2012年11月7日水曜日

父親の職業を知らない生徒

 閑話休題。前々回の記事では,15歳の生徒のうち,将来の志望職業が定かでない生徒の比率の国際比較をしました。日本の値は21.4%で,PISA2006の対象国(56か国)の中で2位であることを知りました。

 まあ,15歳の時点で志望職業を明確にせよというのは無理な注文なのかもしれませんが,わが国の値が国際的にみて上位であるのは看過できることではありますまい。

 この点についてまずいわれるのは,義務教育段階における職業教育が脆弱なのではないか,ということです。しかるに,学校教育の外側にも要因はあると思います。前々回の記事の最後では,労働モデルの喪失という点を指摘しました。


 上図は,わが国の就業者の就業形態が,昔と比べてどう変わったかを示したものです。ソースは,総務省『国勢調査』です。戦後初期の頃では,自営業ないしは家族従業が全体の6割を占めていました。しかるに2010年現在では,ほとんどが雇用者です。今日では,就業者の8割以上が,自宅から(遠く)離れた職場で働いているとみられます。

 今の子どもは,家庭において,親が働く姿を目にすることがほとんどなくなっています。目にするのは,夜や休日に疲れてゴロ寝する親の姿ばかり・・・。こういうことはザラでしょう。親の職業を知らないという生徒もいます。こういうことが,生徒の職業意識の未成熟をもたらしているといえないでしょうか。今回は,この仮説を検討してみようと思います。

 まず,父親の職業を知らないという生徒の比率を明らかにしてみましょう。PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,対象の15歳の生徒に対し,父親の職業を尋ねています。職業の名称を記入してもらい,それを後から分類するアフターコード形式です。私は,以下の2つのコードが振られた回答の比率に注目しました,番号は,コード番号です。

 7504 Do not konw (分からない)
 7505 Vague (会社勤めなど,記述が曖昧で分類のしようがないもの)

 上記調査のローデータを分析し,この2つに括られる回答が有効回答全体のどれほどを占めるかを計算しました。ローデータは,下記サイトより得ています。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php

 日本の場合,上記のQ8aに有効回答を寄せた生徒は5,475人です。このうち,「分からない」は204人,「曖昧」は621人。両者を足して825人なり。したがって,日本の15歳生徒のうち,父親の職業を明確に知らない者の比率は,825/5,475=15.1%と算出されます。およそ7人に1人です。

 私は,PISA2006の対象となった57か国について同じ指標を計算し,高い順に並べてみました。下図をご覧ください。


 日本の値は,国際的にみて2位です。父親の職業を明確に知らないという生徒の率が,国際的にみても高いことが知られます。

 さて,上図の各国の値は,前々回の記事でみた生徒の志望職未定率とどういう関係にあるのでしょうか。おそらくは,父の職業を知り得ていない生徒が多い国ほど,将来の志望職が定かでない生徒が多いのではないかと思われます。はて,実情は如何。下図は,志望職未定率が出せないカタールを除いた,56か国のデータを使った相関図です。


 予想通りの結果です。父の職業を知らない生徒の率が高い国ほど,志望職未定率が高い傾向です。相関係数は+0.551で,1%水準で有意です。わが国が,右上に位置しているのも気がかりです。

 生徒の職業アイデンティティの形成に際しては,学校における職業教育のみならず,家庭での親の影響も大きいのではないかと推測されます。

 ところで,日本の生徒で,父親の職業を知らない者が多いのはなぜでしょう。職住分離というような客観的な条件によることは確かでしょうが,わが国と同じくらいそれが進行している他の先進諸国では状況が異なることから,この面ばかりを強調することはできますまい。

 家庭において,日頃親が自分の職業のことについて子に話すか,働くことについて親子が会話を交わすか,というような要因も大きいものと思われます。父親の職業を答えられない生徒が多いのは,わが国の家庭が,内実を伴わない「ホテル家族」のようなものになっていることを示唆しています。キャリア教育を広義に捉えるなら,家庭のおいてもやってもらうことはありそうです。