や理科の能力に性差はなく,「女性は数学・理科に弱いのだ,生まれつき女と男は違うのだという思いこみ」が大きいのではないか,ということです(26頁)。
http://www.musashino-u.ac.jp/shuppan/books/detail/bookdanjo.html
こうした思い込みは,家庭でのしつけや,学校での日々の役割分担等を通じて獲得されていくとのこと。後者は,「かくれたカリキュラム」という,教育社会学の重要概念にも通じます。わが国の女子生徒の理系志向が少ないのは,客観的な能力差というよりも,未だ蔓延っているジェンダー規範のゆえであるといえそうです。
インドネシアやタイなどの新興国では,こういうことがあまりないのだろうなあ。社会の発展のため,女子の理系能力をガンガン活かす方策がとられているのかも。
ところで,インドネシアやタイでは,実験や討議を重視する開発主義的な理科の授業が行われています(「高校理科の授業スタイルの国際比較」)。こういう教育面の要因も効いていると思われます。次回は,この点を吟味することにいたしましょう。
2012年11月9日金曜日
2012年11月8日木曜日
女子生徒の理系志向の国際比較
武蔵野大学の藤原千賀教授より,『男女共同参画社会と市民』(武蔵野大学出版会,2012年)を謹呈いただきました。構成のバランスがよく,主要分野について,男女共同参画やジェンダーに関連する統計資料が数多く提示されており,とても参考になります。
http://www.musashino-u.ac.jp/shuppan/books/detail/bookdanjo.html
私がとくに関心を持ったのは,2章の「教育・学習分野の男女共同参画」です。24頁に,大学生の女性比率が専攻分野別に掲げられているのですが,工学は10.6%,理学は25.8%,医科・歯科は33.6%というように,理系の分野では,女子学生が殊に少なくなっています(2004年,『学校基本調査』)。
世の中には男女が半々ずついることを考えると,これはすごい偏りといえます。まあ,文系には女子が多く,理系には男子が多いというのは,よく知られていることですが,女子の理系志向が少ないことは,わが国に固有のことなのでしょうか。
今回は,日本の女子生徒の理系志向を数量化し,その値を国際データの中に位置づける作業をしてみようと思います。
毎度使っているPISA2006の生徒質問紙調査のQ29では,対象の15歳の生徒(わが国は高校1年生)に対し,「以下のことがどれほど当てはまるか」と尋ねています。
いずれの項目も,理系志向の強さを測る尺度として使えます。「1」という回答には4点,「2」には3点,「3」には2点,「4」には1点,というスコアを与えましょう。この場合,対象となった生徒の理系志向の強さは,4点から16点までのスコアで計測されます。全部1に丸をつける,バリバリの理系志向を持った生徒は16点となります(4点×4=16点)。逆に,全部4を選ぶ理系忌避型は4点となる次第です。なお,いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,分析から除きます。
私は,上記PISA調査のローデータに当たって,対象の57か国,19万6,490人の女子生徒について,このスコアを計算しました。以下では,理系志向スコアといいます。下図は,57か国全体,日本,そしてアメリカのスコア分布を図示したものです。カッコ内は,サンプル数です。日本の場合,2,937人の女子生徒の分布が描かれています。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
いかがでしょう。57か国全体とアメリカの場合,ピークは8点です。8点とは,4項目全てに「3」(そう思わない)と回答した場合の点数です。57か国全体でみたら,平均的な女子生徒の姿はこんなものでしょうか。
さて日本はといえば,同じく8点の生徒が3割ほどで多いのですが,それよりも多数なのは4点の生徒です。4点ということは,全項目に対し「4」(全くそう思わない)と答えたことになります。わが国では,女子生徒の34.8%(3人に1人)が,この最低点の生徒です。
上図の分布を簡略な代表値で要約しましょう。何のことはありません。ただ平均(average)を出すだけです。日本の場合,以下のようにして求められます。
{(4点×34.8)+(5点×8.0)+(6点×5.6)+・・・(16点×1.7)}/100.0 ≒ 6.9点
6.9点(≒7.0点)ということは,3項目に「3」,1項目に「4」と答えた場合のスコアに相当します。これが日本の女子高生の平均的な理系志向のようです,
それでは,このスコア平均を他の56か国についても計算し,高い順に並べてみましょう。わが国の値(6.9)は,どこに位置づくか??
わが国の女子生徒の理系志向スコアは,57か国中最下位です。4つの項目から切り取った,限られた断面だけをみたものですが,日本の女子生徒の理系志向は,国際的にみて低いことが知られます。
これは現実ですが,次なる関心は,上図の各国のスコアが,どういう要因と関連しているかです。上位2位は,チュニジアとカザカフスタンです。下位2位は,韓国と日本です。私はこの両端をみて,先日シノドスジャーナルに寄稿した文章のことを思い出しました。「高校理科の授業スタイルの国際比較」と題するものです。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1990703.html
この文章では,同じくPISA2006のローデータを使って,57か国の高校理科の授業が,どれほど実験や討議を重視する開発主義的なものかを測ったのですが,その順位構造が,上図と似ているような気がします。
仮に,両者が正の相関関係にあるとしたら,理科の授業の有様が,生徒の理系志向に影響することが示唆されることになります。
長くなりますので,今回はこの辺で。次回に続きます。
http://www.musashino-u.ac.jp/shuppan/books/detail/bookdanjo.html
私がとくに関心を持ったのは,2章の「教育・学習分野の男女共同参画」です。24頁に,大学生の女性比率が専攻分野別に掲げられているのですが,工学は10.6%,理学は25.8%,医科・歯科は33.6%というように,理系の分野では,女子学生が殊に少なくなっています(2004年,『学校基本調査』)。
世の中には男女が半々ずついることを考えると,これはすごい偏りといえます。まあ,文系には女子が多く,理系には男子が多いというのは,よく知られていることですが,女子の理系志向が少ないことは,わが国に固有のことなのでしょうか。
今回は,日本の女子生徒の理系志向を数量化し,その値を国際データの中に位置づける作業をしてみようと思います。
毎度使っているPISA2006の生徒質問紙調査のQ29では,対象の15歳の生徒(わが国は高校1年生)に対し,「以下のことがどれほど当てはまるか」と尋ねています。
いずれの項目も,理系志向の強さを測る尺度として使えます。「1」という回答には4点,「2」には3点,「3」には2点,「4」には1点,というスコアを与えましょう。この場合,対象となった生徒の理系志向の強さは,4点から16点までのスコアで計測されます。全部1に丸をつける,バリバリの理系志向を持った生徒は16点となります(4点×4=16点)。逆に,全部4を選ぶ理系忌避型は4点となる次第です。なお,いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,分析から除きます。
私は,上記PISA調査のローデータに当たって,対象の57か国,19万6,490人の女子生徒について,このスコアを計算しました。以下では,理系志向スコアといいます。下図は,57か国全体,日本,そしてアメリカのスコア分布を図示したものです。カッコ内は,サンプル数です。日本の場合,2,937人の女子生徒の分布が描かれています。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
いかがでしょう。57か国全体とアメリカの場合,ピークは8点です。8点とは,4項目全てに「3」(そう思わない)と回答した場合の点数です。57か国全体でみたら,平均的な女子生徒の姿はこんなものでしょうか。
さて日本はといえば,同じく8点の生徒が3割ほどで多いのですが,それよりも多数なのは4点の生徒です。4点ということは,全項目に対し「4」(全くそう思わない)と答えたことになります。わが国では,女子生徒の34.8%(3人に1人)が,この最低点の生徒です。
上図の分布を簡略な代表値で要約しましょう。何のことはありません。ただ平均(average)を出すだけです。日本の場合,以下のようにして求められます。
{(4点×34.8)+(5点×8.0)+(6点×5.6)+・・・(16点×1.7)}/100.0 ≒ 6.9点
6.9点(≒7.0点)ということは,3項目に「3」,1項目に「4」と答えた場合のスコアに相当します。これが日本の女子高生の平均的な理系志向のようです,
それでは,このスコア平均を他の56か国についても計算し,高い順に並べてみましょう。わが国の値(6.9)は,どこに位置づくか??
わが国の女子生徒の理系志向スコアは,57か国中最下位です。4つの項目から切り取った,限られた断面だけをみたものですが,日本の女子生徒の理系志向は,国際的にみて低いことが知られます。
これは現実ですが,次なる関心は,上図の各国のスコアが,どういう要因と関連しているかです。上位2位は,チュニジアとカザカフスタンです。下位2位は,韓国と日本です。私はこの両端をみて,先日シノドスジャーナルに寄稿した文章のことを思い出しました。「高校理科の授業スタイルの国際比較」と題するものです。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1990703.html
この文章では,同じくPISA2006のローデータを使って,57か国の高校理科の授業が,どれほど実験や討議を重視する開発主義的なものかを測ったのですが,その順位構造が,上図と似ているような気がします。
仮に,両者が正の相関関係にあるとしたら,理科の授業の有様が,生徒の理系志向に影響することが示唆されることになります。
長くなりますので,今回はこの辺で。次回に続きます。
2012年11月7日水曜日
父親の職業を知らない生徒
閑話休題。前々回の記事では,15歳の生徒のうち,将来の志望職業が定かでない生徒の比率の国際比較をしました。日本の値は21.4%で,PISA2006の対象国(56か国)の中で2位であることを知りました。
まあ,15歳の時点で志望職業を明確にせよというのは無理な注文なのかもしれませんが,わが国の値が国際的にみて上位であるのは看過できることではありますまい。
この点についてまずいわれるのは,義務教育段階における職業教育が脆弱なのではないか,ということです。しかるに,学校教育の外側にも要因はあると思います。前々回の記事の最後では,労働モデルの喪失という点を指摘しました。
上図は,わが国の就業者の就業形態が,昔と比べてどう変わったかを示したものです。ソースは,総務省『国勢調査』です。戦後初期の頃では,自営業ないしは家族従業が全体の6割を占めていました。しかるに2010年現在では,ほとんどが雇用者です。今日では,就業者の8割以上が,自宅から(遠く)離れた職場で働いているとみられます。
今の子どもは,家庭において,親が働く姿を目にすることがほとんどなくなっています。目にするのは,夜や休日に疲れてゴロ寝する親の姿ばかり・・・。こういうことはザラでしょう。親の職業を知らないという生徒もいます。こういうことが,生徒の職業意識の未成熟をもたらしているといえないでしょうか。今回は,この仮説を検討してみようと思います。
まず,父親の職業を知らないという生徒の比率を明らかにしてみましょう。PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,対象の15歳の生徒に対し,父親の職業を尋ねています。職業の名称を記入してもらい,それを後から分類するアフターコード形式です。私は,以下の2つのコードが振られた回答の比率に注目しました,番号は,コード番号です。
7504 Do not konw (分からない)
7505 Vague (会社勤めなど,記述が曖昧で分類のしようがないもの)
上記調査のローデータを分析し,この2つに括られる回答が有効回答全体のどれほどを占めるかを計算しました。ローデータは,下記サイトより得ています。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
日本の場合,上記のQ8aに有効回答を寄せた生徒は5,475人です。このうち,「分からない」は204人,「曖昧」は621人。両者を足して825人なり。したがって,日本の15歳生徒のうち,父親の職業を明確に知らない者の比率は,825/5,475=15.1%と算出されます。およそ7人に1人です。
私は,PISA2006の対象となった57か国について同じ指標を計算し,高い順に並べてみました。下図をご覧ください。
日本の値は,国際的にみて2位です。父親の職業を明確に知らないという生徒の率が,国際的にみても高いことが知られます。
さて,上図の各国の値は,前々回の記事でみた生徒の志望職未定率とどういう関係にあるのでしょうか。おそらくは,父の職業を知り得ていない生徒が多い国ほど,将来の志望職が定かでない生徒が多いのではないかと思われます。はて,実情は如何。下図は,志望職未定率が出せないカタールを除いた,56か国のデータを使った相関図です。
予想通りの結果です。父の職業を知らない生徒の率が高い国ほど,志望職未定率が高い傾向です。相関係数は+0.551で,1%水準で有意です。わが国が,右上に位置しているのも気がかりです。
生徒の職業アイデンティティの形成に際しては,学校における職業教育のみならず,家庭での親の影響も大きいのではないかと推測されます。
ところで,日本の生徒で,父親の職業を知らない者が多いのはなぜでしょう。職住分離というような客観的な条件によることは確かでしょうが,わが国と同じくらいそれが進行している他の先進諸国では状況が異なることから,この面ばかりを強調することはできますまい。
家庭において,日頃親が自分の職業のことについて子に話すか,働くことについて親子が会話を交わすか,というような要因も大きいものと思われます。父親の職業を答えられない生徒が多いのは,わが国の家庭が,内実を伴わない「ホテル家族」のようなものになっていることを示唆しています。キャリア教育を広義に捉えるなら,家庭のおいてもやってもらうことはありそうです。
まあ,15歳の時点で志望職業を明確にせよというのは無理な注文なのかもしれませんが,わが国の値が国際的にみて上位であるのは看過できることではありますまい。
この点についてまずいわれるのは,義務教育段階における職業教育が脆弱なのではないか,ということです。しかるに,学校教育の外側にも要因はあると思います。前々回の記事の最後では,労働モデルの喪失という点を指摘しました。
上図は,わが国の就業者の就業形態が,昔と比べてどう変わったかを示したものです。ソースは,総務省『国勢調査』です。戦後初期の頃では,自営業ないしは家族従業が全体の6割を占めていました。しかるに2010年現在では,ほとんどが雇用者です。今日では,就業者の8割以上が,自宅から(遠く)離れた職場で働いているとみられます。
今の子どもは,家庭において,親が働く姿を目にすることがほとんどなくなっています。目にするのは,夜や休日に疲れてゴロ寝する親の姿ばかり・・・。こういうことはザラでしょう。親の職業を知らないという生徒もいます。こういうことが,生徒の職業意識の未成熟をもたらしているといえないでしょうか。今回は,この仮説を検討してみようと思います。
まず,父親の職業を知らないという生徒の比率を明らかにしてみましょう。PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,対象の15歳の生徒に対し,父親の職業を尋ねています。職業の名称を記入してもらい,それを後から分類するアフターコード形式です。私は,以下の2つのコードが振られた回答の比率に注目しました,番号は,コード番号です。
7504 Do not konw (分からない)
7505 Vague (会社勤めなど,記述が曖昧で分類のしようがないもの)
上記調査のローデータを分析し,この2つに括られる回答が有効回答全体のどれほどを占めるかを計算しました。ローデータは,下記サイトより得ています。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
日本の場合,上記のQ8aに有効回答を寄せた生徒は5,475人です。このうち,「分からない」は204人,「曖昧」は621人。両者を足して825人なり。したがって,日本の15歳生徒のうち,父親の職業を明確に知らない者の比率は,825/5,475=15.1%と算出されます。およそ7人に1人です。
私は,PISA2006の対象となった57か国について同じ指標を計算し,高い順に並べてみました。下図をご覧ください。
日本の値は,国際的にみて2位です。父親の職業を明確に知らないという生徒の率が,国際的にみても高いことが知られます。
さて,上図の各国の値は,前々回の記事でみた生徒の志望職未定率とどういう関係にあるのでしょうか。おそらくは,父の職業を知り得ていない生徒が多い国ほど,将来の志望職が定かでない生徒が多いのではないかと思われます。はて,実情は如何。下図は,志望職未定率が出せないカタールを除いた,56か国のデータを使った相関図です。
予想通りの結果です。父の職業を知らない生徒の率が高い国ほど,志望職未定率が高い傾向です。相関係数は+0.551で,1%水準で有意です。わが国が,右上に位置しているのも気がかりです。
生徒の職業アイデンティティの形成に際しては,学校における職業教育のみならず,家庭での親の影響も大きいのではないかと推測されます。
ところで,日本の生徒で,父親の職業を知らない者が多いのはなぜでしょう。職住分離というような客観的な条件によることは確かでしょうが,わが国と同じくらいそれが進行している他の先進諸国では状況が異なることから,この面ばかりを強調することはできますまい。
家庭において,日頃親が自分の職業のことについて子に話すか,働くことについて親子が会話を交わすか,というような要因も大きいものと思われます。父親の職業を答えられない生徒が多いのは,わが国の家庭が,内実を伴わない「ホテル家族」のようなものになっていることを示唆しています。キャリア教育を広義に捉えるなら,家庭のおいてもやってもらうことはありそうです。
2012年11月6日火曜日
図書館の有効利用のすすめ
別題挿入。読書の秋ですが,書店に足を運ばれる方も多いと存じます。面白そうと手にとったものの,値段をみると「・・・」。こういうことって,結構ありますよね。
そういうあなた。図書館を利用していますか。過日,書店で面白そうな新書の新刊をみつけたのですが,買うのはキツかったので,図書館にリクエストしたところ,10日ほどで購入してくれました。
図書館にない本は,リクエストすれば迅速に取り寄せてくれます(漫画,参考書等は不可)。以前は,興味ある本は迷わず買っていたのですが,最近は金銭的にキツくなってきたので(becase 奨学金返済),このサービスをよく使っています。
リクエストは,図書館のHP上で可能。わざわざ出向く必要はありません。到着の連絡も,電子メールでしてくれます。
話題本の場合,数十人待ちということもありますが,上記の2冊については,希望者がいなかったので,即座に私の手元に回ってきました。感動しています。
新刊本でも,運が良ければ10日ほどで借り出すことができます。図書館のこうした機能を存分に利用しようではありませんか。それは,向こうも望んでいるところです。今日の教育社会学の授業では,学生さんにこういうことをお話した次第です。本を薦めると,返ってくるのは「カネがありません」という反応ばかりなので・・・。
そういうあなた。図書館を利用していますか。過日,書店で面白そうな新書の新刊をみつけたのですが,買うのはキツかったので,図書館にリクエストしたところ,10日ほどで購入してくれました。
図書館にない本は,リクエストすれば迅速に取り寄せてくれます(漫画,参考書等は不可)。以前は,興味ある本は迷わず買っていたのですが,最近は金銭的にキツくなってきたので(becase 奨学金返済),このサービスをよく使っています。
リクエストは,図書館のHP上で可能。わざわざ出向く必要はありません。到着の連絡も,電子メールでしてくれます。
話題本の場合,数十人待ちということもありますが,上記の2冊については,希望者がいなかったので,即座に私の手元に回ってきました。感動しています。
新刊本でも,運が良ければ10日ほどで借り出すことができます。図書館のこうした機能を存分に利用しようではありませんか。それは,向こうも望んでいるところです。今日の教育社会学の授業では,学生さんにこういうことをお話した次第です。本を薦めると,返ってくるのは「カネがありません」という反応ばかりなので・・・。
2012年11月5日月曜日
15歳生徒の志望職業未定率の国際比較
前回は,15歳生徒の教員志望率の国際比較を行いました。日本の場合は6.8%。でも考えてみれば,15歳の時点で将来の志望職を明言できるなんて,結構スゴイと思ったりします。私などは,どうだったかなあ。
現代日本では,青少年の自立の危機がいわれています。それは,職に就きたくても就けないという労働市場の問題と,青少年の志望職業の不明確さという問題の2つを含んでいます。前者は外的要因,後者は内的要因といえましょう。
ここで注目するのは後者です。今回は,15歳の青少年のうち,志望職業が未定という者がどれほどいるかを明らかにしてみようと思います。また,わが国の国際的な位置も示します。
前回用いたPISA2006の生徒質問紙調査では,Q30において,「30歳あたりの時点で,どのような職業に就いていたいと思うか」と尋ねています。対象は,15歳の生徒です。わが国でいうと,高校1年生です。
この設問では,職業の名称を記してもらい,それを後から分類するアフターコード形式がとられています。私は,以下の2つのコードを振られた回答が,有効回答全体のどれほどを占めるかに関心を持ちました。数字は,コード番号です。コードブックは,下記サイトでみれます。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
9504 Do not konw (分からない)
9505 Vague (よい職業,安定している職業,給料がいい職業など,曖昧な記述)
私は,上記サイトから,回答コードが入力された段階のローデータをダウンロードし,自前の分析を行いました。57か国,39万8,750人の大規模データです。
日本の場合,上記のQ30に有効回答を寄せた生徒は5,132人です(有効回答とは,無回答・無効回答を除いたものです)。このうち,「分からない」という回答は376人,「曖昧」と判断される回答は721人となっています。両者を足すと1,097人。したがって,日本の15歳生徒の志望職業未定率は,1,097/5,132=21.4%と算出されます。5人に1人です。
これだけでは「ふーん」ですが,国際比較をすることで,この値の性格を知ることができます。私は,同じやり方で,カタールを除く56か国の15歳生徒の志望職業未定率を計算しました。下図は,値が高い順に各国を並べたものです。わが国と主要先進国,そしてお隣の韓国のバーには色をつけています。
56か国で値が最も高いのは,中欧のクロアチアで24.7%です。日本は,それに次ぐ2位となっています。他の先進国はというと,独は「中の上」,米英は「中の下」,そして仏は「下」というところです。
注目されるのは,お隣の韓国において,15歳の生徒の職業志望が明確であることです。未定というのはわずか2.7%しかいません。韓国は,日本と同じく受験競争が激しい国であり,将来のことを考えもせず,ただ闇雲に受験勉強に励む生徒が多いと思っていましたが,そういうことでもなさそうです。
ちなみに韓国の生徒の志望職No1は,細かい小分類でいうと,"Decorators & commercial designers"です。和訳すると,室内装飾者・商業デザイナーでしょうか。志望者数は265人で,有効回答全体の5.3%に相当します。
ひるがえって,海を隔てた日本では,5人に1人が志望職未定というお寒い状況なのですが,未定率が高いのは,どういう属性の生徒なのでしょう。性別,在学している課程別に率を出してみました。後者の課程は,高校普通科,高等専門学校,および高校専門学科の3カテゴリーからなります。
15歳の生徒全体では未定率は21.4%ですが,属性別にみると,変異がみられます。性別では,女子よりも男子で少し高くなっています。課程別にみると,高校専門学科の生徒の志望職未定率がことに高くなっています。26.2%,4人に1人です。
商業科や工業科のような専門学科では,生徒の志望職は明確であるように思われるのですが,現実はさにあらず。技術者になりたいから工業科に入る,ファーマーにないたいから農業科に入るというのではなく,成績の上で仕方なくというような,不本意入学者が多いものと推測されます。残念なことですが,大学進学規範に依拠する,高校教育の階層的構造はまだまだ健在であることをうかがわせる統計です。
さて,今回の記事で明らかになったのは,わが国の15歳生徒の志望職未定率は21.4%であること,その値は国際的にみて高いことです。このことは,義務教育段階におけるキャリア教育を充実させる必要があることを示唆しているように思います。
誤解されがちですが,近年重視されているキャリア教育というのは,高校段階以降でなされるのではありません。キャリア教育に関連する答申の類をみていただければ分かりますが,キャリア教育とは,幼児期から高等教育段階まで,発達の段階に即して,体系的に実施されるべきものです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm
15歳の時点で,全ての生徒が将来の志望職を明確にすべきであるなどと主張するつもりはないですが,わが国では,青少年のアイデンティティが遅れがちであるという現実は,しっかりと直視しなければなりますまい。
むろん,この問題は,学校における職業教育の脆弱さだけに帰されるものではありません。現代日本では,職住分離が進行しており,働く親の姿を子どもが目にする機会が減ってきています。家で目にするのは,休日や夜に疲れてゴロ寝する父親の姿ばかり・・・。こういうことがザラでしょう。労働モデルの喪失です。
次回は,この点に関連して,親の職業を知らないという生徒の比率に注目してみようと思います。
現代日本では,青少年の自立の危機がいわれています。それは,職に就きたくても就けないという労働市場の問題と,青少年の志望職業の不明確さという問題の2つを含んでいます。前者は外的要因,後者は内的要因といえましょう。
ここで注目するのは後者です。今回は,15歳の青少年のうち,志望職業が未定という者がどれほどいるかを明らかにしてみようと思います。また,わが国の国際的な位置も示します。
前回用いたPISA2006の生徒質問紙調査では,Q30において,「30歳あたりの時点で,どのような職業に就いていたいと思うか」と尋ねています。対象は,15歳の生徒です。わが国でいうと,高校1年生です。
この設問では,職業の名称を記してもらい,それを後から分類するアフターコード形式がとられています。私は,以下の2つのコードを振られた回答が,有効回答全体のどれほどを占めるかに関心を持ちました。数字は,コード番号です。コードブックは,下記サイトでみれます。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
9504 Do not konw (分からない)
9505 Vague (よい職業,安定している職業,給料がいい職業など,曖昧な記述)
私は,上記サイトから,回答コードが入力された段階のローデータをダウンロードし,自前の分析を行いました。57か国,39万8,750人の大規模データです。
日本の場合,上記のQ30に有効回答を寄せた生徒は5,132人です(有効回答とは,無回答・無効回答を除いたものです)。このうち,「分からない」という回答は376人,「曖昧」と判断される回答は721人となっています。両者を足すと1,097人。したがって,日本の15歳生徒の志望職業未定率は,1,097/5,132=21.4%と算出されます。5人に1人です。
これだけでは「ふーん」ですが,国際比較をすることで,この値の性格を知ることができます。私は,同じやり方で,カタールを除く56か国の15歳生徒の志望職業未定率を計算しました。下図は,値が高い順に各国を並べたものです。わが国と主要先進国,そしてお隣の韓国のバーには色をつけています。
56か国で値が最も高いのは,中欧のクロアチアで24.7%です。日本は,それに次ぐ2位となっています。他の先進国はというと,独は「中の上」,米英は「中の下」,そして仏は「下」というところです。
注目されるのは,お隣の韓国において,15歳の生徒の職業志望が明確であることです。未定というのはわずか2.7%しかいません。韓国は,日本と同じく受験競争が激しい国であり,将来のことを考えもせず,ただ闇雲に受験勉強に励む生徒が多いと思っていましたが,そういうことでもなさそうです。
ちなみに韓国の生徒の志望職No1は,細かい小分類でいうと,"Decorators & commercial designers"です。和訳すると,室内装飾者・商業デザイナーでしょうか。志望者数は265人で,有効回答全体の5.3%に相当します。
ひるがえって,海を隔てた日本では,5人に1人が志望職未定というお寒い状況なのですが,未定率が高いのは,どういう属性の生徒なのでしょう。性別,在学している課程別に率を出してみました。後者の課程は,高校普通科,高等専門学校,および高校専門学科の3カテゴリーからなります。
15歳の生徒全体では未定率は21.4%ですが,属性別にみると,変異がみられます。性別では,女子よりも男子で少し高くなっています。課程別にみると,高校専門学科の生徒の志望職未定率がことに高くなっています。26.2%,4人に1人です。
商業科や工業科のような専門学科では,生徒の志望職は明確であるように思われるのですが,現実はさにあらず。技術者になりたいから工業科に入る,ファーマーにないたいから農業科に入るというのではなく,成績の上で仕方なくというような,不本意入学者が多いものと推測されます。残念なことですが,大学進学規範に依拠する,高校教育の階層的構造はまだまだ健在であることをうかがわせる統計です。
さて,今回の記事で明らかになったのは,わが国の15歳生徒の志望職未定率は21.4%であること,その値は国際的にみて高いことです。このことは,義務教育段階におけるキャリア教育を充実させる必要があることを示唆しているように思います。
誤解されがちですが,近年重視されているキャリア教育というのは,高校段階以降でなされるのではありません。キャリア教育に関連する答申の類をみていただければ分かりますが,キャリア教育とは,幼児期から高等教育段階まで,発達の段階に即して,体系的に実施されるべきものです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm
15歳の時点で,全ての生徒が将来の志望職を明確にすべきであるなどと主張するつもりはないですが,わが国では,青少年のアイデンティティが遅れがちであるという現実は,しっかりと直視しなければなりますまい。
むろん,この問題は,学校における職業教育の脆弱さだけに帰されるものではありません。現代日本では,職住分離が進行しており,働く親の姿を子どもが目にする機会が減ってきています。家で目にするのは,休日や夜に疲れてゴロ寝する父親の姿ばかり・・・。こういうことがザラでしょう。労働モデルの喪失です。
次回は,この点に関連して,親の職業を知らないという生徒の比率に注目してみようと思います。
2012年11月3日土曜日
15歳生徒の教員志望の国際比較
くさい言い方ですが,教員というのは,次代を担う子どもの育成に関わることのできる,素晴らしい職業であると思います。この職業を希望する人間は少なくないことでしょう。
最近は,「先生は大変だよ」というようなことがいわれていますが,アイデンティティを模索する青年期の只中にある15歳の生徒のうち,教員を志望している者はどれほどいるのでしょうか。
OECDのPISA2006では,生徒質問紙調査のQ30において,「30歳あたりの時点において,自分はどのような職業に就いている(いたい)と思うか」と尋ねています。調査対象は,15歳の生徒です。日本の場合,高校1年生です。
調査対象の生徒に職業の名称を書いてもらい,それを後から分類する,アフターコード形式がとられています。私は,"TEACHING PROFESSIONALS"に括られる回答がどれほどあるかに注目しました。訳すと,教育専門職でしょうか。
この中には,小・中・高の教員のほか,特別支援学校教員,大学教員,視学官,および他の教育専門職も含みます。小学校教員,中学校教員というように,回答を細かく仕分けている国もありますが,わが国は残念ながら,"TEACHING PROFESSIONALS"という大枠において一括されてしまっています。そこでやむなく,この大カテゴリーの比重に注目することとした次第です。
まあ,"TEACHING PROFESSIONALS"の大半は小・中・高の教員ですので,このカテゴリーに括られる回答をした生徒をもって,教員志望者とみなしても大きな問題はないでしょう。
仔細は,PISA2006の生徒質問紙調査のコードブックをみたていただきたいのですが,私がここにて教員志望者とみなすのは,回答にふられたコード番号が2300~2359の生徒です。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
私は,本調査の個票データを上記サイトからダウンロードし,独自の分析をしました。57か国,39万8,750人の大規模データです。
さて,わが国の高校1年生のうち,上記のQ30に有効回答を寄せたのは5,132人です。そのうち,教員志望者は350人となっています。よって,15歳生徒の教員志望率は6.8%となります。およそ15人に1人です。
国際比較によって,この値を性格づけてみましょう。主要先進国,北欧のフィンランド,そしてお隣の韓国と比べてみます。下表をご覧ください。aの全体とは,無回答や無効回答を除く,有効回答をした生徒の数です。「分からない(Do not know)」という回答は,有効回答の中に含まれます。
ほう。韓国の生徒の教員志望率は20.8%と,群を抜いて高くなっています。この国では,15歳生徒の5人に1人が教員を志望しています。儒教国家のゆえでしょうか。その次が英仏,そして日本となっています。
アメリカとドイツは,教員志望率が低くなっています。5%未満です。2月14日の記事でみたように,アメリカにおいては,民間に比して教員の給与がべらぼうに低く,かつ勤務時間も長いのですが,こうした待遇面の要因もありそうです。
わが国においても,教員の待遇が劣悪を極めていた大正期の頃では,若者の教員志望率はさぞ低かったことと思います。教員になるのを嫌がり,自殺にまで至ったケースがあるくらいなのですから(1922年6月28日,東京朝日新聞)。
ところで,「子は親の背中を見て育つ」といいますが,親が教員であるかどうかによって,教員志望率は異なるものと思われます。私は某大学で教職課程の講義を持っていますが,「ウチ,親も教師なんすよ」という学生さんが結構いるように感じます。
おそらく,親が教員という生徒のほうが,そうでない生徒よりも,教員志望率は高いのではないかと思われます。いや,反対でしょうか。親が死ぬほど苦しんでいるのをみて,「教員にだけはなるまい」と意を固めている生徒も多かったりして・・・。
PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,父親の職業を答えてもらっています。Q30と同様,アフターコード形式です。父親の職業についても,"TEACHING PROFESSIONALS"をもって,教員とみなすことにします。
私は,Q8aに有効回答を寄せた生徒を,父親が教員である者とそうでない者の2群に分けました。以下では,前者をⅠ群,後者をⅡ群といいます。この両群で,教員志望率がどう異なるかをみてみましょう。下表は,日本と韓国のデータです。
日本でも韓国でも,父親が教員であるⅠ群の生徒のほうが,そうでないⅡ群よりも教員志望率が高くなっています。しかし,両群の差は日本のほうが大きいようです。倍以上の差があります。わが国では,親が教員であるか否かが,子どもの教員志望に影響する度合いが高いといえます。
では,他国はどうなのでしょう。私は,48か国について,上表と同じ統計を作成しました。下図は,横軸にⅡ群の教員志望率,縦軸にⅠ群のそれをとった座標上に,各国を位置づけたものです。わが国が,全体の中のどこに位置するかを読み取ってください。
実線の斜線は均等線です。この線より上にある場合,Ⅱ群よりもⅠ群の志望率が高いことを意味します。点線よりも上に位置する国は,Ⅰ群の率がⅡ群の2倍を超えることを示唆します。
どうでしょう。比較の対象を広げてみても,日本は,親が教員であるかどうかが,子の教員志望に強く影響する社会であるといえそうです。ドイツの場合,全体でみた教員志望率は低いのですが,Ⅰ群とⅡ群の差が殊に大きくなっています。前者の率(15.1%)は,後者(4.0%)の3倍を超えます。
一方,イギリスのように,反対の傾向を呈している社会があることにも注意しておきましょう。この国では,親が教員でない生徒のほうが,教員志望率が高いのです。
まとめましょう。わが国では,15歳の高校1年生の教員志望率は6.8%であり,国際水準でみて高くはないですが,親が教員であるか否かによって,値が大きく違います。
これをどうみたものでしょう。わが国では,「教員は大変だ」と連呼され,離職率や精神疾患率のような客観資料でみてもそうなのですが,教員の親を持った子には,その職業の内的魅力のようなものが肌身を通して伝わる,ということなのかもしれません。
それは,給料がどうだとか,離職率がどうだとかいう,外側からの観察ではうかがい知ることができないものです。これは,誇ってよいことなのではないでしょうか。逆をいうと,実線の斜線よりも下にある国では,「教員の親を持ってみると,嫌な部分が目についてくるよ」ということなもかもしれません。こちらも,外的な統計指標では分からないことです。
ここでいう教員の「内的魅力」というのは,統計では把握することができますまい。親が教員という学生さんに,「内的魅力」が何たるものか,聞いてみようかしらん。
今回は,15歳生徒の教員志望率を出してみましたが,他の職業の志望率も計算することができます。公務員志望率,社会福祉関係職志望率などの国際比較も面白いと思います。
最近は,「先生は大変だよ」というようなことがいわれていますが,アイデンティティを模索する青年期の只中にある15歳の生徒のうち,教員を志望している者はどれほどいるのでしょうか。
OECDのPISA2006では,生徒質問紙調査のQ30において,「30歳あたりの時点において,自分はどのような職業に就いている(いたい)と思うか」と尋ねています。調査対象は,15歳の生徒です。日本の場合,高校1年生です。
調査対象の生徒に職業の名称を書いてもらい,それを後から分類する,アフターコード形式がとられています。私は,"TEACHING PROFESSIONALS"に括られる回答がどれほどあるかに注目しました。訳すと,教育専門職でしょうか。
この中には,小・中・高の教員のほか,特別支援学校教員,大学教員,視学官,および他の教育専門職も含みます。小学校教員,中学校教員というように,回答を細かく仕分けている国もありますが,わが国は残念ながら,"TEACHING PROFESSIONALS"という大枠において一括されてしまっています。そこでやむなく,この大カテゴリーの比重に注目することとした次第です。
まあ,"TEACHING PROFESSIONALS"の大半は小・中・高の教員ですので,このカテゴリーに括られる回答をした生徒をもって,教員志望者とみなしても大きな問題はないでしょう。
仔細は,PISA2006の生徒質問紙調査のコードブックをみたていただきたいのですが,私がここにて教員志望者とみなすのは,回答にふられたコード番号が2300~2359の生徒です。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
私は,本調査の個票データを上記サイトからダウンロードし,独自の分析をしました。57か国,39万8,750人の大規模データです。
さて,わが国の高校1年生のうち,上記のQ30に有効回答を寄せたのは5,132人です。そのうち,教員志望者は350人となっています。よって,15歳生徒の教員志望率は6.8%となります。およそ15人に1人です。
国際比較によって,この値を性格づけてみましょう。主要先進国,北欧のフィンランド,そしてお隣の韓国と比べてみます。下表をご覧ください。aの全体とは,無回答や無効回答を除く,有効回答をした生徒の数です。「分からない(Do not know)」という回答は,有効回答の中に含まれます。
ほう。韓国の生徒の教員志望率は20.8%と,群を抜いて高くなっています。この国では,15歳生徒の5人に1人が教員を志望しています。儒教国家のゆえでしょうか。その次が英仏,そして日本となっています。
アメリカとドイツは,教員志望率が低くなっています。5%未満です。2月14日の記事でみたように,アメリカにおいては,民間に比して教員の給与がべらぼうに低く,かつ勤務時間も長いのですが,こうした待遇面の要因もありそうです。
わが国においても,教員の待遇が劣悪を極めていた大正期の頃では,若者の教員志望率はさぞ低かったことと思います。教員になるのを嫌がり,自殺にまで至ったケースがあるくらいなのですから(1922年6月28日,東京朝日新聞)。
ところで,「子は親の背中を見て育つ」といいますが,親が教員であるかどうかによって,教員志望率は異なるものと思われます。私は某大学で教職課程の講義を持っていますが,「ウチ,親も教師なんすよ」という学生さんが結構いるように感じます。
おそらく,親が教員という生徒のほうが,そうでない生徒よりも,教員志望率は高いのではないかと思われます。いや,反対でしょうか。親が死ぬほど苦しんでいるのをみて,「教員にだけはなるまい」と意を固めている生徒も多かったりして・・・。
PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,父親の職業を答えてもらっています。Q30と同様,アフターコード形式です。父親の職業についても,"TEACHING PROFESSIONALS"をもって,教員とみなすことにします。
私は,Q8aに有効回答を寄せた生徒を,父親が教員である者とそうでない者の2群に分けました。以下では,前者をⅠ群,後者をⅡ群といいます。この両群で,教員志望率がどう異なるかをみてみましょう。下表は,日本と韓国のデータです。
日本でも韓国でも,父親が教員であるⅠ群の生徒のほうが,そうでないⅡ群よりも教員志望率が高くなっています。しかし,両群の差は日本のほうが大きいようです。倍以上の差があります。わが国では,親が教員であるか否かが,子どもの教員志望に影響する度合いが高いといえます。
では,他国はどうなのでしょう。私は,48か国について,上表と同じ統計を作成しました。下図は,横軸にⅡ群の教員志望率,縦軸にⅠ群のそれをとった座標上に,各国を位置づけたものです。わが国が,全体の中のどこに位置するかを読み取ってください。
実線の斜線は均等線です。この線より上にある場合,Ⅱ群よりもⅠ群の志望率が高いことを意味します。点線よりも上に位置する国は,Ⅰ群の率がⅡ群の2倍を超えることを示唆します。
どうでしょう。比較の対象を広げてみても,日本は,親が教員であるかどうかが,子の教員志望に強く影響する社会であるといえそうです。ドイツの場合,全体でみた教員志望率は低いのですが,Ⅰ群とⅡ群の差が殊に大きくなっています。前者の率(15.1%)は,後者(4.0%)の3倍を超えます。
一方,イギリスのように,反対の傾向を呈している社会があることにも注意しておきましょう。この国では,親が教員でない生徒のほうが,教員志望率が高いのです。
まとめましょう。わが国では,15歳の高校1年生の教員志望率は6.8%であり,国際水準でみて高くはないですが,親が教員であるか否かによって,値が大きく違います。
これをどうみたものでしょう。わが国では,「教員は大変だ」と連呼され,離職率や精神疾患率のような客観資料でみてもそうなのですが,教員の親を持った子には,その職業の内的魅力のようなものが肌身を通して伝わる,ということなのかもしれません。
それは,給料がどうだとか,離職率がどうだとかいう,外側からの観察ではうかがい知ることができないものです。これは,誇ってよいことなのではないでしょうか。逆をいうと,実線の斜線よりも下にある国では,「教員の親を持ってみると,嫌な部分が目についてくるよ」ということなもかもしれません。こちらも,外的な統計指標では分からないことです。
ここでいう教員の「内的魅力」というのは,統計では把握することができますまい。親が教員という学生さんに,「内的魅力」が何たるものか,聞いてみようかしらん。
今回は,15歳生徒の教員志望率を出してみましたが,他の職業の志望率も計算することができます。公務員志望率,社会福祉関係職志望率などの国際比較も面白いと思います。
2012年11月1日木曜日
高齢者犯罪
田中真紀子文部科学大臣が,国政に出ようとしている石原元都知事を「暴走老人のようだ」と皮肉っています。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121026-OYT1T00835.htm
「暴走老人」とはよく言ったものですが,この熟語は,藤原智美さんの『暴走老人』(文藝春秋,2007年)という本によって広められたものです。キレやすく暴力的な高齢者の様がリアルに描かれたノンフィクションです。
私も以前,床屋でこの手の「暴走老人」を見かけたことがあります。順番待ちにしびれを切らしたおじいさんが,「急いでるんだよ,時間がないんだよ」と店員に怒鳴り散らしていました。その声が,また店内によく響くこと。ビンビンです。
2012年現在で65歳の高齢者は,おおよそ1948年生まれということになります。20歳になるのは,1968年。学園紛争などで,若い頃大暴れした世代です。犯罪統計をみても,当時は,若者の暴力犯罪の発生率がピークであった頃です。今の高齢者は,暴走性を内に秘めた世代といえなくもありません。
店員を怒鳴りつけるくらいならまだいいですが,それを通り越して,犯罪行為を働いてしまう高齢者はどれほどいるのでしょう。2011年の警察庁『犯罪統計書』によると,同年中に刑法犯(交通業過除く)で警察に検挙された60歳以上の高齢者は70,054人となっています。この数を,同年の60歳以上人口で除して,犯罪者出現率にしてみました。分母の人口の出所は,総務省『人口推計年報』です。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
下表は,60歳以上の犯罪者出現率を,14歳以上のものと比較したものです。以下では,前者を高齢者,後者を全体といいます。犯罪者出現率は,犯罪率と略すことにします。
高齢者の犯罪率は,全体よりも低くなっています。まあ,若者のほうが犯罪率が高いのは常ですから,当然の結果です。しかしながら,犯罪率の時代推移をたどってみると,近年の高齢者のヤバい状況が浮かび上がってきます。
上表は,先ほど計算した犯罪率を,1970年から5年間隔で跡づけたものです。全体の犯罪率は減少の傾向ですが,高齢者はその反対です。とくに最近の伸びが顕著で,この11年間で9.8から17.3へと1.8倍にもなっています。
その結果,高齢者の犯罪率は全体に接近してきています。右端のα値は,高齢者の犯罪率が全体と比してどうかを数値で表したものです。40年前の1970年では,高齢者の犯罪率は全体のおよそ7分の1でしたが,2011年現在では3分の2にまでなっています。
高齢者の犯罪率は,絶対水準のみならず,全体と比した相対水準でみても高まっていることが知られます。最後に,この様相を統計図で可視化しておきましょう。下図は,横軸にα値,縦軸に犯罪率をとった座標上に,高齢者の各年の値をプロットし,線でつないだものです。絶対水準と相対水準の双方から,高齢者の犯罪率の変化を読み取れる仕掛けになっています。
どうでしょう。1990年代以降,右上がりの傾向が明瞭です。とくに,2000年と2011年のドット間の距離が大きくなっています。このことは,今世紀以降,高齢者犯罪の増加が著しいことを示唆しています。
ところで,高齢者犯罪の多くは,万引きのような非侵入盗です。生活に困って,スーパで缶詰を失敬という類の罪がほとんどであると思われます。衣食住が保証される刑務所に入れてもらおうと,わざと無銭飲食を働く輩もいるとか。
現在,刑務所は福祉施設のようになっているといいます。刑務所人口の高齢化が進んでいることは,2月24日の記事でみた通りです。この点は,年金制度のような生活保障制度の有様と深く関わっています。
しかるに,冒頭で述べたような「暴走老人」の増加をほのめかす統計もあります。暴行犯の激増です。暴行罪で検挙された60歳以上の高齢者の数は,2000年では524人でしたが,2011年では4,599人にまで増えています。この期間中で,8.8倍になったわけです。全罪種の増加倍率(2.7倍)をはるかに上回っています。
若い頃大暴れした経験を持つ世代が,職をリタイヤして暇を持て余すようになったら,どういうことになるか・・・。大学は,血の気たぎる若者を収容することで,社会維持機能に貢献しているといいます。10月27日の記事でみたように,大学等で学ぶことを希望している高齢者は結構います。彼らのこうした生涯学習欲求を叶えるような制度設計が求められるでしょう。
ほか,絵でも軽目の運動でも,何かやることを見つけてもらうことが有益です。ブログを勧めるなんてどうでしょう。人間は「表現する生き物」といいますが,高齢者の秘めたる表現欲求を侮ることはできますまい。
最近,自分の伝記を出してくれと,原稿を出版社に持ち込んでくる高齢者が多いと聞きます。当然,大半が自費出版となるのですが,ブログでの公表だったらタダですよ。こういうインターネットの恩恵を知らない高齢者が多いとしたら,勿体ない話です。
これから先,社会のIT化と高齢化が同時進行していきます。こういう状況のなか,高齢者に対する情報教育の重要性が増してくることになるかもしれません。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121026-OYT1T00835.htm
「暴走老人」とはよく言ったものですが,この熟語は,藤原智美さんの『暴走老人』(文藝春秋,2007年)という本によって広められたものです。キレやすく暴力的な高齢者の様がリアルに描かれたノンフィクションです。
私も以前,床屋でこの手の「暴走老人」を見かけたことがあります。順番待ちにしびれを切らしたおじいさんが,「急いでるんだよ,時間がないんだよ」と店員に怒鳴り散らしていました。その声が,また店内によく響くこと。ビンビンです。
2012年現在で65歳の高齢者は,おおよそ1948年生まれということになります。20歳になるのは,1968年。学園紛争などで,若い頃大暴れした世代です。犯罪統計をみても,当時は,若者の暴力犯罪の発生率がピークであった頃です。今の高齢者は,暴走性を内に秘めた世代といえなくもありません。
店員を怒鳴りつけるくらいならまだいいですが,それを通り越して,犯罪行為を働いてしまう高齢者はどれほどいるのでしょう。2011年の警察庁『犯罪統計書』によると,同年中に刑法犯(交通業過除く)で警察に検挙された60歳以上の高齢者は70,054人となっています。この数を,同年の60歳以上人口で除して,犯罪者出現率にしてみました。分母の人口の出所は,総務省『人口推計年報』です。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
下表は,60歳以上の犯罪者出現率を,14歳以上のものと比較したものです。以下では,前者を高齢者,後者を全体といいます。犯罪者出現率は,犯罪率と略すことにします。
高齢者の犯罪率は,全体よりも低くなっています。まあ,若者のほうが犯罪率が高いのは常ですから,当然の結果です。しかしながら,犯罪率の時代推移をたどってみると,近年の高齢者のヤバい状況が浮かび上がってきます。
上表は,先ほど計算した犯罪率を,1970年から5年間隔で跡づけたものです。全体の犯罪率は減少の傾向ですが,高齢者はその反対です。とくに最近の伸びが顕著で,この11年間で9.8から17.3へと1.8倍にもなっています。
その結果,高齢者の犯罪率は全体に接近してきています。右端のα値は,高齢者の犯罪率が全体と比してどうかを数値で表したものです。40年前の1970年では,高齢者の犯罪率は全体のおよそ7分の1でしたが,2011年現在では3分の2にまでなっています。
高齢者の犯罪率は,絶対水準のみならず,全体と比した相対水準でみても高まっていることが知られます。最後に,この様相を統計図で可視化しておきましょう。下図は,横軸にα値,縦軸に犯罪率をとった座標上に,高齢者の各年の値をプロットし,線でつないだものです。絶対水準と相対水準の双方から,高齢者の犯罪率の変化を読み取れる仕掛けになっています。
どうでしょう。1990年代以降,右上がりの傾向が明瞭です。とくに,2000年と2011年のドット間の距離が大きくなっています。このことは,今世紀以降,高齢者犯罪の増加が著しいことを示唆しています。
ところで,高齢者犯罪の多くは,万引きのような非侵入盗です。生活に困って,スーパで缶詰を失敬という類の罪がほとんどであると思われます。衣食住が保証される刑務所に入れてもらおうと,わざと無銭飲食を働く輩もいるとか。
現在,刑務所は福祉施設のようになっているといいます。刑務所人口の高齢化が進んでいることは,2月24日の記事でみた通りです。この点は,年金制度のような生活保障制度の有様と深く関わっています。
しかるに,冒頭で述べたような「暴走老人」の増加をほのめかす統計もあります。暴行犯の激増です。暴行罪で検挙された60歳以上の高齢者の数は,2000年では524人でしたが,2011年では4,599人にまで増えています。この期間中で,8.8倍になったわけです。全罪種の増加倍率(2.7倍)をはるかに上回っています。
若い頃大暴れした経験を持つ世代が,職をリタイヤして暇を持て余すようになったら,どういうことになるか・・・。大学は,血の気たぎる若者を収容することで,社会維持機能に貢献しているといいます。10月27日の記事でみたように,大学等で学ぶことを希望している高齢者は結構います。彼らのこうした生涯学習欲求を叶えるような制度設計が求められるでしょう。
ほか,絵でも軽目の運動でも,何かやることを見つけてもらうことが有益です。ブログを勧めるなんてどうでしょう。人間は「表現する生き物」といいますが,高齢者の秘めたる表現欲求を侮ることはできますまい。
最近,自分の伝記を出してくれと,原稿を出版社に持ち込んでくる高齢者が多いと聞きます。当然,大半が自費出版となるのですが,ブログでの公表だったらタダですよ。こういうインターネットの恩恵を知らない高齢者が多いとしたら,勿体ない話です。
これから先,社会のIT化と高齢化が同時進行していきます。こういう状況のなか,高齢者に対する情報教育の重要性が増してくることになるかもしれません。
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