2012年11月3日土曜日

15歳生徒の教員志望の国際比較

 くさい言い方ですが,教員というのは,次代を担う子どもの育成に関わることのできる,素晴らしい職業であると思います。この職業を希望する人間は少なくないことでしょう。

 最近は,「先生は大変だよ」というようなことがいわれていますが,アイデンティティを模索する青年期の只中にある15歳の生徒のうち,教員を志望している者はどれほどいるのでしょうか。

 OECDのPISA2006では,生徒質問紙調査のQ30において,「30歳あたりの時点において,自分はどのような職業に就いている(いたい)と思うか」と尋ねています。調査対象は,15歳の生徒です。日本の場合,高校1年生です。

 調査対象の生徒に職業の名称を書いてもらい,それを後から分類する,アフターコード形式がとられています。私は,"TEACHING PROFESSIONALS"に括られる回答がどれほどあるかに注目しました。訳すと,教育専門職でしょうか。

 この中には,小・中・高の教員のほか,特別支援学校教員,大学教員,視学官,および他の教育専門職も含みます。小学校教員,中学校教員というように,回答を細かく仕分けている国もありますが,わが国は残念ながら,"TEACHING PROFESSIONALS"という大枠において一括されてしまっています。そこでやむなく,この大カテゴリーの比重に注目することとした次第です。

 まあ,"TEACHING PROFESSIONALS"の大半は小・中・高の教員ですので,このカテゴリーに括られる回答をした生徒をもって,教員志望者とみなしても大きな問題はないでしょう。

 仔細は,PISA2006の生徒質問紙調査のコードブックをみたていただきたいのですが,私がここにて教員志望者とみなすのは,回答にふられたコード番号が2300~2359の生徒です。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php

 私は,本調査の個票データを上記サイトからダウンロードし,独自の分析をしました。57か国,39万8,750人の大規模データです。

 さて,わが国の高校1年生のうち,上記のQ30に有効回答を寄せたのは5,132人です。そのうち,教員志望者は350人となっています。よって,15歳生徒の教員志望率は6.8%となります。およそ15人に1人です。

 国際比較によって,この値を性格づけてみましょう。主要先進国,北欧のフィンランド,そしてお隣の韓国と比べてみます。下表をご覧ください。aの全体とは,無回答や無効回答を除く,有効回答をした生徒の数です。「分からない(Do not know)」という回答は,有効回答の中に含まれます。


 ほう。韓国の生徒の教員志望率は20.8%と,群を抜いて高くなっています。この国では,15歳生徒の5人に1人が教員を志望しています。儒教国家のゆえでしょうか。その次が英仏,そして日本となっています。

 アメリカとドイツは,教員志望率が低くなっています。5%未満です。2月14日の記事でみたように,アメリカにおいては,民間に比して教員の給与がべらぼうに低く,かつ勤務時間も長いのですが,こうした待遇面の要因もありそうです。

 わが国においても,教員の待遇が劣悪を極めていた大正期の頃では,若者の教員志望率はさぞ低かったことと思います。教員になるのを嫌がり,自殺にまで至ったケースがあるくらいなのですから(1922年6月28日,東京朝日新聞)。

 ところで,「子は親の背中を見て育つ」といいますが,親が教員であるかどうかによって,教員志望率は異なるものと思われます。私は某大学で教職課程の講義を持っていますが,「ウチ,親も教師なんすよ」という学生さんが結構いるように感じます。

 おそらく,親が教員という生徒のほうが,そうでない生徒よりも,教員志望率は高いのではないかと思われます。いや,反対でしょうか。親が死ぬほど苦しんでいるのをみて,「教員にだけはなるまい」と意を固めている生徒も多かったりして・・・。

 PISA2006の生徒質問紙調査のQ8aでは,父親の職業を答えてもらっています。Q30と同様,アフターコード形式です。父親の職業についても,"TEACHING PROFESSIONALS"をもって,教員とみなすことにします。

 私は,Q8aに有効回答を寄せた生徒を,父親が教員である者とそうでない者の2群に分けました。以下では,前者をⅠ群,後者をⅡ群といいます。この両群で,教員志望率がどう異なるかをみてみましょう。下表は,日本と韓国のデータです。


 日本でも韓国でも,父親が教員であるⅠ群の生徒のほうが,そうでないⅡ群よりも教員志望率が高くなっています。しかし,両群の差は日本のほうが大きいようです。倍以上の差があります。わが国では,親が教員であるか否かが,子どもの教員志望に影響する度合いが高いといえます。

 では,他国はどうなのでしょう。私は,48か国について,上表と同じ統計を作成しました。下図は,横軸にⅡ群の教員志望率,縦軸にⅠ群のそれをとった座標上に,各国を位置づけたものです。わが国が,全体の中のどこに位置するかを読み取ってください。


  実線の斜線は均等線です。この線より上にある場合,Ⅱ群よりもⅠ群の志望率が高いことを意味します。点線よりも上に位置する国は,Ⅰ群の率がⅡ群の2倍を超えることを示唆します。

 どうでしょう。比較の対象を広げてみても,日本は,親が教員であるかどうかが,子の教員志望に強く影響する社会であるといえそうです。ドイツの場合,全体でみた教員志望率は低いのですが,Ⅰ群とⅡ群の差が殊に大きくなっています。前者の率(15.1%)は,後者(4.0%)の3倍を超えます。

 一方,イギリスのように,反対の傾向を呈している社会があることにも注意しておきましょう。この国では,親が教員でない生徒のほうが,教員志望率が高いのです。

 まとめましょう。わが国では,15歳の高校1年生の教員志望率は6.8%であり,国際水準でみて高くはないですが,親が教員であるか否かによって,値が大きく違います。

 これをどうみたものでしょう。わが国では,「教員は大変だ」と連呼され,離職率や精神疾患率のような客観資料でみてもそうなのですが,教員の親を持った子には,その職業の内的魅力のようなものが肌身を通して伝わる,ということなのかもしれません。

 それは,給料がどうだとか,離職率がどうだとかいう,外側からの観察ではうかがい知ることができないものです。これは,誇ってよいことなのではないでしょうか。逆をいうと,実線の斜線よりも下にある国では,「教員の親を持ってみると,嫌な部分が目についてくるよ」ということなもかもしれません。こちらも,外的な統計指標では分からないことです。

 ここでいう教員の「内的魅力」というのは,統計では把握することができますまい。親が教員という学生さんに,「内的魅力」が何たるものか,聞いてみようかしらん。

 今回は,15歳生徒の教員志望率を出してみましたが,他の職業の志望率も計算することができます。公務員志望率,社会福祉関係職志望率などの国際比較も面白いと思います。