前回は,15歳生徒の教員志望率の国際比較を行いました。日本の場合は6.8%。でも考えてみれば,15歳の時点で将来の志望職を明言できるなんて,結構スゴイと思ったりします。私などは,どうだったかなあ。
現代日本では,青少年の自立の危機がいわれています。それは,職に就きたくても就けないという労働市場の問題と,青少年の志望職業の不明確さという問題の2つを含んでいます。前者は外的要因,後者は内的要因といえましょう。
ここで注目するのは後者です。今回は,15歳の青少年のうち,志望職業が未定という者がどれほどいるかを明らかにしてみようと思います。また,わが国の国際的な位置も示します。
前回用いたPISA2006の生徒質問紙調査では,Q30において,「30歳あたりの時点で,どのような職業に就いていたいと思うか」と尋ねています。対象は,15歳の生徒です。わが国でいうと,高校1年生です。
この設問では,職業の名称を記してもらい,それを後から分類するアフターコード形式がとられています。私は,以下の2つのコードを振られた回答が,有効回答全体のどれほどを占めるかに関心を持ちました。数字は,コード番号です。コードブックは,下記サイトでみれます。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php
9504 Do not konw (分からない)
9505 Vague (よい職業,安定している職業,給料がいい職業など,曖昧な記述)
私は,上記サイトから,回答コードが入力された段階のローデータをダウンロードし,自前の分析を行いました。57か国,39万8,750人の大規模データです。
日本の場合,上記のQ30に有効回答を寄せた生徒は5,132人です(有効回答とは,無回答・無効回答を除いたものです)。このうち,「分からない」という回答は376人,「曖昧」と判断される回答は721人となっています。両者を足すと1,097人。したがって,日本の15歳生徒の志望職業未定率は,1,097/5,132=21.4%と算出されます。5人に1人です。
これだけでは「ふーん」ですが,国際比較をすることで,この値の性格を知ることができます。私は,同じやり方で,カタールを除く56か国の15歳生徒の志望職業未定率を計算しました。下図は,値が高い順に各国を並べたものです。わが国と主要先進国,そしてお隣の韓国のバーには色をつけています。
56か国で値が最も高いのは,中欧のクロアチアで24.7%です。日本は,それに次ぐ2位となっています。他の先進国はというと,独は「中の上」,米英は「中の下」,そして仏は「下」というところです。
注目されるのは,お隣の韓国において,15歳の生徒の職業志望が明確であることです。未定というのはわずか2.7%しかいません。韓国は,日本と同じく受験競争が激しい国であり,将来のことを考えもせず,ただ闇雲に受験勉強に励む生徒が多いと思っていましたが,そういうことでもなさそうです。
ちなみに韓国の生徒の志望職No1は,細かい小分類でいうと,"Decorators & commercial designers"です。和訳すると,室内装飾者・商業デザイナーでしょうか。志望者数は265人で,有効回答全体の5.3%に相当します。
ひるがえって,海を隔てた日本では,5人に1人が志望職未定というお寒い状況なのですが,未定率が高いのは,どういう属性の生徒なのでしょう。性別,在学している課程別に率を出してみました。後者の課程は,高校普通科,高等専門学校,および高校専門学科の3カテゴリーからなります。
15歳の生徒全体では未定率は21.4%ですが,属性別にみると,変異がみられます。性別では,女子よりも男子で少し高くなっています。課程別にみると,高校専門学科の生徒の志望職未定率がことに高くなっています。26.2%,4人に1人です。
商業科や工業科のような専門学科では,生徒の志望職は明確であるように思われるのですが,現実はさにあらず。技術者になりたいから工業科に入る,ファーマーにないたいから農業科に入るというのではなく,成績の上で仕方なくというような,不本意入学者が多いものと推測されます。残念なことですが,大学進学規範に依拠する,高校教育の階層的構造はまだまだ健在であることをうかがわせる統計です。
さて,今回の記事で明らかになったのは,わが国の15歳生徒の志望職未定率は21.4%であること,その値は国際的にみて高いことです。このことは,義務教育段階におけるキャリア教育を充実させる必要があることを示唆しているように思います。
誤解されがちですが,近年重視されているキャリア教育というのは,高校段階以降でなされるのではありません。キャリア教育に関連する答申の類をみていただければ分かりますが,キャリア教育とは,幼児期から高等教育段階まで,発達の段階に即して,体系的に実施されるべきものです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm
15歳の時点で,全ての生徒が将来の志望職を明確にすべきであるなどと主張するつもりはないですが,わが国では,青少年のアイデンティティが遅れがちであるという現実は,しっかりと直視しなければなりますまい。
むろん,この問題は,学校における職業教育の脆弱さだけに帰されるものではありません。現代日本では,職住分離が進行しており,働く親の姿を子どもが目にする機会が減ってきています。家で目にするのは,休日や夜に疲れてゴロ寝する父親の姿ばかり・・・。こういうことがザラでしょう。労働モデルの喪失です。
次回は,この点に関連して,親の職業を知らないという生徒の比率に注目してみようと思います。