青山学院幼稚園に子どもを裏口入学させられると嘘をいい,保護者から多額の金銭をだまし取った容疑者が逮捕されたそうです。少子化が進んだ現在でも,まだこういうことがはびこっているのですね。
http://www.asahi.com/national/update/0629/TKY201106290253.html
さて,青山学院といえば,幼稚園から大学までの一貫教育で有名です。貧乏性の私としては,この学院の幼稚園に子どもを入れ,大学まで出すとなったら,莫大なお金がかかるだろうなあ,と案じてしまいます。わが国では,子ども一人育てるのに1千万かかるとか2千万かかるとかいわれますけれども,公的な統計を使って計算すると,どういう数字が出てくるでしょうか。
文科省の『子どもの学習費調査』では,保護者が子どもに費やした教育費(本調査の用語では学習費)の額が明らかにされています。ここでいう教育費には,学校教育費(授業料,通学費…),学校給食費,および学校外教育費(学習塾費,地域活動費…)が含まれます。
最新の2008年度調査によると,同年度間に保護者が費やした教育費の平均は,公立小学校の4年生の場合,約29万円です。しかし,中学校3年生になると56万円ほどに上がります。子どもが私立校に通っている場合,この額はうんと高くなることはいうまでもありません。
私は,こうした学年ごとの統計をつなぎ合わせて,子ども一人を育て上げるのに必要な教育費の総額を試算しました。なお,上記の文科省調査は,高等学校段階までしか調査していません。大学については,日本学生支援機構の『学生生活調査』で明らかにされている学費のデータを使います。学費とは,「授業料,その他の学校納付金」および「修学費,課外活動費,通学費」から構成されます。大学の学費は学年ごとに明らかにされていないので,1~4年とも,一律に全体の平均額を適用します。ここで用いる統計は,以下のサイトで閲覧できます。
文科省:http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/1268091.htm
日本学生支援機構:http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/data08.html
幼稚園から大学まですべて公立(大学は国立)という「親孝行?コース」と,すべて私立という「親不孝?コース」を想定してみましょう。下の表をご覧ください。
まず最下段の総額に注目すると,すべて公立(大学は国立)の場合,およそ808万円です。すべて私立に通わせた場合は,2,198万円です。後者は前者の2.7倍です。公私の差は,小学校段階で大きくなっています。どの学年でも,4~5倍も開いています。義務教育無償の原則により,公立の小学校では授業料が徴収されませんが,私立は,そうではないからです。
表の右欄は累積を出したものですが,すべて私立のコースの場合,子どもが義務教育を終える頃にして,既に1,370万円にも達しています。すべて公立コースの額(396万円)の3.5倍です。その後,高卒時点で1,663万円,大卒時点で2,198万円に達します。
巷でいわれていることではありますが,わが国では,家庭が負担する教育費が膨大なものであることが知られます。教育費の高さが,少子化の原因になっていることは,否定できないところです。まあ,すべて私立というコースをたどるのは,ごく一部の子どもだけでしょう。小学生に占める私立生の比率はたったの1%,100人に1人です(2010年)。
思うのですが,小学校や中学校という早い段階らか,子どもを私立に入れようという,親御さんの心理はどういうものなのでしょうか。誰もが入れる公立にはワルガキが多いので,わが子がいじめに遭うのではないか,という心配からでしょうか。でも,6月14日の記事でみたように,いじめを容認する子どもは,公立よりも私立で多いのです。
ところで,2010年度より実施されている高校無償化政策により,公立高校の授業料はタダになり,私立校の授業料には補助が出ることになりました。よって,上表の高等学校段階の数字は,大きく変わることでしょう。願わくは,このような措置を,もう一段階上の大学にも適用していただきたいものです。
2011年6月30日木曜日
2011年6月28日火曜日
失業のリスク
総務省『労働力調査』によると,2010年の完全失業者数は,334万人だそうです。334万人といったら,静岡県の人口よりも少し少ないくらいです。総人口(1億2,700万人)に占める比率は,およそ2.5%。国民の40人に1人が,働きたいのに働けないという,辛い状態におかれた人間であることになります。
失業者数の長期的な推移をとると,上図のようになります。戦後混乱期から立ち直るにつれ,失業者の数は減少し,高度経済成長期の1960年代では,おおよそ60万人前後という低い水準で推移します。しかし,オイルショックのあった74年の翌年に100万人を超え,80年代半ば頃までじわじわと上昇します。バブルが崩壊した90年代の初頭から失業者は加速度的に増え,2002年には359万人のピークに達します。その後,減少しますが,08年のリーマンショックの影響から,翌年には再び300万人台にのっているという具合です。ちなみに,どの時期でも,失業者のほぼ6割が男性で占められています。
就労意欲があるにもかかわらず無職状態に留置かれるという,完全失業者が増えることは,社会にとってよろしくないことです。生活態度が不安定化した彼らは,些細なことがきっかけで,犯罪や自殺などの逸脱行動に走る危険性があります。わが国では,自らを殺めるというような内向的な逸脱が多いようですが,無差別殺人のような外向的な破壊行動も起きています。
はて,失業者が犯罪や自殺に走る確率というのは,常人に比べてどうなのでしょうか。警察庁の『犯罪統計書』から,犯罪で検挙された失業者の数を知ることができます。また,同庁の『自殺の概要資料』から,同じく失業者の自殺者数を知ることができます。私は,最新の2009年の統計を使って,失業者の犯罪者出現率や自殺者出現率を明らかにし,人口全体のものと比較してみました。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
上表によると,2009年の失業者336万人のうち,犯罪で検挙された者は9,352人,自殺をした者は2,341人です。10万人あたりの出現率にすると,犯罪率は278.3,自殺率は69.7となります。いずれも,人口全体の同じ値よりも高くなっています。失業者の自殺率は,人口全体のそれの2.7倍です。犯罪率は,意外と差が小さくなっています。
ですが,罪種別にみると,少し違った様相も見えてきます。失業者の放火犯の出現率は人口全体の率の2.5倍,強盗犯出現率と知能犯出現率は1.7倍です。失業者の知能犯としては,「オレオレ詐欺」などを引き起こす,20代や30代の若年者が多いことでしょう。また,高度な知識を身につけたにもかかわらず,職に就けない高学歴層も少なくないことと思います。
失業(unemployment)という状態が,犯罪や自殺の促進要因になり得ることは,統計からもうかがわれます。雇用対策に要する経費は大きいでしょうが,破壊行動が起こった際の被害者のケアや加害者の矯正に要する費用は,もっと大きいことと推察されます。
今後,孤族化が進行し,一人ぼっちの人間が増えるなか,失業という事態の重みは,ますます増大していくことでしょう。となると,上記でみたような,失業者の犯罪率や自殺率の相対水準は,ますます上がっていくのではないでしょうか。このことを確証する手立てとして,過去から現在にかけて,それがどう変化してきたかを明らかにしてみようと思っています。歴史は,未来を展望するための実験データであるとは,私の恩師がおっしゃったことです。
失業者数の長期的な推移をとると,上図のようになります。戦後混乱期から立ち直るにつれ,失業者の数は減少し,高度経済成長期の1960年代では,おおよそ60万人前後という低い水準で推移します。しかし,オイルショックのあった74年の翌年に100万人を超え,80年代半ば頃までじわじわと上昇します。バブルが崩壊した90年代の初頭から失業者は加速度的に増え,2002年には359万人のピークに達します。その後,減少しますが,08年のリーマンショックの影響から,翌年には再び300万人台にのっているという具合です。ちなみに,どの時期でも,失業者のほぼ6割が男性で占められています。
就労意欲があるにもかかわらず無職状態に留置かれるという,完全失業者が増えることは,社会にとってよろしくないことです。生活態度が不安定化した彼らは,些細なことがきっかけで,犯罪や自殺などの逸脱行動に走る危険性があります。わが国では,自らを殺めるというような内向的な逸脱が多いようですが,無差別殺人のような外向的な破壊行動も起きています。
はて,失業者が犯罪や自殺に走る確率というのは,常人に比べてどうなのでしょうか。警察庁の『犯罪統計書』から,犯罪で検挙された失業者の数を知ることができます。また,同庁の『自殺の概要資料』から,同じく失業者の自殺者数を知ることができます。私は,最新の2009年の統計を使って,失業者の犯罪者出現率や自殺者出現率を明らかにし,人口全体のものと比較してみました。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
上表によると,2009年の失業者336万人のうち,犯罪で検挙された者は9,352人,自殺をした者は2,341人です。10万人あたりの出現率にすると,犯罪率は278.3,自殺率は69.7となります。いずれも,人口全体の同じ値よりも高くなっています。失業者の自殺率は,人口全体のそれの2.7倍です。犯罪率は,意外と差が小さくなっています。
ですが,罪種別にみると,少し違った様相も見えてきます。失業者の放火犯の出現率は人口全体の率の2.5倍,強盗犯出現率と知能犯出現率は1.7倍です。失業者の知能犯としては,「オレオレ詐欺」などを引き起こす,20代や30代の若年者が多いことでしょう。また,高度な知識を身につけたにもかかわらず,職に就けない高学歴層も少なくないことと思います。
失業(unemployment)という状態が,犯罪や自殺の促進要因になり得ることは,統計からもうかがわれます。雇用対策に要する経費は大きいでしょうが,破壊行動が起こった際の被害者のケアや加害者の矯正に要する費用は,もっと大きいことと推察されます。
今後,孤族化が進行し,一人ぼっちの人間が増えるなか,失業という事態の重みは,ますます増大していくことでしょう。となると,上記でみたような,失業者の犯罪率や自殺率の相対水準は,ますます上がっていくのではないでしょうか。このことを確証する手立てとして,過去から現在にかけて,それがどう変化してきたかを明らかにしてみようと思っています。歴史は,未来を展望するための実験データであるとは,私の恩師がおっしゃったことです。
2011年6月26日日曜日
殺人率と自殺率の国際比較
1月14日の記事において,日本,アメリカ,イギリス,フランス,およびドイツといった先進国の殺人発生率と自殺率を比較しました。日本は,自殺率は高いのですが,殺人率は非常に低いことが分かりました。アメリカなどは,その逆です。このことから,危機状況への対処の仕方が,前者は内向的,後者は外向的であるという特徴づけをしました。
しかし,世界を見渡せば,もっと多くの国(社会)があります。たとえば,南米諸国の殺人発生率は,先進国の比ではないといわれます。今回は,これらの国をも交えた比較を行い,わが国の国民性の特徴をもっとはっきりさせてみたいと思います。
私は,世界の40か国について,殺人発生率と自殺率を明らかにしました。前者は,殺人事件の発生件数が人口に占める比率です。後者は,自殺者が人口に占める比率です。双方とも,10万人あたりの率で表します。殺人発生率は,国際連合の統計サイトから得ました。自殺率は,WHOのMortality Databaseから得ました。下記に,URLを貼っておきます。
国連サイト:http://data.un.org/Data.aspx?d=UNODC&f=tableCode%3a1
WHOサイト:http://apps.who.int/whosis/database/mort/table1.cfm
統計の年次ですが,両指標とも最新のもの使っています。ただし,双方の年次がそろうようにしています。その結果,40か国の統計は,だいたい,2005年前後のものとなったことを申し添えます。日本の場合,2006年の統計を拾っています。下図は,横軸に自殺率,縦軸に殺人発生率をとった座標上に,40か国を位置づけたものです。
日本は,自殺率が高く,殺人率が非常に低いので,図の右下の底辺を這うような位置にあります。その対極が,コロンビアや南アフリカです。自殺率は低いのですが,殺人率が飛びぬけて高いので,図の左上にプロットされています。
4月3日の記事で,南アフリカや南米諸国は,失業率が高いにもかかわらず,自殺率は低いことを明らかにしました。殺人率の高さを併せて考えると,これらの国々では,他人に危害をもたらすことで,危機状況を乗り切ることが多いものと推察されます。日本などは,その真逆です。危機状況への対処に際して,自らを殺めるようなことが多いと解釈されます。
危機状況への対処の仕方が,どれほど内向的(外向的)かを測る尺度を考えてみましょう。今,殺人発生率(H)と自殺率(S)を合算した値(H+S)を,当該社会における極限の危機状況の総量とみなします。この合算値に対するSの比率をもって,内向率といたしましょう。この値が高いほど,危機状況への対処の仕方が内向的であると考えられます。
日本の場合(H=0.4,S=23.7),この意味での内向率は,23.7/(0.4+23.7)≒98.2%です。極限の危機状況のほぼすべてが,自らを殺めることで処理されているわけです。この指標が最低なのは南アフリカでわずか2.4%です。裏返すと,この国では,危機状況の97.6%が他人を殺めることで処理されていることになります。
40か国について,内向率の上位5位を挙げると,日本(98.2%),スロヴァニア(97.8%),オーストリア(95.5%),シンガポール(95.5%),スイス(94.6%),です。下位5位をみると,低い順に,南アフリカ(2.4%),コロンビア(8.2%),ベネズエラ(10.6%),ブラジル(12.3%),パラグアイ(16.8%),です。後者では,ほとんどが南米の国です。他の国はどうかという関心をお持ちの方もおられると思うので,HとSの組成図を以下に掲げておきます。
危機状況への対処の仕方が内向的のほうがよいのか,その逆のほうがよいのかという,価値判断はできません。しかし,日本の内向率の高さは国際的にみても際立っています。時系列的にみても,この内向率が高まってきているのではないでしょうか。
近年,「自己責任」という言葉が社会全体にはびこっているように思います。しかるに,自らに責を帰す「内向的」な国民性があることをよいことに,お上(政府)が惰眠をむさぼるようなことがあってはならないと存じます。
付記:殺人率と自殺率の関係から,内向率という指標を考案されたのは,私の恩師の松本良夫教授です。下記の論文を紹介させていただきます。松本良夫「日本における自殺の近況」『現代の社会病理』第21号(2006年),松本良夫・舞田敏彦「殺人・自殺の発生動向の関連分析」『武蔵野女子大学現代社会学部紀要』第3号(2002年)。
しかし,世界を見渡せば,もっと多くの国(社会)があります。たとえば,南米諸国の殺人発生率は,先進国の比ではないといわれます。今回は,これらの国をも交えた比較を行い,わが国の国民性の特徴をもっとはっきりさせてみたいと思います。
私は,世界の40か国について,殺人発生率と自殺率を明らかにしました。前者は,殺人事件の発生件数が人口に占める比率です。後者は,自殺者が人口に占める比率です。双方とも,10万人あたりの率で表します。殺人発生率は,国際連合の統計サイトから得ました。自殺率は,WHOのMortality Databaseから得ました。下記に,URLを貼っておきます。
国連サイト:http://data.un.org/Data.aspx?d=UNODC&f=tableCode%3a1
WHOサイト:http://apps.who.int/whosis/database/mort/table1.cfm
統計の年次ですが,両指標とも最新のもの使っています。ただし,双方の年次がそろうようにしています。その結果,40か国の統計は,だいたい,2005年前後のものとなったことを申し添えます。日本の場合,2006年の統計を拾っています。下図は,横軸に自殺率,縦軸に殺人発生率をとった座標上に,40か国を位置づけたものです。
4月3日の記事で,南アフリカや南米諸国は,失業率が高いにもかかわらず,自殺率は低いことを明らかにしました。殺人率の高さを併せて考えると,これらの国々では,他人に危害をもたらすことで,危機状況を乗り切ることが多いものと推察されます。日本などは,その真逆です。危機状況への対処に際して,自らを殺めるようなことが多いと解釈されます。
危機状況への対処の仕方が,どれほど内向的(外向的)かを測る尺度を考えてみましょう。今,殺人発生率(H)と自殺率(S)を合算した値(H+S)を,当該社会における極限の危機状況の総量とみなします。この合算値に対するSの比率をもって,内向率といたしましょう。この値が高いほど,危機状況への対処の仕方が内向的であると考えられます。
日本の場合(H=0.4,S=23.7),この意味での内向率は,23.7/(0.4+23.7)≒98.2%です。極限の危機状況のほぼすべてが,自らを殺めることで処理されているわけです。この指標が最低なのは南アフリカでわずか2.4%です。裏返すと,この国では,危機状況の97.6%が他人を殺めることで処理されていることになります。
40か国について,内向率の上位5位を挙げると,日本(98.2%),スロヴァニア(97.8%),オーストリア(95.5%),シンガポール(95.5%),スイス(94.6%),です。下位5位をみると,低い順に,南アフリカ(2.4%),コロンビア(8.2%),ベネズエラ(10.6%),ブラジル(12.3%),パラグアイ(16.8%),です。後者では,ほとんどが南米の国です。他の国はどうかという関心をお持ちの方もおられると思うので,HとSの組成図を以下に掲げておきます。
危機状況への対処の仕方が内向的のほうがよいのか,その逆のほうがよいのかという,価値判断はできません。しかし,日本の内向率の高さは国際的にみても際立っています。時系列的にみても,この内向率が高まってきているのではないでしょうか。
近年,「自己責任」という言葉が社会全体にはびこっているように思います。しかるに,自らに責を帰す「内向的」な国民性があることをよいことに,お上(政府)が惰眠をむさぼるようなことがあってはならないと存じます。
付記:殺人率と自殺率の関係から,内向率という指標を考案されたのは,私の恩師の松本良夫教授です。下記の論文を紹介させていただきます。松本良夫「日本における自殺の近況」『現代の社会病理』第21号(2006年),松本良夫・舞田敏彦「殺人・自殺の発生動向の関連分析」『武蔵野女子大学現代社会学部紀要』第3号(2002年)。
2011年6月25日土曜日
教員の自殺
以前,教員の離職率や精神疾患による休職率を分析しました。今回は,離職や精神疾患を通り越した,極限の事態である自殺(suicide)にまで及ぶ教員がどれほどいるか,またその要因としてどのようなものが大きいか,ということを数で明らかにしようと思います。
警察庁が毎年発刊している『自殺の概要資料』には,職業別の自殺者数が記載されていますが,その中に,「教員」というカテゴリーがあります。幼稚園,小学校,中学校,高校,特別支援学校,大学のような正規の学校のほか,専修学校や各種学校などの教員も含んでいるのでしょうが,母集団の組成からして,大半が小・中・高校の教員であるとみてよいでしょう。
当該資料の2010年版によると,同年中に自殺した教員の数は146人だそうです。最近の推移をたどると,2007年が125人,08年が128人,09年が144人,そして10年が146人というように,少しずつ増えてきています。ちなみに,2010年の146人のうち,男性が115人(78.8%)と多くを占めています。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
同年の文科省『学校基本調査報告』によると,この年の教員人口(幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,高等専門学校,短期大学,大学,専修学校,各種学校)は約181万人です。ゆえに,教員の自殺率は,先ほどの146人をこの数で除して,10万人あたり8.1人と算出されます。この年の人口全体の自殺率(24.9)と比べたら,かなり低くなっています。なお,小・中・高校の教員(104万人)のみをベースにして自殺率を出すと,14.0となります。
このように,教員の自殺者は実数でみても率でみても少ないのですが,自殺の原因の構成は,独特のものとなっています。下図は,自殺者の自殺理由の内訳(大分類)を,教員と人口全体とで比較したものです。2010年の統計です。
双方とも,最も多いのは「健康問題」に関する理由ですが,教員の場合,それに次ぐのが「勤務問題」となっています。このカテゴリーに属する理由のシェアは,人口全体では7.8%しかないですが,教員では31.9%も占めています。おそらく,過労とかバーンアウトとかいったものであると思われます。
では,およおその見当をつけたところで,もっと細かい小分類の原因表をみてみましょう。上記の警察庁の資料では,2007年版より,細かな小分類の原因表が公表されています。私は,2007年から2010年にかけて,教員の自殺の原因構成がどう変わったかを調べました。
上表の統計は,原因の延べ数を集計したものですので,総計の値は,自殺者の頭数よりもやや多くなっていることに留意ください。表によると,両年とも,うつ病による自殺が最多です。しかし,この理由による自殺者が最近3年間で15人も増えています。2010年では,うつ病だけで,自殺理由全体の30.7%を占めるに至っています。その次に多いのが,勤務問題の中の「仕事疲れ」というものです。教員の多忙化がいわれる今日,さもありなん,という感じです。
また,2010年では,「夫婦関係の不和」という,家庭関連の原因も目立っています。家庭は,仕事でへとへとに疲れた身を癒す「憩いの場」となることが期待されるのですが,その家庭までもが,緊張や葛藤の場となってしまっては,たまったものではありません。教員は,同業婚が比較的多いといいますけれども,お互い多忙で,知らぬ間に夫婦関係に亀裂が入る,ということでしょうか。
これまで,教員の離職,精神疾患,および自殺という病理指標を分析してきましたが,いずれの現象も,その根は同じものであるように感じます。
警察庁が毎年発刊している『自殺の概要資料』には,職業別の自殺者数が記載されていますが,その中に,「教員」というカテゴリーがあります。幼稚園,小学校,中学校,高校,特別支援学校,大学のような正規の学校のほか,専修学校や各種学校などの教員も含んでいるのでしょうが,母集団の組成からして,大半が小・中・高校の教員であるとみてよいでしょう。
当該資料の2010年版によると,同年中に自殺した教員の数は146人だそうです。最近の推移をたどると,2007年が125人,08年が128人,09年が144人,そして10年が146人というように,少しずつ増えてきています。ちなみに,2010年の146人のうち,男性が115人(78.8%)と多くを占めています。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
同年の文科省『学校基本調査報告』によると,この年の教員人口(幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,高等専門学校,短期大学,大学,専修学校,各種学校)は約181万人です。ゆえに,教員の自殺率は,先ほどの146人をこの数で除して,10万人あたり8.1人と算出されます。この年の人口全体の自殺率(24.9)と比べたら,かなり低くなっています。なお,小・中・高校の教員(104万人)のみをベースにして自殺率を出すと,14.0となります。
このように,教員の自殺者は実数でみても率でみても少ないのですが,自殺の原因の構成は,独特のものとなっています。下図は,自殺者の自殺理由の内訳(大分類)を,教員と人口全体とで比較したものです。2010年の統計です。
双方とも,最も多いのは「健康問題」に関する理由ですが,教員の場合,それに次ぐのが「勤務問題」となっています。このカテゴリーに属する理由のシェアは,人口全体では7.8%しかないですが,教員では31.9%も占めています。おそらく,過労とかバーンアウトとかいったものであると思われます。
では,およおその見当をつけたところで,もっと細かい小分類の原因表をみてみましょう。上記の警察庁の資料では,2007年版より,細かな小分類の原因表が公表されています。私は,2007年から2010年にかけて,教員の自殺の原因構成がどう変わったかを調べました。
上表の統計は,原因の延べ数を集計したものですので,総計の値は,自殺者の頭数よりもやや多くなっていることに留意ください。表によると,両年とも,うつ病による自殺が最多です。しかし,この理由による自殺者が最近3年間で15人も増えています。2010年では,うつ病だけで,自殺理由全体の30.7%を占めるに至っています。その次に多いのが,勤務問題の中の「仕事疲れ」というものです。教員の多忙化がいわれる今日,さもありなん,という感じです。
また,2010年では,「夫婦関係の不和」という,家庭関連の原因も目立っています。家庭は,仕事でへとへとに疲れた身を癒す「憩いの場」となることが期待されるのですが,その家庭までもが,緊張や葛藤の場となってしまっては,たまったものではありません。教員は,同業婚が比較的多いといいますけれども,お互い多忙で,知らぬ間に夫婦関係に亀裂が入る,ということでしょうか。
これまで,教員の離職,精神疾患,および自殺という病理指標を分析してきましたが,いずれの現象も,その根は同じものであるように感じます。
2011年6月23日木曜日
学力と自尊心の相関
前回の続きです。今回は,子どもの自尊心の程度が,学力の水準とどう関連しているのかを明らかにしようと思います。
わが国のように,「学校化」が著しく進展し,上級学校への進学規範が強い社会では,子どもの自尊心の程度は,学校での教科の成績とかなり関連していることと思います。それは当然といえば当然ですが,両者があまりに強く結びついていることは,子どもの自尊心の拠り所が,狭い部分に局地化されていることを示唆します。実情はどうなのでしょう。
前回,2010年度の『全国学力・学習状況調査』の結果を使って,子どもの自尊心の多寡を県別に明らかにしました。「自分にはよいところがあると思うか」という問いに対し,「あてはまる」ないしは「どちらかといえば,あてはまる」と回答した者の比率です。この指標が,教科の平均正答率とどう相関しているかをみてみます。
上図は,公立中学校3年生について,国語Aの平均正答率と自尊感情の相関図を描いたものです。正答率が高い県ほど,自尊感情も高い傾向にあります。相関係数は0.613であり,1%水準で有意と判定されます。
上記の文科省調査は,中学校3年生と同時に,小学校6年生も対象にしています。後者にあっては,自尊心と学力の相関はどうなのでしょうか。また,国語Aとは別の教科の正答率をあてると,どういう結果になるでしょうか。下に,相関係数の一覧を掲げます。公立学校の都道府県別データの解析から得られたものです。各教科のAは知識を問うもの,Bは活用を問うものであることを申し添えます。
どの教科の正答率も,子どもの自尊心の多寡と正の相関です。また,小6から中3にかけて,相関係数の値が軒並みアップしています。自尊心の高低が教科の学力によって規定される度合いは,上級学年ほど強いことがうかがわれます。
地域単位の統計ではありますが,上記の事実をどう解釈したものでしょうか。仮に,両変数が全くの無相関という場合,それは危惧すべき事態です。子どもたちが,学校(それも義務教育学校)での勉学をどうでもいいと考えていることを意味するからです。かといって,相関係数が0.8から0.9にも及ぶのであれば,子どもの自尊心の基盤(basis)が,あまりに狭いものになっているのではないか,という懸念が持たれます。上記のデータは,こうした対極的な事態の中間に位置するものであり,ちょうどよいといえるのかも知れません。
ですが,小6から中3にかけて,学力と自尊感情の関連が強まることは気がかりでもあります。中学校3年生といえば,自分の個性をある程度自覚し,自分はどういうことに向いているのか,何が得意なのか,ということに思いを馳せる時期であると思います。自尊心の基盤は,年齢を上がるにつれて多様化していくべきものであり,それが一元化されるようなことはあってはならないと考えます。
もっとも,今回は,子どもの自尊心と学力の相関関係をみたまでです。前者が,後者以外のさまざまな要因とも関連しているのであれば,どうということはありません。しかし,もっぱら学力とだけ相関しているというならば,それは問題というべきでしょう。子どもの自尊心の規定要因というのも,教育社会学の重要な主題であると存じます。長期間の学校教育を経て,劣等感を植えつけられた人間が大量生産されることは,何とももったいないことであるからです。
わが国のように,「学校化」が著しく進展し,上級学校への進学規範が強い社会では,子どもの自尊心の程度は,学校での教科の成績とかなり関連していることと思います。それは当然といえば当然ですが,両者があまりに強く結びついていることは,子どもの自尊心の拠り所が,狭い部分に局地化されていることを示唆します。実情はどうなのでしょう。
前回,2010年度の『全国学力・学習状況調査』の結果を使って,子どもの自尊心の多寡を県別に明らかにしました。「自分にはよいところがあると思うか」という問いに対し,「あてはまる」ないしは「どちらかといえば,あてはまる」と回答した者の比率です。この指標が,教科の平均正答率とどう相関しているかをみてみます。
上図は,公立中学校3年生について,国語Aの平均正答率と自尊感情の相関図を描いたものです。正答率が高い県ほど,自尊感情も高い傾向にあります。相関係数は0.613であり,1%水準で有意と判定されます。
上記の文科省調査は,中学校3年生と同時に,小学校6年生も対象にしています。後者にあっては,自尊心と学力の相関はどうなのでしょうか。また,国語Aとは別の教科の正答率をあてると,どういう結果になるでしょうか。下に,相関係数の一覧を掲げます。公立学校の都道府県別データの解析から得られたものです。各教科のAは知識を問うもの,Bは活用を問うものであることを申し添えます。
どの教科の正答率も,子どもの自尊心の多寡と正の相関です。また,小6から中3にかけて,相関係数の値が軒並みアップしています。自尊心の高低が教科の学力によって規定される度合いは,上級学年ほど強いことがうかがわれます。
地域単位の統計ではありますが,上記の事実をどう解釈したものでしょうか。仮に,両変数が全くの無相関という場合,それは危惧すべき事態です。子どもたちが,学校(それも義務教育学校)での勉学をどうでもいいと考えていることを意味するからです。かといって,相関係数が0.8から0.9にも及ぶのであれば,子どもの自尊心の基盤(basis)が,あまりに狭いものになっているのではないか,という懸念が持たれます。上記のデータは,こうした対極的な事態の中間に位置するものであり,ちょうどよいといえるのかも知れません。
ですが,小6から中3にかけて,学力と自尊感情の関連が強まることは気がかりでもあります。中学校3年生といえば,自分の個性をある程度自覚し,自分はどういうことに向いているのか,何が得意なのか,ということに思いを馳せる時期であると思います。自尊心の基盤は,年齢を上がるにつれて多様化していくべきものであり,それが一元化されるようなことはあってはならないと考えます。
もっとも,今回は,子どもの自尊心と学力の相関関係をみたまでです。前者が,後者以外のさまざまな要因とも関連しているのであれば,どうということはありません。しかし,もっぱら学力とだけ相関しているというならば,それは問題というべきでしょう。子どもの自尊心の規定要因というのも,教育社会学の重要な主題であると存じます。長期間の学校教育を経て,劣等感を植えつけられた人間が大量生産されることは,何とももったいないことであるからです。
2011年6月21日火曜日
子どもの自尊心
日本の子どもの自尊感情(self-esteem)は,他国と比べて低いといわれています。学校において繰り返しテストの機会にさらされ,そこで悪い点ばかり取っているうちに,「自分はダメなのだ」という劣等感を植えつけられる子どもが多い,ということでしょう。
しかるに,学校のテストは,子どもの理解度を測定し,今後の指導の改善に役立てるためのものです。できる子とできない子を選り分けることが主目的ではありません。ですが,実際のところ,前者よりも後者が前面に出されることがしばしばです。教科書レベルの簡単な問題では「選り分け」の機能が果たせないので,それを可能ならしめる奇問難問が出され,無理やり,「できない子」が作りだされている,というのが実情でしょう。こうした傾向は,学年を上がるほど濃厚になっていくものと思われます。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,対象者に,「自分には,よいところがあると思うか」と尋ねています。2010年度調査の結果でいうと,この問いに対し,「あてはまる」ないしは「どちらかといえば,あてはまる」と答えた者の比率は,公立小学校6年生で74.4%,公立中学校3年生で63.1%です。小6から中3にかけて,肯定率が10ポイント以上下がります。
さて,このような子どもの自尊心の多寡が,どういう要因とつながっているのかに興味が持たれます。私は,このことを考えるための一助として,上記の設問への肯定率を,都道府県別に出してみました。公立学校のものです。以下に,一覧表を示します。
http://www.nier.go.jp/10chousakekkahoukoku/06todoufuken_chousakekka_shiryou.htm
全国値は,先ほどみたように,小6が74.4%,中3が63.1%です。しかし,県別にみるとかなり異なり,小6では,最高の宮崎(80.7%)と最低の北海道(68.8%)まで11.9ポイントの開きがあります。中3では,最高の群馬(69.0%)と最低の大阪(55.6%)とでは,13.4ポイント違います。ちなみに,差の規模を測る標準偏差を出すと,小6で2.59,中3で3.35です。子どもの自尊心の地域差は,小学生よりも中学生で大きいようです。
はて,子どもの自尊心が相対的に高い県は,どういう県なのでしょう。下図は,中学校3年生の自尊感情を地図化したものです。
上表の肯定率に基づいて,各県を2%刻みで塗り分けています。黒色の高率地域は,秋田,山形,群馬,富山,福井,長野,および愛媛です。白色の低率県の分布をみると,近畿圏が真っ白に染まっているのが注目されます。
子どもの自尊心と関連する要因として,まず思いつくのは学力です。個人単位でいえば,学力が高い子どもほど自尊感情が高い,という仮説を立てることができます。上記の地域単位の統計をみても,秋田や福井など,学力テストで上位の県が,子どもの自尊感情の上位県に含まれています。
しかるに,学力と自尊心が過度に結びついていることは,子どもの自尊心の拠り所が,ペーパーテストで測られる教科の学力という,狭小の部分に一元化されていることを意味します。個性重視の教育の必要がいわれる昨今にあって,これは何とも悲しいことです。
次回において,子どもの自尊心と学力はどれほど相関しているか,また相関の仕方が学年を上がるにつれてどう変わるか,ということを県単位の統計から明らかにしてみようと思います。
しかるに,学校のテストは,子どもの理解度を測定し,今後の指導の改善に役立てるためのものです。できる子とできない子を選り分けることが主目的ではありません。ですが,実際のところ,前者よりも後者が前面に出されることがしばしばです。教科書レベルの簡単な問題では「選り分け」の機能が果たせないので,それを可能ならしめる奇問難問が出され,無理やり,「できない子」が作りだされている,というのが実情でしょう。こうした傾向は,学年を上がるほど濃厚になっていくものと思われます。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,対象者に,「自分には,よいところがあると思うか」と尋ねています。2010年度調査の結果でいうと,この問いに対し,「あてはまる」ないしは「どちらかといえば,あてはまる」と答えた者の比率は,公立小学校6年生で74.4%,公立中学校3年生で63.1%です。小6から中3にかけて,肯定率が10ポイント以上下がります。
さて,このような子どもの自尊心の多寡が,どういう要因とつながっているのかに興味が持たれます。私は,このことを考えるための一助として,上記の設問への肯定率を,都道府県別に出してみました。公立学校のものです。以下に,一覧表を示します。
http://www.nier.go.jp/10chousakekkahoukoku/06todoufuken_chousakekka_shiryou.htm
全国値は,先ほどみたように,小6が74.4%,中3が63.1%です。しかし,県別にみるとかなり異なり,小6では,最高の宮崎(80.7%)と最低の北海道(68.8%)まで11.9ポイントの開きがあります。中3では,最高の群馬(69.0%)と最低の大阪(55.6%)とでは,13.4ポイント違います。ちなみに,差の規模を測る標準偏差を出すと,小6で2.59,中3で3.35です。子どもの自尊心の地域差は,小学生よりも中学生で大きいようです。
はて,子どもの自尊心が相対的に高い県は,どういう県なのでしょう。下図は,中学校3年生の自尊感情を地図化したものです。
上表の肯定率に基づいて,各県を2%刻みで塗り分けています。黒色の高率地域は,秋田,山形,群馬,富山,福井,長野,および愛媛です。白色の低率県の分布をみると,近畿圏が真っ白に染まっているのが注目されます。
子どもの自尊心と関連する要因として,まず思いつくのは学力です。個人単位でいえば,学力が高い子どもほど自尊感情が高い,という仮説を立てることができます。上記の地域単位の統計をみても,秋田や福井など,学力テストで上位の県が,子どもの自尊感情の上位県に含まれています。
しかるに,学力と自尊心が過度に結びついていることは,子どもの自尊心の拠り所が,ペーパーテストで測られる教科の学力という,狭小の部分に一元化されていることを意味します。個性重視の教育の必要がいわれる昨今にあって,これは何とも悲しいことです。
次回において,子どもの自尊心と学力はどれほど相関しているか,また相関の仕方が学年を上がるにつれてどう変わるか,ということを県単位の統計から明らかにしてみようと思います。
2011年6月19日日曜日
若者の職業別自殺率
自殺率を年齢層別にみると,その絶対水準が高いのは高齢層ですが,ここ数年の増加率という点でみると,若者で高いようです。今年の元旦の記事では,30代の自殺者数が大きく増えていることを明らかにしました。
ところで若者といっても,いろいろな輩がいます。職に就いている者もいれば,無職の者もいます。就業者のうちでみても,どういう職に就いているかはさまざまです。今回は,25~34歳の若者について,職業別の自殺率を出してみようと思います。なお,自殺率は性差が大きいので,ここでは男性に限定することとします。
まず,総務省『国勢調査』の結果を使って,この年齢層の職業構成が,1995年と2005年でどう変わったかをみてみましょう。『国勢調査』では,就業者の職業を10の大カテゴリーに分けて集計しています。一番最後の「無職」とは,総人口から,これら10カテゴリーの合計を引いたものです。その主な組成は,完全失業者,学生,主夫,そしてニートです。
上図によると,無職者の比重の増加が明らかです。1995年の7.3%から2005年の18.1%へと増えています。失業者の増加という理由のほかに,学生や就労意欲のないニートの増加ということも考えられましょう。この10年間で,大学院進学者が増えていますので,この年齢層でも,学生は少なからずいるものと思われます。
就業者の職業については目立った変化はありませんが,専門職,事務職,販売職のようなホワイトカラー職従事者の比重が減じています。これら3者の合計は,1995年では46.1%でしたが,2005年では35.9%と,10ポイント以上の減です。最近の不況により,これらの職種の就く機会が減っていることだと思います。
では,上記の諸カテゴリーについて,自殺率を計算してみましょう。分子の職業別自殺者数は,自殺予防総合対策センターが公表している,1995年度と2005年度のものを使います。同センターは,国立精神・神経医療センターの内部に設置されている,公的な機関です。分母は,先ほど用いた『国勢調査』の数字を使います。
http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/genjo/toukei/index2.html
まず,最下段の全体の自殺率をみると,19.6から31.1に増えています。1.6倍の伸びです。自殺率の絶対水準をみると,「分類不能・不詳」というカテゴリーの自殺率が飛びぬけて高くなっています。2005年の10万人あたり385人ということは,0.385%≒0.4%です。年間,250人に1人が自らを殺めていることになります。
『国勢調査』の説明によると,「分類不能・不詳」の職業とは,「主に記入不詳の理由により,いずれの項目(職業)にも分類しえないもの」と説明されています。おそらく,細切れの臨時雇いなど,不安定な職業(就労形態)が多いものと推察されます。2005年でみて,この層は全体の1.6%しかいませんが,この極少の部分に,若者の職場の病理が濃縮されているように感じます。
次に自殺率が高いのは,無職者です。しかし,この10年間で率は大きく減っています。おそらく,学生が増えたためでしょう。就労意欲があるのに働けない完全失業者だけをとれば,自殺率はぐんと高くなることと思います。
あと一点,特記しておくべきことは,この10年間の増加率でみると,専門・管理職が最も大きい,ということです。医者や教員,技術者など,高度な知識・技術を要する,文字通りの専門職です。給与などの待遇は,上記の職種の中で,最もよいことでしょう。しかるに,責任の重さや,職場が高密度に管理化されていることなど,この種の職業ならではの悩みやストレスも大きいことでしょう。教員の精神疾患や離職の問題については,このブログで繰り返し明らかにしたところです。
若者にとって,職場は生活構造の重要な部分を占めています。この環境がはく奪されることが,彼らにとっていかに痛手であるかがうかがわれます。機会をみつけて,今度は,家族集団を持っているかどうか,つまり配偶関係別に自殺率がどう異なるかを調べてみようと思います。
ところで若者といっても,いろいろな輩がいます。職に就いている者もいれば,無職の者もいます。就業者のうちでみても,どういう職に就いているかはさまざまです。今回は,25~34歳の若者について,職業別の自殺率を出してみようと思います。なお,自殺率は性差が大きいので,ここでは男性に限定することとします。
まず,総務省『国勢調査』の結果を使って,この年齢層の職業構成が,1995年と2005年でどう変わったかをみてみましょう。『国勢調査』では,就業者の職業を10の大カテゴリーに分けて集計しています。一番最後の「無職」とは,総人口から,これら10カテゴリーの合計を引いたものです。その主な組成は,完全失業者,学生,主夫,そしてニートです。
上図によると,無職者の比重の増加が明らかです。1995年の7.3%から2005年の18.1%へと増えています。失業者の増加という理由のほかに,学生や就労意欲のないニートの増加ということも考えられましょう。この10年間で,大学院進学者が増えていますので,この年齢層でも,学生は少なからずいるものと思われます。
就業者の職業については目立った変化はありませんが,専門職,事務職,販売職のようなホワイトカラー職従事者の比重が減じています。これら3者の合計は,1995年では46.1%でしたが,2005年では35.9%と,10ポイント以上の減です。最近の不況により,これらの職種の就く機会が減っていることだと思います。
では,上記の諸カテゴリーについて,自殺率を計算してみましょう。分子の職業別自殺者数は,自殺予防総合対策センターが公表している,1995年度と2005年度のものを使います。同センターは,国立精神・神経医療センターの内部に設置されている,公的な機関です。分母は,先ほど用いた『国勢調査』の数字を使います。
http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/genjo/toukei/index2.html
まず,最下段の全体の自殺率をみると,19.6から31.1に増えています。1.6倍の伸びです。自殺率の絶対水準をみると,「分類不能・不詳」というカテゴリーの自殺率が飛びぬけて高くなっています。2005年の10万人あたり385人ということは,0.385%≒0.4%です。年間,250人に1人が自らを殺めていることになります。
『国勢調査』の説明によると,「分類不能・不詳」の職業とは,「主に記入不詳の理由により,いずれの項目(職業)にも分類しえないもの」と説明されています。おそらく,細切れの臨時雇いなど,不安定な職業(就労形態)が多いものと推察されます。2005年でみて,この層は全体の1.6%しかいませんが,この極少の部分に,若者の職場の病理が濃縮されているように感じます。
次に自殺率が高いのは,無職者です。しかし,この10年間で率は大きく減っています。おそらく,学生が増えたためでしょう。就労意欲があるのに働けない完全失業者だけをとれば,自殺率はぐんと高くなることと思います。
あと一点,特記しておくべきことは,この10年間の増加率でみると,専門・管理職が最も大きい,ということです。医者や教員,技術者など,高度な知識・技術を要する,文字通りの専門職です。給与などの待遇は,上記の職種の中で,最もよいことでしょう。しかるに,責任の重さや,職場が高密度に管理化されていることなど,この種の職業ならではの悩みやストレスも大きいことでしょう。教員の精神疾患や離職の問題については,このブログで繰り返し明らかにしたところです。
若者にとって,職場は生活構造の重要な部分を占めています。この環境がはく奪されることが,彼らにとっていかに痛手であるかがうかがわれます。機会をみつけて,今度は,家族集団を持っているかどうか,つまり配偶関係別に自殺率がどう異なるかを調べてみようと思います。
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